やはり仮想現実でも俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:鮑旭

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第14話 蠢く悪意

 ビュルカニアの街の一角、とある民家。その2階部分は丸々大部屋になっており、俺とキリトはNPCからそこを借り受けて拠点にしていた。南側に2つのシングルベッドが並び、北側に4人掛けのテーブルが置いてある簡素な部屋だ。

 現在、部屋に存在する人影は5つ。それぞれ自分のベッドに腰掛ける俺とキリトに、テーブルに備え付けられた椅子に座るアスナと先ほどの2人のプレイヤーである。……何故こんなことになってしまったのか。

 

 まあ、単純な話だ。居酒屋での一件のせいで俺たちは彼らの話を聞く流れになってしまい、もっと落ち着いて話が出来る場所――俺とキリトの拠点へと移動したのだ。最初はここへと招くつもりなど全くなかったのだが、店を出たところで第38層から帰って来たキリトとばったり遭遇し、事情を知ったそいつがこいつらを招いてしまったのだった。

 「いいよな、ハチ?」じゃねえんだよ。そんな聞き方されたら断り辛いことこの上ないだろ……。キリトのぼっち指数もかなり高くなってきていたように思っていたんだが、たまに妙なところで対人能力を発揮する奴だ。

 

 既に、道中で互いの自己紹介は済ませてある。男の方はカインズ。女はヨルコと言うらしい。こちらが名を告げると、「ああ、噂の……」と言って少し驚いていた。まあアスナは攻略組唯一の女プレイヤーとして有名だし、俺もクラインやトウジのせいで名前だけは売れているので聞いたことがあったのだろう。ただキリトに関しては2人とも聞いたことがなかったようで、本人はちょっとショックを受けていた。いや、名前が売れてもいいことないぞ。マジで。

 

 まあそんな過程を経て、今に至る。部屋は重苦しい雰囲気だ。ヨルコと名乗った女の方は身を固くして目を伏せているし、カインズも硬い表情をしている。いや、話しにくいなら無理に話さなくてもいいんですけど……。そう思いながら俺が視線を送っていると、何やら意を決した表情で顔を上げたカインズと目が合った。

 

「ひとまず、ハチさん。改めて、先ほどは済まなかった。ただ、俺たちは決して君に悪意を持ってあんなことをしたわけではないんだ。それはこれから話す内容を聞いてもらえれば理解してもらえると思う」

 

 そう前置きをして、カインズが居住まいを正す。それにつられて俺も何となく姿勢を正していると、再びカインズが口を開いた。

 

「もう、2週間前になる。俺たちが所属していたギルド《黄金林檎》のギルドマスター、グリセルダという女プレイヤーが、何者かに殺されたんだ」

 

 その言葉に、場の空気が一気に重くなった。キリトもアスナも、口を噤んで険しい表情をしている。俺は何となく、部屋の温度が下がったような錯覚に陥った。

 今までの言葉の端々から、大体話の内容は予想が付いていた。だが改めて話を聞くとなると、それはまだまだ子供の域を出ない俺たちには重い話だった。

 

「全ての始まりは、俺たちがあるレアアイテムを手に入れたことだった――」

 

 それからカインズは、順序立ててその事件のあらましを語りだした。

 

 2週間ほど前のある日、黄金林檎のメンバーで狩りをしていた時に、1匹のレアモンスターがアイテムをドロップしたらしい。それは敏捷性を20も上昇させる指輪という、超のつくレアアイテムだった。

 最初は無邪気に喜んでいた彼らだったが、やがてそのアイテムを巡って諍いが起こった。話の争点はギルド内でそれを使用するか、それとも売ってコルを山分けするか、という点だ。しばらくはメンバー間で揉めたそうだが、最終的には多数決で穏便に決めたらしい。総ギルドメンバー8人で決を採り、5対3で売却という結果になったそうだ。

 しかし、問題はここからだ。少しでも高値で売ろうと、彼らはそのアイテムを最前線で競売に掛けることにした。競売は確かに物が良ければ高値で売れるのだが、時間が掛かる上に運営とのやり取りも頻繁にこなさなければならないというデメリットもある。彼らのホームは下層だったらしく、スムーズにアイテムを競売に掛けるために、ギルドマスターであるグリセルダが泊りがけで最前線の街へと向かうことになったらしい。だが、それきりグリセルダからの連絡は途絶え、そのすぐ後に彼女が死亡したことを彼らは知ったのだった。

 当然、ギルド内では犯人探しに躍起になったそうだが、事件から2週間が経過した今でも捜査には全く進展はなく、そしてお互いに疑心暗鬼に駆られた黄金林檎のギルドはとうとう解散し、事件についても曖昧になってしまったのだった。

 そんな時に現れたのが、グリセルダが持っていた指輪と同一の物を所持した俺だ。それは疑いたくもなるだろう。

 

「レアアイテムを狙って、PKか……」

 

 話のあらましを理解した俺は、そう呟いた。普通のMMOならばそう珍しくもない話だが、このSAOの世界の中では話が別だ。システム上の死が現実世界での死に直結するこの世界で、PKという行いがどんな結果を生むか、分からない人間は居ないだろう。

 ただ、この話にはまだ色々と解せない部分がある。そんな俺の気持ちを代弁するように、隣のベッドに腰掛けるキリトが口を開いた。

 

「間違いなく、PKなのか?」

「はい。間違いないありません。最前線の街……今は39層ですけど、そこの圏内でグリセルダさんの遺品を見つけたんです。圏内で人が死ぬのは、プレイヤー同士が決闘した時だけですから」

 

 キリトの視線はカインズへと向けられていたが、答えたのは隣に座るヨルコだった。彼女は伏せた目を決して上げようとはせず、しかしその口調だけは嫌に冷静に聞こえた。

 

「……良く遺品なんて見つかったわね」

「泊まってる宿屋はわかっていたので……。出発した次の日の朝、グリセルダさんの名前がリストから消えていたから、心配になってすぐにそこへ向かったんです」

「ん? ちょっと待ってくれ。その遺品はどこで見つけたんだ?」

「宿屋の一室です」

 

 色々と疑問は湧いていたが、俺はそのやり取りを黙って聞いていた。まあアスナとキリトが要領よく質問してくれているから問題ないだろう。俺はまだヨルコとかいうプレイヤーには警戒されている可能性もあるし、ここは傍観するのが正解のはずだ。決して面倒臭いわけじゃない。

 

「宿屋……? 確かにシステム的には可能だけど、わざわざそんな所で決闘したのか?」

「これは推測なんですけど、グリセルダさんは寝こみを襲われたんだと思います。ちょっと、見ててください」

 

 再びのキリトからの問いに、ヨルコはそう言って視線を動かした。目が合ったカインズが頷き、彼女の右手を掴む。そして手を添えたままその右手を動かし始めた。

 ……え? 何で急にイチャつきだしたの? 見せつけたいの? そう思って俺は一瞬狼狽えたが、すぐに彼らが何を見せたかったのか理解した。掴んだ右手を動かしているのはカインズのようだったが、システムウインドウの呼び出しコマンド――2本の指を振り下ろす動作――に反応して現れたのは、ヨルコのシステムウインドウだった。そこに現れた画面を、さらにカインズはヨルコの右手を使って操作している。

 

「なるほど……。寝てる相手の手を操って、決闘を申し込んだわけか」

「こんな方法が……」

 

 納得するように頷いたキリトに続いて、アスナは驚いたように呟いていた。目の前の光景に、心の中で俺も小さく戦慄する。非常に単純な方法だが、確かに今まで気付かなかった。これを利用すれば、圏内でのPKが可能になるだろう。

 しかし納得するのと同時に、大きな疑問が浮上した。ここまで傍観を決め込んでいた俺だったが、思わず口を挟んでしまう。

 

「……なあ。だとするとこれ、目的はアイテムじゃないんじゃないか?」

 

 その言葉に、この場の全員が訝し気な視線を俺へと向けた。「何言ってんのこいつ?」みたいな空気だ。そうして俺は一瞬にして心が折れそうになったが、しかしすぐに俺の意を察したキリトが救いの手を差し伸べてくれた。

 

「……そうか。確かにその方法を使えば、何も相手を殺さなくてもアイテムを奪えるんだ。取引申請でも送って、アイテムを差し出させればいい」

 

 その言葉に、カインズとヨルコは雷に打たれたような表情をしていた。おそらく2人は、この事件をレアアイテムありきで考えていたのだろう。レアアイテムを持っていたが故に、グリセルダは狙われたのだ、と。

 しかし、おそらくそうではない。アイテムが奪われた可能性は高いが、それが狙いだったとするなら殺すメリットはないのだ。

 

「つまり犯人の目的は最初からグリセルダさんを殺すことで、アイテムはついでってこと?」

「そもそも本当にアイテムが盗まれたのかもわからないぞ。この指輪が本当にこいつらが知ってるものと一緒かはまだわからんし」

 

 アスナの疑問を受け、俺はそう言ってまとめた。それきり、部屋の中に嫌な沈黙が降りる。カインズとヨルコは、何か深く考え込むような表情をしていた。おそらく、グリセルダを殺す動機を持った人間についてでも考えているのだろう。

 

「……まあ、こういうのは身内だけで探り合ってもこじれるだけだろ。ALFが自治みたいなことやってるから、そこに相談してみろよ」

 

 沈黙に耐えかねた俺は、もうこの話を終わらせようとそう口を開いた。冷たいようだが、こういう話は警察でもない部外者が口を出すべきではないのだ。生憎とアインクラッドの中には警察は存在しないが、現在はALFが暫定的にその役割を担っている。

 再びの沈黙の中、顔を上げたヨルコと視線が合った。その瞳にはもう俺に対する敵意は宿っておらず、彼女はただ疲れたように力なく首を振る。

 

「ALFには、もう相談しました。でも、全然取り合って貰えなかったって、グリムロックさんが……」

 

 グリムロックという名前に覚えはなかったが、察するに彼らのギルドのメンバーだろう。そんなことを考えながら、俺はまた新たに湧いて出た疑問について思案していた。

 ALFが、取り合ってくれなかった? 妙な話だ。今現在ALFでは雪ノ下が相当な権力を持っているはずだが、あいつがそんな中途半端なことを許すはずがない。まあ所属メンバー1000人を優に超えるマンモスギルドであるから、あいつが全体を掌握出来ていない可能性もあるのだが……。

 

「あの、よかったら私たちにも、この事件を調べるの手伝わせてくれませんか?」

「そうだな。レッドプレイヤーがその辺をうろついてるとあっちゃ、おちおち攻略もしてらんないし」

 

 1人思案に耽っていた俺の隣で、アスナとキリトがそんなことを口にした。お前ら、本当に面倒事に首突っ込むの好きだよな……。

 そんな苦い思いで、俺はただ状況を見守っていた。この場じゃ俺が意見を言っても黙殺されるのがオチだろう。

 2人の言葉に、ヨルコは戸惑ったような表情をしていた。まあそれが一般的な反応だ。普通は部外者が首を突っ込むような問題じゃない。だが1人考え込むようにしていたカインズは、やがてヨルコの肩に手を乗せて諭すように口を開いた。

 

「ヨルコ、彼らも興味本位で首を突っ込もうとしているわけじゃないはずだ。素直に力を借りよう」

 

 その一言で、この場の方針は決定したようだった。困惑顔だったヨルコもやがてゆっくりと頷き、「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。

 ……俺まだ何も言ってないんだけど。まあ、マイノリティとして淘汰されるのには慣れている。問題ない。

 事件が解決に向かったわけでもなかったが、この場の雰囲気は少しはましになったようだった。そこで仕切り直すように、キリトが口を開く。

 

「とりあえず、犯人は身内の可能性が高いわけだよな。デフォルトの設定なら、ギルド・パーティメンバーは同じ宿屋に入れるはずだし」

「ああ。俺たちもそう考えてる。当時はギルド内でパーティを組んだままだったから、容疑者は俺たちギルドメンバーだけだ」

 

 キリトの推理を肯定するように、カインズが頷いてそう答えた。キリトの言っている設定というのは、ドアの鍵の開錠設定のことだ。初期設定のままだと宿屋のドアはギルド・パーティメンバーに対して開錠可となっており、自由に入室出来るのだ。

 不用心な話だが、この設定はあまり弄らないプレイヤーが多い。俺なんかは絶対に誰も入ってこれないように設定を変えるのだが、キリトやクラインなどからは気にし過ぎだとよく言われる。いや、知らない間に誰か入ってきたらいやだろ普通。

 

「大体の犯行時間はわかってるんだろ? ギルメンのアリバイはどうなってるんだ?」

 

 正直あまり関わりたくない話ではあったが、俺もそうやって口を挟んだ。キリトやアスナがいる限り無関心というわけにもいかないだろうし、それならなるべく早く問題を解決した方がいい。

 

「ちゃんとしたアリバイがなかったのは、シュミットというプレイヤーだけです。ただ、アリバイがないというだけじゃ問い詰めることも出来なくて……」

 

 沈んだ声で、ヨルコが俺の問いに答えた。まあその辺が俺たちみたいな素人の限界だろう。真実を追求すると言うのは、存外にしんどいものだ。何よりも和を尊ぶような人間関係においては特にそうだろう。

 

「シュミット? 何か聞いたことある名前だな……」

「確か最近聖龍連合に加入したプレイヤーじゃない? ほら、あの大きいランス持ったタンクの」

「ああ、そう言えば居たなそんな奴」

 

 シュミットという名前に心当たりがあったらしいキリトとアスナが、そんなやり取りを交わす。俺も一応シュミットという名前を脳内で検索してみたが、ヒットはしなかった。まあキリトでさえうろ覚えなのに、俺が覚えているはずもないな。

 ちなみにアスナが口にした《聖龍連合》というのは、現在アインクラッドに存在する攻略ギルドの1つだ。現時点で攻略ギルドのトップに君臨する血盟騎士団に勢力としては一歩劣るものの、その影響力や戦闘力は間違いなくトップギルドの一角である。DKBを前身としたギルドで、第25層でリンドを失ったことによって一時期低迷していた力を取り戻すために、他のギルドと合併して生まれたという経緯がある。現在のギルドマスターはハフナーという大剣使いで、こいつはDKBの時代にリンドの補佐をしていた男だ。

 

「シュミットが、聖龍連合に……?」

 

 眉を顰めた様子のカインズが、小さく呟いた。俺たちが視線をやると、怪訝な表情を顔に張り付けたまま言葉を続ける。

 

「それはおかしい。今のあいつのステータスで、聖龍連合に入れるわけがない」

 

 人伝に――というかアスナに――聞いた話だが、聖龍連合というギルドはかなりエリート意識の高い集団らしい。その入団には厳しい審査があるらしく、ある程度前線で通用するステータスがなければ相手にもして貰えないそうだ。

 それが事実なら、そのシュミットというプレイヤーはその厳しい入団テストをクリアしたということになる。しかしカインズの話では、黄金林檎を解散した時点では到底聖龍連合に入団できるステータスではなかったそうだ。

 

「レベルはそんな急激に上げられるものじゃない……なら、考えられるのは……」

「いい装備を揃えて、ステータスを底上げすることだな。……よくそんな金があったもんだ」

 

 キリトの言葉に続いて、俺が白々しく呟く。みなまで言わずとも、この場の全員がその意を察していた。

 

「……1度、その人に話を聞いてみた方がいいみたいね」

 

 アスナの言葉に、カインズとヨルコが頷く。ようやく一歩前進と言ったところか。

 それきり、室内は静寂に包まれた。とりあえず今日ここで話せることはもうなさそうだし、そろそろ解散だろう。そう考えたところで、部屋にノックの音が響き渡った。皆の視線が玄関に集まる。

 来客に、心当たりはない。しかもしている話も内容が内容だっただけに、俺は警戒心を強めた。しかしドアの付近に居たキリトが全く戸惑う動作なしで立ち上がると、誰何もせずにドアに手を掛ける。

 おい、と突っ込みそうになったが、それよりも早くドアが開け放たれた。そこに立っていたのは、色黒スキンヘッドの大男。いや、色黒というか黒人だ。おまけにめっちゃ厳つい。道端で会ったら何も悪いことしてなくても謝ってしまうだろう。土下座も靴舐めも余裕だ。そんな生物的に一瞬で負けを認めてしまうような風貌。まあ、その実、ただの気のいいおっさんなのだが。

 現れたのが見知った人物だったことを確認し、俺は警戒を解いた。おそらく、キリトが呼んだのだろう。カインズが話をしている時に何やらシステムウインドウを弄っていたし、メッセージでも飛ばしていたのかもしれない。

 

「おう、待たせちまったか?」

「いや、むしろよく来てくれたよ、エギル」

 

 言いながら、キリトがそいつを部屋に招き入れる。エギル――SAO世界での、俺の数少ない知り合いの1人だ。攻略組としてアインクラッド攻略を進める傍ら、ゲーム内で商人として商いもしている地味に凄い奴だ。現在は特定の店は持たず、層を渡り歩いて行商のようなことをしているらしい。

 

「丁度この近場にいたからな。ん? こちらのお2人さんは?」

「あー、紹介するよ」

 

 そう言って、キリトが互いを互いに紹介する。カインズとヨルコは突然現れた厳つい風貌の男に戸惑っていたようだが、エギルがゲーム内で商人をやっていると説明し、先日俺が神速の指輪をこいつから購入したことを告げると納得してくれた。

 そう、この指輪はエギルから買ったのだ。黄金林檎でドロップした例の指輪と、俺の持つこの指輪が同一の物かはまだわからないが、流通ルートを探って知ってる名前でも出てくれば相当の手掛かりになるはずだった。

 自己紹介の後は、彼らの事情とここまでの経緯をかいつまんでエギルに説明した。あまり人に吹聴することではないが、事件の解決に必要なことだとカインズとヨルコも了承してくれたので問題ないだろう。

 

「なるほど……そりゃあ、災難だったな。俺が力になれることがあるなら、何でも言ってくれ」

 

 キリトの説明を聞き終わったエギルは、真摯な顔でそう口にした。風貌で誤解されやすいが、なかなか情に厚い奴だったりする。

 まあそんな感じで状況説明も終わり、いよいよ本題に入る。キリトがこちらに視線をやって来たので、俺はゆっくりと頷いた。

 

「じゃあとりあえず聞きたいんだが、この指輪覚えてるよな?」

 

 言いながら俺は左手の指輪をエギルの目の前へと差し出した。一瞬訝し気な表情をしつつも、エギルはそれに目をやって頷く。

 

「ん? ああ、覚えてるぜ。こんなレアアイテム中々扱うこともねえし……って、そうか、さっきの話に出て来た指輪ってのが……」

「まあ、そういうことだ。これの出どころ、分かるか?」

 

 商売柄、毎日相当な数のアイテムを扱うはずだ。だから特定は難しいかもしれない。そんな懸念と共に俺は尋ねたのだが、意外なことにエギルは迷うことなく頷いた。

 

「これは俺が直接プレイヤーから買い取ったもんだ。だからそいつの名前もしっかり覚えてるぜ」

 

 そこで、一瞬の間が空いた。エギルは俺、キリト、アスナの顔を順番に見ながら、さらに言葉を続ける。

 シュミットの名前が出てくれば、事件は一気に解決に近づくだろう。そんな期待と共に俺は耳を傾ける。だが、予想に反してエギルが口にしたそのプレイヤーの名前は、この場の空気を凍りつかせた。

 

「結構前に攻略組に居たプレイヤーだ。お前らも名前くらいは覚えてるかもしれんが……スペルは《Joe》。ジョーってプレイヤーだ」


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