そんなわけで始まります。
「……はぁ」
あの絶望的な宣告から早一ヶ月。SAOは予想通り最悪の方向へ向かっていた。
死者は増える一方。そしてそのうちの半数にベータテスターがいるそうだ。やつら、自分の力を過信してるのだろう。キリトは……生きててくれてるといいが。
「さすがに世話にはなっているし、死んでたら寝覚めが悪い」
現在、まだ一階層すらクリアできていないが俺は迷宮付近の小さな村で腰を下ろしてパンを食べていた。
うん、美味い。
あの約束の日を迎えた時、雪ノ下や由比ヶ浜との約束を守れなかったせいで少しやけくそにモンスターを狩ってたら死にかけた。本気で焦ったし、自己嫌悪にもなった。そして、逃げた先のセーフティテリトリーで、俺はこの"世界"を見た。
「今日も晴れてるな。快晴だ」
綺麗な湖で、夜だったが、蛍のような生き物がたくさん飛んでいた。それを見て、俺は涙が止まらなかった。おい、そこ笑うなよ。これでもプ○キュア見て泣く男だからな、俺は。
約束を守れなかった開き直りもあるのかもしれない、クリアするのは大前提だが、けれど、この世界をゲームだなんて割りきってしまうには勿体ない。そう思わせるくらいには、魅力的なものだった。
こんなのでも、精神を保つのにはとても良かった。少しくらい楽しんでも、誰も文句は言わないだろ。
「さて、行くか」
今日も今日とて迷宮探索。ボス部屋がまだ見つかってないから探さないとな。
見つけた情報は情報屋が買い取ってくれる。……あの鼠女、あまり得意ではないが。雪ノ下さんぽくてなぁ……
ああ、そういえばせっかくフレンドにまでなったキリトやクラインとはまだ会えてない。それどころかネトゲでは大丈夫なはずの俺は今まで通りのぼっちだ。
当たり前だろ、顔がいつも通りなら目が腐ってるし、そんな俺に人が寄り付くはずもなく、寄り付けれるはずもなく、だ。こうなった俺はパーティなんてとても組めたもんじゃない。
「……あいつらも、上手くできてるといいけど」
フレンド欄から消えてないってことは生きてはいる。
とりあえず、それがわかるだけでもいいか。というかメールくらい寄越せっての。それは俺もか。
「……変わっては、いるのか」
そりゃ、こんな状況になれば変わらずにもいられないか。ましてや、俺は最前線に出てるわけだしな。
まったく、こういうのは葉山みたいなやつの役目だろうに。
「……行くか」
今度こそ、俺は迷宮へと向かったのだった。
―――――
「そらよ……っと」
俺によって滅多斬りにされたモンスターがポリゴンとなって砕け散る。あれから着実にレベル上げをしているからか、迷宮のモンスターくらいにはやられることはなさそうだ。
基本敏捷極振り。腕力にも少々。スキルは片手剣と策的、隠匿の二つがメイン。前にドロップしたコートが隠匿性を高めるみたいで、俺は文字通りステルスヒッキーらしい。俺まじステルス。レーダーにすら移らないだろうな。
なんでも、迷宮でモンスターへ向かってく青い影とは俺のことのようで、中二時代を思い出そうとしてやめることにした。
……自分でも思ってる以上に楽しめてるのは、余裕ができたからか。まぁ、帰る以外はついでなのは今も変わらないけどな。
「……あれ、お前……ハチマンか?」
「あ? って、キリトか?」
まぁ、あれだけの腕があるならここにいるのも不思議じゃない。後ろの声に先に反応したが、俺の名前を知ってるのはキリトかクラインだけだからな。
そして振り返るとキリトが――
「「……誰?」」
俺とキリト(?)は同時に呟いて、お互いを見つめたのであった。
―――――
「……なんていうか、その、ハチマン、だよな?」
「だからそうだって言ってるだろ。というかお前だって、ずいぶん幼くなったじゃねぇか」
これが素のキリトなんだろう。なんというか、幼い。俺より年下だろうな。そしてイケメンだ。……なのにぼっち勢とは……
「……いや、けど無事で良かった。最前線に来てたんだな」
こいつ、露骨に話題を変えやがった! いやまぁ、俺も続けられたら困ってたからまぁいいとする。
「どうしても戻らなきゃいけない理由がある。それなりにゲームは楽しんでるが、長居するつもりはない」
「……だな。ハチマン、ビギナーのはずなのに上手かったからこっちにいてくれて良かった。心強いな」
「お、おう……」
だから誉めるのやめてくれ。対応が追い付かないから!
「レベルも同じだな……スキルは、ずいぶん隠匿に振ってあるな」
「念のため、な。警戒心高いんだよ、俺は」
「なるほどな。じゃあ、しばらく一緒に行動しないか? おそらく、もう少ししたらボス部屋も見つかるだろうし、経験値効率も二人のがいい。悪い話じゃないだろ?」
「構わねぇよ。俺も、キリトには聞きたいこととかあるしな。まだゲームの理解度もそこまでじゃないし、その案、乗った」
「助かる。とりあえず、今日はこのまま戻るか。ハチマン、宿はあるのか?」
「いや、その日その日で適当に、だ。キリトは?」
「一ヶ所しばらくまとめて借りてあるんだ。牛乳飲めて、風呂つき。来るか?」
……すげぇどや顔。あー、ぼっちあるあるだな。思わずこう、自慢したくなることってあるしな。うん。
「……世話になる」
「任せろ」
……雪ノ下とかが俺を見る時ってこんな感じなのか?
いや、こいつはイケメンだから違うか……くそ。
―――――
「いいところに住んでるんだな」
「普通に探したら見つからないんだよ、ここ」
「だろうな」
お互い武装を解いて気楽な格好で向かい合う。ゲームへの理解度の差か、こういうのを見つけるのはキリトの方が凄そうだ。
「ボス討伐するまでハチマンも使えよ」
「……いや、そこまでしてもらう義務はないぞ」
「義務とかじゃない。俺、フレンド欄にお前かクラインしかいないし……あとアルゴ」
「同じようなもんだ。俺の場合は鼠女のフレンドも拒否してるけどな。あいつ怖いし」
確信した、こいつイケメンなのにぼっちだ。わかりやすいやつだな、まだまだぼっち修行が足りてない。
「クラインとははじまりの街で別れちまったから、その、あいつにもだけど、せめてフレンドにはできる限り協力したいんだよ。やっと、余裕も出てきたから」
「……あー、わかったわかった。ありがたく借りる。俺は結構な他力本願だからな、せいぜいコキ使われてくれ、キリト」
「……ハチマン、お前、結構素直じゃないとか言われないか?」
「生憎俺にそんなこと言い合う友達はいない」
さすがのキリトも引き攣った笑いだけだったな。まぁ、俺のようなエリートぼっちはそういないだろう。
それからキリトとはいろいろ話した。ゲームについて、深くはないもののお互いのリアルについて。
キリトは小町の一つ下で、ゲームはかなり好きらしい。実は同じネトゲをプレイしたこともあってか、リアルではあり得ないほど話が弾んだ。
「……なんだろうな、ハチマンて確かにお兄ちゃんて気がするよ」
「藪から棒にどうしたんだいきなり」
「いや、俺も妹がいるんだけど、きっと、兄貴がいたらこんな感じだったのかなって」
「…………やめとけ、俺の兄弟は妹一人でキャパ限界だ」
「冗談だって」
こいつは、なんでこうも裏表無さそうに言ってくるかな。思わず勘違いしそうになるだろうが……
こちらのキリトくんは、原作よりも幼いかもです。
早めにパーティ組める相手がいますし、八幡はお兄ちゃんキャラでもありますので。
八幡自身、状況が状況なだけにデレの沸点も狭そうなので、こういうのには弱そうです。