ドラゴン・バラッド-龍血の龍討者-   作:雪国裕

5 / 19
早朝の決闘

 明朝。ヴァンは旅の支度を始めていた。

 おそらくまだ起きているものは数少ないだろう。街は静かだ。

 鎧を着込み、剣を固定するベルトを腰に巻いた。ベルトの固定具部分にブルークラウンを装着したら、ポーチを背負って部屋を出た。

 宿の主に会釈をして、宿泊代を支払う最中。

「もう、行くのかね?」

 ふと先方から、そんな言葉を投げかけられた。

 ヴァンは、静かに頷く。

「そうか…君の旅に幸運を、願っているよ」

 主は微笑を浮かべた。

「ありがとう」

 ヴァンは礼を言うと、踵を返して歩き出した。

 

 人気のない街路は歩きやすく、思いのほか予定よりも早く教会に着きそうであった。しかしそんな道中で、彼の行く手を阻むものが現れるなど彼自身予想をしていなかっただろう。

「待って」

 ヴァンの歩みを止めた声があった。

 先程から気配を感じていたが、まさか彼女だったなんて。

「なんのつもりだ、ルナ」

 ルナ・ルークは立ちはだかるようにヴァンの前に現れた。しかも先日のような普通の衣服ではなく、ヴァンと同じような戦闘服姿だった。ただ、防御力よりも機動性を重視しているようで、革と布をベースに要所にのみ装甲を取り付けたタイプだった。ひらひらとなびく白い布に、地平線から漏れた日が反射してきらきらと煌めいている。

 それよりも驚くべきはなんと、腰に刀剣を差していたことだ。赤い鞘が美しい。あれは「カタナ」と呼ばれる斬撃に特化した剣だ。東に近いヴァンは、何度か見たことがある。

 北欧風の外見の彼女が持つと、より一層異質さが伝わってくる。

 いずれにせよ、彼女が身にまとうようなものではない。

「これは一体どういうつもりだ?」

 呆気にとられるヴァンをよそに、彼女は冷静だった。会ってからずっと見せている陽気な笑顔も、今は全く見せない。元々ある麗しさが際立ち、どこか一緒にいると息苦しい。

「少し時間をくれないかな」

 急ぐといってもまだ約束の時間には早かった。余裕はある。

 話があるというなら聞こう。いや――聞かなければならない。心のどこかでそう感じていた。

「ああ。話してくれ」

「まず、嘘をついたことを謝るわ」

「嘘?なんのことだ」

 ヴァンの質問に、ルナは平然とした表情のまま続けた。

「龍について、知っていることを知らないといったことよ。私は、いろいろなことを知っているの。――これから私の知っている事を話すわ。ただ、それは君の答えしだいだけどね」

 静寂の中、朝日が昇ってきた。

「私を同行させて欲しい。君の旅を、終わらせたい」

 その言葉を聞いて、ヴァンは背に何か嫌なものが駆け抜けていく、そしてしれはうなじのあたりに居心地の悪い感覚をもたらす。

「だめだ」

「やっぱり、か。君は少年のように幼くて、でも時折大人びた穏やかな顔をしていて・・・君は見ていて飽きない。でも目は違うのよ。いつも同じ目をしてる」

「どんな、目だというんだ」

「復讐の目よ。君は止まらない。昨日教会で私が君を引き止めようとしたとき、それを悟った。情報を与えれば、君は迷わずあれを討ちに行く。だから私は迷ってた。伝えようかどうか、そして同行しようかどうか」

「君は、私のことを善く思ってくれているみたいだけど、違う。私は悪い人だよ。ヴァン君」

 ルナは続けた。

「君を騙すことよりもたぶん、自分に嘘をつき続けることのほうが嫌だった。君が死んで、目覚めが悪いことになったら嫌だと、そう思っていた。そんなずる賢い人間なんだ。だから君にも、こんなふうにしか関われなかった」

「君はこのままでは勝てない」

 ヴァンは眉をひそめた。そして聞き手から離れる。

「言いたいことはそれだけか」

 ヴァンは強い口調で言い返した。

「さっきから僕が敗れる前提で話しているようだが。悪いがそんな生半可な気持ちで来てはいないんだ。だから君は、気にかけずに僕に情報を伝えるといい。それで、おしまいだ」

「いえ。これは、あなただけの問題じゃない。”私にも”、討つ権利はある」

「なんだと?」

 ヴァンは訝しげに言った。

「ここからは私についての話になるわ。なるべく簡潔に話すけど…。でもね。ちゃんと聞いて欲しい」

「わかった。黙って聞いている」

「ありがとう。実はね。私もあれに大切な人を殺されたの」

 ヴァンは目を見開いた。言うまでもなく、予想しない彼女の発言に驚いていたのだ。

「彼は異国の剣聖で、ドラゴンバスターだった。あなたのように各地を周り、狩りをし、時には飛竜を討った。そんな日常を一番近くで私は経験した」

「彼は強かった――でも」

 死んでしまった、ということか。

「最後まで、彼は私を護った。私と、周りの人を守ったの」

「彼から戦闘技術を学んだおかげで、私は十分戦える。多分…あなたよりね。だから連れて行ってくれれば、きっと活躍できる。あの時みたいに、君を助けられるはず」

 あの時とは、初めて会ったとき。森での出来事を言っているのだろう。

 ならばやはりあれも、計算された「計画」のうちだったのか。

「私にも何かできることが――きっとある」

「…だめだ。君は連れていけない」

 ヴァンは断言した。

「そう思うなら今ここで証明してあげようか?」

 強気な、それでいて多少の憤りが混じった口調でルナは言い放つ。彼女には珍しい、怖い顔をしながら。

 わずかながら、殺気を含んでいるようだった。

「わかった。少し痛い目を見ないと、わからないみたいだからな」

 まさかこんなことになろうとは。

 ヴァンは構えを取った。

 どうしてこんなことになっているのか。考えるのは後でいいと、

 今は多分、感情的になっていたと思う。

 ここで彼女を倒し、判らせる。

「そう」

 一方彼女は何の構えもない。

 それがかえって不気味だった。そう思った途端、その場にふらりと倒れこみ、彼女はあと少しで地面に接触しそうになるほど傾斜した。そこから体重を移動し、風のようにこちらに接近する。

 思わず受けを取った。

 刹那、蹴りが飛んでくる。

 一発二発三発四発、

 中段下段上段。

 彼女はこちらのガードが空いた場所に的確に回し蹴りを放ってくる。

 しかも、一撃が重い。

 本当に人間かと思うくらいだ。

「くそっ」

 不測の事態にやむを得ず龍血の力を使う。体力の消耗と燃費が悪いため少しの間だが。群青の髪が逆立ち青白く輝き、瞳は黄色味がかり、瞳孔は獣のように細くなる。

 これで攻撃は、難なく受け切れる。動体視力も上がったおかげで、彼女の攻撃を見切れる。蹴りや拳もかわせる。

 攻撃が見切られたせいなのか、これまで余裕だった彼女の表情に、若干焦りが見えた。

 後退のステップからバック転、ルナは一旦距離をとる。

「いくぞ」

 今度はこっちの番だ。力強く大地を蹴ると、人間離れした爆発力でヴァンは跳躍した。一瞬で彼女の元へ接近すると、超速の右手を繰り出す。

 風切り音が鳴る。が、彼女はそれをたやすく捌く。空振った腕の端にチラリと見えたルナの顔には、笑が浮かんでいた。

 余裕だと?ヴァンは顔をしかめた。

「あなたのこの力は確かに強力。でも継戦能力に欠ける」

「判ってるさ」

 再び、攻撃。拳で横になぐ。半回転し、後ろ蹴りを繰り出す。

 それも、さばかれる。

「龍と消耗戦になれば必ず負ける・・・だから相手の弱点を見極める力が必要なの」

 何を言っているんだ。ヴァンの耳には彼女の声がほとんど聞こえていなかった。今は、彼女を倒すこと、それだけを考えていた。

「私には、それが判る。あいつの弱点」

 しかしそれだけは、はっきりと聞こえた。

 仕掛けてくる。直感でヴァンは受けの大勢を取った。凄まじい速度でヴァンに肉薄したルナは、そのまま彼を蹴飛ばして受けを崩す。

 続いて腰をかがめ、よろけた彼に足払いを掛ける。

「だから力を貸して。二人ならやれる」

 息ひとつ乱さずに、平然と話すルナ。

「だめだ」

 もし自分の前で君が死んだら、どうしてくれる気だ。ヴァンは踏ん張るが、そこにもう一撃足払いを見舞われる。

「ぐっ!」

 たまらず転倒したヴァンは、一瞬無防備になった。

「いい加減意地になるのはやめなさい」

 そこへルナは馬乗りになった。左手で彼の右手を封じると、ヴァンが反撃する間もなく拳を振り上げ、眼前に振り下ろす――が、ガードは間に合った。意外にも、直撃前で受け止めたが、もともとそこで止めるつもりだったのか…全く反動がなかった。

「お願いだから――、一緒に闘って、きっと――」

 彼女は言った。表情は必死さにまみれていた。

 最後の言葉は、彼にしか聞こえない。

「わかった…君を連れていく」

 受け止めた拳の、力が抜けていく。

 予想しない結末で、戦闘は終わりを迎えるのだった。彼女の表情はみるみる萎れ、ヴァンが一つ瞬きをするうちには歪んでいた。真紅の瞳から光の粒が二つこぼれ落ち、それはヴァンの頬へ落ちた。白く長いまつげは濡れ、美しい顔は悲しみに歪み、頬は紅を宿していた。

 秘めていた思い――それが溢れ出して、涙となって、彼女の頬を伝い続ける。

「そこをどいてくれないか」

 そう言うと、彼女は無言で体の上から退いた。そして視線をしたにしたまま、その場に水鳥のように座り込み、やがて顔を覆い、嗚咽を漏らした。

 朝日は登り、光が地面に二人の影を作る。

 完全に調子を崩されてしまったヴァンは、山を越え昇りだした朝日を眺めた。

 ――今の彼女には痛いほど眩しいだろう。

「まいったな」

 ここで二人綺麗に別れて、

 互いに忘れ合い、それぞれ別の道を歩む。

 それを僕は望んでいたのに。

 しばらくしてから、ヴァンは泣きじゃくった彼女をなだめた。

「たぶん今まで生きてきて一番の強攻策。もしかしたら一生で一番かもしれないね」

 顔を上げはにかんだ様子で言う彼女に、ヴァンは苦笑する。無事であったからいいものの、危うくお互いを傷つけるところだった。まあしかし、ここにきてようやく彼女の年相応の表情の変化を垣間見ることができたので、距離が縮まったと言えば良かったかもしれない。

(でも、それならそうと)

 話してくれればよかったのに、とはいえなかった。自分が話して納得していたかと聞かれれば、間違いなく答えは否だったからだ。色々と言いたいことはあるが、ヴァンは懸命に言葉を飲み込んだ。

「だから荒っぽいことをする他なかったと…」

「こんなことを頼めるのは、多分君だけだと思った。森で見かけて、その姿を観察して、あの動きを見て、そこで予感した。君ならあれを倒せる気がするって」

「僕でなくとも討伐隊の連中はいくらでもいると思うんだけど」

「ダメ。君のように例外はいないもの」

 例外、か。ヴァンは頷く他なかった。確かにこの歳で龍討伐の旅をするドラゴンブラッドなど、自分以外いないかもしれない。

「僕に親切にしたのも、頼みのためだったのか?」

「うん…まあね。でも半分だけ」

「もう半分は?」

「私にもよくわからない」

 ルナはそう言った。

「そうか。まあそれならそういうことにしておくか」

 日は完全に上がり、あたりはまばゆい光に照らされていた。

「そろそろ立てるか?」

「ええ」

 ルナは立ち上がった。

「ヴァン君、聞いて」

 そして早々に口を開いた。

「龍は各地を移動しているかのように思われるけれど、実は違う。各々が守護する場所があって、そこを大きく離れることはないの。他の場所は他の者が護り、互いに殺しあうことはしない、普通はね」

「どうしてそんなことがわかる?」

「私のことを、話しておくべきね」

「私は昔、羅音(らいん)という人とともに、各地を放浪していた。その人からいろいろと受け継いだ。知識と技術とか、人道とかね」

 彼女の言った大切な人とはその羅音という人物か。

「彼の旅の意味は、例外な龍を討つことにあった。私は彼の目的を知って、同行を決意した。でも今みたいに断られた。その時も駄々をこねた気がするわ」

 結果として羅音は彼女に折れてしまったわけか。

 この自分のように。ヴァンは苦笑した。

「彼は私が何者なのか知っているみたいだったけど、結局最期まで話してくれなかった。明かしてくれたのは、私が龍と密接にかかわる存在だってこと。だから竜の居場所に敏感なんだって。こんなことを、一般の討伐隊の人に話しても聞いてくれないでしょ?」

「なるほどな」

 凡人が特殊な力というものを言葉だけで掲示され、信じろと言われれば無理もある。どうりで討伐隊の人間に頼めないわけだ。

「私が本や書物を読みあさったのも、自分を知るため、そして龍の居場所にこだわったのは、その力が本当なのか確かめるため・・・だから、情報というよりは私の勘と、その力というのが頼り」

 ルナは暗い口調で言う。

「信ぴょう性には、欠けてしまうけど」

 そして最後にそういい、ヴァンを見据えた。その瞳は、どこか震えている。怯えにも似た感情を思わせる。しかし、その奥に希望の光を感じる。

 今までもこうして、彼女は誰かに助けを求めたのだろう。そして皆に、断られてきたのだろう。憶測であるが、ヴァンはそう思った。

 そして同時、彼女が本気であることを悟った。

「彼――羅音は、君の力で奴を見つけたのか?」

「おそらくね。彼自身私を巻き込むのは嫌だったようで、隠してはいたけど。…私のいる近場でドラゴンが出没する、それも何度も。これは偶然ではないと思う」

「なるほど分かった。信じてみる。君の力も、話も」

 …ありがとう。

 ルナは一瞬言葉を失ったが、その後すぐにそう言う。万円の笑みを浮かべて。

「嬉しいよ、私」

 目頭には、先ほどとは違う雫が煌く。朝日を浴びてキラキラと光る涙は、地面に落ちて弾けた。

「私も、君を信じるよ。これから、よろしくね」

 彼女の信じるという言葉に、ヴァンの心は揺れ動いた。

 僕は――臆病だった。誰かを巻き込むことをおそれていた。彼女は僕よりも強い。自分はもちろん、僕を巻き込む事を覚悟して、願い出た。思いの強さはきっと、僕よりも強い。 

 そしてそれを表しているのが、目頭の光だ。

 今、彼女は出会ってから一番に綺麗な笑みを浮かべている。そこにもはや、彼女の嘘は無い。

 ヴァン・グリセルークは無意識に微笑んでいた。久々に、人を信じようと思えたことが、嬉しかった。

 ふと、ルナは手を差し伸べてきた。洞窟の時と同じように。ただ、互いの気持ちはあの時ほど離れてはいない。

 ヴァンは彼女の白い手を見据えながら思う。

 人と深く関われば、別れ際は辛くなる。でも、本当はそうじゃない。これから彼女と過ごし、いずれ別れても、二度と会えなくても、いいのだ。

 いいじゃないか。相手を信じようとした、信じることができた。そう思えたことを誇りにして生きていけばいい。

 

「ああ。よろしく」

 

 彼は、差し出された手を強く握り返した。

 




どうも、雪国です。中盤からの更新に二年もの歳月が経ってしまいました(汗)昔より文章力が落ちてて苦笑いしかできませんね。まあ書いてなかったですもの。仕方ないか。

一章はここで終わりです。かなり急ぎ足になりましたが、ここでは二人がお互いに旅をする動機付けを描きました。原案が原案だけに、無理やりすぎる内容をどう自然に進行するか悩みましたが、結局無理をしましたね。

次回からようやく物語が動き始めます。鎧を手に入れるために僻地へ向かったり、盗賊団との戦闘や、他に秘宝を狙う第三者の出現など、やることがいっぱいで、うまくできるか心配です(まだかけてない)

よければ続きも読んでやってください。
ここまでありがとうございました。
2014年10月4日 雪国裕

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。