-151:17:55
ケイネスは神童であり天才であることを当たり前として生きてきた。自らの歩む道は、栄光を約束されているとそう信じて疑っていなかった。故に〝目論見が外れる〟と言う事態にかなりの苛立ちを感じながら彼はホテルのエレベーターを登っていた。
エレベーターの表示が32で止まった。ホテルの最上階、金に物を言わせフロアごと借り切り改装した工房だ。そこには許婚であるソラウがいるだけ、苛立ちながらも気を緩めドアが開いた瞬間に無数の釘が一斉に襲い掛かった。
「主!」
咄嗟にランサーが釘を打ち払い、そしてすかさず襲撃者に槍を突き立てた。
隙を突かれたこと、庇われたことを理解し苛立ちながらも状況を確認しようとフロアに足を踏み入れたケイネスは更なる怒りと驚愕に思考が一時止まった。
「わ、私の工房が・・・・・・・・・い、一体誰が・・・・・・・・・・・」
そこは港に向かう前に出たときとは全くの『別物』に様変わりしていた。空間そのものが万華鏡の様に捩れ歪んでいて用意していた結界や悪霊、魔力炉の波動は感知できない。完璧に整えた工房の変わり果てた姿に、さっきまでとは比でない怒りが湧き上がった。
「おのれぇ、何者か知らないが舐めたまねをぉぉぉぉ!!!」
叫びながらも礼装を起動させ戦闘態勢に入り、同時に術式の中枢を読み取りそこにサーヴァントが居ない事を確認するとランサーに向きなおる。
「ランサー!!!今すぐソラウの元に向かえ、私はこの愚かな襲撃者にたっぷりとロード・エルメロイの恐ろしさを理解させに行く!!」
「ハッ、ソラウ様の安全を確認したら即座に戻りますので無茶をなさらないよう」
そう言って消えるランサー、それを無用な気遣いをと鼻を鳴らし中枢に歩いていく。フロアは視覚的にも実質的にも迷路のようになっていたが、ケイネスの知識と直感は難なく最短のルートを読み取り、瞬く間に襲撃者の下へと辿りついた。
そして鉢合わせた瞬間、襲撃者は武器を構え先程同様に無数の釘が放たれた。しかし今度は強力な強化魔術が掛けられ先の物とは比にならない硬度を持ち合わせていた。
「
だが、ただ硬くなっただけの鉄の塊がロード・エルメロイに通じるはずものなく、自律防御であっさりと凌がれ、その勢いのまま鞭の様にうねり、あっさりと襲撃者を斬り裂いた。次の瞬間には空間の捩れはなくなり
このあまりにも呆気なさ過ぎる結果にケイネスの熱は急速に冷め、改めて状況を把握しようとしたが、
「きゃあーーーーー!!!!!」
背後からの女性の悲鳴に振り向き再び思考を止めた。
聖杯戦争は人目に晒してはならないし、それでなくても魔術は秘匿するもの。礼装を壷に戻し、記憶を改竄する魔術的暗示を発動させる。
「だっ、誰か!!警察をーー!!」
にも関わらず背中を向けて逃げていく女性、悲鳴を聞きつけ
このままでは不味いと実力行使に踏み切ろうとした時、窓から強力な光が差し込む。そこにはヘリコプターが停止してケイネスを照らしていた。
次の瞬間には本格的な武装を纏った警官達が突入し、ケイネスを包囲した。
「大人しく投降しろ!!」
見下していた日本人からの高圧的な言葉を侮辱と感じ相応の意趣返しとして、再び礼装を起動させ誅伐をくわえようとする。
(止めなさいケイネス)
許婚の声が頭に響かなければ----------
(ソラウ、無事だったか。一体何処に?)
ケイネスはランサーの令呪と魔力供給のパスを分割すると言う荒業を行使し二人で一組のマスターとして行動していた。その為、ランサーを中継器として魔力供給をしているもう一方のマスター即ちソラウと、ある程度の近距離なら念話が可能だった。
許婚の無事に安堵し所在を確かめようと顔を
つまりここは自分の工房として改装した32階ではなく、すぐ下の31階であり、野次馬になっている客と警官達は既に強力な暗示にかかっている。即ち拙い罠に嵌ってしまったと。
(状況は理解できたかしら?この場は抵抗せずに大人しくしてなさい)
(ソラウ、一体何を言っているんだ?)
自らの心を虜にしている女性の言葉とは言え、この物言いには男のプライドが反駁しよとする。
(外にはマスコミも来ている。最悪、魔術をテレビ中継する羽目になるわよ)
(!!?)
その言葉に絶句するケイネス。魔術を秘匿する以上、人払いは当たり前以前の計らいである。これも罠の一環であるのは疑いようがないが、その全く真逆な行為の意図がまるで理解できなかったのだ。
しかし最悪と言える状況は待ってくれない。誇り高き魔術師である彼は屈辱に煮えたぎりながらも警官たちの前に出て両手を差し出し、逮捕された。
そして、数人の警官が倒れている少年の死体の近くを捜索し、白い粉が詰まった袋を発見した。
ケイネスは何かを叫びそうになるが、
(大丈夫よ。聖堂教会のスタッフは優秀だし、何より誤解なんだから、直ぐに事はおさまるわ。それよりもここに居るのは、もう駄目だし少しして貴方の礼装を回収したら予備の拠点に行くからそこで落ち合いましょう)
ソラウの聡明さと分析眼には一目をおいている。その彼女の諌言に憤りを抑え連行されて行く。
-149:47:12
深夜テレビでは緊急特番としてハイアット・ホテルの様子を映していた。その中にはフードを被ってパトカーに乗るケイネスもあったが、名誉やプライドを重んじる輩なら晒し者にされるなどと言う屈辱は計り知れないだろう。
それを見ながら魔王は目論見が成功したことにほくそ笑んだ。
「明日の朝刊とニュースが楽しみだ」
『上手くいった用で何よりですね』
キャスターの声が掛かる。彼女は今、ホテルを見張れる空中でテレビとは別の角度で状況を伝えていた。無論、アサシンを警戒して隠蔽魔術は入念にして更に見つかりにくいように隠れながら。
『しかし、いくら役人の上役を操ったとは言え、この短時間にこれだけ早く動くとは』
「既にキナ臭い物が、あのホテルにあったとしたら?」
キャスターの疑問に魔王が種明かしを始める。
『と、言うと?』
「公にはされてないが、あのホテルのバックには総和連合と言うヤクザの元締めが経営に一枚かんでいる。勿論、尻尾を掴ませないようにな。そして、今回ようやくその尻尾が掴めるかもしれない事件が起こったんだ。優秀で正義感の強い、この国の警察には格好の餌だろう」
皮肉が込められた物言いに苦笑するキャスター。
『しかし、確かに一時は騒がれるでしょうが、先の港の工作からするに聖堂教会の隠蔽工作も中々のもの。この件も直ぐに沈静化されてしまうのでは?』
「確かに警察やマスコミを動かしただけでは不十分だろうが、魔術師と言う輩も常識からは外れていても社会システムから外れて生きているわけではあるまい。いや、外れていたとしても無視は出来まい」
どうやら魔王の仕掛けはまだ終わってないようだ。キャスターは愉快な気持ちで魔王の話を聞いていた。
「とにかく、聖杯戦争そのものに揺さぶりを掛けるには十分だし、私の予想では事態の収拾は少なくとも丸二日は掛かるはずだ。追って監督役から一時停戦の通達が来るだろう。キャスター、魔力集めもそこでお終いにしろ、そこから先は・・・・・・・」
突然話が切れ、訝しげに思ったキャスターは魔王の様子を確認しようとパスを繋ぎ直した。魔王はテレビには目もくれず、キャスターが映していた映像を凝視していた。
「キャスター、右下を慎重にズームしろ。いいか、慎重にだぞ」
首を傾げたくなりながらも言われた通りにする。ホテルよりやや離れた位置で、近くにはホテルを一望できそうな大きな建物がある。そこにはそこで野次馬が集まってきていたが、その中に神父服の大柄の男が居た。アサシンのマスター、言峰綺礼である。
『これはこれは、彼もまたランサーを襲いに?』
「いや、それにしては今居る位置は変だ。襲撃と言うより襲撃者を待ち伏せようとしていたとした方がしっくり来る」
そうなると誰を
(或いはそんなものがないとしたら・・・・・)
「調べたいことと、試したいことが増えたな。予想通りに進めば完全勝利も可能かもしれないな」
不遜ともとれ、それでいて頼もしい魔王の台詞を聞きながら、キャスターもまた不敵な笑みを浮かべていた。
蛇足かもしれませんが、ホテルの経営うんぬんは捏造です。