ストライク・スリー! ~大振りエースは砕けない~   作:デスフロイ

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第1話  強豪校に殴り込み?

「西東京の名門、青道高校か。なんかムカつくな」

 

 ネット越しに校庭を横眼で眺めながら、阿部が早速毒づき始めた。

 

「え……? あ、阿部君は、青道、き……嫌いなの?」

 

 すぐ側を歩く三橋が、おどおどと尋ねた。

 

「べっつに。青道がどうとかいうよりさー。だいたい、全国から才能のある野球バカどもかき集めて、野球漬けで三年間やらせるわけだろ?そりゃ強くなるに決まってるっての」

「そりゃそーだろうなー。きっと、寝る間も惜しんで努力してるヤツとかいっぱいいるんだろーな。俺、青道行かなくてよかったー」

「お前が行けるかっつーの。どこまでおめでたいんだよ」

 

 ノンキに喋る水谷に、阿部が突っ込んだ。

 

「青道高校は、秋大の東京大会で優勝。甲子園出場を決めてます。ですけど、よくウチとの練習試合に応じてくれましたよねー」

 

 西浦野球部のマネージャー篠岡千代、通称しのーかが、感嘆するように言った。

 

「そりゃ、普通に申し出ても無理よ。練習試合の申し込みなんてうんざりするくらい来てるだろうし。だけど、ちょっとツテがあったからね」

 

 西浦野球部の監督である通称モモカンは、若い女性だ。必要以上に大きく張り出したバストがトレードマークである。

 

「それに今回は、青道は一年生だけのチームで迎え撃ってくるから。そもそも公式戦に出てないメンバーもいるしね。彼らに試合経験を積ませつつ、実戦スキルの進捗状況を見るのが向うの目的ね」

「つまり、うちってナメられてるわけですよね? 俺もムカついてきたかも」

 

 チームでもトップクラスの気の強さで知られる泉の目が、座り始めていた。

 

「まあまあ、俺達も全員一年生だしな」

 

 キャプテンの花井が、宥めにかかる。

 

「一年生だからって、充分手強いと思うわよ。秋大の試合に出場した一年生は、全部で五人。うちピッチャーが二人で、その片方が、エースナンバーを背負った降谷君よ。もう一人の沢村君も、一試合任せられて完投勝ちしてるしね。あと、野手のレギュラーに二人が定着してるわ」

「その降谷って、聞いたことありますよ。西東京の怪物ピッチャーで、150キロ出る剛速球の持ち主とか」

「西広君の言うとおりだけど、私たちも一応、150キロ相手の打撃練習もやったでしょ?」

「バッティングセンターでね……俺、球通ってからスイングしてる始末だったけど……」

「あら、栄口君ならバントはやれるんじゃないの?」

「バントが精いっぱいですよー」

「いや俺たちバントすら無理だから。まともに打てたのは、田島だけだろ」

「内野の頭超すのがやっとだけどな。それも10球に1回か2回だよ」

 

 沖の台詞に、田島が頭を掻いた。この男だけは、中学時代に他の名門野球部からもスカウトが来たという逸材である。

 

(お、オレだって……エースナンバー、背負って、るんだ。150キロなんて、絶対、投げられないけど)

 

「三橋!」

 

 阿部の大声に、三橋はあまりにも分りやすくビクついた。

 

「戦う前から、負けてんじゃねーぞ。剛速球ピッチャーなんて、ノーコンと相場が決まってるんだ。お前には、9分割の神コントロールがあるだろ」

 

 阿部の目が、強く光った。

 

「俺が、お前を勝たせてやる。俺のリードで、クソ名門をキリキリ舞いさせてやんよ」

「う、うん。阿部君の、リード、信じる」

「だけど、投げるのはお前なんだからな。お前に考えがあるんなら、サインに首振っていいんだぞ」

 

 こくり、と三橋は頷いた。

 阿部が試合中にした足の捻挫は、ようやく完治している。その試合で三橋は、自分が阿部に頼り切るだけだったことを痛感させられていた。

 

(怖がったり、尊敬している、だけは、バッテリーじゃ、ない)

 

 もう一度、三橋は自分の中で繰り返した。

 一行が辿り着いた校門には、待ち構えていた人影があった。

 

「お待ちしていました。青道高校野球部副部長、高島礼です」

「お久しぶりです、高島さん! 今日は、ウチとの試合を受けていただいて」

「他ならない百枝さんの頼みだものね。すっかり野球部の監督が板についてるわね。私も、百枝さんが鍛えたチームと戦うのを楽しみにしてたのよ」

 

 なお、モモカンの本名は百枝まりあである。

 西浦野球部一同の視線は、高島副部長に釘付けである。

 

「おい……モモカンほどじゃないけど、あの人もデカいよな~」

「ああ。二人で並ぶと、壮観だろうな」

 

 水口と田島が、ひそひそ話している。

 

「あんたたち、どうしたの? 案内してもらうから、ちゃんとついてきなさいよ」

「はいっ!」

 

 心持ち、いつもより大声で一同が答えた。

 高島の後をぞろぞろついていく一行。その背中に、花井が尋ねた。

 

「あ、あの! 試合は、やっぱり専用グラウンドとかでやるんですか?」

「ええ。Bグランドよ」

「B?」

「もう一つAグランドがあって、そちらは今日は2年だけで練習してます」

「……やっぱ設備がハンパねー……」

 

 心なしか、肩が落ちる西浦野球部一同。

 

「田島君が、あそこで練習してるのを見たかったけどね」

 

 高島の台詞に、田島本人を含め全員がぎょっとした。

 おずおずと、花井が尋ねた。

 

「あの……やっぱり、田島は青道に誘われてたんですか?」

「もちろんよ。ずいぶん口説いたけど振られちゃったのよね。田島君のひいおじいさん想いには敵わなかったわ。元気でいられるの?」

「は、はい。おかげさまで」

「それは何よりね。だけど田島君、今はあなたも西浦の一員。おおっぴらに応援はできないけど、がんばってね」

「ありがとうございます!」

 

 やがて一同は、建物の立ち並んだ辺りに入っていく。

 高島が、建物の角を曲がろうとした時、その向うから、ドタドタした足音が聞こえてきた。

 

「やべーやべー! 遅刻するー! 春っち急げぃ!」

「栄純君が、ノート忘れるからでしょ!? ミーティングにノート忘れる普通?」

「忘れたものは仕方ない! 過ぎたことを……おっと!」

 

 栄純と呼ばれたユニフォーム姿の少年が、高島を見つけて、キキーッとブレーキ音が聞こえそうな止まり方をした。ついてきていたもう一人も立ち止まる。

 

「副部長ちーす! そちらにいらっしゃるのは、ひょっとして今日試合する、西、西……西田、西川、西谷、えーと西はついてたよな」

「西浦高校さん! 失礼だから、大声で迷わないでよ」

 

 春っちと呼ばれた少年が窘める。

 

「確かにこれは失礼! 自分は青道野球部一年、沢村栄純っす! いずれエースナンバーを背負う男です! 今日の試合でも、きっと自分が先発になると確信しております!」

「栄純君、誰も先発のことまで言ってないから。降谷君になるかもしれないし」

「降谷は足が治って間もない! 大事な体だから、三年ほど休んで養生すればよし!」

「それじゃ卒業しちゃうってば。もう時間ないから行かないと。あの、一年の小湊春市です。今日はよろしくお願いします」

 

 春市に引きずられるように去っていく沢村の背中を、西浦野球部の面々は、半ば呆然と眺めていた。

 

「あーいうのも、青道にはいるわけか。ホッとしていいのか、呆れていいのかだな」

 

 阿部が、小声で毒づき始めた。

 

「大体、自分とこの選手の怪我の状態を、対戦相手の前で大声で喋るか? あまりにもありえねー。あの分かりやすいバカが間違ってエースナンバー背負ったりしたら、ホント先がねーぞ、この学校」

「えーと、沢村選手は……」

 

 しのーかが、ノートをめくり始めた。

 

「サウスポーで、夏の地区大会ですでにベンチ入りして、甲子園のかかった決勝戦でも中継ぎとして投げてます。秋大では一試合完投もしてますし、そっちの決勝でも投げてます」

「バリバリの一軍か! 割と早いうちに頭角を現して、少なくとも2番手投手くらいの位置にいるってことだよな」

 

 西浦野球部の頭脳と呼ばれる西広が、分析してみせた。

 

「……もしかしてだけど、青道って投手層薄くねーか?」

 

 阿部の小声を耳にした高島は、複雑な笑みをそっと浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 一方、西浦野球部と別れた、沢村と春市は。

 

「遅くなりました! 軍曹」

「誰が軍曹だ」

 

 落合コーチは、まだ着慣れていない新品のユニフォーム姿で、沢村を小さな目で睨んだ。

 

「おっと失礼いたしました! 今日は軍曹が監督代行ってことですよね。ボスは職員会議で来てないし!」

「……もう呼び方はどうでもいいか。こいつにつける薬もないしな。沢村も小湊も早く座れ」

 

 気だるそうに、落合はノートを手にした。

 

「あー、前から言ってる通り、今日は一年生だけで練習試合をやってもらう。一軍二軍関係なく使うからな。チャンスやるんだから、頑張って結果残してくれ」

「はいっ!」

 

 一年生一同が、気合の入った返事をしてくる。

 

「今日の相手は、埼玉の西浦高校。野球部は今年新設されたばかりで、部員も一年生だけで十人しかいないらしい」

 

 一年生の中には、なーんだ、という目をする者もいる。

 

「言っとくが、夏の大会では埼玉ベスト16。激戦区の埼玉で3、4回は勝ってるってことだ。去年、埼玉代表で甲子園に出た、桐青高校も倒された」

 

 その一言で、一年生の中から小さなざわめきが起こった。

 

「ま、桐青も油断したんだろうが、それで足をすくわれることも、一発勝負の高校野球にはあるってことだ。気を引き締めていけよ。練習の成果を生かせば、負ける相手じゃないんだからな」

「はいっ!」

 

(とは言うものの、こっちはろくに試合経験のない二軍混じりの急造チーム。向こうはベスト16のメンバーが丸々来るからな……まあ練習試合だし、別に負けても構わん。御幸、倉持、白洲、ついでに前園ら二年生が抜けた後のチーム編成の参考にしたいと、片岡監督も言っていたしな)

 

「軍曹もとい監督代行! 先発は不肖この」

「そう先発は金田、お前な」

 

 沢村の台詞にかぶせるように、落合は言った。

 当の金田は、目を丸くしている。

 

「じ、自分ですか」

「何驚いてんだ? お前だって一軍メンバーだろうに。川上が引退した後、降谷も沢村も使い切ったら、誰が投げることになると思ってるんだ? 嫌なら東条あたりに投げさせるけど」

「いえっ! 投げます! ありがとうございます!」

 

 満更でもなさそうな笑顔の東条を押さえこむように、金田は勢いこんだ。東条は中学時代、松方シニアで全国ベスト4にまでなった元投手だ。今は外野手にコンバートしているが、降谷・沢村に加えて東条まで競争相手になってはたまったものではない。

 

「4回から6回は沢村。7回から9回は降谷だ。お前たち、今日は調整登板だから無理はするなよ」

「はっ! 監督のお心遣い、感謝します!」

 

 そう言う沢村だが、実のところ先発でなくて不満なのが目つきでバレバレだ。

 もう一人、噴き出るオーラで不満を表している降谷もその横にいる。

 

「この投げたがりの三人、狩場に預けるからな。しっかりリードしてやれよ」

「は、はいっ」

 

 一年生で、沢村のブルペンでの相手をよく務める、捕手の狩場も飛び上がって答えた。やや口元が緩んでいるのは、正捕手でキャプテンの御幸なきあとの、自分の時代を夢見ているらしい。

 

「それじゃスタメン発表するな。1番サード金丸……」

 

 

 

 

 

 

 そして、Bグランドでは。

 

(こんないいグランドで、普通に練習してるんだよなぁ)

 

 花井は、キャッチボールしつつも、ちらちら周囲を見渡していた。

 

(ナイター設備まで当然のようにあるし。うちなんか、もっと狭いグランドを、他の部活と譲り合いながらの練習だもんな。阿部じゃないけど、そりゃ強くなるよな……)

 

「みんな! 青道の皆さんがいらっしゃったよ! 全員整列!」

 

 モモカンの言う通り、グランドの入口に、落合監督代行を先頭に青道のユニフォームの選手たちが入り始めていた。

 落合も、選手たちに整列するように促す。

 

「西浦高校野球部です! 今日はよろしくお願いします!」

 

 花井の挨拶と共に、西浦側が頭を下げた。

 

「青道高校野球部です! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 今日はチームキャプテンを仰せつかった金丸が、張り切って挨拶を返す。

 

「西浦高校監督の百枝です。今日は、青道さんに胸を借りに来ました」

「いやいや。青道高校コーチの落合です。今日は片岡監督が所用で来れないもんで、私が代わりに監督代行やることになりまして。すいませんねどうも……」

「いえ、試合を受けていただけただけでも感謝しています。高島副部長のお言葉に甘えて、お先にキャッチボールだけさせていただいてました。ホームのそちらからアップされますか?」

「いえ、そう申し上げるように私がお願いしておいたんです。こちらはもう、ある程度体を動かしてますし、時間まで練習してくださって結構です。終わりましたら、うちの部員にグランド整備させますんで、この金丸に声かけてください」

 

 当の金丸は一礼して背中を向け、にやけ顔を押さえられないままチームメイトのところに戻っていった。

 

「見たか!? あの監督の爆乳。ユニフォーム破れそうだぜ。間近で見れてラッキー!」

「ルックスも申し分ないよね。『美人過ぎる高校野球監督』とかでテレビ出れそう」

 

 東条も頷いている。

 

「おいおい、これからノックするつもりらしいぞ。バストが邪魔で打てないんじゃねーの?」

「あれで上手だったら驚きだけど」

 

 ノックが始まる。

 おー、という感じで見ていた青道ナインの笑顔が、だんだん消えていった。

 

「……なんか、マジでうまくねーか?」

「うん。あれが素人なわけないよ」

「選手の守備も、けっこうみんな上手……練習しっかりやってきてる感じだよ」

 

 春市も感心している。

 

「ほら、送球まで動きを止めない! そんなことで内野が勤まるの!?」

「はいすいません!」

「イージーフライでしょ!? 死ぬ気で突っ込んで取りなさい! 何点敵にプレゼントするつもりなの!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「いつまで寝っ転がってるの! 昼寝しに来てるの!? ほら青道の皆さんが見てるでしょ!? そんなことじゃナメられるよ!」

 

 モモカンの怒号を耳にしている青道ナインの顔が、どんどん引きつっていった。

 

「こ、こわひ……」

「うちに来るコーチと比べても、トップクラスだろこの厳しさは……」

「そりゃ守備もうまくなるよね……」

 

 やがてノックが終わり、バットをぶらさげてモモカンが金丸に近づいてきた。その目つきが、まだ特訓モードのままだ。

 思わず身構える金丸と周辺の部員達。

 

「ふう、見苦しいところを見せたわね。うちの部員はまだまだで。もっともっと鍛えてから、皆さんと戦わせたかったんだけど」

「い、いえ……」

「それじゃ申し訳ないけど、グランド整備をお願い……」

「はいっ! グランド整備するぞ! みんな急げ!」

「お、おうっ!」

「おい降谷、何グズグズやってるんだ! お前、殺されたいのか!? ビシッとやらないと!」

「わ、分かってる……」

 

 降谷も、駆け足でトンボをかついて行く。

 彼らの背中を眺めながら、モモカンは頷いていた。

 

「やっぱり強豪校ね。キビキビしてるわ。みんなも見習うように!」

「はいっ!」

 

 水谷が、側にいた沖に囁いた。

 

「だけど、殺すとか物騒なこというよなー。言われてたヤツ、向こうのエースなんだろ?150出る怪物くんだとかの」

「ま、内部での競争も激しそうだし、感情的にいろいろあるのかもな」

 


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