-130:11:41
しばらくして竜牙兵からアーチャーのマスターの右腕を受け取る。令呪については、ついさっきマスターから支持を受けたのでその通りにする。
その時、キャスターはこれまでを顧みていた。アサシンのマスターがセイバーのマスターを狙っている可能性は自分も考えていたが、まさかこの様なやり方で立証してみせると予想だにしなかった。
勿論そうでない可能性、アーチャーのマスターが単独で乗り込んでくる場合や一旦、言う通りにして戻ってきた監督役と慎重に対応する場合のことも示唆されていたが、秘匿しなければならないアサシンのマスターがここに現れたと言うことは、命令無視か逆に彼がこの状況を焚き付けたのか、どちらにせよマスターが正しかったことに他ならない。先の女達とのやりとりも合わせれば、それ以外考えられない。
つくづく恐ろしいマスターに引かれたものだと愉快な気分になってくる。とその時、膨大な魔力を感知し空を見上げると、
あとは倒れている彼女らが目を覚ませば言峰綺礼のことは忘れ、キャスターにやられたと証言するだろう。特に人間の方には
-116:12:48
すっかり日が高くなった頃、魔王はキャスターの探査魔術や考察、竜牙兵を監視カメラ代わりにして集めた情報と自らのコネによって得た情報を並べ、どう組み立てて活用するか思索していた。
セイバー陣営は黒髪の女の回復を待ちながら篭城しているようだが、あの衛宮切嗣があんな不便で、その上分かり易い拠点にいつまでも留まる訳が無い。そう思い不動産関連の情報を探ってみると、なんと衛宮の名義で古い和風建築の物件を入手していた。
本人は意表を突いたつもりだろうが完全に裏目に出た形だ。こちら側にも既に監視の手筈は指示しているが、どう使うかはまだ保留だ。
ライダー陣営は監督役の勧告通りに自粛しているが、煎餅齧って兵器のビデオを観ているライダーにマスターの少年がズボンをどうだのと言って、聖杯戦争が再開したら未遠川に水汲みに行かせる事を承諾させていた。キャスターによると初歩的な錬金術で水の中の魔力残量を調査しようとしているのではないかとのこと。
あらゆる意味でド素人のイメージがある少年だが、こういう地道な調査を怠らないのは誉めるべきところだろう。
バーサーカー陣営、と言っても死に掛けのマスターが夜の街を徘徊しているだけで、ほっといても良さそうだが、遠坂の妻――――葵と会い娘、凛についての話を聞いた時の顔は興味深かった。恋慕を抱いているは見え見えだが、あんな一見穏やかそうでボケたような女では気付いてもいないだろう。実際に誘拐された娘の事は、既に死んだ夫の言いつけに従い学校には適当に誤魔化した、夫に嫌われることを何よりも恐れる芯のない人間だ。
どこに魅力を感じたのかは理解できないが、こう言う者達はある意味もっとも扱い易い駒になりそうだ。
アサシン陣営、言峰綺礼は教会に戻り沈黙している。流石に教会の中の様子は探れないが諦めずに衛宮切嗣を狙う算段をしているか、二回も邪魔した自分たちに怒りの矛先を向けているか?
どちらにせよ使い道は決めているので、その要となる人物に思考を切り替える。
ランサー陣営、キャスターによるとケイネスは冬木に集まったマスターの中で一番優秀な魔術師なので、その気になれば簡単に警察から出てこられるのだが、聖堂教会ばかりか彼の実家まで大人しくしている様にと通達されているので、檻の中で怒りを押し殺しストレスにさらされている。一緒に居た女は郊外の廃工場で待機していた。
しかし、その甲斐もあって今夜には釈放されるようだ。予想していたとは言え本当に二日で片を付けた監督役の手腕に感嘆する。
魔王はじっくりと時間をかけ、全ての情報を重ね合わせ自らに完全勝利をもたらす最良の戦略を構築した。あとはキャスターに実行させるだけ、直ぐに必要なものは、もう出来て第二アジトに運び入れてある。そこから先の準備も十分間に合うので、これまでとは打って変わって魔王はキャスターに丁寧に説明し、慎重に行動するよう言い含めた。
準備は今日中には終わるはず、自分は夜に備えて寝ていればいい。しばらく昼に寝るのが癖になりそうだと苦笑しながら魔王は瞼を閉じた。
-107:55:27
ケイネスは生まれながらの貴族であることを自負していた。極東の島国やそこに住む者達など情緒も慎ましさもない醜悪な国、贅を履き違えた愚か者と見下していた。故にそんな輩に逆に高圧的な態度を取られ、あまつさえ牢屋に入れられて二日も過ごすなど彼のプライドは、それまでの人生とは全く無縁の屈辱を限界まで味わっていた。
有体に言えば、自分をこんな目に合わせた犯人に何倍もの苦しみを持って報復するつもりであり、そうでなくても今、目の前に敵が居れば八つ裂きにしてしまいたいほど血に飢えていた。
監督役からは事後処理が残っているので聖杯戦争再開は明晩となると伝えられた。それまでに犯人に繋がる情報を検証し、突き止められなかったとしても拠点がはっきりしている御三家のいずれかを再開の合図と共に襲撃する。そんな事を考えながらも目的地に向う。
どしどし歩きながら仮の拠点である廃工場に入りながらも愛する許婚であるソラウに醜態を見せぬよう深呼吸を繰り返す。ソラウは直ぐに出迎えて彼に礼装を返す。彼に劣らずお嬢様育ちの彼女は不機嫌な面持ちで、この二日間の不満と犯人への憤りを騙る。顔を見るだけでも大きな癒しになるが、珍しく二人の考えが一致した事でケイネスは今までに無く彼女と会話が弾む。そうしてお互いの心情を確かめった後、今後のことを話す。
背後に控えているランサーも主達に配慮し、少し離れようかと声を掛けようとした時、
「ケイネス様!ソラウ様!」
槍を構えて戦闘態勢を取るランサーの先に紫色のローブを着た女が車椅子を押し、それに乗ったスーツ姿に笑顔を浮かべた仮面をつけた男が現れる。
(女の方はキャスターのサーヴァントで間違いない。となると車椅子のほうはマスターか?)
何故、白兵戦に向かないキャスターがマスター共々姿を現しに来たのか?敵の意図が全く測れずランサーは主である二人を庇いながら慎重に出方を窺う。ケイネスのほうも礼装を起動させソラウに下がらせようとしていた。
張り詰めた緊張感が漂い、腹を探る睨み合いがしばらく続くと思われたのが不意に車椅子の男から声が響いた。
「ブタ箱の感想はどうだった?」
その一言でケイネスは全てを理解した。
目の前の男が自分に屈辱を味合わせた犯人だ。今の安すぎる挑発も、また何か企んでいるのは見え見えだが、ぶり返して来た屈辱と怒りは彼の我慢を易々と突破し、例えどんな罠であろうと打ち破って見せるとロード・エルメロイのプライドも相まって魔力を全開にして高々と叫んだ。
「
次の瞬間、背後の水銀は形を変え
ランサーは絶句して、おびただしく吐血し全身から流れるように出血する『
「主の魔術を自ら破壊するなんて、実に貴方らしいわね。ディルムッド・オディナ」
嬉々と言葉を発するキャスターにランサーは激情に駆られ槍を振るう。しかし、キャスターは車椅子を前に突き出し飛び退いた。槍は仮面の男に直撃するが血が流れることなくバラバラになる。どうやらこれは人形であり、胸元からは携帯電話が露出し声が発する。
「キャスターが教えてくれたよ。そいつはマスターの中で一番優秀な魔術師だと。だが、
「主の礼装に細工をしたというのか!バカな!!礼装はソラウ様が・・・・・・・」
振り返りソラウを見た時、ランサーの激情は絶望に変わった。
そこには、かつて愛した女グラニア姫と同じ顔をしたソラウが自分を見つめていた。その熱い陶酔の視線を認識したとき全てを悟った。
彼女が
「ランサー、これで邪魔者は居なくなったわ。これからは私がただ一人のマスターよ、共に戦い一緒に聖杯を獲りましょう」
恋焦がれる乙女として近づいてくるソラウと血と水銀の水溜りに横たわるケイネスを再度認識したのがトドメだった。
己の魔貌がかつての悲運を超える最悪の結果を齎してしまった。否、こうなる可能性は予想できたのに忠義を尽くすことを免罪符に何もしなかった自分に騎士を名乗る資格すらないと、ランサーは深くて暗い絶望と後悔に呑まれた。
「・・・・ラ・・ン・サ・・ァー、じ・・・け・・・・・つ・・・し・・・・・ろ」
その時、意識の無いはずのケイネスから出た言葉は『令呪』を通じランサーに流れ込んだ。彼はそれに逆らうことなく寧ろ積極的に従った。
「きゃぁぁぁーーーーー!!!!」
ソラウの悲鳴が響き、人形を通じて説明する。
「言い忘れていたが細工した
「つ・・・づ・・け・て、めぇ・・・ず・・・・そ・・ら・う・・を・・・・こ・・ろ・・せ」
最後の令呪が消え、
「恋は盲目とも言うが、流石にここまですんなり行くとは思わなかったな」
電話越しからの魔王の言葉、それは女の裏切りに最後まで気付かなかった
「愛する男の手にかかって死ぬ。堪らなく甘美な思いを抱いて逝けたのですから良いんじゃありません?」
「単に
「それがどうかしましたか?」
愛に溺れ己を破滅させた魔女からすれば、それが何であろうとソラウの死に顔にケチを付ける様なことはされたくもしたくも無かった。
同時にこれ以上は素性の開示にも繋がるので話題を移すことにした。
「それともこんな悪辣なことを仕組んだ張本人が今更、良心だの正しいだのと言うことに目覚めたとでも?」
「まさか、この程度の事で揺らぐような繊細さは持ち合わせていないさ。何よりこれから成す我が宿願を思えば些事も同然だ」
魔王もキャスターの意図を汲んで話を先に進めることにした。
「この国に未だかつて無い地獄絵図を描き出す。でしたか?」
「そうだ。私がこれから成す悪は、こんな狭い了見しかない連中の戦争ごっことは訳が違う。国を通り越して世界規模の巨悪になるだろう。より多くの人間の負の感情が沸きあがる地獄を作る。こんな所で小さな障害に躓いてなどいられんのだ」
魔王の言う障害とは今転がっている連中ではないだろう。しかし、それならそれで疑問が出る。
「それはセイバーのマスターの事ですよね。それならいっそアーチャーたち同様、彼らもぶつける方がよかったのでは?」
「そいつらには勝つ見込みが見当たらない。マスターにしろサーヴァントにしろな、特にマスターの方は裏をかかれて殺られるのが落ちだろう。ならば別のことに有効に使ったほうがよっぽどいい」
「残ったマスター達ははっきり言ってザルですよ。それともマスター自身が出向いて始末すると?」
「私も含め、衛宮切嗣に勝てるマスターはいない。だが、マスターに勝てるカードが無いならサーヴァントのほうで攻めるまで。
ライダーもバーサーカーも期待するには十分なモノを感じるし、都合のいいことに双方ともセイバーに執着してるようだしな。それでも駄目なら最後の手段を使うまでだ」
この答えに満足し、これからの確認に移る。指示されたことは済ませてあるがライダーとバーサーカー、まずどちらを使うつもりなのかいい加減聞いておきたかった。
「聖杯戦争の再開は明晩だったな。そうなればライダー達が動くだろうが準備はできているか?」
下水に魔力残滓を流せと言っていたことだろう。あの場所にセイバーもおびき寄せるつもりなのだろうか?否、
「ええ、ご心配なく。それでこちらの方も予定通りに?」
「ああ。死体も人形もそのまま置いていけ、再開したら直ぐに監督役に連絡しろ。処理しに来たら御退場いただく」
「しかし、監督役が居なくなったら聖杯戦争に致命的な支障がでてしまうのでは?」
「シナリオは出来ている。四日もすれば片は付くさ、その為にもあの監督役は邪魔だ。さっさと排除するに越したことは無い」
それから幾つかの確認を済ませた後、携帯の通話が切れる。キャスターは魔王の言ったことを反復した。
つまり四日後には聖杯を我が手にできる。明確な期限も宣言され胸が高鳴るのを抑えながら、この場での最後の仕掛けに取り掛かった。
ランサー陣営全滅。