ドラゴン・バラッド-龍血の龍討者-   作:雪国裕

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温かみの味

 シルファという名のおばあさんと会話した後、時計台の時計側から向かって北に進んでいった。しばらく歩いていくと、噴水のある町の広場に到着する。

「待たせた」

 時間は・・・振り返る前に彼女に声をかけた。寄り道しているあいだに、多分十五分は遅刻してしまっただろう。

「いえ。私もさっき来たばかり」

 彼女の気遣いに感謝する。

 ルナも自分と同じく服を着替えていた。二人共滝壺で濡れたので、当然といえばそうだ。

 彼女は相変わらず黒い衣装を着ている。ただ先程のとは違う町娘のような格好で、それはまあ、ありきたりなものだ。頭にはつばの短い帽子をかぶっている。ベールで隠れていた肩までの白い髪は、今はさらけ出されているが、ほかの場所、頭から下はやはり肌の露出が少なかった。

「似合ってるわ」

「は?」

「私の古着。まさか着てくれるとは思わなかった。君のことだから意地を張って鎧姿を通すと、半分は踏んでいたんだけど」

 座った状態で頬杖をついて、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。

「そうなのか」

 棒読みでそう言っておいた。目は多分死んだ魚だったろう。

 なんだが先程から彼女に踊らされている気がする・・・。悔しいが、ここで「そっちも似合ってる」と言い返せる余裕はなかった。

 噴水の傍のベンチに腰掛けると、彼女も無言で隣に腰を下ろした。ふと、彼女の腰辺りに目が行く。それは、彼女が肩からかけているポーチだった。年季の入ったもので擦り傷も目立つが、いい品に思えた。大切にしている様が、どこからか分かった。

「・・・ところで、さっき言っていた龍の秘宝って何なんだ?」

 問うと、彼女は少し瞳を落として、それから目を閉じた。

「文書によると、確かこの先にある古い建物のどこかに眠る、鎧と剣のことだって聞いてる。なんでも不思議な――ちからがあるんだって。でも、剣はずいぶん前に抜けてしまったって、本には書かれていたけど」

 言い終えて目を開き、ルナはこちらを見る。

「興味湧いた?」

「そりゃまあ・・・いやそれ以前に、きみの知識に驚いてる。なんでも知っているんだな」

「まあね」

 褒められて、ルナは鼻を鳴らした。

「ここは小さな町だけどね。遺跡が周りにあるせいか、そういった話は自然と囁かれるのよ。それに、定期的に商人がやってきて本を売ってくれるから、それを買って読んでいる。だから情報だけは知っているの」

 まあ、それがおとぎ話であったなら、信ぴょう性もなにもないんだけどね。とルナは付け加える。

「本当に本が好きなんだな。それにしても鎧と、剣か・・・」

 実のところを言うと、彼女の話を既に彼は知っていた。龍の秘宝の件も、多方掴んでいた。

 しかし、それはあまりにも信ぴょう性にかけていた。未だかつてそれらを見つけたものも、手がかりも挙がっていないからだ。だから、彼女の情報も無駄にはならない。伝承は伝わるたびに形を変える。

 現に。

 ――腰から剣を抜き払う。

 この剣、青い冠(ブルークラウン)。剣が抜けていたことは、ヴァンは知らなかった。剣と鎧がセットであるものだと思っていた。だから、この剣についていろいろと考えることができる。

 これは純粋な龍血であった自分の母のものだ。死んだ祖父の話のところ、一族に伝わる宝剣だという。なら、もしかするとその話に出てくる引き抜かれた剣というのが、このブルークラウンそのなのかもしれない。

 そう考えてみた。

 もうひとつの「鎧」とは、伝承に聞く龍と龍血との禁忌を解くもの。そしてそれは、今の自分には絶対的に必要になる、あの鎧なのではないのか。

 この町に来たのは、目的に必要なそれを手にするためだ。いや、正確に言えば情報か。“龍血を無効にする”鎧についての情報だ。

「どうかした?」

 ルナに顔を覗きこまれ、ようやく我に返った。

「あ、いやちょっと」

 考え事に耽っていたため、彼女の顔の近さに気がつかなかった。

(だが、ないな)

 しかしまあいろいろ考察したが、母親がこの剣を抜いた人物とは考え難い。ではやはりこれは違うのだろう。鞘から少しだけ抜いた、青い刀身を覗きながら思う。

 ならば、剣と鎧、両者を手にする必要があるのか…

 映る自分の顔はなんとも気難しそうだった。

「昼はもう食べた?」

「いやまだだよ。正直どこで食べればいいのかわからない」

「そうだろうね」

 ルナは呟くように言い、片目をつぶってから、

「仕方がない、私が案内しましょうか」

 そう提案してくる。嫌なやり方だ。選択肢は他にあるだろうか。

「じゃあ頼むよ」

 ため息混じりに言うと、彼女は表情を曇らせるどころか笑顔になって自分の手を取った。

「そうと決まれば――行こう!」

「ちょっと、おいっ」

 無理やり立たされると、そのまま繋いだ手を引かれながら走った。

 さながら、初対面の時を思い出した。まだ数時間しか経っていないというのに、どこか懐かしさを覚える。

 くすっと、彼女は短く笑った。

「何が面白いんだよ!というか走る意味があるのか!?」

 嬉しそうに、パタパタと走る彼女の背中に言った。声は届いているが、彼女は振り返りもせずに走り続けている。

 面に風を感じ、髪を揺らしながら駆けてゆく。

 まあこれも悪くないか。表情を緩ませて、これ以上物を言うのをやめた。

 口をつぐんで、そしてそのまましばらく彼女と駆け続けた。

 

 

 ◇

 

 

 ルナが扉を開いて、そのあとに続いた。

 二人共息切れしながら店内に入る。これだけ息が慌ただしいと目立つだろうと思ったが、意外にも賑わっていた店内によってすっかりかき消された。

 適当な席に座ると、まもなくウェイターがやってきて注文を取った。残念ながらメニューがよくわからないので、彼女任せにした。何が来るかわからないのだが、幸いなことに好き嫌いはないので心配はない。

「そういえば、君はどうやってお金を稼いでいるの?」

 注文した料理が手元に届くまでの間、彼女はそんな質問を投げかけてきたので、

「滞在した所で簡単な依頼をこなしてるんだ。熊や猪なんかは、村や町、どこにもいるから、狩猟依頼は常に出てる。報酬は決して多くはないけれど、まあ一人旅をするには十分なほどだよ」

 なるべく簡潔に答えておいた。

 ただ、嘘はある。

 十分とはいったが、現状は結構厳しいのだ。今のように潤っているときは寝泊りできるが、そこらで安全な場所を見つけ野宿することもしばしばある。

 それはあえて、言わないことにしておいた。

「へぇ、すごいね」

 なので、こうして素直に受け止めた彼女には、少し申し訳ない気もする。でも、彼女と自分は生きている環境が違う。気にすることはない。

 相入れることは、ない。

「それにしても強いのね」

 買い被られるのは好きじゃないので、

「いや、盗賊を巻いたきみには敵わないかもな」

 正直に言っておく。

「謙虚なのね」

「いや、そんなことは・・・」

「そんなことはないって?それこそ違うわ。私は、実際戦えないし」

「そう、なのか」

 逃げる際の手際の良さは確かに凄まじかったが、実際彼女が戦闘慣れしているとは言い難い。意外に脚力はあったようだが、持続力があるのかは疑問だ。

 身のこなしについては軽やかで、運動神経は良い方に見える。しかしだからといって、直接戦闘ともなると頼りない。

 相席の彼女の容姿を眺めみる。

 手足も細く、筋肉はついていない。特に鍛えてもいないらしい。全体的に華奢だった、胸以外は。ちょうど、視線が彼女の胸にいったところで、あの時を思い出して躊躇し、目線を外す。彼女の黒い服は割とボディラインが出る物だった。フリルがついているので目立たないが、胸の下側はくっきりと円形をしている。

 一旦意識を逸らそうと、とりあえずフォークに刺した肉を口に含んだ。

「あ――・・・それにしてもこれ美味いな。これなんて料理?」

 それは、本当は適当な感想だったのだが。

「鳥の餡掛けソースステーキ」

 なるほど。はじめて食べる料理だ。鶏肉は焼いてあり香ばしく柔らかく、特に庵かけ、というこの独特な口当たりを持ったソースがなかなかうまい。

「旅先では色々な料理を食べているけど、これは上位に部類するな、間違いなく」

 また、思っても見ないことを口走る。

「そうなんだ。気に入ってくれたみたいで良かった」

 彼女は素直に受け応える。それに、内心申し訳ないと思う。だが、あいにく張り付いたポーカーフェイスが邪魔をして、彼女との距離を一向に縮めようとしない。意見の交換、互いを知ることは信頼への第一歩なのだが・・・いつから距離を置くようになったのか。

 きっと自分が旅人だからなのだろう、そう思った。

「美味しいな本当」

 もうひと切れを口に運ぶ。

 本当は、こうして味わうことは希なのだ。というより、味などどうでも良いと思っている。生きていくために食す、それだけで良い。そう思っている。

 自分が肉にかぶりつく最中、ルナは陶器のコップに注がれた牛乳を飲んでいた。今気がついたが、彼女は料理を注文していない。

 空腹ではないということなのか?

「牛乳が好きなのか?」

「ええ。毎日飲んでいるわ」

 本当に美味しそうに含む。牛乳はその独特の臭みを嫌うものは多いが、気にも留めていないらしい。

 ちなみに自分は好きでも嫌いでもない。

「背も伸びるわけだ」

「えぇ、私は低いほうだよ?だって・・・」

 こちらの眼差しを察したのか、ルナが言葉を止めた。

 それはすなわち――禁句だった。

 カラン・・・フォークは手元から滑り落ちて、テーブルに落ちて音を立てていた。

「ごめん、わざとじゃないんだ」

 舌を出して謝るルナ。誠意が足りない気がする。

「わかってるよ。ああわかってる・・・」

 フォークを拾って、ナイフで肉を一口大に切ると、闇雲に口に放り込んでいった。これぐらいしか悔しさをぶつける先がない。彼女に怒ったところで何も解決しないし、器の小さい――ひいては甲斐性なしに思われるのもしゃくだった。

「僕も、これから飲んでみようかな」

「あらそう!じゃあ、ほらっ」

 失言を気にしているのか、ルナはかなり早い手つきでこちらにコップを突き出してきた。

「・・・こういうことに対して抵抗は?」

「?」

 判っているのか、それとも本当に分かっていないのか。

「いやいいんだ。いただきます」

 いちいち論議するのが面倒だったので、彼女の手からコップを奪い取りすぐにそれを飲み干した。甘みがある・・・それは悪くない味だった。

「きっとこれからだよ。私なんかすぐに追い越して、大きくなるはずよ」

「そうかな」

 そればかりはどうとも言えない。応援はありがたく受け取っておくけども。

 さて。

「ここで改めて、お礼を言わせてもらうよ。きみがいなければ僕はどうなっていたかわからない。助かった」

 頭を下げ「礼」をした。ここの地方ではこれが通じるだろうか。敢えて、ネイティブな方法をとったわけなのだが。

 ルナは一瞬だけ面を食らった。

 しかし、程なくしてその意味が判ったようだ。

「どういたしまして」

 てっきり軽く言い返すかと思ったが、その言葉には重みがあった。重みの正体は、まだわからない。

「こう言ってはなんだけど、情報についてはもう少し待ってね。・・・もう少し、私のわがままに付き合って欲しいんだ」

「なるべく早いほうがいいんだけどな」

 自分がこうつぶやいたあと、

「・・・ごめんね」

 影を落とした笑顔で彼女はそう言った。

 それに対して、無言で頷いた。

「ありがとう」

 彼女に対して怒っても苛立ってもいなかった。

 沈黙が二人の間にある。それは険悪なものではない、優しい沈黙だ。

 無言で肉を口に運ぶ。最後の人切れだ。それを口に含み、咀み、飲み込んだ時、ヴァンは「味」という意味の端を掴んだような気がした。

 いつもよりもずっと美味しい。

 人との会話、触れ合い、食事。

 今この状況が、すごく心地よい。

 そう思った。

 一人旅は自由だが孤独だ。孤独は慣れると言うが、慣れても人の温かみへの羨望は止まない。人は人を、自然と求めてしまう。

 自分は今、孤独という無味な生き方を否定している。この気持ちがそれを証明している。もし全てが済んだら、またこうして誰かとともに生きていきたいと願っていた。

 なら今、全ての目的を投げ捨てて、ここで彼女と生きていくと思うか・・・・・・答えは否だ。この状況、時、彼女さえも、目的を阻む誘惑に過ぎない。

 自分の中で再び、消えかけていた復讐の炎が激しく燃え上がる。そうやって何度も、この温かみから自分を遠ざけてきた。

 少なくとも目的を果たすまでは、自分はこの意志を守り抜くつもりだ。

「さて、行きましょうか」

「ああ」

「ここは私のおごりということで――」

 彼女がポーチの中身を探り出したので、手で押さえて制止する。

「いいや、僕が支払う。これは僕が頼んだものだ。人に支払わせるわけには行かないよ」

 堅苦しく思われたかもしれないが、譲るわけにはいかない。

 ――本当に良かったの?という質問が、店を出た直後に投げかけられた。

「ああ。僕にとってそういう決まりだからな」

 相変わらず揺らぎ無い返答をしておく。

 これはそういう流儀なのだ。旅人は部外者であり、必要以上に干渉はしてはいけないのだ。

 僕らは所詮、別の場所で生きる、”ならず者”なのだから。

 石畳が続く道を二人出歩く。

「ほかに何か見たい場所とかある?雑貨屋とか、なかなか面白いよ」

「いや、別にそういうのは、ないな」

「あまぁ、キミが見てきた場所に比べれば物足りないかもしれないね」

 ルナはため息混じりに言う。ただ、冗談も含んではいるが。

「そうだな。強いて言うなら、消耗品、武器、装備関連の店を紹介して欲しい、かな」

「なるほどね…それならこの近くに、狩猟団の人たちが利用している武器屋が何軒かあるよ」

 興味深い話だった。色々な装備品を眺めるのはなかなか面白いのだ。

「そこへ案内してもらっても?」

 それは愚問だと、発言の最中思った。

「もちろんいいよ?でも流石に私は、店内には入らないけど」

「どうして?」

「堅苦しいのが、きらいなの。あとはね…」

 そのあとの理由については、見当もつかなかった。だが、言いたくなければそれでいい。ヴァンは彼女の言葉に何も言わない。

「まあ、君が行きたくないなら僕も控えようか」

「そんな。気を遣わなくていいのに」

「気を遣っているわけじゃない。僕自身、虫の居所が悪いだけだ」

「そう?」

「ああ。代わりに、ほかのところでも紹介して欲しい。もちろん君が行けるようなところに」

「了解しました。では、私の家へ招待しましょう」

 さらりと彼女は口走った。ヴァンは、思わず目を数度瞬いてしまった。

「今なんて。一体どこだって?」

「私の家(ホーム)」

「家があるのか?君の」

「ありますとも。立派なね」

 ルナは胸を張って言った。

「信じられない」

「君ねぇ。それは旅人の見解でしょう?普通なら家があってもおかしくないはずだけど?」

 表情を曇らせる彼女。

「別に旅人だからそう思ったわけじゃないよ。僕にも家はある。ただ…」

「?」

「君が、家を持つことに違和感を抱いただけだ」とは、話がややこしくなるので言わず、ヴァンはおとなしく付き従っておくことにした。


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