ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~ 作:デスフロイ
5回表。6対1で西浦のリード。
「おりゃー!」
「どりゃー!」
「よいやさー!」
大きな掛け声とともに、沢村の初打席は三球振って終わりとなった。
(ホント威勢が空回りしやがんな。どうせなら、もう少しボールに近いトコ振れよ)
配球を考えるだけムダだと阿部は確信した。
1番に戻って、金丸が打席に入る。
(あの三橋は、コントロールは抜群だ。失投は期待するな。振り回すだけじゃ、打ちとられるだけ。コーナーに難しい球が来ることを想定して、考えて打て。か……)
金丸は、先ほど落合から言われた指示を反芻していた。
(変化球の軌道は、だいぶ分ってきたからな。スライダー辺りを狙って、内野の間をゴロで抜いてみるか)
2球見送って、3球目。
内角高めに、今までより速い球。
(ストレート!? 打ちにいく!)
狙い定めて、ボールの上側を叩いた。つもりだった。
鈍い音を立てて、ボールが高々とショート後方に舞い上がる。
ショート巣山とレフト水谷が慌てて駆け寄るが、打球はその中間に落ちた。
(打ち上げちまったけどラッキー! ちょっと狙いが狂ったか?)
少し釈然としなかったが、金丸はそう思っておくことにした。
2番は送りバント。2アウト二塁となった。
打席に入ってきた3番春市を、阿部は苦々しげに眺めた。
(こいつ、バットコントロールがうますぎるんだよな。三橋の変化球くらいだと、あっさり合わせてくる。コイツにも切り札を少しずつ混ぜてみるか。金丸は打ち上げたし)
まずは1球目、外角へのスライダー。これはあえて外したボール球。春市も、身動き一つせずに見送った。
2球目は、内角低めをかすめるシュート。見送られてストライク。
(引っ掛けてくれねーか。そろそろ切り札やるぞ)
3球目。
“まっすぐ”のサインに、三橋は頷いた。
外角高めギリギリに、“まっすぐ”が投げ込まれた。
春市が咄嗟に手を出すが、バットは球の下を振り抜いて、空を切った。
(よし、コイツにも“まっすぐ”は通用する! 決めで使った方がよかったかな?)
この“まっすぐ”こそが、球速の遅い三橋をエースたらしめた切り札だった。
三橋は野球を始めた当初、きちんとした投球指導を受けたわけではなかった。そのためもあって、ストレートに通常とは違う回転がかかる癖があり、その軌道は打者の予測より少し上を通過する。
3球目、外角高めのスライダー。同じコースに違う球種をあえて投げさせた。カーブ、シュートを打たれていたので、スライダーを決め球に使ったのだ。
が。
(やっぱり来た! スライダーを使うと思ってた)
春市は、思い切りよく踏み込んで打ち返した。
(見破られた!?)
愕然とする阿部の視界のはるか先で、一塁線ギリギリ内側に落ちる打球。
二塁ランナーがホームイン。春市が、入れ替わるように二塁に到達した。
6対2と詰め寄り、2アウト二塁の場面で、4番東条。
(ここで打たなきゃ、4番に抜擢してもらった意味がない! 何とか、春市は返したい。となると、ゴロ打ちだな)
勝負どころと見定め、東条は気合を入れた。
(阿部君。敬遠、する?)
三橋が視線で問いかける。三橋は打たれて負けるのが嫌なので、敬遠には全く抵抗はない。
しかし、阿部はそのつもりはなかった。
(公式戦なら考えないでもないけどな。練習試合だから基本的には勝負だ。第一、敬遠しても長打のある降谷だ。東条と勝負して、“まっすぐ”でフライで打ち取る)
2球、あえてボールを先行させた。ストライク取りに行くと、東条に思わせるためだ。
3球目。
真ん中高め。一見、置きに行ったストレートの失投だが、実はギリギリでストライクゾーンから外れるようなコースだ。
東条は、チャンスと見て流し打ちした。狙いは一、二塁間低めを抜くゴロ。
が、打球は舞い上がった。花井が突っ込むが、芯を外されて勢いのない打球は、その眼前でバウンドした。
春市が、三塁を蹴ってホームに突入した。
「やらせるかよっ!」
花井が、大きく腕を振った。
放たれた送球が唸りをあげて、一直線にホームに返ってくる。栄口も、あえてカットしない。
阿部がノーバウンドでミットで受けると、滑りこんでくる春市にタッチした。
「アウト!」
球審の判定に、春市はやや肩を落とした。
「レーザービームか! あのライト、肩強いじゃねーか」
倉持が、口笛を吹いた。
一方、阿部は内心で冷や汗をかいている。
(パワーはさほどじゃないと、タカをくくったのはまずかったな。打球の伸びにくい普通の“まっすぐ”を、外野まで飛ばされたか)
ベンチに戻ってきた東条に、落合が声をかけた。
「流し打ちはいいけど、打ちあげてどうするんだ? 大きいの狙うより、ゴロ打ちするべきだろう」
「すいません。ボールの上を叩いたつもりが、誤って下を叩いたみたいで」
「あ、俺の時もそうだった。打ち頃のストレートだったのにな」
「!」
金丸の一言に、気を取り直して守備につこうとしていた春市が足を止めた。
(そういえば、僕の時も、ストレートを空振りさせられた……ボールの下を振ったような気がする。何か、おかしい)
「春っち! 何してる、行くぞ」
沢村に促されて、春市は守備に向かった。
5回裏の西浦の攻撃を、沢村が無得点で終わらせた後。
「浮き上がる、ストレートだって!?」
ベンチに戻った仲間たちに語った春市の推測に、狩場が素っ頓狂な声を上げた。
「手元でホップするとか言うのかよ? 沢村じゃあるまいし。そんなんなら、さすがに俺も気づくぞ。間違い探しは得意だからな」
「違うんだよ。そういう変化する球じゃない、と思う」
春市は、言葉を探している。
「……浮き上がるんじゃない。俺達が、無意識に想像してる軌道より上を通るストレート、じゃないか?」
今度は、東条の言葉に全員が振り向く。
「ボールをよく見てから打て、とか言うけど、ここにいる誰も、最後までボールを見て打ったりしないだろう? 途中で目を切って、ピッチャーのフォームや球筋からコースを想像して打つ。でないと球が、すぐにミットに入ってしまう」
「そりゃそうだな……」
「狩場じゃないが、沢村と同じクセ球使いじゃないかと思う。そういう球を投げるピッチャーが、ごくまれにいるって聞いたことがある」
「何だって!? それじゃ、こっちのバッターは、誰一人として打てないってことになる!」
「何でそーなるんだよ沢村!」
「いーや、それだけクセ球使いは怖ろしいんだ! ああっ、それでさっき俺も三振させられたのか! でなければ、スタンドに放り込んでいたはずなのに!」
「おーい、誰かコイツを殴ってくれー」
金丸が、呆れ果てていた。
「狩場、次の次はお前の打順だろ?」
黙って聞いていた落合が、急に発言した。
「は、はい」
「間違い探しが得意なら、あの三橋の球筋しっかり見てこい。ここまでアイツは、ストレートをほとんど投げてこなかった。それを、ぽつぽつ投げ始めてる。中盤以降の切り札として、クセ球を温存してたのかもしれん。だとしたら、これから投げる数をさらに増やしてくる。それを打ち崩せば、三橋は終わりだ。4点差くらい、すぐにひっくり返せる」
「分かりました!」
「あ、だけど、2ストライクになったら普通に打てよ? タダでアウトくれてやる必要はないからな。それとな……」
キーン!
(“まっすぐ”を打たれた!?)
狩場にきれいにレフト前に打たれて、阿部は驚いた。
(この打席で2球投げさせただけだぞ。もう目が慣れたのか!? いくら何でも早すぎる。いや、ただのラッキーヒットかも)
ほくほく顔で、一塁ランナーコーチに狩場はヘルメットを渡していた。
(ボールの上を適当にアタリつけて振ったら、大正解! やったぜ)
ベンチに対して、指一本頭上に突き上げて見せた。さりげなく、開いた手は胸のマークに触れている。
「……ボール1個半上、だそうだ。お前らも、その辺狙ってみろ」
落合は、狩場に即席サインを送らせていた。
1死一、三塁。
続くバッターは、スライダーをひっかけて、セカンドにボテボテのゴロ。
栄口が逆シングルでキャッチ。
(ゲッツー取れる!)
が、勢い込んだあまり、二塁へのグラブトスが少し逸れてしまった。
慌てて、ショートの巣山が取ろうとしたが、ボールを取り落としたあげくに転倒してしまった。
さすがに三塁ランナーの降谷はホーム突入を自重していたが、一、二塁ともオールセーフ。
「栄口君も巣山君も、ここにきて、らしくない……!」
歯がみするモモカン。
「すまん三橋!」
「オ、オレ、大丈夫だ」
三橋が、二人に手をあげてみせる。
阿部は、マスクの下で苦虫を噛み潰していた。
(あのバカコンビはー! スリーアウトのはずが、1死満塁だぞ。だけど、まあ、次のバッターがコイツだからな。不幸中の幸いか)
意気揚々と打席に入ってきたのは、沢村だった。
「さあこい!」
満面の笑みで、ブンブンとバットを振り回している。
(クサい芝居してんじゃねーよ。絶対! スクイズに決まってる! コイツに打撃を期待する監督がいるわけがない)
ちらりと阿部は、敵ベンチでアゴに片手を添えて座っている落合を見た。
ぼやー、とした表情からは、あまり伺えるものがない。
(ただ、満塁なんだよな。ウエストするにも限界がある。まあ、どうせ、“まっすぐ”投げてりゃバント打ちあげるだろ。三橋、うまく投げろよ)
(速い球、を、阿部君の届くギリギリで。あ、サードランナー!)
じー、と見つめられた降谷は、少したじろぐ。
(あんまり見つめられるのは、好きじゃない……スクイズを、見破られてる?)
だが実は、これが三橋の、というより、西浦ナイン独特のリラックス法だった。
ピンチでも落ち着いたプレーができるよう、責任教師のシガポが教えたもので、瞑想によってリラックスした状態でサードランナーを見る訓練を行っている。これによる条件付けで、本来緊張する、三塁にランナーがいる状態で逆にリラックスできるようになっていた。
心を落ち着けた三橋が振りかぶり、投球モーションにかかろうとした時。
あまり絶妙とは言えないスタートだが、降谷が走った。
(読みはドンピシャ!)
阿部が、ウエストされた球にミットを伸ばした。
「そうはいくか!」
沢村が、バットを伸ばして大きく飛んだ。
バットの先端が、浮いたボールの軌道を捉え、三塁線に絶妙な転がり方をさせた。
(“まっすぐ”だったのに、転がされた!?)
ダッシュした三橋がボールを拾い上げた時には、降谷が滑りこんでいた。
他のランナーも、スクイズした瞬間にスタートを切っていた。三橋は、一塁に投げるのが精いっぱいだった。
「おーし! おしおし!」
沢村が、土も払わずに立ちあがって叫んでいる。
「……ま、打撃は全然ダメだけど、バントだけはうまいからな。普段のスイング見たヤツほど引っかかってくれる」
落合は、微かに笑った。
さらに。
キーン!
金丸がついに、三橋の“まっすぐ”を捉えた。
左中間を切り裂いた一打が、二人のランナーを返した。
「よっしゃ、いい感じ!」
二塁に立って、軽くガッツポーズの金丸。
「エラー、スクイズ、続いてタイムリーか。クセ球も攻略できてきてるし、これであちらは総崩れになるかもな」
早くも、勝算は大きいと落合は踏んでいた。