ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~   作:デスフロイ

5 / 8
第5話  剣が峰

 6回裏。5対6、西浦のリード。

 

(何としても、ここだけは塁に出ないと!)

 

 巣山は、悲壮な決意でバットを握り直した。

 自分たちのミスが、結果的には1点差にまで追い上げられるきっかけになってしまったのだ。かろうじて同点にはされていないものの、まだエースを温存している青道相手に、危機的状況なのは間違いなかった。

 

(打ち気満々だな。それなら、コイツで揺さぶるか)

 

 狩場のサインに、沢村が頷く。

 待ち構える巣山のところへ、沢村はしっかりと腕を振り込んだ。

 

「!」

 

 巣山のバットがスイングされた後で、ゆっくりした球が通過していった。

 

「チェンジアップか! 巣山のヤツ、沢村に完全に翻弄されてるな」

 

 阿部が呻く横で、三橋は沢村を眺めていた。

 

(オレと、同じ、クセ球使い……だけど、沢村……君、の、方が、球速い。緩急も、効果高いんだ……田島君も、当てるのが、やっとだったし……)

 

「何だ三橋? 同じクセ球使いのアイツに敵わないって、思ってるのか?」

 

 阿部は、三橋の表情を読み取っていた。

 

「じゃ、もし沢村が西浦に行ってたら、沢村に背番号1番くれてやるのか?」

「イ、イヤだ! 1番は、渡さない……」

 

 三橋は、自分のユニフォームを抱きしめた。

 

「アイツと競うんだな?」

「き、競う、よ!」

「ならしょぼくれたツラするな。なに、コントロールはお前の方が全然上だ。それに、俺達が、アイツを打ってお前に点をプレゼントしてやるよ」

「う、うん!」

 

(とは言うものの。アレを打つのも厄介なのに、まだ降谷が控えてる。厳しいな)

 

「ボール、フォア!」

 

 巣山が、バットを放り出して一塁へ向かいだしていた。マウンドの沢村が、大きなアクションで頭を抱えている。

 阿部が、バットを持ってネクストサークルに向かった。

 打席には、6番の沖。

 沢村が、何度も一塁を牽制するが、巣山はヘッドスライディングで戻る。

 モモカンはその様子を見て、唇を結んだ。

 

(打順は下位になっていく。あの沢村君を打つのは、水谷君や三橋君では難しい。最低でも、阿部君で点を取らないといけない。ランナーを、先の塁に進めないと)

 

 ヒットエンドランのサインを、モモカンは送った。バント名人の栄口が失敗するくらいのクセ球を、沖にバントさせても失敗の可能性がある。どの道リスクを負うなら、強硬策に出ることにしたのだ。内野ゴロでも、巣山が生き残る可能性が出てくる。

 2球目。

 巣山が、沢村のクイックをちらりと見て、走り出した。

 

「!」

 

 沖が、バットを合わせに行く。

 が、やはり当たり損ねてピッチャー前。

 沢村がそれを取って、二塁に投げようとした。が、巣山が頭から二塁に突っ込んでいく。

 諦めて、一塁に投げた。こちらは楽々アウト。

 荒い息をしながら、巣山が立ちあがった。

 

(お……送りバントと、変わらねーな……・阿部、後は頼んだぞ)

 

 

 

 

 

 

 ギャインッ!

 バットが、明らかに不細工な音を立てた。

 ファウルボールが、レフト側のネットにぶち当たる。

 

(またファウルかよ……カット打法やってる感じじゃねーけど、これで4発目だぞ。どうせなら、フェアグランドに打てよ)

 

 沢村が、眉根を寄せていた。

 阿部も、真似をするように眉根を寄せていた。

 

(本当に、手元で動く……タイミングは取りづらいし、ここまで厄介だとはな……って、もう投げるのかよ!)

 

 インローギリギリの高速チェンジアップ。阿部は、手が出なかった。

 が、球審の判定はボール。これで2ボール2ストライクだ。

 

(た、助かった……投げるテンポ速すぎるんだよ!)

(ストライクでも、おかしくないコースだぞ。コイツ、確かキャッチャーだよな。選球眼はいいってことか)

 

 続いて、インハイのストレート。

 

「くそっ!」

 

 阿部は、ほとんど執念で、かろうじてファウル。

 

「た、タイム!」

 

 足場をならしつつ、何とか沢村のテンポをいったんリセットしようとする。

 

(いい加減にしろよ! ピッチャーの嫌がることは分ってるってか? 目つきも悪いし、絶対にコイツ、私生活でもネチネチしてるだろ)

 

 沢村は、阿部の性格を正確に推察していた。

 一方の阿部も。

 

(ちくしょー……! どう見てもバカのくせに、いざマウンドに立たせるとこれかよ。タチが悪すぎるんだよ)

 

 そして二人は、謀らずも、同時に思っていた。

 

(コイツとだけは、バッテリー組みたくねー!)

 

 だが、阿部は、大きく息をついた。

 

(三橋に、点取ってやるって言っちまったんだ)

 

 ちらりと、ベンチの三橋を見やる。

(このままじゃ、ラチが空かない。そろそろ、チェンジアップを投げてくるかもしれないな。ヤマ張っていくか。裏目に出たら、ゴメンナサイだ)

 

 この二人の勝負を、御幸はじっと見ていた。

 

「沢村や狩場が焦れなけりゃ、何とか打ちとれるとは思うがな……」

 

 そう言う御幸の視界の中で、狩場のサインを見つめる沢村が、え?という表情を見せた。

 

「おい、まさか。狩場、お前」

 

 沢村が頷き、投げた。

 その瞬間。

 

「バカ! それだけはダメだって!」

 

 御幸の叫びを追いかけるように、阿部のバットから快音が鳴り響いた。

 三遊間を抜けていく打球。巣山が、貴重な追加点のホームを踏んだ。

 

「あのバカは……チェンジアップ狙ってるのがミエミエだろうが……」

 

 狩場に、後でキツ目の教育的指導を入れることを、御幸は決意した。

 続く水谷は、あっさりとダブルプレーに終わった。

 ベンチに戻るバッテリーに、落合が言った。

 

「あのチェンジアップだけは、絶対ダメだろ。狩場、後で御幸に大目玉をくらうぞ」

 

 狩場は、先ほど御幸が叫んでいたのを耳にしている。青ざめ、へなへなと膝から崩れ落ちた。

 

「申し訳ありません! 次の回からは、完璧に押さえてみせます!」

「お前、イニングくらい確認しておけ。お前の出番は、予定通り6回で終わり。ここからは降谷でいくから」

 

 がっくりと肩を落とす沢村。

 

「それで沢村、お前はファーストで入れ」

「え?」

「降谷の足が、万一思わしくなかったら、また投げてもらわないといかんからな。金田も下げちまったし」

「はい監督代行! 降谷、足は痛くないか!? 痛むだろ!? 痛いなら痛いって言え!」

「全っ然痛くないから。ここから9イニングだって投げられるから」

「ここから9イニングもあるか! ってゆーか、お前9イニング投げたことないだろ!?」

 

 沢村のツッコミを、つーん、と無視している降谷を、落合は眺めていた。

 

(ま、足さえ大丈夫なら、降谷の球はあのチームじゃどうにもならんだろ。かろうじて注意しなきゃならんのは、3番の田島だけだ。あとはこちらが逆転すれば勝てる)

 

 

 

 

 

 

 7回表。

 西浦は、同点に追い付かれた。

 ツーランを打った東条が、ゆっくりとホームに帰ってきた。

 

(“まっすぐ”を、打たれた)

 

 三橋が、呆然としている。

 

(さっきは、小湊、君、にも打たれた。オレの、“まっすぐ”は、見切られだしてる。せっかく、阿部君が、取ってくれた、点が)

 

「こっから押さえていくぞ! しまっていこー!」

 

 阿部が、景気づけにナインに声をかける。

 が。

 次の降谷にも、外野に運ばれた。フェンス直撃の2ベース。

 6番は、どうにか三振に仕留めた。続いて、7番狩場。

 カーブを、強引に引っ張った。三塁線にボールが落ち、水谷が駆けつけて行く。

 三塁を回った降谷が、ホームを駆け抜けた。打った狩場も二塁に到達。8対7、ついに青道がリードを奪った。

 阿部が、わずかに苦悶の表情を浮かべる。

 

(これ以上の追加点はまずい! “まっすぐ”を出し惜しみしてられない。下位打線の連中なら、そうそう打てないだろ)

 

 8番は、2球目の“まっすぐ”に手を出したが、当たり損ねて一塁に小さく打ち上げ、突っ込む沖の前で、地面にバウンドした。

 が。

 強いスピンがかかっていたらしく、沖の左側へと方向を変えて跳ねた。沖は慌ててミットを出すが届かない。

 しかも、その打球が、一塁ベースに直撃した。

 

「そ、そんな!?」

 

 予想もしない方向に転がるボールを沖が追いかけ、拾い上げた時には、バッターは一塁を駆け抜け、狩場が三塁からホームに向かっていた。

 沖がホームに送球したが、狩場がうまく回り込んでホームイン。点差が2点に広がった。

 西浦は、ツキにも見放されているかのようだった。

 内野陣が、マウンドに集まっていった。

 

「ここまでだな。投球練習させてるピッチャーはいないようだが、守備の誰かと交代させるかもしれんな」

 

 落合は、ベンチから西広が伝令として、マウンドに駆け寄ってくるのを見た。

 

「引導を渡しに来たか。これで三橋は交……」

「オレ、交代、しないよ!! まだオレ、投げられる!!」

 

 三橋の声が、青道のベンチにまで聞こえてきた。西広が、のけぞっている。

 

「なんとまあ。心が折れてると思ったのに、見かけによらんな」

 

 半ば呆れ顔の落合。

 打席の前で、バットを手にした沢村は、そんな三橋を見つめていた。

 

(アイツ……俺や降谷と同じ人種だ)

 

 いかにも頼りなさそうな三橋が血相を変えて西広に詰め寄り、阿部に押しとどめられている。

 

(得意ダマ打たれて、点も取られて、負け越してるのに。それでもマウンドから降りたくないんだ。降りたら、もうエースじゃなくなる。そう思いつめてるんだろ?)

 

 沢村自身にも、身に覚えがあった。

 イップスに苦しんでいた頃、打ち込まれて、絶望に苛まれながら、マウンドを降りた、みじめな記憶。

 ドクン、と、沢村の胸に、鼓動が響いた。

 ふとベンチを見ると、降谷が、腕を組んで何度も頷いている。

 

(降谷にも、分かるんだ。アイツの気持ちが)

 

 やがて、マウンドにとどまる三橋を中心に、西浦ナインが散らばっていった。

 

「続投か。選手層の薄さが、辛いトコだろうな」

 落合はそう呟いた。

 そして、沢村が打席に入った。

 

(俺は、打つ! それがあのピッチャーに対する礼儀ってモンだ)

 

 顔を引き締める沢村に、落合からサインが送られた。

 

(お、送りバント!? ここは打たせてもらいたいのに!)

 

 沢村の表情を見た落合は、親指と人差し指を上に立てて、くるくると回す。

 

(嫌なら交代させるってか!? うぐぐ……)

 

「そりゃそーだろ」

 

 金丸が、ネクストサークルからツッコミを入れた。

 しぶしぶ、沢村はバント。“まっすぐ”を絶妙に一塁線に転がし、ランナーを進めた。これで2アウト二塁。

 モモカンは、マウンドで肩で息をしている三橋と、キャッチャーボックスの阿部を見た。

 

(これ以上連打を浴びたら、さすがの三橋君でも耐えられるかどうか。阿部君、頼むわよ)

 

 その阿部と三橋は、

 

(金丸には、もう長打を浴びている。コイツとの勝負は避ける)

(2番と、勝負だね。まだ、金丸君や、小湊君よりは、怖くない)

 

 阿吽の呼吸で、金丸を歩かせた。

 が。

 続く2番が、内角のシュートを強打した。強くバウンドした打球が三遊間を抜ける、かに見えた。

 

「させるか!」

 

 巣山が地面を蹴って、斜めにジャンプ。捕れはしないものの、グラブがボールを弾き、横に転がした。それを、田島が方向転換して、駆け寄って拾う。

 しかし、その時にはもう三塁にランナーが滑りこんでいる。田島は他の塁も見たが、間に合う状態ではなかった。

 

「あの当たり止めて、追加点阻止しよったか! なかなかしぶといな、コイツら」

 

 前園が、感嘆した。

 

「ベースにも迷いなく入れてるし、カバーもきちんとできてるな。動きが整然としてやがる。崩れ切っても、おかしくない局面なのによ。コイツら本当に全員一年か?」

 

 倉橋の言葉に、御幸も頷いた。

 

「おそらく、この手のピンチは何度も潜ってるんだろう。……だが、おそらく次のバッターが、あの三橋には最悪の相手だぞ」

 

 打席に入ったのは、3番の小湊だった。

 

(よりによって、この場面でコイツかよ!)

 

 阿部が、心中で呻いた。

 

「小湊は、あの三橋に対して4打数4安打だ。変化球も、クセ球も打っている」

 

 青道ベンチでは、落合が目を細めていた。

 

「歩かせたいところだろうが、満塁ではそれもできまい。押し出しに目をつぶっても、さらに4番の東条だからな。嫌でも勝負するしかない。三橋も、できれば逃げ出したいだろうな」

 

 その傍らで沢村は、三橋を見た。

 三橋の表情は、変わらず笑みを浮かべている。顔色も変っている様子がない。

 

(逃げたがっている……? 本当に、そうか? 俺には、そうは思えない……)

 

 当の三橋は。

 

(怖い。小湊君が。……だけど、阿部君が、サインくれる。オレは、戦える)

 

 だが、その阿部は、必死で突破口を探している状態だった。

 

(……アレを、使うしかないか。まだ未完成品だけど、うまくいけば仕留められるかもしれない。何とか2ストライクまでもっていかないと)

 

 阿部は、三橋にサインを送った。

 頷いた三橋は、投げた。外角高め、本当にギリギリをかすめるカーブ。

 

(打ってもファールだ。ここまで回が進んでも、コントロールが乱れない)

 

 春市は、唇を引き締めた。

 続いて、内角にわずかに外したシュート。

 これも見逃し、判定はボール。

 

(よく見てやがる。さて、次がちっと怖いが、何とかカウントを稼ぎたい)

(内角高め、に、“まっすぐ”)

 

 三橋が、投げた。

 春市がバットを振った。

 三塁線の外側を、打球が走る。ファール。

 

(やっぱり“まっすぐ”の高さを見切ってやがる。だけど、これでアレを使える!)

 

 阿部の出したサインに、三橋は目を見張った。

 

(ア、アレを投げるの? この、小湊君に? コントロールしきれるか、分からないよ?)

(ギャンブルを仕掛けなくて、コイツを打ちとれるか! 自信持っていけ!)

 

 バンッ、と、阿部は自分のミットを叩いてみせた。

 三橋は、頷いた。

 人差し指と中指を曲げ、親指と薬指で握る。

 

(ナックルカーブ……!)

 

 振りかぶると、三橋は、投げた。

 内角に、やや速い球が入っていく。

 

(あのストレートか? いやスライダーか)

 

 春市は、見覚えた軌道を追うように、バットを振りこもうとした。

 が。

 

(軌道が違う!?)

 

 春市の、非凡な才能がここで発揮された。鋭い角度で落ちる球を、咄嗟にバットをコントロールして、かろうじて当てたのだ。

 

「ファール!」

 

 バランスを崩して、膝立ちになる春市に、球審の声が聞こえた。

 

(あ、危なかった……今の、何? 縦スラ? あんな球を、まだ隠し持っていた……!)

 

 一方の阿部は、愕然としていた。

 

(体勢崩してただろうが! 今のをカットするなよ! ……もう、ナックルカーブの軌道は見られた。コイツに2球目は通用しない。やられた……)

 

 だが、投げさせないことには、どうにもならない。

 阿部は、マウンド上の三橋を見た。

 

(ナックルカーブも、見られた……もう、投げる球が、ないよ)

 

 打たれた球種を、三橋は考えていた。

 

(……いや。まだ、1球、ある)

 

 阿部のサインは、スライダーだった。苦し紛れのサインだ。

 三橋は、首を振った。

 阿部が少し考えて、ナックルカーブのサイン。

 しかし、これにも首を振る。

 

(これをもう一度試したいとかじゃないのか? 一体何を……おい、まさかこれか!?)

 

 出したサインは、“まっすぐ”速い球。

 三橋が、頷いた。

 

(正気か!? “まっすぐ”は、もう打たれてるだろうが)

(あれは、普通の“まっすぐ”だった、よね? 速い“まっすぐ”は、小湊君には、ほとんど投げてない)

(普通の“まっすぐ”ならともかく、速い方だと、ジャストミートされたら長打だぞ。試合が決まっちまう……)

 

 だが、もうサインを出してしまった。第一、阿部にも他の妙案などない。

 

(分かったよ、もう! 俺も一緒に、腹切ればいいんだろ? その代わり、ハンパな球は投げるなよ!)

 

 バンッ、と、もう一度阿部はミットを叩いた。三橋を受け止めるかのように、大きく腕を広げて見せ、そして構え直した。

 三橋が、動いた。

 ランナーがいるにも関わらず、大きく振りかぶったワインドアップ。

 

(……来る!)

 

 春市は三橋に対して、言いようのない雰囲気を感じ取っていた。

 

(アイツ、何かやるつもりだ!)

 

 ベンチの沢村も、息を飲んだ。

 

(阿部君は、オレを、信じてくれている)

 

 すぅっと、三橋の足が上がった。軸足から地面に根っこが生えたように、一瞬静止する。

 

(阿部君が、信じてくれるなら、何も、怖くない! オレは)

 

 左足が、踏み込まれた。軸足が、プレートに強く押し付けられる。右腕が、後ろに引きつけられる。

 足から腰、そして腕へと、力が連動していき、指先一点に達した瞬間。

 

(オレは、投げられる!!)

 

 渾身の“まっすぐ”が、放たれた。

 外角やや低め。

 

(コースはよし!)

 

 そう思った阿部の表情が、凍った。

 春市が、思い切りよく踏み込んできたのだ。

 

(読まれた! やられる!)

(捉えた!)

 

 が。

 春市の狙ったコースより、ボールがわずかに上の空間を切り裂いていく。

 

(伸びた!?)

 

 チッ!

 パァン……!!

 ボールをバットが、かすめる小さな音。一瞬遅れて、ミットの音が、高らかに鳴った。

 

「シビれるぜ……!」

 

 阿部が、ミットに目をやりながら、思わず呟いていた。

 

「ストライーク! バッター、アウト!」

 

 球審のコールと共に、西浦ナインが歓声を上げた。

 駆け寄る仲間たちに飛びつかれ、よろめく三橋。

 

「ナイスボール……!」

 

 フェンスの外から思わず呟いた御幸を、倉持が呆れた目で見ていた。

 

(今までで、一番いいボールが来た……負けた)

 

 打席を去りながら、春市は思った。

 

(土壇場で、最高の力が出せるんだ……まるで、栄純君みたいだ)

 

「春っち! あれは仕方ねえよ」

 

 その沢村が、ベンチに戻った春市に声をかけた。

 

「俺もそうだけど、球威のないヤツが真っ向勝負するのって、すっげー勇気いるんだ。ギリギリまで追い込まれた中で、気力振り絞った球を投げてきたんだ。大したヤツだよ。あの三橋は」

 

 春市は、ただ静かに頷いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。