キュゥべえである毎日   作:唐草

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ネタ解説追加しました。


「僕と契約して、友達になってよ」

 

 

 あー、てすてす。

 よし、頭は大丈夫。狂っている人間は自分が狂っていないって思い込むけど僕だけは無根拠に大丈夫。

 だが、頭が狂っていないのならそれはそれでヤバい。どのくらいヤバいかというと、ヤバいだけで会話が成立してしまうほどヤバい。蝶!ヤバい。ぱっぴよーん。

 ……少し落ち着いたところで、自分の手を見る。驚きの白さで、漂白剤いらずな真っ白いふわふわとした毛で覆われている。指はなく、動物的な前足に変わっている。 次に、自分の背後に視線を回す。思わず我を忘れてモフモフしたい感じの尻尾があった。自分の意志で左右に振ることができるあたり、無理矢理接続した感じではないのかな。

 そして最後に、自分の耳らしきあたりから垂れ下がってきている、黄色い輪っかが着いている耳毛。

 ああ、これはあれだろうかと思い、四足歩行で路地裏の水たまりに顔を映す。

 

「……これはなんとも完全に素敵に索敵な淫獣フォルム。歩いているだけで敵が量産できそうだぜ」

 

 そこにいたのは、紅い目、ωのような口、小動物のような顔、どれをとってもキュゥべえであった。なんてこったい。

 CVは加藤英美里じゃないみたいで、元の僕より少し高くなっているくらいだ。完全にキュゥべえというわけではないみたいだな。ちゃんと感情だってあるし、しようと思えばきゅっぷいとかいうなぞの音ではなく、「グゲェップ」みたいなちゃんとしたゲップが出る。

 痛覚はあるのだろうか、死んでも大丈夫なのだろうかなど様々な不安が湧いてくるが、実験はあまりすべきではないだろう。危険は犯すものではなく、避けるものだ。自分からわざわざ苦難の道を歩みたがるのは、マゾか修行僧か登山家だけである。

 とりあえずこの路地裏にいたら、通りすがりの野良犬かホームレスにでも食い殺されそうな雰囲気がするので、表の通りに出る。

 太陽の光が赤い光彩に吸い込まれて、それでも知ったこっちゃねえやと通常フルカラーの景色を僕の脳に……いや、この姿って脳あるんだろうか。やっべ無かったら僕どうやってもの考えてるんだろ、「この脳無し!」とか言われても仕方ない立場に座り込んでしまったか。

 

「……脳がないなら難しいこと考えても仕方ないな、うん」

 

 諦めは人類ができる最も賢い選択の一つだってじっちゃんが言ってた。これはじっちゃんの名に懸けてこの言葉が正しいと証明しないと!今僕人類じゃねえけど。

 

「キュゥべえ!」

 

 突然、というか唐突に体が浮かび上がった。おそらく声の主であることは間違いないが、体が浮いている感じがどうしようもなく不快である。くそう、世の中のペットはこんな気持ちを味わっていたのか。人類に反省を促さなければ。

 声の主が僕の体をくるりと反転させ、顔を見せる。ストレートに黒髪の、まどマギでは珍しいであろう髪型だ。

 

「どこ行ってたのさ、使い魔に襲われてないかって心配だったんだよ?」

 

「ああ、うん。ちょっとね」

 

 考えて言葉を選ぶ前に、適当な言葉ではぐらかす。これが日本人のSAGAか。

 しかし、まいった。この少女はキュゥべえを知っているようだが、僕はこのキャラクターをまったくもって知らない。適当にはぐらかして逃げ出すという選択もあるけれど、せっかくの寝床を逃す意味はこれといってない。今のところは安全そうだし、とりあえずこの少女には『記憶喪失になった』とでも話しておくべきかな。

 

「しかし、魔女の影響かわからないけれど、記憶を全て失ってしまってね。僕がどういった存在なのかはわかるけれど、きみが誰なのかはさっぱりわからないんだ」

 

 できる限りキュゥべえを意識して、高い声で話す。

 

「記憶喪失って……嘘、じゃあ私が誰なのかもわからないの?」

「うん、残念ながらね。よければ、教えてもらえないかな?」

「いいけど……キュゥべえ、何か声低くなった?」

 

うるせえ。これでも頑張ってる方なんだよ。

 

「うーん、記録を失ったことにより、僕の中のバグが消化しきれずに表側に出てきているのかもしれないね。でも、声が低く聞こえるくらいならおそらく問題はないと思うよ」

「あー、うん。じゃあ改めて、私の名前は夏目ハルカ」

 

 その少女は、変身しながらにっこり笑って自分の名前を名乗った。

 

「あなたを殺す魔法少女よ」

 

 そうして、一瞬のうちに僕の体は弾けて、白い蛋白質の塊へと変質していった。

 ……。

 …………。

 ………………。

 よし、まだ意識はある。弾けた体も痛くない。凄く便利な体だ。僕が死んでも第二第三の僕が───うん、戻ろう。体を再構成、再構成。

 

「け、きゃくくくくぎゃげへがはははききききくくっききくっくくくはははへははははっっっははっは!」

 

 そこには、狂ったように笑うハルカちゃんの姿があった。というか、実際に狂ってんじゃねえのこれ。

 ああ、これ、おそらくキュゥべえは一匹だけだ、とか思っちゃってるんですね。哀れで愉快で滑稽です。喜劇のピエロというか、悲劇のヒロインというか。

 よし、ここはキュゥべえらしく。

 

「何がおかしくてそんなに笑っているのかな?ただ蛋白質の塊を破裂させただけでそんなに笑うだなんて、やはり人間の感情というものは僕たちには理解し難いね」

「ははっはっは……は…………は……は?」

 

ハルカちゃんは僕の姿を見るなり、目を剝いて歯を剥き出しにし、涎まで垂らしてキュゥべえへの怨嗟の感情を垂れ流しにしたまま獣のように叫ぶ。

 

「う゛……ああがががああ゛ああ゛あ゛ーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

 そこからはもう、いたちごっこだった。

 潰されて、生き返って、弾けて、生き返って、斬られて、生き返って、千切られて、生き返って、叩きつけられて、生き返って、踏みつけられて、生き返って、殴られて、生き返って、噛み千切られて、生き返って、刺されて、生き返って。

 それをずっと繰り返した。

 ずっとずっとずっと、繰り返した。

 

「……あ゛……ああ……」

 

 ずっと繰り返していたにもかかわらず、彼女の首にあるソウルジェムは、曇る兆しがあまり見えない。精神がよほど強いのか、それとも。

 

「いい加減あきらめたらどうだい?きみの力じゃあ、僕を殺すことはできないよ」

「うるさい……うるさいっ!そんなこと、知るかァァ!!」

 

 どう考えても、うるさいのは叫びっぱなしのハルカちゃんなのだが、そこはスルーしてあげるのが優しさだろうか。

 

「まあまあ、話くらいは聞くよ?実際僕は記憶喪失なんだ。何があったかくらい、話してくれてもいいんじゃないかな?」

 

「ハァ…………ハァ…………」

 

 息を荒げたまま黙り込まれてしまった。……むう、仕方ない、か。

 

「なあ、ハルカちゃん、話をしようよ。何かあったんだろう?絶望して、インキュベーターことキュゥべえを恨むような訳が。それを話してみてくれよ。話すことで少しは楽になるとか、そういった話もあるじゃないか」

 

 僕がキュゥべえのトーンではなく、元々の僕の話し方で言ってみると、殺し疲れたのか、はたまた観念したのか。ハルカちゃんはぺたりと座り込んで、自らの過去を話し始めた。

 こういう手合いは、好き勝手に語らせるのが一番なのだ。とりあえず、それだけで落ち着くか発狂するかの二択に別れる。発狂するなら放っておくが、落ち着くとするなら、まだどうにかしようはある。

 

「……私には元々、妹がいたの。それはもう、私とは違って可愛い妹が、ね」

 

 ここで「きみも十分可愛いぜ!」とか言うのはさすがに空気が読めてなさ過ぎるので、自重。

 

「だけどある日、妹───エリは、顔に火傷を負って、見るも耐えないような顔になったの。そこであんたが出てきて、エリが契約して、エリを危険な目に遭わせないように、私も契約して……幸せだったよ。危ないこともあったけど、二人して魔女を退治して笑い合いながら……幸せだったんだよ!あのときまでは!」

 

 ハルカちゃんが目を強く瞑り、歯を噛みしめる。

 

「私が油断して魔女にやられたとき、エリは手持ちのグリーフシードを全部私に使った!それでエリは魔女になったんだよ!あんたのせいだ!あんたのせいだ!あんたのせいだあんたのせいだあんたのせいだ……私のせいじゃない!全部……あんたのせいなんだ!!!」

「そうか……つまりきみはこう言いたいんだね?僕が事前にしっかり『ソウルジェムに穢れが溜まると魔女になる』ということを言っていればエリちゃんは魔女にならず、きみは魔女予備軍の魔法少女なんかにならずに済んだ……と」

「そうだ!全部あんたのせいだ!この悪魔が、返せ!エリを返せえええええええ!!!」

 

 再びハルカちゃんが、声帯を痛めそうな声を張り上げる。いくら人通りが少ないとはいえ、ここは表通りだ。そろそろバレるかもしれない。

 さて。

 

「嘘はよくないぜ、エリちゃんを返して欲しいだなんてちっとも思ってないくせに」

「……………………………………は?」

 

 人は、突然意識の外にあるようなことを言われると、思考に空白ができる。

 

「ソウルジェムが穢れる条件ってわかるかな?」

「そ……れは、魔法を使うことで……」

「もっと手っ取り早い方法があるんだけど、前の僕から聞いてなかったのかい?」

 

 ハルカちゃんは先ほどまでの態度が嘘のように、きょどきょどと目玉を回すのに勤しんでいる。この反応は、思い立ったのだろうか。

 

「そう、今きみが思い浮かべているように、ソウルジェムは魔法少女の絶望でも濁るんだ。でも、おかいしいなあ」

「うるさいっ!!!黙れええぇええ!!!」

 

 僕に圧縮された魔力の球のようなものが当たって、弾ける。と同時に再構成。

 

「妹が死んで絶望しているはずのきみのソウルジェム、すごく綺麗だよ?」

「…………………………………………嘘だ」

「うん?」

「嘘だ、全部嘘だ!!!あんたが嘘をついたんでしょう!?本当は絶望なんかでソウルジェムは濁らないんだ!!!」

「僕が今までに一度でも嘘をついたことがあったかい?真実を話さなかったことはあっても、嘘はついてないと思うよ」

「うるさい!!!そんな「そんなことが実際あるんだよ。言ってなかったけど、僕には人が心の奥底で考えていることが、多少見えてしまうんだ。きみの心の中、まるで『邪魔者がいなくなった』みたいな綺麗な色をしてたよ」

 

 ここで嘘をつく。普通なら騙されなかったかもしれないが、ここまできて、インキュベーターが一切嘘をつかないとわかっている彼女なら。騒ぎ、喚き立てながらも、僕の言っていることを真実だと思っている彼女ならば。

 いとも簡単に、騙される。

 

「え…………嘘……そんな、私…………」

「もしかしたら『邪魔者がいなくなった』じゃなくて『誰かが目の前で死んで気持ちが良かった』なのかもしれないね。僕には色しか見えないから」

「そんなのって…………じゃあ、私が、これまで……してきたことは……?人の役に立ちたいって思ったことは…………?」

「人間の心なんて、自分自身にもわからないものじゃないかな?きみが普段『考えている』と思っていることは全部、きみの頭の中できみが言語化して組み立てたものなんだよ。例えば、頭の中で『魔法』という言葉を連呼しても、別の風景を思い浮かべられるだろう?それと同じさ」

 

 僕が一言を喋る度に、ハルカちゃんの顔が青ざめ、握られた拳からは血が出てきている。

 

「つまり、きみは本心では人の役になんて立ちたくなかったんだよ。自分さえ良ければいい、きみはそんな利己的な人間だったんだ」

「そ……んなこと!「ないなんて言い切れないだろう?きみの心はきみにさえわからないし、きみのソウルジェムは濁っていない」

 

 曖昧な情報を勝手に確定させ、逃げ場を塞いでいく。

 本当は彼女は、エリちゃんだけが邪魔だったのかもしれない。本当に人の役に立ちたいなんて思っていたのかもしれない。

 だけど、思い込めばそれも嘘になり、ありもしないことだって本当になる。

 

「本当はわかっているんだろう?きみはただ妹想いの姉を演じたかっただけなんだ。きみはただ自分の本性に気が付きたくなかっただけなんだ。きみは人の絶望が大好きな人間だ。きみは自分だけが幸せであればいい人間だ。そんな人間を社会ではなんて呼ぶか知ってるかい?」

「い、嫌…………もう、やめてよ…………」

 

 ハルカちゃんが嗚咽を漏らし、涙を流す。せっかくの美少女が台無しで、思わず心が痛んでしまうが、ここでやめるわけにはいかない。

 この世界で楽しむためにはまず、手駒が必要なのだ。

 

「クズ、だよ。きみはクズだ。そんな人間は、排斥されて当然だろうね。きみの家族も、きみが自分の家族であることに不快感を覚えるだろうね。友達だってできるわけがないさ。だってもうきみは自分を自覚してしまったんだから」

「…………………………」

「きみの周りの人は離れていく。もし正義の味方なんてのがいたとしても、きみは本質的に『悪』なんだから、仲良くなれないのは当然だよね」

「…………………………」

 

 聞こえるのは静かな嗚咽だけで、返事がない。ゾンビから屍にでも転職したのだろうか。

 

「でも大丈夫だよ」

「……何が大丈夫なんだよ、私はっ!!!……こんな私、知りたくなかったのに……!幸せなままで、いたかったのに…………っ!!!」

「きみを排斥も迫害もしない存在が、いるじゃないか」

「どこっ!誰だっ!!教えろ!!!……お願いします、教えてください!!!」

 

 自らを貶めた諸悪の根源に対して、この反応。完全に周りが見えていない。

 さあ、仲良くなるなら今のうちだ。

 

「僕だよ」

「…………キュゥ、べえ……?」

「そう、僕はきみを悪いだなんて思わない。周りの人間はみんなきみを嫌うかもしれないけれど、僕だけはきみの味方でいるよ」

 

 思考範囲を狭めて、徐々に甘い毒を染み渡らせていく。

 

「ほ……ほんとに……?私、の味方でいてくれるの……?」

 

 震える声で、涙を流しながら僕に手を伸ばす。映画化なんかしたらとても感動的なシーンになって、全米どころか全世界が泣くのはもはや確定的だろう。

 

「もちろんさ!だってきみは、ちっとも悪いことをしていないじゃないか。それなのに他の人間は、寄ってたかってきみのことを責めるんだ。本当に、わけがわからないよ」

「悪くない……?どうし、て……私…………」

「だって何も悪いことなんてしていないんだ。そうだろう?だったらきみが責められる筋合いなんてないよ」

 

 女の子が絶望の淵にたたき落とされて、そこから引っ張り上げる僕。こうしてみると実に主人公っぽいことをしていると思う。ああ、そうか。これが噂のオリ主というやつか。転生得点は死なない体と取り除かれた痛覚。それに、僕が微笑みかけただけでこんなにもハルカちゃんが希望を持ってくれているんだ。きっとニコポあたりも持ち合わせているんだろう。いやあ、僕って主人公。

 

「ほら、人間なんて、都合が悪くなればすぐに、友達だったものさえ───家族だったものさえ、裏切ってしまうんだ。だから、きみも人間の友達なんて───人間の家族なんて、いらないだろう?」

「……………………はい。私には……あなたがいれば……」

 

 声の感じは暗く沈んでいるように聞こえるが、彼女の目には、確かな希望の光が宿っていた。いやあ、いいことをした後は気分がいい。

 

「だからさ」

 

 

 

「僕と契約して、友達になってよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




hurtful

1(肉体的・精神的に)苦痛を与える
2(健康などに)有害で



-蝶!ヤバい
具体的に言うと、全身タイツを恥ずかしげもなく着こなす程度のヤバさ。

-素敵索敵淫獣フォルム
歩いているだけで撃たれる。サーチアンドデストロイ(被)。

-CV加藤英美里
個人的には、子安武人や藤原啓治でもよかったと思う。

-きゅっぷい
キュゥべえが自分の死体を食べたときに出るゲップの音。
今更可愛さアピールしても遅いと思うが……。

-まどマギには珍しい髪型
あの町の人々は前衛的すぎる。

-僕が死んでも第二、第三の僕が
ありがちな魔王の台詞。この場合は復活というより、後任者がいるからと表現する方が正しい。

-きみも十分可愛いぜ!
主人公ってどうして息をするように口説くんですかね。

-正義の味方
つまりは悪の敵。たまに悪役を改心させたりするけど、基本的には容赦なく殺す。

-ゾンビから屍に転職
お使いのダーマ神殿は正常です。

-ニコポ
冷静に考えると、あれって洗脳だよな。


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