Encounter-佐為の目覚め-   作:鈴木_

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07 再戦と北斗杯合宿

ヒカルが佐為と再会できた次の日。

再会できたことさえ夢の中の出来事だったかもしれないと、頭のどこかで佐為と再び会えたことが信じられない部分を残しながら、ヒカルは多少の余裕を持って駅前のインターネットカフェに足を運んだ。

 

佐為と行洋の対局約束時間は十時。それより一時間の余裕を持って早めにネットカフェに来たのは、ヒカル自身のネット碁アカウントを新規に作成するためである。

これまでなら『sai』のアカウントでログインしてしまえばよかったが、今日は佐為自身が『sai』のアカウントを使用するため、ヒカルは使用することができない。

その為、ネット碁の対局を観戦するために、ヒカルは新たにもう一つアカウントを作る必要が出来たのだ。

 

うろ覚えの記憶を手繰りよせ、苦手なキーボードに苦戦しながら、三十分かけてようやくヒカルはアカウントを作成しネット碁にログインすることに成功する。

直後、

 

『おはよう、ヒカル』

 

とメッセージウィンドウが立ち上がり、ヒカルはびくっとして思わず飲んでいたソフトドリンクを噴出しそうになった。

話しかけてきた相手は『sai』。

 

佐為だ。

 

どうして佐為が作ったばかりのヒカルのアカウントを知ってたかというと、作ったアカウント名がヒカルの名前そのままだからである。

 

- shindo-hikaru -

 

まるで佐為と行洋の対局の約束時間に合わせるようにして現れたこの名前に、ヒカル本人であると佐為が気づかないはずがなかった。

ヒカル自身、とくに不特定多数とネット碁をするつもりはなく、あくまで観戦用のアカウントなのでHNには拘らなかった。

 

『おはよ がんばれ』

 

キーボードを打つことはどうにか出来ても、漢字変換はまだまだ苦手なヒカルは、ひらがなだけの片言言葉で、佐為に返事を返す。

すると間を置かず、

 

『はい、頑張ります』

 

と返事が返ってきてひと段落。ようやくヒカルは一息入れることが出来た。

前回の対局から約3年。

海外のトップ棋士たちにもまれてきた行洋と、二カ月前に自身が囲碁棋士であったことを思い出したばかりの佐為。

事情を知っているヒカルから見ても、佐為の方が圧倒的に不利だ。

 

けれど、佐為ならば、とヒカルは思ってしまう。

千年の間、神の一手を極めることを願い、幽霊であっても現世に留まり続けるほど強い意思を持っていた佐為ならば、今度も行洋に勝つのではないかとヒカルは期待してしまうのだ。

 

ヒカルと簡単なメッセージを交わしたあと、すぐにログアウトしていた佐為が再びネット上に現れる。

ログアウトしていたのは、恐らく『sai』への余計な対戦申し込みを避けるためだろう。

 

そして午前十時ちょうどに現れた『toyakoyo』に『sai』が対局を申し込む。

黒は行洋、そして佐為は白。持ち時間3時間の白コミ六目半の互戦。

3年越しの再戦である。

二人の対局に気づいた者たちが次々と対局を観戦し始め、観戦者数がどんどん膨れ上がっていく。

 

行洋の第一手目は右下の星。それに対し、佐為は左上の星に打ってくる。

画面を通しても伝わってくる。決して薄れることのない圧倒的な緊迫感と圧迫感は、3年前と全く同じかそれ以上だろう。

 

「すごい……やっぱり佐為は強い……」

 

行洋と互角の戦いを繰り広げる盤上に、ヒカルが恍惚と呟く。

二ヵ月前に記憶が戻ったばかりなんていうブランクを、佐為は微塵も感じさせない。

和谷が見せた佐為の棋譜は指導碁で、本当の実力を計ることは出来なかったが、今現在、ネット碁で行洋と打っている佐為は、正しくヒカルが知っている佐為そのものだ。

ずば抜けたヨミと計算で相手の手を全て考え抜いたうえで、自分の碁を創り出していく。

 

先に動きを見せたのは黒の行洋だった。

碁は白にハンデがあっても、どうしても先に打つことが出来る黒が有利になる。

その黒の有利を跳ね除けるために、勝負時を見極め、先に動きを見せるのは大概が白なのだが、この対局では黒が先に勝負を仕掛けてきた。

 

白の佐為が長考に入り、盤面に動きが見られなくなる。それから三十分の長考の末、佐為が打った一手は、一見して平凡な一手に見えた。

だが、その一手を打ったのは佐為だ。

決して何の根拠や策もなく佐為が打つわけがない。

じっとディスプレイを睨みつけ、ヒカルは佐為の考えを、狙いを読む。

 

(佐為は何でここに打ったんだ?こんな平凡な場所。でも佐為なら、俺が佐為なら)

 

佐為の碁ならヒカル自身が誰よりも理解していると自負している。二年の間、片時も離れず一緒に碁を打ってきたのだ。

自分が佐為になったつもりでヒカルが思案していると、

 

「まさかっ……」

 

ピン、と。気づいてしまった佐為の狙いに、ヒカルは近づけていたディスプレイから思わず顔を離した。

 

(まさか佐為のやつ、塔矢先生の黒を縦にぶった切る気か!)

 

そこから黒白共に3手進んだ頃に、行洋も佐為のあの一手の本当の狙いに気づいたらしく、長考に入った。

中盤に入ったばかりで、盤上の形勢はまだまだ互角だ。これからの応手次第で形勢は如何様にも変化する。一瞬の気も抜けない。それは対局者たちだけでなく観戦者である自分たちも同じだった。

 

そんな二人の対局を眺めているだけで観戦しているヒカルさえもワクワクしてきて、自分もこんな碁が打ってみたいと思ってしまう。

しかし、行洋が長考するにしても些か長過ぎる気がして、ふとヒカルの目に入った対局者の持ち時間タイマーがディスプレイ上で止まったままであることに気づく。

 

「あれ?」

 

ネットにちゃんと繋がっていないのだろうか?と、ヒカルは再読み込みを試してみたが、まったく画面は動かない。

それどころか、カチカチマウスをクリックしているうちに、ネット碁のウィンドウそのものが真っ青になり、英文が3行表示されるだけになった。

 

「え?何で?なにこれ?」

 

インターネットに詳しくないヒカルは何が起こっているのかさっぱり分からず、もしかしてマウスをクリックし過ぎてパソコンを壊してしまったのかもしれないと焦りながら、ネットカフェの店員に助けを求めた。

 

「ああ、これはゲームを動かしてるサーバーがアクセス集中し過ぎて回線が混線してるか、もしかすると既にサーバーそのものが落ちてますね。このパソコンは壊れてないので大丈夫ですよ」

 

「混線?サーバーが落ちてる?」

 

店員の説明を理解出来なかったヒカルが、それがどういう状態なのか問うと、

 

「このゲームを運営している会社がサーバーを再起動するなりしないと、しばらくゲームは出来ないということです。一度に大多数の人がアクセスし過ぎて回線が許容量をオーバー。パンクしたんです。この店もですが、ネット回線やパソコン本体には問題はなくて、ゲームプログラムを動かしている会社のパソコン側の問題なんです」

 

「だったら今やってる対局は?続きは?」

 

「この様子ですと無理でしょう」

 

他人事のようにあっけらかんと言う店員に、ヒカルは頭が真っ白になって何も言うことが出来なかった。

それからネット碁が復旧したのは一晩たった次の日で、その夜行われているいつもの森下の研究会に気落ちしたヒカルが顔を出すと、

 

「進藤!saiが!saiがまた塔矢先生とネットで対局しててだな!」

 

「対局途中でアクセス集中し過ぎてサーバー落ちたな」

 

「そうだ!何でだよ!?何でサーバー落ちんだよ!いや!みんな二人の対局を観戦したい気持ちは俺もすっげぇ分かるけど、何であそこでっ!」

 

くあぁぁぁ!と頭を抱えて、棋院の廊下の真ん中で人目をはばからず悶絶している和谷を前にして、ヒカルは大きなため息をこぼした。

 

(叫びたいのは俺もだっつーの。せっかく二人が3年ぶりに対局出来たのに、対局途中で対局が出来なくなるとかありえねぇだろ?)

 

一日空けてサーバーが復旧したらしいネット碁に、ヒカルが再びネットカフェからアクセスすると、サーバーが落ちてしまったことのお詫びと、サーバーが落ちてしまった原因が記載されてあった。

サーバーが落ちてしまった最大の原因は、一つの対局にアクセスが集中し過ぎてサーバー負荷がオーバーしてしまった為ということだった。

 

一つの対局、というのが佐為と行洋の対局を指しているのは言わずもがなだろう。

前回の名局があるだけに、二人が対局していることを知った者たちが前回を大きく超えてアクセスしたらしい。

 

結果、サーバーがアクセスに耐え切れずにダウン。

行洋と佐為の対局は、流れてしまった。

昨日の夜にヒカルが電話すると、佐為もまさかサーバーが落ちるとは考えていなかったと冷静を装って言っていたが、対局が途中で中断してしまったことに対する悔しさだけは隠しきれない様子だった。

そしてもう一人の対局者である行洋にも。

 

もちろん連絡を取りたかったのだが、ヒカルも佐為も、対局が中断した直後に電話で連絡を取るなんて真似は出来なかった。

すぐにでも連絡したいはやる気持ちを我慢し、少し日にちを置いて、落ち着いた頃合を見計らって、こっそり行洋に連絡を取るしかない。

 

今回も行洋は前回と同じく対局は偶然だと、誰からの追及も突っ撥ねることだろう。

対局条件がどんなに不自然であったとしても、あの塔矢行洋相手に無理を押し通すことなど誰にも出来ない。

残すのは、ヒカルと佐為のシラを切りとおす度胸と根性と腕だけだ。

 

 

 

今年もアキラの強い意向で行われることになった北斗杯合宿に、大阪からやってくる社と駅で待ち合わせし、ヒカルはお泊り用の荷物と弁当を持って重い足取りで塔矢邸へと向かった。

すでに去年も来ているので塔矢邸へは道に迷うこともなく、陽が高いうちに辿り着く。

 

「よく来た。進藤。待っていたぞ」

 

玄関を開くなり、仁王立ちし待ち構えていたアキラに、ヒカルは持ってきた紙袋をおずおずと差し出した。

 

「ど、どうも、今年もお邪魔します。これ、ウチの母さんが夜腹減ったら、皆で食べろって差し入れの弁当……」

 

「それは助かる。進藤のお母さんによろしく伝えてくれ。部屋は去年と同じ場所だから着替えとかの荷物はそっちに置いてくれ」

 

「う、うん」

 

ヒカルと少し会話しただけで、さっさと家の中に入ってしまったアキラに

 

「ちょっと待て。俺のことは待ってなかったんかい?」

 

社のツッコミが入ったが、今のヒカルには社を気遣う余裕がなかった。

これから三日間、アキラのsaiについて質問攻めに合うことを思えば、去年の高永夏に敵愾心を燃やしていた時の方が、よほど合宿の意味があったのではないかとさえヒカルには思えてくる。

アキラの指示通り、去年と同じ部屋に向かい持ってきた荷物を置いてから、碁盤が用意されている部屋にヒカルと社が向かえば、準備万端・気合十分とアキラが碁盤の前に座っていた。

 

「なんや、去年は進藤やったけど、今年は塔矢の方がえらい気合はいっとんな」

 

社のこの言葉はアキラをからかって言っているわけではない。アキラのあまりの気合の入りように気圧されて驚いての一言である。

反対にアキラがここまで気合を入れている理由をヒカルは知っているだけに、何も言えなくなる。

否。

下手なことを言ってボロを出さないよう、出来るだけ触れたくないのだ。

 

(塔矢のヤツ、絶対塔矢先生と佐為の対局に怒ってるぞ?どうすんだよ佐為!)

 

北斗杯出場メンバーでの合宿が塔矢邸で行われることをヒカルが伝えると、他人事のように頑張ってくださいと手を振っていた佐為を思い出してしまった。

ネットのsaiと同じ名前の佐為のことも、必ずアキラは問い詰めてくるだろう。北斗杯予選のときに、年甲斐もなく大声で泣き叫ぶなんてことをアキラの目の前で堂々とやってしまったのだから。

この追い詰められた局面を乗り切る最後の切り札は、やはりというべきか一人しかヒカルは思いつかなかった。

 

「と、塔矢先生は?日本に帰ってきてるんじゃなかったのか?」

 

「お父さんは二日前に台湾へ行ったよ。お母さんもお父さんに付いて一緒に行ってる。そうでなければウチでまた思う存分合宿なんて出来るわけがないだろう?」

 

冷たくアキラにあしらわれてしまい、ヒカルは頭を垂れる。

 

「おっしゃる通りで……」

 

(塔矢先生、もう台湾行っちゃってたのか……)

 

行洋が家にいれば多少なりアキラも暴走出来ないだろうと思っていたヒカルの淡い期待は、早くも崩れ去った。

 

「まず二人に見てもらいたいのはこの棋譜だ」

 

前回のように一手十秒の超早碁で士気を上げるわけでもなく、対局途中までしか記入されていない棋譜を盤上に出したアキラに、ヒカルはぎょっとして背中に冷や汗が伝うのを感じた。

 

(ひぃぃぃっ!なんでいきなりその棋譜出すんだよっ!)

 

アキラが取り出したのは、先日、サーバーが落ちたことで対局が中断してしまった行洋と佐為の棋譜だ。

 

「ん?それ何時の、誰ん棋譜や?」

 

出された棋譜に興味を示し、社が覗き込む。

 

「途中までしか書いとらんな。続きは?でも、……なんやこれ?黒と白、両方えろう強くないか?」

すぐに棋譜内容に気づいた社が途中までしか書かれていないと言いながらも、棋譜から目を離す素振りもなく食入るように眺めた。

途中までとはいえ、両者30手余り打たれていれば、プロでなくてもそれなりに対局者の実力が推し量られる。

 

ヒカルもこの場をどうやり過ごすべきか内心汗だくで焦っていると、ピンポーン、と。

この場の雰囲気にそぐわない玄関の呼び出し音が聞こえて振り返った。

 

「塔矢、誰か来たみたいだぞ。出なくていいのか?」

 

アキラの注意を少しでも反らそうと、廊下の先にある玄関の方向を見ながらヒカルが言うのだが、

 

「どうせ新聞の勧誘だ。無視すればいい」

 

サラリとアキラは呼び鈴を押す相手が誰か確かめもせず、無視して居留守を決め込んだ。

誰か分からない相手より、碁盤の上に置かれた棋譜の方が、アキラにとっては重要なのだろう。

社も本当にそんな対応でいいのかと、視線だけでヒカルに問うてきたが、家人がこう言っているのだ。

他人の家で余計な真似は、出来るだけ控えるしかない。

 

しかし、3回目までは普通の呼び出しリズムだった呼び鈴が、4回目からは力任せのピンポン連打に切り替わった。

思わずヒカルと社の2人は体をビクリとさせる。

そんな乱暴に押したら本当に呼び鈴が壊れてしまうのではと危ぶむほどの連打。こんな悪印象な真似は、契約が欲しいだけの新聞の勧誘屋なら絶対にしないだろう。

誰か、知り合いが訪ねてきているのだ。そして家に誰かいると分かっている。

行儀悪く舌打ちしたアキラに、一言断ってヒカルは玄関に向かう。

 

(でも、塔矢先生の家にこんな乱暴な訪ね方するやつって、知り合いでも誰だよ?)

 

日本のプロ棋士を引退しても、一時タイトルを同時に5つ保持していた大棋士の家を訪ねるのに、ヒカルでも失礼過ぎるなとムッとしながら玄関の鍵を開けた。

 

「はーい。どちら様……」

 

「いつまで俺を玄関先で待たせるつもりだ?さっさと出ろ」

 

「ええええぇぇぇ!緒方せんせぇ!?」

 

玄関先に立ち、片手はポケットに突っ込んで、己を見下ろしてくる相手にヒカルは大きく後に仰け反った。

ピンポン連打具合から、それなりに塔矢家と親しい誰かだろうと予想はしていたが、まさか緒方とは思ってもいなかった。

しかもヒカルがいつも見慣れている白のスーツではなく、黒のジャケットというラフな服装も見慣れない。

あまりの不意打ちにヒカルは自分の心臓が飛び出るかと思ってしまった。

 

「集まってるのは奥の部屋だな」

 

と言って、断りなくさっさと家の中に入っていく緒方にヒカルも慌てて玄関の鍵を再度閉めなおし後を追いかける。

 

「緒方さん?どうされたのですか?お父さんならもう台湾に」

 

急に現れた客に、アキラの眉間に皺が寄った。

勝手知ったる塔矢邸で断りなくアキラの向かいに胡坐をかいて座りこむと、盤上に広げられている棋譜を緒方は冷ややかに眺めている。

師匠である行洋を訪ねてきたのなら、あのピンポン連打は師に対して非礼過ぎると責めているのだ。

しかし、

 

「塔矢先生に会いに来たんじゃない」

 

「でしたら、どうして……。これから北斗杯に出るメンバーで合宿することになっているのですが」

 

「だから俺が来たんだ」

 

「どういう意味ですか?」

 

北斗杯と緒方は無関係である筈なのに、だから自分が来たという緒方の意図をアキラは測りかねた。

 

「俺が今年の北斗杯、日本選手団の団長だ」

 

寝耳に水とはこのことだろう。

アキラ、ヒカル、社の出場選手3人同時に『え?』とハモってしまった。

交互に顔を見合わせ、そんなこと聞いていたかと視線をめぐらせるが、3人全員首を横にフルフル振る。

 

「だって倉田さんは?今年も倉田さんが団長するって事務の人が言ってたよ?」

 

いつの間にそんな事になっていたのかとヒカルが問えば、

 

「倉田は北斗杯の時期が対局スケジュールで詰まってたんだ。予選の時もスケジュールが重なってて顔出せなかっただろうが。だからたまたまスケジュールが空いてた俺に変更することになった。俺では不満か?進藤は俺より倉田の方が良かったか?」

 

「そ、そんなことは、ないけど……」

 

チラリとメガネの奥の瞳に凄まれ、ヒカルはそれ以上何も言えなくなる。

 

「緒方さん、貴方という人は……」

 

無理やりタイトルホルダーの威厳をチラつかせて、団長の役を倉田さんから奪い取ったんですね、とは不肖な兄弟子の名誉のため、アキラは口には出さなかった。

トップ棋士の一人である倉田は、その人好きする愛嬌と性格から人気がありイベントにも引っ張りだこだ。

 

その上、タイトルの挑戦者をかけたリーグ戦など他の公式対局もこなしている。スケジュールは緒方の言うとおり間違いなく多忙だろう。

だが、緒方自身だってタイトルホルダーとして、倉田に決して負けないくらい出演イベントと対局スケジュールが詰まっているはずなのだ。加えてタイトルスポンサーとの付き合いもある。

 

それなのに、わざわざ北斗杯の団長に無理やり納まっているあたり、自分の目的のためなら大人気ないことでも平気でする人だと、アキラは緒方の人となりを再確認した思いだった。

北斗杯関係者とすればタイトルホルダーが団長になってくれるなら、大会の話題性アップで嬉しい限りで断る理由はどこにもなかっただろう。

 

緒方は確実に再びネットに現れたsaiを求めて、saiを知っているだろうヒカルが選手として出場する北斗杯の団長になったのだ。

そして恐らく、今年から新たに参入した新規スポンサー会社責任者の名前が『藤原佐為』という、ネットのsaiと同じ名前の人物であることもすでに知っている。

 

「光栄に思えよ、進藤」

 

ニヤリと薄い笑みを称えて言ってくる緒方に、ヒカルも内心涙を流しながら

 

「マジで嬉しいデス」

 

心の叫びとは間逆の気持ちを棒読みで返す。

アキラ相手でも手一杯なのに、まさか緒方まで合宿に乗り込んでくるとは全く思ってもみなかった。万事窮す。すでに投了まで秒読み状態。

 

「塔矢先生とsaiの棋譜か」

 

再び盤上の棋譜に視線を落とした緒方が呟く。

アキラ同様、緒方もsaiとtoya-koyoが再び対戦していることを知っていたのだ。

当然、その対局内容も。

 

「サイ?これスポンサーさんの藤原さんと塔矢先生の棋譜やったんか?」

 

ネットのsaiを知らないらしい社に訂正を入れたのはアキラである。

 

「違う。saiというのはインターネット碁に現れる棋士のハンドルネームだ。小文字でエスエーアイ。誰も正体を知らない、正体不明の棋士だ。だが、強さだけなら誰にも、父にも負けたことがない」

 

「塔矢先生にも負けたことない?正体不明って、塔矢先生相手にこんだけ打てるんや。せやったら正体不明いうたかて絶対プロの誰かに決まってるやろ?」

 

「だが、いまだにsaiは自分だと名乗り出る者はいないし、そうと心当たりがある者すら誰もいないんだ。全てがネットの闇の中だ」

 

「ふ~ん」

 

納得いかなそうに社が唸る。

そこにまた呼び鈴が鳴った。

すでに北斗杯団長を大人気なくもぎ取った緒方も来ており、他にこの合宿に参加するような人物はいない。

 

「俺が今度行ってくる」

 

先ほどは緒方をヒカルが出迎えたので、次は自分が、と社がヒカルにとってありがたくない気を使い、玄関の方に行ってしまう。

その場に残されたのはヒカル、緒方、アキラの三人。

例え様のない空気が流れる。

しかし、幸か不幸か、玄関からすぐに戻ってきた社は満面の笑みで、両手に大きな箱を持っていた。

 

差出人は『藤原佐為』、宛名は塔矢家の住所と共に北斗杯出場者様と書かれてある。

上品な包装を粗雑にビリビリ破けば、中身はクッキーの詰め合わせと、『北斗杯合宿、頑張ってください』という綺麗な直筆の字で書かれたメッセージカードが添えられていた。

 

「えらい豪華な詰め合わせやないか!今度のスポンサーさんは気前ええな!」

 

歓喜の声を上げた社がさっそくクッキーの包装紙を破り、口にクッキーを放りこむと、美味しそうにもぐもぐさせている。

その横からヒカルへと向けられるアキラと緒方の視線は、限りなく鋭く突き刺さる。

 

(お前は俺を助けるどころか、崖から笑顔で谷に突き落とすつもりなんだな……)

 

今回の合宿で、ヒカルは台風並みの嵐が吹き荒れる予感がした。

 

 

 




・・・上手くいかない

もう手動かな投稿;;;

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