ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~   作:デスフロイ

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第2話  御幸の慧眼

 青道ナインが、命をかけて整備したグランドで、試合が始まろうとしていた。

 なお、両チームのスターティングメンバーは以上である。

 

先攻 青道一年生チーム

1番 サード    金丸

2番 ショート   浅沼

3番 セカンド   小湊

4番 センター   東条

5番 レフト    降谷

6番 ライト    下妻

7番 キャッチャー 狩場

8番 ファースト  田尻

9番 ピッチャー  金田

 

後攻 西浦チーム

1番 センター   泉

2番 セカンド   栄口

3番 サード    田島

4番 ライト    花井

5番 ショート   巣山

6番 ファースト  沖

7番 キャッチャー 阿部

8番 レフト    水谷

9番 ピッチャー  三橋

 

 

 

 

 

 

 三橋が投球練習をしているのを、バッターボックスのすぐ脇で金丸は眺めていた。

 

(なんだこのヘロヘロ球? ひょっとして、抜いて投げてるのか。コーチは、この打席は2ストライクまで球筋見ろって言ってたけど)

 

 投球練習が終わり、「プレイボール!」と、主審が手を挙げた。

 

「しゃあっ!」

 

 気合を入れて、打席で構える金丸。

 その様子を、阿部は冷静な目で眺める。

 

(打ち気満々って感じだな。しのーかのデータにもあったけど、コイツはストレートには強いから、ここはオール変化球でいいな。この打席は、球筋を見るためにいきなりは打って来ないとは思うけど)

 

 マウンドの三橋にサインを送る阿部。

 

(内角、高さ真ん中、カーブ、ストライク)

 

 三橋は頷いて、本人的には大きく振りかぶった。

 

(どうでもいいけど、迫力ねーな。何だよあのニヤケ面は)

 

 金丸は、一撃食らわして笑顔を消してやろうと思っていた。

 すいっ、と投げられたボールは山なりの軌道を描き、狙い違わず内角で大きく曲がった。

 金丸は、当然のように見逃す。

 

「ストライーク!」

 

(ん……割と曲げては来るな……打てない球じゃねえけどな)

 

 2球目は、外角ギリギリのカーブ。

 

「ストライーク!」

 

(え!? 今の入ってた? 今日の主審、ストライクゾーン広くねーか?)

 

 3球目は、明らかに外したストレート。これは金丸も予想していて、あっさり見送った。

 そして、4球目。

 

(多分変化球だろ。多く球種を投げさせないとな。何放れるんだコイツ?)

 

 三橋が、投げた。

 内角へ、ボールが飛び込んでいく。

 

(ストレートか! だけど、ちょい外れて)

 

 が、金丸の手元でボールは内側に曲がり、ストライクゾーンをかすめていた。

 

「ストライーク、バッターアウト!」

 

(しまった、スライダーか! だけど、2球見せてもらったぜ)

 

 金丸がベンチに戻っていくと、沢村が呼びかけてきた。

 

「金丸! 1番バッターの役目は斬り込み隊長ー! もっと積極的に振っていくべし! 腰を入れてこうだこう!」

「球筋見ろって指示したのは俺だ。それから沢村は打撃指導やらんでいい。金丸の調子が崩れて元に戻らなくなると困る」

「どういう意味ですか監督代行ー!」

「で、どうだった?」

 

 落合は沢村を放っておいて本題に入った。

 

「カーブ2つ、最後はスライダーです。曲がりはそれなりってとこです。ストレートは遊び球の1球だけで、さすがに全力じゃないだろうと。コースは割と散らせてきますね」

「ふうん、打たせて取る軟投ピッチャーかな。次のヤツからは、あんまりダボハゼみたいに手を出さずに、甘い球に狙いを定めていけ」

 

 しかし、2番はいきなり初球を打って、ショートゴロ。

 

「人の話聞いてないのかあいつ。小湊、お前はうまくやれよ」

「はい」

 

 木製バットを手に、打席に入る春市。落合も、以前は金属バットを使うよう命じていたが、根負けした形で、今は好きにやらせている。

 

(さて、こいつは要注意だ)

 

 阿部は、小柄な春市の構えを見つめる。

 

(データ上の打率は驚異的。恐らく、ミート上手なんだろう。コーナーを丁寧についていくか)

 

 サインを受けて、三橋は構える。

 

(さっき、走ってた人が、小湊君、だったんだ……オレと、あんまり、体格、変わらない……それでも、青道のクリーンナップ、打てるんだ。オレだって)

 

 三橋の投げたカーブが、外角高めをかすめるように曲がろうとした。

 その軌道に合わせるように、木製バットが伸びた。

 

「!」

 

 打球は、シャープに一、二塁間を抜けていった。ライト前ヒット。

 

(曲がりっぱなを打たれた。やっぱりコイツは簡単には打ちとれないな)

 

 阿部は、憮然としてマスクをかぶり直した。

 続くは4番の東条。

 落合のサインに、東条と春市がヘルメットで合図を送った。

 一球目を三橋が投げると同時に、春市がスタートを切った。東条は援護の空振り。

 

「くっ!」

 

 阿部も二塁に送球するが、間に合わずセーフ。

 

「ま、一年にしては悪くない肩だな。こんなもんか」

 

 落合は、大欠伸をした。

 

「だから足で掻き回されちゃダメだって! 4番相手だからって、バッターだけ集中してどうするの」

 

 二塁送球の練習を強化することを、モモカンは内心で決定した。

 続いて、4番の東条が、打席に向かった。

 

「やあ。戸田北シニアで、榛名さんとバッテリー組んでた阿部だよね?俺のこと覚えてる?」

「全国ベスト4チームのエースを忘れるかよ。今日は投げるのか?」

「いや、俺は外野手に転向したから。そっちこそ、榛名さんと同じ高校に行かなかったんだな?」

「ま、お互いいろいろあったってことにしようぜ」

 

 表情を改めて、構える東条。

 キーン!

 3球目のスライダーを、東条が鋭いスイングで捉えた。打球が、三橋の左側を抜けていく。

 春市が、ホームを駆け抜けていった。

 

「かー! 先制点はやっぱあっちかー」

 

 花井が天を仰ぐ。

 5番の降谷が、無表情で構えた。

 

(今日は、途中からコイツも投げるんだな。でなきゃ、わざわざレフトで先発に出すはずがない。こいつは長打もあったはずだ)

 

 3球目、無造作に降谷のバットが振られた。

 打球はセンターの奥。泉が追いついて、キャッチした。

 何事もなかったように、降谷が戻っていく。

 

(やっぱりあそこまで持っていかれるか。こうなると、3・4番がミート上手なのが厄介だな。強豪高らしく、長打狙いでブンブン雑に振り回すだけにしてくれよ)

 

「ご、ごめん。点、取られた」

「まあ1点で済んでよかったよ。立ち上がりはこんなもんだ。点はまた取り返せばいいんだからな」

 

 三橋を宥めつつ、阿部はベンチに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「よう。戦況はどうだ?」

 

 倉持を先頭に、前園・白洲・川上ら、青道二年生の一軍メンバー四人がやってきた。キャプテンで正捕手の御幸が、スコアラーをやっている渡辺と一緒に、フェンス越しに戦況を眺めている。

 御幸が秋大で痛めた脇腹はずいぶんと快方に向かっていたが、まだ完治はしていない。そのため、他の面々とは別メニューの練習となっていて、今日は一年生の試合ぶりをじっくり確認することになっていた

 

「3回裏の途中で3対1。西浦のリード」

「そうか、順調にリードして……って、負けとんのかい!」

「はいノリツッコミいただきましたー」

 

 御幸が、前園の台詞をいなす。

 

「1回裏に、金田が捕まったんだ。3番田島のタイムリーを皮切りに、フォアボールも絡んだ連打でやられた。今、2アウト一、二塁で8番水谷の打席」

 

 渡辺がそう説明している間に、水谷のスイングが、金田の一球を捉えていた。

 金田の足元を抜け、センター前にきれいに転がす一打。二塁にいた巣山が、一気にホームに滑り込んだ。

 

「水谷、ナイバッチー!」

 

 西浦ベンチから、エールが飛んでいる。一塁上で、分かりやすくうきうきしている水谷。

 

「8番にまで打点くれてやってんじゃねーよ!何やってんだ金田!」

 

 倉持が、バリバリ頭を掻いた。

 

「長打はないけれど、つないで点を重ねていくチームだね。全員、金田のストレートに普通についていってる。やはりキーマンは、さっき言った3番の田島悠一郎」

「その名前、礼ちゃんから聞いたことがあるな」

 

 御幸は思い出したようだ。

 

「確か、名門ボーイズの荒川シー・ブリームスで4番打ってたとか言ってたよ」

「どうして無名の高校に進んだんだろう? 家庭の事情とかか」

 

 珍しく、白洲が口を挟んだ。

 

「そうみたいだな。ま、ウチの未来を背負う後輩たちの活躍を見せてもらおうぜ」

「そのうちの一人が、あのバカ村だけどな」

「それを言うな」

 

 倉持の台詞に、御幸は大げさに頭を抱えた。

 

「あっちのピッチャー、球そのものは速くないけど、丁寧にコーナーをついてきてるみたいだね」

 

 川上は、やはり自分と同じピッチャーが気になるようだ。

 

「球種は何があるんだ?」

「カーブとスライダーが中心。時折、シュートも混ぜてきてるみたいだ」

「割と多彩な変化球だな」

「多いのは、種類だけじゃない」

 

 渡辺が、ノートに目を落とした。

 

「放ってる球のほとんどが変化球だ。ストレートを全く投げなかったバッターもいる」

「? そんなに変化球に自信があるのかな」

「いや、キレや変化とかは並みたいだ。ただ、多い種類の変化球をコーナーに散らして揺さぶってる」

「それじゃ、終盤には軌道を読まれてメッタ打ちじゃないか?それまでに2番手に交代するつもりかな」

「いや、他の選手が投球練習してる様子がない。少なくとも、当面はあの三橋で押し通すつもりだ。桐青戦の新聞記事も確認したけど、三橋が完投してる」

「あいつが桐青打線を押さえきったってことか。不思議なピッチャーだな」

 

 そう言っている間にも、攻守は交代し、青道の攻撃となっていた。フォアボールと送りバントで、降谷が二塁にいる。

 狩場が見逃し三振させられ、不満そうな顔をしているのが、御幸たちにも見えた。

 次の8番バッターが、三塁に強いゴロを打った。が、田島の逆シングルキャッチで、あえなくアウト。これで4回表の青道の攻撃は、無得点で終わりだ。

 

「……西浦は、すごいのを抱えてるぞ」

「ああ、あのサードが田島か。動きいいよなー。ウチに来てたら、金丸の野郎、レギュラーが危ないぞ」

「そっちじゃない。あのピッチャーだ」

 

 御幸の言葉に、その場の全員が驚いた。

 渡辺を除いて。

 

「あの、ハエが止まってラジオ体操しそうな球のピッチャーが? 何でだよ」

「さっきから、キャッチャーのミットが全然動いてない」

「手投げで置きにいってるだけじゃねーのか?」

「ノリ」

 

 御幸は、倉持の台詞を無視するように、相手を川上に変えた。

 

「お前、変化球を俺の構えたミットに、一球も外さず投げられるか?」

「え、さすがに変化球を全部は……って、まさかあのピッチャー!?」

「全ての球種を、狙ったところに投げ込めるんだ」

 

 全員が、一瞬黙り込んだ。

 

「いたな、そういう投手」

 

 白洲が呟いた。

 

「秋川の楊……帝東の向井……」

「ああ。コントロールだけなら、連中に引けはとらない。さっき、狩場は本当にギリギリのコースに投げ込まれて、見逃し三振した。多彩な変化球をきちんとコーナーに投げ込まれ続けると、打っても野手の正面に飛びやすい」

「すると何かい!? うちの一年坊主ども、あのピーに手玉に取られとるっちゅうことか。あのニヤケ面は、そういうことかい!」

「配球を考えてるのは、あのキャッチャーだろう。ピッチャーがほとんど首を振らないからな。やたらサインが細かいところをみると、ストライクとボールの出し入れまでサイン出して、その通りに投げさせてるな。相手がバットを振らない限り、カウントも自由自在に作り放題だ」

「……ホンマに一年かあいつら? えげつないバッテリーや……」

 

 前園があんぐり口を開ける。

 

「一年どもに教えてやるのかよ?」

「やだね!」

 

 倉持に、御幸はわざとらしくそっぽを向いた。

 

「自分たちで気付け。そのくらいできなくて甲子園に行けるか。それに……どうせ、あのお方が気づくだろうしな」

 

 川上も、そう言われて頷いた。

 

「だけど、このまま西浦のペースでやらせていいのか? 対処し始めた時には、手遅れになってるかも」

「そういう時に、空気をムダにかき混ぜるのが得意なヤツがいるだろ。ほら出てきやがったぜ」

 

 倉持の示す先を、御幸は見た。

 この4回裏から登板する沢村が、小走りでマウンドに向かっていた。

 


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