ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~   作:デスフロイ

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第4話  摩訶不思議ストレート

 5回表。6対1で西浦のリード。

 

「おりゃー!」

「どりゃー!」

「よいやさー!」

 

 大きな掛け声とともに、沢村の初打席は三球振って終わりとなった。

 

(ホント威勢が空回りしやがんな。どうせなら、もう少しボールに近いトコ振れよ)

 

 配球を考えるだけムダだと阿部は確信した。

 1番に戻って、金丸が打席に入る。

 

(あの三橋は、コントロールは抜群だ。失投は期待するな。振り回すだけじゃ、打ちとられるだけ。コーナーに難しい球が来ることを想定して、考えて打て。か……)

 

 金丸は、先ほど落合から言われた指示を反芻していた。

 

(変化球の軌道は、だいぶ分ってきたからな。スライダー辺りを狙って、内野の間をゴロで抜いてみるか)

 

 2球見送って、3球目。

 内角高めに、今までより速い球。

 

(ストレート!? 打ちにいく!)

 

 狙い定めて、ボールの上側を叩いた。つもりだった。

 鈍い音を立てて、ボールが高々とショート後方に舞い上がる。

 ショート巣山とレフト水谷が慌てて駆け寄るが、打球はその中間に落ちた。

 

(打ち上げちまったけどラッキー! ちょっと狙いが狂ったか?)

 

 少し釈然としなかったが、金丸はそう思っておくことにした。

 2番は送りバント。2アウト二塁となった。

 打席に入ってきた3番春市を、阿部は苦々しげに眺めた。

 

(こいつ、バットコントロールがうますぎるんだよな。三橋の変化球くらいだと、あっさり合わせてくる。コイツにも切り札を少しずつ混ぜてみるか。金丸は打ち上げたし)

 

 まずは1球目、外角へのスライダー。これはあえて外したボール球。春市も、身動き一つせずに見送った。

 2球目は、内角低めをかすめるシュート。見送られてストライク。

 

(引っ掛けてくれねーか。そろそろ切り札やるぞ)

 

 3球目。

 “まっすぐ”のサインに、三橋は頷いた。

 外角高めギリギリに、“まっすぐ”が投げ込まれた。

 春市が咄嗟に手を出すが、バットは球の下を振り抜いて、空を切った。

 

(よし、コイツにも“まっすぐ”は通用する! 決めで使った方がよかったかな?)

 

 この“まっすぐ”こそが、球速の遅い三橋をエースたらしめた切り札だった。

 三橋は野球を始めた当初、きちんとした投球指導を受けたわけではなかった。そのためもあって、ストレートに通常とは違う回転がかかる癖があり、その軌道は打者の予測より少し上を通過する。

 3球目、外角高めのスライダー。同じコースに違う球種をあえて投げさせた。カーブ、シュートを打たれていたので、スライダーを決め球に使ったのだ。

 が。

 

(やっぱり来た! スライダーを使うと思ってた)

 

 春市は、思い切りよく踏み込んで打ち返した。

 

(見破られた!?)

 

 愕然とする阿部の視界のはるか先で、一塁線ギリギリ内側に落ちる打球。

 二塁ランナーがホームイン。春市が、入れ替わるように二塁に到達した。

 6対2と詰め寄り、2アウト二塁の場面で、4番東条。

 

(ここで打たなきゃ、4番に抜擢してもらった意味がない! 何とか、春市は返したい。となると、ゴロ打ちだな)

 

 勝負どころと見定め、東条は気合を入れた。

 

(阿部君。敬遠、する?)

 

 三橋が視線で問いかける。三橋は打たれて負けるのが嫌なので、敬遠には全く抵抗はない。

 しかし、阿部はそのつもりはなかった。

 

(公式戦なら考えないでもないけどな。練習試合だから基本的には勝負だ。第一、敬遠しても長打のある降谷だ。東条と勝負して、“まっすぐ”でフライで打ち取る)

 

 2球、あえてボールを先行させた。ストライク取りに行くと、東条に思わせるためだ。

 3球目。

 真ん中高め。一見、置きに行ったストレートの失投だが、実はギリギリでストライクゾーンから外れるようなコースだ。

 東条は、チャンスと見て流し打ちした。狙いは一、二塁間低めを抜くゴロ。

 が、打球は舞い上がった。花井が突っ込むが、芯を外されて勢いのない打球は、その眼前でバウンドした。

 春市が、三塁を蹴ってホームに突入した。

 

「やらせるかよっ!」

 

 花井が、大きく腕を振った。

 放たれた送球が唸りをあげて、一直線にホームに返ってくる。栄口も、あえてカットしない。

 阿部がノーバウンドでミットで受けると、滑りこんでくる春市にタッチした。

 

「アウト!」

 

 球審の判定に、春市はやや肩を落とした。

 

「レーザービームか! あのライト、肩強いじゃねーか」

 

 倉持が、口笛を吹いた。

 一方、阿部は内心で冷や汗をかいている。

 

(パワーはさほどじゃないと、タカをくくったのはまずかったな。打球の伸びにくい普通の“まっすぐ”を、外野まで飛ばされたか)

 

 ベンチに戻ってきた東条に、落合が声をかけた。

 

「流し打ちはいいけど、打ちあげてどうするんだ? 大きいの狙うより、ゴロ打ちするべきだろう」

「すいません。ボールの上を叩いたつもりが、誤って下を叩いたみたいで」

「あ、俺の時もそうだった。打ち頃のストレートだったのにな」

「!」

 

 金丸の一言に、気を取り直して守備につこうとしていた春市が足を止めた。

 

(そういえば、僕の時も、ストレートを空振りさせられた……ボールの下を振ったような気がする。何か、おかしい)

 

「春っち! 何してる、行くぞ」

 

 沢村に促されて、春市は守備に向かった。

 

 

 

 

 

 

 5回裏の西浦の攻撃を、沢村が無得点で終わらせた後。

 

「浮き上がる、ストレートだって!?」

 

 ベンチに戻った仲間たちに語った春市の推測に、狩場が素っ頓狂な声を上げた。

 

「手元でホップするとか言うのかよ? 沢村じゃあるまいし。そんなんなら、さすがに俺も気づくぞ。間違い探しは得意だからな」

「違うんだよ。そういう変化する球じゃない、と思う」

 

 春市は、言葉を探している。

 

「……浮き上がるんじゃない。俺達が、無意識に想像してる軌道より上を通るストレート、じゃないか?」

 

 今度は、東条の言葉に全員が振り向く。

 

「ボールをよく見てから打て、とか言うけど、ここにいる誰も、最後までボールを見て打ったりしないだろう? 途中で目を切って、ピッチャーのフォームや球筋からコースを想像して打つ。でないと球が、すぐにミットに入ってしまう」

「そりゃそうだな……」

「狩場じゃないが、沢村と同じクセ球使いじゃないかと思う。そういう球を投げるピッチャーが、ごくまれにいるって聞いたことがある」

「何だって!? それじゃ、こっちのバッターは、誰一人として打てないってことになる!」

「何でそーなるんだよ沢村!」

「いーや、それだけクセ球使いは怖ろしいんだ! ああっ、それでさっき俺も三振させられたのか! でなければ、スタンドに放り込んでいたはずなのに!」

「おーい、誰かコイツを殴ってくれー」

 

 金丸が、呆れ果てていた。

 

「狩場、次の次はお前の打順だろ?」

 

 黙って聞いていた落合が、急に発言した。

 

「は、はい」

「間違い探しが得意なら、あの三橋の球筋しっかり見てこい。ここまでアイツは、ストレートをほとんど投げてこなかった。それを、ぽつぽつ投げ始めてる。中盤以降の切り札として、クセ球を温存してたのかもしれん。だとしたら、これから投げる数をさらに増やしてくる。それを打ち崩せば、三橋は終わりだ。4点差くらい、すぐにひっくり返せる」

「分かりました!」

「あ、だけど、2ストライクになったら普通に打てよ? タダでアウトくれてやる必要はないからな。それとな……」

 

 

 

 

 

 

 キーン!

 

(“まっすぐ”を打たれた!?)

 

 狩場にきれいにレフト前に打たれて、阿部は驚いた。

 

(この打席で2球投げさせただけだぞ。もう目が慣れたのか!? いくら何でも早すぎる。いや、ただのラッキーヒットかも)

 

 ほくほく顔で、一塁ランナーコーチに狩場はヘルメットを渡していた。

 

(ボールの上を適当にアタリつけて振ったら、大正解! やったぜ)

 

 ベンチに対して、指一本頭上に突き上げて見せた。さりげなく、開いた手は胸のマークに触れている。

 

「……ボール1個半上、だそうだ。お前らも、その辺狙ってみろ」

 

 落合は、狩場に即席サインを送らせていた。

 1死一、三塁。

 続くバッターは、スライダーをひっかけて、セカンドにボテボテのゴロ。

 栄口が逆シングルでキャッチ。

 

(ゲッツー取れる!)

 

 が、勢い込んだあまり、二塁へのグラブトスが少し逸れてしまった。

 慌てて、ショートの巣山が取ろうとしたが、ボールを取り落としたあげくに転倒してしまった。

 さすがに三塁ランナーの降谷はホーム突入を自重していたが、一、二塁ともオールセーフ。

 

「栄口君も巣山君も、ここにきて、らしくない……!」

 

 歯がみするモモカン。

 

「すまん三橋!」

「オ、オレ、大丈夫だ」

 

 三橋が、二人に手をあげてみせる。

 阿部は、マスクの下で苦虫を噛み潰していた。

 

(あのバカコンビはー! スリーアウトのはずが、1死満塁だぞ。だけど、まあ、次のバッターがコイツだからな。不幸中の幸いか)

 

 意気揚々と打席に入ってきたのは、沢村だった。

 

「さあこい!」

 

 満面の笑みで、ブンブンとバットを振り回している。

 

(クサい芝居してんじゃねーよ。絶対! スクイズに決まってる! コイツに打撃を期待する監督がいるわけがない)

 

 ちらりと阿部は、敵ベンチでアゴに片手を添えて座っている落合を見た。

 ぼやー、とした表情からは、あまり伺えるものがない。

 

(ただ、満塁なんだよな。ウエストするにも限界がある。まあ、どうせ、“まっすぐ”投げてりゃバント打ちあげるだろ。三橋、うまく投げろよ)

(速い球、を、阿部君の届くギリギリで。あ、サードランナー!)

 

 じー、と見つめられた降谷は、少したじろぐ。

 

(あんまり見つめられるのは、好きじゃない……スクイズを、見破られてる?)

 

 だが実は、これが三橋の、というより、西浦ナイン独特のリラックス法だった。

 ピンチでも落ち着いたプレーができるよう、責任教師のシガポが教えたもので、瞑想によってリラックスした状態でサードランナーを見る訓練を行っている。これによる条件付けで、本来緊張する、三塁にランナーがいる状態で逆にリラックスできるようになっていた。

 心を落ち着けた三橋が振りかぶり、投球モーションにかかろうとした時。

 あまり絶妙とは言えないスタートだが、降谷が走った。

 

(読みはドンピシャ!)

 

 阿部が、ウエストされた球にミットを伸ばした。

 

「そうはいくか!」

 

 沢村が、バットを伸ばして大きく飛んだ。

 バットの先端が、浮いたボールの軌道を捉え、三塁線に絶妙な転がり方をさせた。

 

(“まっすぐ”だったのに、転がされた!?)

 

 ダッシュした三橋がボールを拾い上げた時には、降谷が滑りこんでいた。

 他のランナーも、スクイズした瞬間にスタートを切っていた。三橋は、一塁に投げるのが精いっぱいだった。

 

「おーし! おしおし!」

 

 沢村が、土も払わずに立ちあがって叫んでいる。

 

「……ま、打撃は全然ダメだけど、バントだけはうまいからな。普段のスイング見たヤツほど引っかかってくれる」

 

 落合は、微かに笑った。

 さらに。

 キーン!

 金丸がついに、三橋の“まっすぐ”を捉えた。

 左中間を切り裂いた一打が、二人のランナーを返した。

 

「よっしゃ、いい感じ!」

 

 二塁に立って、軽くガッツポーズの金丸。

 

「エラー、スクイズ、続いてタイムリーか。クセ球も攻略できてきてるし、これであちらは総崩れになるかもな」

 

 早くも、勝算は大きいと落合は踏んでいた。

 


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