ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~   作:デスフロイ

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第7話  エースの器

 ついに9回表。9対7、青道のリード。

 二軍ばかりの下位打線は、三橋を捉えきれない。あっさり2アウトに持ち込まれる。打順は9番の沢村に回った。

 

「うぐぐ……! やはりクセ球使いを打ち崩すのは、一試合では無理ってことか!」

 

 あっけなく三振して悔しがる沢村の台詞を、阿部はベンチに戻りながら聞き流した。

 

(何試合かけても、あのデタラメなスイングじゃ当たらねーよ。バントだけはうまいけどな。あっちのチームも、ヘンテコなピッチャーばっかりで大変だな)

 

「阿部君! 9回、投げられた。阿部君の、おかげだ」

 

(こっちのピッチャーも、大概ヘンテコだからな。人のことは言えねーか)

 

「泣いても笑っても、後はこっちの攻撃だけだ。お前がトップバッターだけど、無理はするなよ……え!?」

 

 阿部は、目を見張った。

 ずっと控えにいた西広が、ネクストバッターサークルで素振りを始めていたのだ。

 

「何で!? どうして、西広君が? 代打? オレ、替えられるの!?」

 

 ベンチに駆け込んだ三橋が、モモカンに詰め寄った。

 

「聞いて。三橋君」

 

 優しく、モモカンが言った。

 

「私たちは、一年チームとはいえ、あの青道を追い詰めている。点差はたった2点。降谷君を攻略することは、不可能じゃないと私は思ってる。あなたたち、喰ってみたいと思わない? 青道を……!」

 

 獲物を見据える雌ライオンの瞳に、三橋も阿部も飲まれている。

 

「そのためには、全ての戦力を注ぎ込む。三橋君、申し訳ないけど、打撃では西広君の方が上だと思う。あなたは9回まで一人で投げて、体力も集中力もずいぶん擦り切れている。ここまで青道と戦えたのは、あなたが辛抱強く投げてくれたからよ。誰もが、そのことを感謝している」

 

 モモカンが、一息ついた。

 

「だから、ここからは他のみんなに頼っていいのよ。……沖君!」

「は、はい!?」

「投球練習始めなさい。もし万が一、2点止まりで終わってしまったら、延長戦になる。そこからは、あなたが投げなさい。阿部君、付き合ってあげて」

「え、え!?」

 

(俺が、あの打線相手に投げるの!? 打ち込まれるに決まってる! 交代したくないのはこっちだよ!)

 

 沖は、進退極まったという表情で、モモカンと、絶望に苛まれている様子の三橋を見比べている。

 

「三橋君、そんな顔しないで。あくまで沖君は保険。このチームのエースは三橋君以外にいない。もしサヨナラ勝ちすれば、沖君があのマウンドに上がることはないのだから」

 

 モモカンのあまりの強気っぷりに、その場の全員が言葉を失っていた。

 

「阿部君、あなたは分かるわよね? 私が、沖君に投球練習をさせる意味が」

「……分かる、気がします」

 

 

 

 

 

 

(別のピッチャーが、投球練習始めた!?)

 

 サードの守備位置についた金丸が、すぐ傍にある西浦側のブルペンを見て驚いた。

 

(ピッチャーに代打出すのは分かるけど、次のピッチャーに準備させるって、延長戦前提ってことだろ? 降谷の球を、まともに打ってるヤツが誰もいないってのに。アイツから2点取れるつもりか。っていうか、もういい加減諦めろよ!)

 

 呆れるのを通り越して、疲労感すら金丸は覚えていた。

 

「望むところだ! 降谷、延長になったら俺が投げてやるからな! お前は9回までって取り決めだからな。聞いてんのかコラ!」

「そこのファースト。大声で、チームの取り決めをバラすな」

 

 落合は沢村を黙らせて、こきこきと首を鳴らした。

 

「監督代行!」

 

 ベンチに控えていた金田が問いかけた。

 

「もし仮に同点になったら、延長するってことになってるんですか?」

「……決めるの忘れてた」

 

 頭をかく落合に、は? という表情の金田。

 

「まさか、そこまでもつれこむと思ってなかったんでな。だけど、引き分けでいいから試合終わりましょ、って言えるか? 青道が。あっちは最後までやる気だぞ」

 

 金田が黙って首を横に振るのを眺めつつ、落合は思った。

 

(ま、こちらにプレッシャーを与えたいんだろうがな。あのピッチャーが三橋と同等の力があれば、6、7回くらいでとうに替えている。おそらく簡単に打ち込めるだろう。もっとも、西浦打線が降谷から2点取れればの話だが……)

 

 代打の西広が、打席に入った。

 

(出られたのはいいけど、あの球をどうにかできるのか、俺に?)

 

 1球目のストレート。胸元に来て、西広はのけ反った。判定はボール。

 

(打てるわけあるか、こんなの! だ、だけど、せめて3球、思いっきり振ろう。代打の務めとして)

 

 2球目、3球目と連続でデタラメに振り、当然かすりもしない。

 4球目。

 外角低めに投げられたストレートを、西広は空振りした。

 

「西広、走れ!」

 

 花井の声に、西広は一瞬後ろを見た。

 狩場が球を逸らし、しかも見失っている。

 西広は一目散に一塁へ走り、頭から滑り込んだ。ほぼ同時に、ファーストの沢村が捕球した音が聞こえた。

 

「セーフ!」

 

(やった……! 出塁できれば、ヒットと同じだよな? 一応、代打の役目は果たしたか)

 

 そして打順は頭に戻り、1番の泉となった。

 泉は、モモカンのサインを見た。

 

(送りバントか。俺も打てる気なんかしねーから、それはいいんだけど。だけど、普通にはやらねーぞ。2点差をひっくり返すんだからな!)

 

 1球目。泉は、普通に送りバントの構えをした。

 春市と金丸、それに降谷が、投球と同時に間合いを詰めてきた。

 泉はバットを引く。

 

(よし、普通に送ると思ってくれてるな。次でやってやるか)

 

 2球目。

 またも送りバントの構え。降谷も突っ込んできた。

 

(当てるだけなら、俺にも何とかできる!)

 

 泉は、あえて芯に当てにいった。同時にバットを少し突き出す。

 プッシュバントだ。

 が、やはり芯に当てきれず、ふわりと降谷の頭上に上がってしまった。泉の手も、剛球で少し痺れている。

 不意を突かれた降谷が足を止め、グラブを球に差し上げた。

 

(高い! 取り損なえ!)

 

 泉が、願いながら走る。

 グラブの先端が、上がった球に触れかけた。

 しかし、無理に伸び上がった降谷が、バランスを崩した。球を取れないまま、背中から倒れこむ。

 頭から一塁に飛び込んだ泉は起き上がり、やっと半身を起こした降谷を睨んだ。

 

(どうだ! そっちも、土まみれにしてやったぜ……!)

 

「タイム!」

 

 沢村が、塁審に声をかけて、マウンドに駆け寄っていった。

 

「降谷! 大丈夫か!?」

「ああ。どこも痛めてない」

「ほれ、起きろ!」

「別に手を貸してもらわなくても、自分で起きれる……」

 

 降谷が立ち上がると、狩場や他の内野の面々も集まってきた。

 

「気にすんなって降谷。あんなの、苦し紛れの奇襲だって。お前の球が打てないもんだから」

「そうそう。残り三人、一気に決めちまえ」

 

 狩場と金丸が、口々に言う。

 

「……お前ら、まだそんなこと言ってるのか?」

 

 沢村の、いつになく険しい声音に、二人がぎょっとした。

 

「9回裏でノーアウト一、二塁だぞ! 2点差だぞ! ランナーがどっちも帰ったら同点なんだぞ! 何で、そんなにノンキなこと言ってるんだよ! 練習試合だからって、気を抜いてるのか!?」

「栄純君……」

 

 春市が沢村を止めようとするが、お構いなしに続ける。

 

「大体、お前らだって降谷の状態は知ってるだろ!? 何で俺だけしか、大丈夫かって聞いてやらないんだよ! お前ら、降谷一人で戦わせて、自分は高みの見物か! 投手はな、バックを信じてるから投げられるんだよ! 野球は9人でやるもんだろうが! 降谷を一人ぼっちにしてんじゃねえよ!!」

 

 その場にいた、全員がおし黙った。

 

「……沢村の、言う通りだ」

 

 金丸が、静かに言った。

 

「正直に言う。俺は、この試合を簡単に考えてた。一年生だけの新設チーム相手だ。桐青に勝ったとかいうのもどうせマグレだろう、軽くひねってやればいいってな。それが、あのザマだ」

 

 スコアボードを、金丸は指さした。

 

「病み上がりの降谷一人に頼り切って、それですませていい状況じゃない。確かに、俺の物言いが甘かった。俺たち全員で、降谷を守って戦わなきゃ、してやられるぞ」

「……もう認めようよ、みんな」

 

 春市が、口を開いた。

 

「西浦は、強い。一人一人が、予想以上の実力を持ってる。ピンチになっても崩れず、踏みとどまる。チーム一丸となって、必死で食らいついてくる。急造チームの僕たちが、簡単に勝てる相手じゃないよ」

「俺たちが、本気で相手するくらいの価値はある敵だ、ってことか」

 

 狩場も、顔を引き締めた。

 金丸が、その場の全員を見回した。

 

「俺たちは、青道の名前背負ってるんだ。このまま、西浦に好き放題させたまんまで帰していいわけがねえよな、みんな!」

「おう!」

「降谷、俺たちが全力でバックアップする。任せろよ!」

「もし球が飛んできたら、よろしく頼む」

 

 降谷も、素直に応じた。

 後はお前が締めろ、と、金丸が沢村に目で合図を送った。

 内野全員が円陣を組み、沢村が大声をあげた。

 

「本物の青道野球やるぞ! 西浦を、全力で倒す!」

「おうっ!」

 

 内野が、降谷を中心に散っていった。

 その様子を、三橋はじっと見つめていた。

 

(オレは……三星で、ずっと一人ぼっちだった)

 

 三橋のいた三星学園中等部は、彼の祖父がオーナーであった。そのために、野球部ではヒイキでエースとなったと言われ、しかもマウンドに固執して譲らなかったために、三橋はチームメイトの誰にも相手にされなかった。キャッチャーはサインを出してくれず、他のナインも言葉すらかけてくれなかった。自分の身から出た錆、と思ってはいても、あまりにも辛い日々だった。

 

『投手はな、バックを信じてるから投げられるんだよ!』

 

 まるで沢村が、自分のために叫んでくれていたようにすら、思えていた。

 

「三橋君」

 

 モモカンの声に、三橋ははっと我に返った。

 いつの間にか、涙ぐんでいたことにやっと気づき、拳でぐいぐい目元を拭いた。

 その様子を眺めていたモモカンは、優しく語りかけた。

 

「今の、見てた?」

「は、はいっ」

「たとえマウンドにいなくても、エースとしての振る舞いはできる……」

「……!」

「沢村君は、チームの精神的な柱となる、エースの器よ。彼をただの2番手投手だと思い込んでいたのは、大きな間違いだったわ。あのチームのキーマンは、沢村君よ」

「マウンドに、いなくても、エース……!」

 

 三橋が、初めて出会った概念だった。

 

(オ、オレは……マウンドに、しがみついて、いただけ、だった。エースは、チームのために、何ができるか、常に考えないと、いけないんだ……!)

 

 

 

 

 

 

 打席についた栄口は、青道内野陣の様子が、明らかに変わっているのに気付いていた。

 

(どいつも、食いついてきそうな面構えになってんじゃないかよ……青道が、ついに本気になってきやがったんだ)

 

 ぐっ、と歯を食いしばる栄口。

 

(くそっ、俺だって、まだ何の結果も出してないんだ! 自分の仕事だけは、何としてもやってみせないと)

 

 送りバントの構え。だが、青道内野陣はあまり前に出ない。泉がプッシュバントをやったばかりなので、警戒している。

 1球目。低めのスプリット。ボール。

 2球目は高めのストレート。栄口はバットに当てた。途端に、サード金丸とセカンド春市が突っ込んでくる。が、小さく上がったファウル。狩場がミットを伸ばしたが、届かなかった。

 栄口は今の突進に感じたプレッシャーをこらえるように、もう一度守備位置を確認した。やはり前に出る様子はない。

 

(警戒されたままか。だけど、ストレートは速いけど、案外怖くない。セットポジションで投げてるせいか?)

 

 3球目、低めのストレート。

 これを、栄口はバントした。勢いを殺された球が、三塁側を転がる。

 

「金丸! ボール1つ……」

 

 狩場の指示の前に、金丸がボールを素手で掴むや、三塁に投げつけた。

 ベースに入ったショートがキャッチ。間一髪、西広は間に合わなかった。

 

「やらせねーんだよ……!」

 

 金丸がそう吐き捨てた。

 

(くっ! 強引に三塁を封じてきた。バント自体は成功したのに!)

 

 一塁上で栄口が臍を噛む。

 ネットの向こうでも、青道二年生らが固唾を飲んで見守っていた。

 

「この緊迫した状況で、いいバントしやがるぜ。何とか押さえ込んだけどな」

 

 倉持が唸った。

 

「ここからが問題だ。ワンアウト一、二塁で、出てくるのは西浦最強打者の田島。いろいろな仕掛け方が考えられる。送りバント、ヒットエンドラン、ダブルスチール……どう来るかな?」

 

 眼鏡の下の目を光らせる御幸。

 白洲が口を開いた。

 

「こちらは田島を敬遠して満塁にする策もあるぞ。渡辺、次のバッターの今日の成績は?」

「4番花井は、今日は4打席ノーヒット。8回に降谷と対決して、三振してる」

「甘く見たらアカンて! ここまで打ててないからいうて、次も打てんとは限らん。4番を任されてノーヒットや。ここで取り返そうとして、気合入れてくるで!」

 

 身に覚えのある前園が、自分のことのようにいきり立つ。

 御幸は、自軍ベンチの方を見つめていた。

 

「落合監督代行は、敬遠策が好みかもしれないな。だけど俺は、必ずしも敬遠策がベストとは思ってないんだな。さて、両軍ともどう出るか」

 


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