やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第15話 協力体制

 翌日。ALFのギルドホーム。その応接室。

 以前1人で来た時に通された部屋よりも、一回り大きい一室だ。中央に机、そしてそれを挟むように2つのソファが配置してある。片方はL時型の大きなもので、俺、キリト、アスナ、カインズ、ヨルコの5人が座ってもまだ少し余裕があった。

 向かいのソファに座るのは、ALFの重鎮、雪ノ下雪乃だ。黒い木綿のトレーナーに皮の胸当て、濃い群青色のボトムスという出で立ちをしている。そういえばこいつ、前に接続障害のせいで戦闘行為は出来ないとか言っていたが、見た感じ装備は戦闘用のを着てるんだな。まあ人に弱みを見せるような奴じゃないし、多分ブラフでこういう恰好をしているんだろう。

 

 今日俺たちがここに訪れたのは、言うまでもなく例の事件についてALFに相談するためだ。ヨルコは既に1度断られたと言っていたが、雪ノ下に直接掛け合えば無下にはされないだろう。そしてその期待通り、雪ノ下は真摯に話を聞いてくれた。

 

「事情は分かったわ」

 

 俺たちが全て話し終えると、それまで静かに聞き入っていた雪ノ下がそう言って頷いた。次いでゆっくりとカインズとヨルコに向き直る。

 

「まずは、謝罪を。カインズさん、ヨルコさん。こちらに不手際があったみたいね。本当にごめんなさい」

「あ、い、いえ……」

 

 そう言って頭を下げる雪ノ下に、ヨルコは狼狽して体を縮こませていた。不手際というのは、以前カインズたちがこの事件について相談をALFに持ち掛けた時、それを取り合わなかったことだろう。まあ雪ノ下が悪いわけではないのだろうが、組織というものは得てして上の者が全ての責任を負うものだ。やだ、何それめんどくさい。やはりぼっちが至高か。まあ最近の俺はあんまりぼっちじゃないんだが。

 

「だから、改めてこちらからお願いするわ。この事件の捜査、私たちALFにも協力させてもらえないかしら?」

「……はい。よろしくお願いします」

 

 俺が無駄な思考を働かせているうちに、とりあえず事態は丸く収まったようだった。ヨルコは小さく頭を下げ、カインズも無言で頷いている。

 

「それで、あなたたちも捜査に協力してくれるという認識でいいのかしら?」

「ああ。けどまあ、正直こっちは出来ることも少ないから、ALFが主導で色々やってくれると助かる」

「そうね。そうさせてもらうわ」

 

 ともすれば無責任とも取れる俺の言葉に、雪ノ下は躊躇うことなく頷いた。まあこういうことは慣れない奴が出しゃばっても碌なことにはならないし、妥当な選択だろう。ALFはしばらくアインクラッドで自治体のような役割を担ってきたので、こういったトラブルの対応には熟達しているはずだ。

 ALFが主導で捜査に当たることには特に異議は上がらなかったので、その後は雪ノ下が中心になって話を進めていった。

 

「ではまず、関係者の事情聴取から始めましょう。そちらの2人で元黄金林檎のメンバーには連絡が取れるかしら?」

「あ、はい」

「それでは、ヨルコさんとカインズさんには別室で話を伺います。聴取も兼ねさせて貰うことになるけれど、いいかしら?」

「ああ。何でも聞いてくれて構わない」

 

 そうして雪ノ下と二言三言やり取りを交わしたヨルコとカインズは、しばらくすると現れたALFのプレイヤーに促されて部屋を出て行った。聴取も兼ねているということだから、別室で1人1人取り調べを行うのだろう。

 ドアの近くで雪ノ下の指示を仰いでいたALFのプレイヤーは、話が終わると一礼して部屋を出ていった。そのやり取りはまさに上司と部下のように見える。いや、さっきのプレイヤー明らかに30代くらいのおっさんだったんだけど……。その歳であんなおっさんを顎で使えるとか、マジですげえなこいつ。

 そうして俺が改めてその才覚に感嘆していると、雪ノ下は再びこちらへと戻ってソファに腰を掛けた。

 

「ん? お前は行かないのか?」

「少しあなたたちにも話を聞いておきたくてね」

 

 そう言って、雪ノ下はキリトとアスナに視線を向ける。そして再び口を開きながら、正面に座る俺へと目をやった。

 

「ハチ君。ひとまずあなたの意見を聞きたいわ。この事件、あなたはどう見ているの?」

「は? 何で俺?」

「蛇の道は蛇というでしょう?」

「いや、さらっと人のこと犯罪者扱いすんじゃねえよ……」

 

 げんなりとした気分になりつつ、俺はそう返した。こいつは人のことを何だと思ってるんだマジで。生まれてこの方、悪いことは信号無視とバイトのバックレくらいしかしたことねえぞ、多分。

 

「冗談よ。あなた、人の悪意に敏い部分があるから、単純に見解を聞きたいと思ったの」

 

 顔を顰める俺とは対照的に、雪ノ下は微笑を浮かべてそんなことを口にした。その表情にはっとしつつ、俺は目を逸らす。……こいつ、何か最近雰囲気が変わったよな。少し柔らかくなったというか……。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。色ボケに染まった思考を端に追いやりつつ、俺は真面目に頭を働かせた。

 

「……期待して貰ってるとこ悪いけどな、現状分かんないことが多過ぎて何とも言えねえよ。とりあえず今分かってるのは、シュミットって奴が1番怪しいってことくらいだが……それも何か怪しすぎて逆に怪しくないし」

「どういう意味?」

 

 キリトの隣に座るアスナが、横から顔を覗かせつつ首を傾げる。その拍子に肩から落ちた一房の栗色の髪に目をやりつつ、俺は言葉を続ける。

 

「推理小説とかだとよくあるだろ。話の中盤で1番怪しい奴ってのは、大抵犯人じゃない。ミスリードってやつだ」

 

 まあ、俺は本格的な推理小説ってあんまり読まないんだけどな。高校入ってからはラノベが多かったし。あ、古典部シリーズとかゴシックは一応推理モノに入るか。

 そうして頭の中では盛大に話が脱線してしまったが、俺も別にふざけているわけではない。小説云々の話は抜きにしても、今回のように計画的に殺人を行った人間がこんなに分かりやすく尻尾を出すとは思えないのだ。そしてその意を察してくれた雪ノ下が、1つ頷いて口を開く。

 

「その例えはどうかと思うけれど、確かに言っていることは的を射ているかもしれないわね。そのシュミットという男が犯人だとすれば、詰めが甘すぎるもの。事件後すぐに発覚するようなお金の使い方をするなんて」

「まあ怪しいのには変わりないし、叩けば何かしら出てくるだろ。その辺はALFに任せるとして、問題は――」

「ジョー、か……」

 

 俺の言葉を引き継いで、キリトが呟いた。しばらく、部屋に重い沈黙が流れる。

 

 ――ジョー。おそらく、第25層事件を画策したであろうプレイヤー。レッドプレイヤーと接触していたという目撃証言も上がっている。当然危険人物としてALFや風林火山もその行方を追っているが、依然としてその尻尾さえ掴めていなかった。定期的に第1層の生命の碑で生存確認も行っているので、生きていることだけは分かっている。

 

 そんなプレイヤーが、この事件に関わっているかもしれないのだ。気が重くなるのも当然だった。

 

「偶然とは思えないわ。こんなレアアイテム、滅多にないもの」

「そうね。タイミング的にも、繋げて考えるのが自然だわ」

 

 沈黙を破って口を開くアスナに、雪ノ下が頷いて答える。その2人の視線は俺の左手人差し指に嵌められた指輪に注がれていた。

 神速の指輪。エギルに聞いた話だが、市場にはほとんど出回っていないアイテムらしい。一応組合のメンバーに連絡を取って、他に同じ物が出回っていないか調べてくれると言っていたが、昨日の今日の話なので未だに連絡はない。

 

「けどもしジョーがこの事件に関わっていたとしても、1人でグリセルダさんが泊まっていた部屋に忍び込む手段はないはずだ。システムに何か抜け穴があれば別だけど……正直、それは考えにくい」

 

 目を伏せたキリトが、深く考えるような表情で言葉を紡ぐ。昨夜、何か部屋に忍び込む方法がないかどうか、キリトとアスナと協力して色々と試してみたのだが、システムによる規制は完璧だったのだ。俺たちがその旨を伝えると、雪ノ下はゆっくりと頷いた。

 

「あくまで容疑者は黄金林檎の元メンバーというわけね……」

「まあ、あんまり想像だけで話してもしょうがないだろ。今は情報を集めるのが先だ」

 

 これ以上は話が進展しそうもなかったので、俺は打ち切るようにそう言った。雪ノ下はしばらく考えるように俯いていたが、ややあって軽くため息をつくと、胸元に落ちた長い黒髪を耳に掛けながら頷く。

 

「そうね。ひとまずは事件の捜査と合わせて、ジョーについても引き続き探ってみるわ」

「ああ。それと、俺たちにやれることがあったら何でも言ってくれ。上層の方はALFよりも俺たちの方が詳しいだろうし、その辺りで力になれると思う」

「ええ。頼りにさせて貰うわ」

 

 キリトの提案に、雪ノ下は意外なほど素直に頷いていた。やっぱりこいつ少し変わったな、なんて思いつつ、俺は伸びをしながらソファの背もたれに体を預ける。ひとまずこの話はこれで終わりだろう。

 その後は、軽く今後の確認をしてから解散の流れになった。基本はALFが捜査を進めることになるので、何か進展があれば向こうから連絡をしてくれるそうだ。新しく発見されたPKの手口――「睡眠PK」と俺たちの間では呼ぶようになっていた――についても、ALFが主導でプレイヤーたちに注意喚起を行ってくれることになった。

 ……あれ? これって俺たちすることなくね? と一瞬思ったのだが、先ほどキリトが言った通り、上層についてはALFよりも俺たちの方が詳しいことも多い。エギルとジョーが取引を行ったのは第37層だったそうなので、俺たちはその辺りを探ることになるだろう。

 そうして、俺たちはしばらく最前線から離れることになった。攻略が遅れることに関しては少し危機感もあったが、こういった事件を放置しておけば思わぬところで足元をすくわれる可能性もある。急がば回れということだ。

 

 殺されたグリセルダというプレイヤー。奪われたと思わしき指輪。そしてそれを所持していたジョー。どこまで繋がっているのかはわからない。だが、もしジョーと共にあの刺青の男までこの事件に関わっているとしたら、きっとこれだけでは終わらない。

 そんな危惧を抱きながら、俺は部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、世話んなったな」

「……別に、あなたに礼を言われるようなことじゃないわ」

 

 ALFのギルドホームの玄関で、俺は別れ際に雪ノ下とそんなやり取りを交わした。隣のキリトは苦笑していたが、まあこれがこいつの平常運転だし、むしろ俺からしたら逆に安心するくらいだ。……いや、冷たくされるのがいいとか、別にそういう性癖があるわけではない。

 そんなことを考えつつ、俺は帰路につこうと雪ノ下に背中を向けた。しかし足を踏み出す前に、後ろから再び声が掛かる。振り返ると、何やら雪ノ下が居心地が悪そうに腕を組んでいた。俺から視線を逸らしつつ、躊躇うように言葉を紡ぐ。

 

「その……1つ、提案よ。捜査に当たって、やはりお互い連絡は取れた方がいいと思うの。毎回トウジさんを通して連絡するのも迷惑を掛けてしまうし、何より効率が悪いわ。暫定的に協力関係を結ぶと言う意味でもシステム的な繋がりは持っておく必要があるし、だから一応――フレンド登録をしておきましょう」

「……へ? ……あ、ああ。そうだな。確かに、しといた方がいいか」

 

 一瞬、呆気にとられてしまった。まさか雪ノ下の口からフレンドなんて言葉が出てくるなんて、思いもしなかった。

 いや、まあ確かにフレンド登録をしておかないと色々と不便ではあるのだ。いたずらなどを防ぐために、ほとんどのプレイヤーはフレンド以外のプレイヤーからのメッセージを受信拒否する設定にしている。だから雪ノ下とフレンド登録をしていない俺たちは、今日のアポイントを取るのも既に雪ノ下とフレンド登録を済ませているトウジ伝いに連絡を取ったのだ。今後やり取りが増えるなら、確かにそろそろフレンド登録をしておいた方がいいだろう。

 実に実利的な判断だ。雪ノ下らしいと言える。……言えるのだが、正直雪ノ下からフレンド申請を受ける日が来るだろうとは、夢にも思っていなかった。

 

「何をにやけているのかしら、ハチ君。気持ち悪いわ。一応言っておくけれど、フレンドというシステム的な繋がりを持つだけであって、決してあなたと私が友人と言うわけではないわよ」

「……言われなくてもわかってるっつーの」

 

 意外過ぎる雪ノ下の態度に、どうやら思わずにやけてしまっていたらしい。いや、気持ち悪いって……。そこまで言わなくてもいいだろ……。

 そうして雪ノ下はしばらく俺に攻撃的な目線を向けていたが、やがて小さくため息をつくと、右手でシステムウインドウを呼び出した。細い指を上下に動かし、何か操作している。ややあって、雪ノ下からフレンド申請のメッセージが送られてきた。

 ……何だか、感慨深いものがあるな。いや、ゆってもネトゲでのフレンドなんて結構ハードル低いんだけど。俺でさえ数人はいるレベル。

 そんなことを考えながら、俺はその申請を受諾する。すると俺の目の前に浮かんでいたフレンド申請の画面は消え、次いで新しく「Yukinoさんがフレンドに追加されました」というメッセージが表示された。

 

「ふぅん……」

 

 不意に、横から小さな呟きが聞こえた。そちらに目をやると、何故か微妙な表情をしたアスナが俺の脇からそのメッセージを覗き込んでいた。いや、つーか距離が近い。いい匂いするからやめて!

 

「な、何だよ?」

「……別に」

 

 後ずさりながら俺がそう尋ねると、アスナは気のない返事を返した。何なのこの子? 反抗期?

 オーケー、落ち着け、俺。女っていうのは男よりもパーソナルスペースが狭いと聞いたことがある。つまりボディタッチが多かったり距離の近い女ってのは、特に意味があってそうしているわけではないのだ。中学時代の俺がそんなことをされれば「あれ? こいつ俺のこと好きなんじゃね?」と勘違いし、即行で告白して玉砕しているところだったが、もう同じ轍は踏まん。

 そんなことを考えている俺の横で、いつの間にかキリトも雪ノ下とのフレンド登録を済ませていた。次いで、気を取り直した様子のアスナもそれに続く。そしてそれも済ませると、雪ノ下は改めて俺たちに向き直った。

 

「お互い、連絡は密にしましょう。なるべく情報は共有しておいた方がいいわ」

「ああ。何か分かったらすぐにメッセージを送るよ」

 

 キリトがそう返し、俺たちは今度こそ帰宅の途についた。開け放しになっている大きな門を潜り、通りに出る。まだ日は高いが、人通りはまばらだった。

 緩やかな風が、髪を撫でていった。そこで俺は、何とはなしにゆっくりと振り返る。大きく開かれた、白い正門の向こう、不器用な表情で小さく手を振っている雪ノ下と、目が合った気がした。


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