ドラゴン・バラッド-龍血の龍討者-   作:雪国裕

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エピローグ
永久の刻を越える、賛美歌


 私が彼と出会ってから、もう四ヶ月が経った。

 短い冬が終わり今、季節は春の兆しを迎えている。

 様々な命がいま、芽吹こうとしていた。通り過ぎた街路樹の一つに、また新しい蕾を見つけた。

 ルナ・ルークは、微笑む。そしてこの先にいる彼の事を想った。

 今から二ヶ月ほど前になる。

 ようやく目的を果たして、彼は自由になった。

 復讐の感情に憑かれて戦う日々から解放された。

 旅を続ける理由は、もうない。

 それでも彼は、今しばらく旅を続けたいと言った。

 私は無言で頷いた。その答えに肯定も否定もできないと思って。ただ、彼がそうしたいのならそれが正しいのだろう、そうとも思いながら。

 

 

 ルナは教会の裏側の施設にある、一室にいた。彼女は今大鏡の前に立っている。透き通るような白い素肌が、光を帯びて神秘的に輝いていた。

 大鏡に映った自分の白い肌。体にはもう、目立つ傷はない。きっと彼のおかげだろう。彼女は両の手をギュッと胸の前で握り締めた。

 彼女は体を反転させた。煌びやかな銀髪が、なびく。髪は伸びて、すっかり肩に掛かるほどになっていた。腰に届くまで、そう時間はかからないだろう。

 旅で傷んだ分は、この期間で手入れをした。今では随分と艶を取り戻している。切ってしまうのも手だが、いっそ伸ばしてみるのもいいかもしれない。下着を履き揃えながら、ルナはそんな事を思っていた。

 新品の修道服の袖に腕を通す。デザインは前のものから変更されて、より落ち着きのあるのもとなっている。

 ぼろ布と化していた前の服は、一応捨てずに取って置いてある。思い入れが少なからずあるからだった。

 彼女は服の襟を正す。

「うん!」

 そして扉に手をかけ、部屋を出ていった。

 

 長いあいだ暮らしていたこの町へ、旅を始める前のふるさとに彼女は戻ってきていた。

 あの後、つまり黒鉄を討伐してからだが、スィーグランドで世話になった人たちへ挨拶をして回った。彼女の場合、教会にいるクリスとシーナ、ヴァンは部隊長と武具屋に。それぞれ、目的を成し遂げたことを告げた。

 それから後日、ギルドで勲章授与式などを行った。

 式自体には、討伐許可を得たヴァンが参加していた。彼は公衆の面前で、ドラゴンバスターの称号を得た。彼にはそれを表す紅い宝石と、莫大な資金が報酬として支払われた。

 報酬は二人で均等に分配する形となったが、ルナがどうしても額を減らして欲しいということで、ヴァンが多めに受け取ることとなった。

 彼女にとって、自分は彼の目的に協力しただけ、ということらしい。それと他に、あまり大金を持ち歩きたくないから、という事が理由だった。

 彼は納得しない様子だったが、結局しぶしぶ、彼女の要件を飲んだ。それらの手続きや、傷の手当などで思いのほか手間を取った。

 つまるところ、ここへはすんなり戻ってこられなかったわけだ。

 帰還へ至るまでの道のりは、報酬を用いた優雅なものだった。お互いに旅の疲れがピークに達していたためもあるが、とても自力で帰る気分ではなかった。それでも、まだ資金はあり余るほどあるのが、信じられない。

 ここに戻ってきてから一ヶ月ほどが経っている。見知れた面々に挨拶をして、それからは教会で仕事をこなしながら、彼女は余暇をのんびりと過ごしていた。

 落ち着いたら、何かをはじめてみようか。

 自分の知識が、力が役に立つ事を。

 彼女は胸の中でそんな想いを秘めていた。全ては、旅の中で生まれた気持ちだった。縛られていた思いが解放されたというべきだろうか。

 ルナは、あの日

 ――彼についていくことを決めたことが本当に良かったと。

 今そう思えていた。

 

 

「待たせちゃった?」

 石畳を進む彼女は、その歩みを止めてそう言った。視線の先には、群青色の髪の少年が一人、長椅子に座っていた。

「いや?俺も今来たところだ」

 彼はそう、調子の良い声で言った。

「なんだか、旅を始める前を思い出すね」

 あの日、二人はこの噴水のある広場で待ち合わせをした。ヴァンは遅刻をし、遅れてきた。それをルナは許した。

 あの時とは違い、先に到着していたのはヴァンの方だったが、その時にお互い、今と同じようなセリフを言った気がして、それが可笑しかった。

 お互いにベンチに腰掛ける。

 以前とは座る位置が逆になっている以外は、あの時と同じだ。

 ヴァンは、普段の鎧姿だった。といってもアーマーは外している。

 ブルースケイルは、ギルドに預かってもらうことにしたらしい。彼にとって、あれはもう必要のない代物だという。

 あの鎧は役目を終えたのだ。

「ここからは、遠くなるのね」

 彼が次に目指す場所を思い描き、ルナは言った。彼はまた旅に出る。しばらくの間は、旅人でいるという決意のとおり今日、ここを経つのだ。

「ああ。徒歩では少々移動に困るな。でも移動手段は考えてある」

 彼は馬車を使うのだろう。資金は余るほどある。

 ふと、ルナはヴァンの顔を覗き込んだ。

「子竜でも飼い慣らしてみたら?すぐに目的地に行けるわ」

 彼女が言うのは、人の手で訓練されたワイバーンのことだった。遠い国では、それを用いて移動をしたり、競技をしたりするらしい。

「悪い冗談だな。あれがどれだけ難しいか」

 もっとも。竜使いは、高い技量と経験が要求される。しかも先天的に持っている、龍と心を通じ合わせられるという素質が必要だ。今の彼ができるようになる見込みは全くわからない。

「何事も試してみなきゃわからないじゃない?」

「そうだがね?」

 二人は見つめ合い、吹き出した。

 それからしばし笑いあった。賑やかな笑い声は、静かな町に響き渡る。町ゆく人たちは、その光景にほほ笑みを浮かべていた。

「ずっと、ここにいればいいのに」

 ルナは、囁くように言った。

「それもいいな。でもやっぱり、もう少し旅をしていたい」

 ヴァンは、穏やかな口調で告げた。ルナはそれを聞いて、少しだけ肩を落とした。

「そっか、少し残念。でもそうしたいなら、止められないものね。冒険者さん?」

 ルナは冗談交じりで言う。

 そして続けた。

「私からお願いというか、約束して欲しいことがある」

 彼女は真剣な顔で切り出した。ヴァンはその面持ちをみて、同じように表情を固めた。彼女の口元が動く。

「またいつか。必ず会いに来てね」

 ルナは、言ったあとに微笑んでみせた。少しだけ無理をしているような、儚い笑顔だ。

「お安い御用だ」

 ヴァンは即座にそう返す。

「自信満々だね。でもよかった」

 その答えに、彼女はにっこり笑った。

「それでルナ。君の約束の代わりとしてなんだが、俺から一つ提案がある」

「なに?」

「次に会うまでの間、お互いの名を交換して暮らす。名乗るときは、そっちを名乗ること」

 彼女は理解に、時間を要したようだった。

「名前を?」

 ルナは聞き返す。ヴァンは深く頷いた。

「そう。俺たちは、いずれもルークという姓だ。でもスペルが違う。それを入れ替える。書面ではいつもどおりで構わない。単なるまじない程度ということで」

 それを聞いて、ルナは少しだけ考えているようだった。ヴァンは付け足す。

「どうだ、支障はないだろう?それで次に会った時に、お互いに返そう。それが、約束を果たす時だ」

 彼が言い終えると、ルナは顔を上げた。

「うん。変な発想だけど、いいわ。わかった」

 そして了承した。

 ルナにとって、自分の名前は偽物だ。それは、彼女自身が心得ていることだ。

 もちろんこの口約束を破ろうと、彼女がどう名乗ろうと自由だ。それでも、最初に会った時に話した、「ルーク」という共通の呼び名を、彼は大切にしたいと思った。特別にしておきたいと思った。

 だからあえて、こんなことを考えた。きっかけなどないし、別に理由もない。しかし人は理由をつけないと、前に進めない。復讐の旅がそうであったように。

 彼は次の目的を、自ら作っただけだ。

「よし。俺は今日から、また君に会うまで“ルーク”だ」

 ヴァンが微笑むと、ルナは惚けたような表情をした。それから、視線を斜め下におろす。

「…今度会うのは何年後なるでしょうね」

「たぶん、そう遠くはないだろうな。その時は成長した姿を見せてやる」

 ヴァンは自信満々に言った。

「野垂れ死にしないでよね」

「するものか。きっと今よりも逞しく、背もずっと伸びているはずさ」

「そうだと、いいね」

 ルナは淡い笑みを浮かべた。それを見据えてヴァンは心中で「少なくとも、君よりはずっと大きくなるだろう」とつぶやいた。

「ああ、そうだ」

 ヴァンは唐突に言い出す。

「記念にと思って作ってもらったものがあったんだ」

 彼は懐から何かを取り出した。彼の手には上品な箱が握られていて、ルナは身を乗り出してそれを見た。

「それ…なに?」

 ヴァンが箱を開ける。するとそこには、手のひらに収まる程度の小さなロザリオが収まっていた。華美な装飾はないが、シンプルながら美しい代物だった。

「これ…あの時貰った宝石…」

「よくわかったな」

 ロザリオに散りばめられた宝石は、ドラゴンバスターの勲章である紅蓮色の宝石のかけらそのものだった。

「よかったの?ドラゴンバスターの証でもあるのに」

「いいんだ」

 あの宝石はただの宝石ではない。だから貴重品として龍討者ほどの人物に手渡される。神力、あるいは魔力を秘めていると言われる。それを彼は惜しげもなく、加工してしまった。

「これを、ルナに受け取って欲しいんだ。俺はギルドにバスターとして認可された。でもルナは、報酬以外何ももらっていない」

 彼は少々照れている様子だった。

「え、でも……」

「もう加工してしまったんだし、遠慮せずに受け取ってくれ。俺が持っていいても、それこそどうしようもない」

 なかなか受け取らない彼女に、掌に押し付けるようにしてそれを渡した。煌めいたのは真紅の宝石。そこに、常人では見えないが、いくつもの術式が張り巡らされている。実際のところ、これは強力なお守りであった。

 災厄を跳ね除け、持つ者の幸せを約束する。この十字架にはそんな意味が、密かに込められている。

「でもこ、これって…こん…ゃく」

「!!」

 指輪ではなかったものの。確かに言われてみれば、外装もデザインもそれとなく。ヴァンは取り乱した。そういうことは、念頭に置いていなかった。

「いや!そういう意味は!」

「そ、そうね!気が早すぎるよね!」

「ああ!気が早…早いって!?」

 二人ともしばし慌てふためいていた。しかししばらくして、落ち着いた。紅潮した顔のまま見つめ合うと、まだどこか気恥ずかしい。でも、言わなければいけないことがある。ヴァンは呼吸を整えて、口を開く。

「ルナに出会えたこと、感謝している」

 そうして彼は、まっすぐに手を差し出した。ルナは微笑んで彼の手を握り、そして手のひらに収まった箱を、受け取った。

「ありがとう。大切にするね」

「ああ、いつも身につけていて欲しい」

 こうして、彼の不器用な気持ちはなんとか、彼女に伝わったようだった。

「旅を終えたあとは、どうするつもり?」

 しばらく談笑した後、ルナはそう彼に問いかけた。すると彼はすぐに口を開いた。

「ある程度満足して落ち着いたら、ギルドの試験を受けて正式な討龍士として生きていこうと考えている」

 そして。

 そう、明白な目標を語った。

「試験か…厳しそうだけど、頑張ってね」

「ああ。もしもその時に君がそばにいたら、応援してもらおう」

 冗談なのか、彼はそんなことを言った。ルナは間には受けず、あくまでも冗談として受け取っておいた。

「本当にそんなことがあれば、光栄に越したことはないのだけれど」その言葉も一緒に、飲み込んだ。

「さて、そろそろ時間だな」

 そう告げた彼の瞳には、少しだけ寂しさが浮かんでいた。

 立ち上がって、彼は遥かな虚空を見つめた。空は今日、晴れている。細く白い雲が、風の流れに乗って形を変えていくさまを、彼はしばし見つめていた。

 程なくして、ルナも椅子から立ち上がった。そして彼と同じく、遥か彼方へ視線を投じた。それに気がついたヴァンは、彼女のほうを向いて薄く、微笑んだ。彼の艶やかな黒の瞳に、自分の姿が映っている。

 ルナとヴァンの目線の高さは、あの頃からいつの間にか、入れ替わっていた。

 気が付いてはいたが、この旅で彼は一回り大きくなっていた。彼女よりも小さかった身長も、今はやや高くなっていた。

「丘まで、送るわ」

 寂しさの滲んだ声で、ルナは言った。彼は頷き、彼女の後に続いた。

 

 私たちの旅は、もう少しで終わりを告げようとしている。

 彼らはいつか歩んだ道を、なぞるようにたどってゆく。

 景色はゆっくりと移り変わり、その一つ一つが彼らの目に映る。そのたびに、様々な思いが胸の中を巡った。

 しかしその思いを、お互いに口にすることはなかった。

 

 教会を通り過ぎたあたりで、二人は再び向き合った。ここはそう、旅立ちの丘だ。この町を去る者が幾人と訪れた場所。

 ヴァンもその一人として、まもなくここを経つ。

「あのね」

 言って、ルナはヴァンを見た。彼女の美しい瞳が彼を見据える。真っ直ぐな、吸い込まれてしまいそうな真紅の瞳。

 綺麗であって、それでいて少しだけ怖い。

 伸びた髪を揺らして、彼女は一歩前へ前進した。

「私も、貴方に逢えて…」

「――ルナ?」

 歩み寄って、彼女は今にも鼻先が触れてしまいそうなくらいに、ヴァンへ近づいた。そして少しだけ背伸びをした。

 

 嬉しかった。

 

 声が風に乗って、聞こえた気がした。

 柔らかな感触が、彼女の体温が。この唇を通して伝わって来る。彼はこの時が、まるで永遠にも似て、儚い瞬間であると感じた。時を止めておきたい、そんな気さえもした。

 しかしそれは叶わないこと。

 程なくして現れた馬車に、彼は乗り込んだ。彼女はそれを無言で見つめたまま、やがて時は訪れる。

 

 彼女は青い旅人の背中に手を振り続けた。

 その姿が空に重なり、あの丘の向こう側に消えても。

 

 優しい風が吹いて、彼女の白銀の髪を揺らした。

 切なさが際立つ別れの中でも、彼女は微笑みを絶やさなかった。

 その理由はきっと、これから訪れる幸福への期待なのだ。

 

 

 ◇

 

 

 時が経ち、どこからか伝わった古い話が歌に連なり、だれかの耳に届いてくる。

 教会で静かに待つ白き人は、今日も天へ祈り続ける。

 いつかまた、会えますようにと。目を瞑り、懸命に、丁寧に……。

 

 女は十字架を胸に抱き――祈った。まばゆい日の光が、ステンドグラスを通して鮮やかに色付き彼女を照らしていた。

 その後ろ姿に、歩み寄る人影があった。

「まだ待つつもりなの?諦めなよ」

 これは、一体何度目の言葉だろう。女はゆっくりと振り返った。目に映ったのは、一人の修道女。かつて自分を姉と慕っていた子供、その一人だった。

 少女の名は、マリーといった。

「いいのよ。それが約束だから」

 女は、きっぱりと告げた。

「そんな約束、忘れてしまえばいいよ。だって、辛いじゃない?」

 マリーは、訝しげな表情を浮かべ、彼女――ルナ・ルークへ問いかけた。現在、ルナ友人であるところの彼女は、こうして常に彼女を気遣っていた。しかしながらいつもどおり、ルナは言う。

 構わないと。彼女は胸元のロザリオを撫でる。

「辛いことも、全部私が選んだことだから」

 それを聞いて、マリーは困った。彼女が何度言っても、ルナは意思を曲げなかった。マリーはしぶしぶ諦め、その場を去る。

 彼女はひたむきに待つことを選んだ。それまでが、どんなに退屈な日々であっても。彼が再び現れるまで、こうしていることを決めたのだ。

 それがつよがりであることも、わかっている。

 あれから数年、彼からは何の音沙汰もない。時が過ぎていくたびに、彼女の中に不安とあきらめという言葉が募っていった。

 彼は無事でいるだろうか、どうしているのだろうか。

 いつものように、平穏な毎日が過ぎ去る。彼と過ごした激動の日々が、まるでウソだったかのような、幸福で、退屈な、満たされた日々。

 いや、私は今…本当に幸せなのだろうか。傍から見れば、自分は幸せな日々を送っているのかもしれない。しかしながら自分の心からは、すっぽりと何かが抜け落ちている気がしてならなかった。

 彼女はあの日、はっきりと自分の気持ちを伝えられなかったことを、ひどく後悔した。

 今ならば言えるのに。

 

 あの言葉も、気持ちも。彼女は口を開き、とある物語を紡いでいく。

 これは君へのバラッド。

 

 白き君と、蒼き私の愛、それは

 許されぬ想い、

 認められない禁忌。

 

 どうか許して欲しい。君を救えなかった非力な子龍を。

 これは君へのバラッド。

 

 天を仰げば、君のいない孤独を知る。

 

 あの物語はここで終わっている。だが、彼女は歌をやめなかった。

 一拍置いてから、彼女は空気を吸い込む。そして物語は再び、息を吹き返す。

 

 これはあなたへのバラッド

 白き私と、青い君の想い、それは、

 強き願い。

 二人だけの約束。

 

 ずっと待ち続けているから。あなたを忘れずに、いつまでも。

 これは私達のバラッド

 

 天を仰げば、あなたを待ち焦がれる。

 

 久々に口ずさんだ、歌。

 歌い終えたあと、彼女は途方もない孤独感に襲われた。あきらめという言葉が、彼女の内に生まれる――

 その時だった。

 ふと、差し込む光の向きが変わった気がした。青白い色合いだけが残り、それは彼女の後ろへと注がれた。

 刹那、彼女の耳に音が入り込んできた。ゆっくりと、次第に早く――それは誰かの拍手の音だった。

 驚いて振り返ると、そこには長身の男が立っていた。

 眩しくて、最初は誰かわからなかった。

 目を凝らすがやはり判らない。

「あなたは――?」

 やがて日が陰り、光が薄れ初める。シルエットが次第に、鮮明になっていく。

 思わず――彼女は口を両手で覆ってしまった。

 伸びた群青の髪が、風に揺られている。その瞳は、彼女をただ穏やかに見据えていた。

 連絡くらい、くれたっていいじゃない。こちらがどれだけ心配でいたか…

 随分と変わってしまった彼に、掛ける言葉は山ほどある。しかし。

 

 ルナ・ルークはただ、目の前の光景に涙を抑えられなかった。降り注ぐ光は歩み寄る二つの人影をまばゆく、照らしだす。

 やがてひとつになる、人影。

 

 約束は果たされ、彼女の歌は真実となった。

 悲しみを歌った龍のバラッドは、もうどこにもない。

 物語の最後に彼女は言う。

 

 おかえりなさい――

 

 今はただそれだけの言葉を、紡いだ。

 

 

 

 ドラゴン・バラッド 終劇

 

 

 

【挿絵表示】

 




「あとがきに」

 ドラゴン・バラッド、これにて完結です。これまでお付き合いしていただいた方、ありがとうございました。

 ドラゴン・バラッド、なんて厨臭いタイトルなのでしょう。内容も名前に恥じることなく、厨二要素がいっぱいです。
 さて、私が中二病をこじらせたのがおおよそ9年前、2005年となります。それ以来、治ることのないこの病に苛まれ続け…。
 嘘です。今ではすっかり治っています。
 ただ、かかった振りをしています。そうでなければ、人は創作で物語など書けません。こういう作品を生み出すにあたっては、中二病――今の言葉で言うなら創作意欲が必須なのです。
 日常では足を引っ張って仕方ないそんな要素ですが、話を生み出すに至っては逆に、そういったものが豊富なのは嬉しいことです。しかしながら、年々その勢いを失いつつあることに危機感を覚えてきています。

「普通の人になってしまう!」と思います。
 誰しも大人になれば、空想をする時間は減り、何れはそれさえも棄てて、普遍的な発想だけで生きているようになります。生粋の小説家やクリエイターでない限り、大多数の人が、そのほうが簡単に生きていけるからです。
 私もその例に漏れず、変化を受け入れ始めています。
 するとどうでしょう、話が書けない!これもなかなか完結できず、学生のうちに一度やめようと思いました。(話がまとまらないのもありましたが)
 しかし今書かないでいつ終える?と思ってテコ入れしたのが、去年(2013年)の10月。
 完全な大人になってからでは遅すぎます。人間、未熟で不完全くらいがちょうどいいのです。
 本当、急ぎましたとも。年内完結と目標を掲げたのはいいものの、遅筆ですので苦戦必須でした。特に終盤。同じ時間軸で別のキャラを並列して描くようなことは、初めての試みでした。
 どうやれば綺麗に収まるかなど、文章の並びに気を配って、禿げかけました(嘘)

 執筆時期が違うため、精神的な変化というか成長というか、考え方の変化が文章から垣間見えます。浮き沈みもまた然り。文は人を表しますね本当。
 この作品は、私が子供から大人になるまでの間にいろいろと形を変えてきました。
 書いてはダメ出しし没案を山積みして、行き詰まれば友達と話し合ったり、お互いの作品の展開をねったりと、結果色々な添削を経て、本当はもっともっと長くなるはずだったところを、ここまで短く簡潔にまとめました。
 それでも、私の生み出した文章中では最大のボリュームとなりましたけどね。

 設定に変化があったり、その都度直したりしていたら、いつのまにかこんなにも時間が経ってしまいました。中学生の時に考えたスカスカの設定でしたので、そのまま出すわけにも行きません。テコ入れ、いえ見直しが必須でした。それでも変わらなかったのは、主人公とヒロインの名前と性格、そして見た目です。
 若干の変化や改良はありますが、そこはやはり譲れない要素なのでしょうね。あの時のままのこだわりというか、意地というか。
 そんな、何年越しだろう?というような作品です。伝えたかったことは色々と詰め込みましたが、全ては読み手の皆さんに委ねたいと思います。
 ちなみに後ろから読んでみると、伏線が浮き彫りになって面白いかもしれません。同じ表現をあえて、二度使ったりしてるところもあります。

 さて、そろそろお別れです。
 最後になりますが、ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございます。完全に自己満足のために描いたようなストーリで、申し訳なくもありますが…もし、これで私の描いた世界を皆様と共有できたのなら、もう感無量でございます。
 おそらく、これが最後の文章作品となるでしょう。
 しかし仮に次があるとすれば…

 またいつか、お会いしましょう。

 平成26年大晦日 雪国裕

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