季節が移り変わり、やや肌寒くなった早朝。彼らは、物語の終わりを告げる場所へ趣いていた。
そこは静かな、木々が風になびく掠れた音と、どこからか聴こえてくる小鳥のさえずりだけが鳴る場所で、ひどく寂れていた。
まるで色を失ったようなここに、あの龍がいる。
スィーグランドを経ってから二日。彼らは決戦の地へと足を運んでいた。
辺境の滅びた町、その周辺に存在する黒水晶の洞窟。そこに、黒鉄龍がいる。ルナの力と、周辺情報から導き出した地図を片手に、ヴァンはここにいた。
「では、約束の日時になったらまた貨車を出す。それ以外の場合はここを定期的に通る馬車を利用してくれ」
「ああ、よろしく頼む」
ヴァンは貨車の主へ一礼をした。その隣にはルナの姿もあった。主は微笑むと、彼らを見据えてから口を開いた。
「ささやかながら、健闘を祈っている」
貨車はやがて丘の向こうへ消えた。
二人は、直ぐに目的地の洞窟へ向かうことにした。現在のふたりの出で立ちは、ヴァンは全身をブルースケイルで固め、ルナは白の戦闘服姿である。ルナは身軽だが、ヴァンはいささか動きにくそうだった。だが実際、この鎧は重くはない。慣れるのに時間がかかったが、今はさして問題はない。
地面を伝って、強い風が吹く。それが、二人の髪と装備を激しく揺らしていった。
その風は肌寒く、どこか寂しかった。これより、ドラゴン・黒鉄龍を討伐する。実感が湧かないのは、たぶん二人とも同じだろう。
「いよいよ、だな」
ヴァンは陽を見据えながら、静かにつぶやいた。声は、若干の緊張が含まれていた。
彼にとっては長きに渡る道のりだった。それに違いはない。後ろに居たルナが、ヴァンの隣に来る。
「そうね」
そしてそれは、彼女にとっても同じことだった。
ルナは紅月の鞘を見据えながら、今までの旅を振り返った。
短いようで、長く、振り返ればあっという間。
本当にいろいろなことがあった。
二人はまだ、”この先”についての答えを出していない。
彼らは互いに、自分の内をさらけ出して接した。
それがお互いを強く結びつけ、信頼を生み出した。
諍いがなかったわけではない。
すべてを許容したわけではない。
すべてを覗いたわけではない。
それらの不完全な箇所はきっと、
旅の終わりに…知るきっかけを得られるはずだ。
そのためにはまず、二人は旅を終わらせないといけない。
「もし俺が」
ヴァンが唐突に発言する。
「もし?」
ルナが聞き返すと、ヴァンは虫の悪そうな感じで、
「いや、まだいい」
そう言った。
「?」
ルナは不思議に思い、彼の顔を覗き込む。翳った顔。そこにはいつもよりずっと、複雑な面持ちが浮かべている。
何を言いたかったのか、彼女は聞き出すつもりだった。しかしその表情を見てしまった後は、何も言えなくなっていた。
「行こう」
ヴァンは顔を上げて切り出した。
「ええ」
再び風が吹く。土埃が晴れたあと、ふたりの姿はもうなかった。
◇
黒鉄龍の棲む洞窟の奥地。黒衣の男はそこへ趣いていた。
設定した日付と時刻。
予知が正しければ、まもなくあの二人が現れるだろう。若干の誤差はあるだろうが、こちらが先に龍を倒すことができたならば、それで事は解決する。仮に彼らが最初に交戦したならば、頃合を見計らって”血の儀式”を行えばいい。
思わず笑いがこみ上げる。更に、人ならざる力が手に入るのだ。そうして、それから何を統べる?リュース・グレゴリスは自問自答した。
答えは出なかった。焦ることはない。悠久の時の中、そのうちに探し出せばいいことだ。
リュースは分岐路の――右側をくぐり抜けた。
予想通り、開けた場所へ出た。天井の高さは、おおよそ15メートルほど。奥行もかなりある巨大な空間だ。黒水晶があたりにいくつも点在しているのが伺える。
察するに、あの場所は近い。この先をしばらく進めば、傷ついたあの龍が居る。リュースは不敵な笑みを浮かべた。
そして、彼が歩みだしたその時だった。
「ここから先へは行かせない」
洞窟内に、低く艶やかな声がこだました。
突如として現れた、紅の装束を身の纏った軍団。リュースはゆっくりと振り返った。赤服の男が、こちらを見据えている。
鋭い眼光が、そして殺気が向けられていた。
赤装束の部隊は、瞬く間にリュースを包囲した。待ち伏せされていたことは明らかだ。
だがリュースはこの光景に、大して驚きもしなかった。
自らが犯した罪。
それに巻き込まれた人々がこうして、仇討にやって来る。
そんなことなど、彼にとっては日常茶飯事だったから。
そしてそれを皆、地に沈めてきた。
「全く。邪魔をしてくれるな。君たちも死にたいのか」
リュースは肩をすくめ、ため息混じりに言う、次の瞬間。
爆音が洞窟内にこだまする。リュースは体を翻し、その一撃を避けていた。表情には、先ほどの余裕は伺えなかった。
彼の後ろで壁が破壊され、その破片と、垂れ下がっていた鍾乳洞が吹き飛び辺りに爆散した。
「…正気か?」
リュースは訝しげに言った。
彼はそれを知っていた。
赤の軍団が使用したのは、翼竜を落とすための重火器…それによく似たものだった。
通称、対龍砲と呼ばれる兵器。都心部における竜の襲撃を想定した設計で、本来は龍の攻撃から街を護るためという、特殊な用途でしか用いられない。
しかも一般には普及しておらず、大規模ギルド意外には配備はされていない代物。それを携行型に改良した、おそらく試作タイプであろう物を、幾つもの兵士が装備していた。
表には出ないであろう兵装と特殊装備。それはこの集団が、裏ギルドの尖兵であることを物語っていた。
そしてその砲身はいずれも、黒衣の男へと向けられていた。
「正気だとも。リュース・グレゴリス。死ぬのは貴様の方だ。我々は”貴女”を…いや貴様を排除する」
男は前へ出て、腰に手を添えた。
「放っておいてはくれないかね…」
「…」
男は答えない。
無駄なようだ。リュースはため息をついた。そして渋々、剣を抜く。赤装束の男もまた、腰に携えた剣を抜いた。
流麗な銀の刺突剣が、黒衣の男を捉える。
「貴様を殺すのが、私の使命だ」
「殺せるか?」
リュースは凶悪な笑みを浮かべる。対する男は、一切表情を変えない。
「…父は既に死んだ。お前は――まがい物だ」
赤服の男は腕を上げ、鋒をリュースへと突きつけた。
ひとつの決着が今、つこうとしていた。
◇
ヴァン達は今、町の中にいる。
スィーグランドで念入りに下調べを済ませておいたため、道中迷いなく進むことができた。ただ、実際に足を運んでみないとわからない部分もあった。ルナは建物を調べつつ、目的の方向を探った。
町の中にいるといったが、少々語弊がある。正確には町だったというべきか。
ここは“それ自体が滅びている”、無人の町だった。廃墟となった建物達が、かつての町並みを残して静かに鎮座している。どれほどの歳月が経っているのだろうか、見当もつかない。不気味ではあるが、同時にどこか美しくもある。
誰かが住んでいる気もするが、二人は出会っていない。物見遊山をしに来たわけではないので、二人はまるで気にかけずに先を急いだ。
目的地は、意外な場所にあった。
崩れた家の淵、朽ちた庭の一角。
そこから見える柱の下部に、洞窟への道の一つがあった。方向からして、街の中心部へ向かっている気がする。だとすれば、龍が潜む黒水晶の洞窟は、この町の真下にあるということになるのだろうか。
黒鉄はどうして、このような場所を選んだのだろう。まるで、忘れ去られたような場所に身を寄せたのだろう。
ヴァンはふと意味も無く、そんなことを考える。
「私が先に入るわ」
「ああ」
ルナはランタンを手に持って、入口へと足を踏み入れる。
龍が潜むとされる方向を出口とすると、こちらは一番遠い入口となるようだ。人がようやく通り抜けられるような入口だったが、ルナは細身で難なく通り抜けていた。
小柄なヴァンも当然、すんなりと通り抜けることができた。
内部は狭く、しばらくは舗装の跡が伺えたが、やがてありのまま、自然が生み出した道へと変わっていた。
上を見れば、鍾乳洞がいくつも天井にぶら下がっている。そして向こう側からは何かの音が、微かだが聞こえてくる。二人は気を引き締め、先へ進んだ。
それからしばらく進む。
二人は一切言葉を交わさなかった。
ただならぬ緊張感が、ふたりを支配していた。
「まって…」
その時、ルナが握るランタンが、飛来する何かの影を壁に映し出した。ルナは危険を察知して、後ろの彼に止まるよう指示した。
二人は身構える。遠くから、翼のはためきのような音が聞こえてきた。
突如、彼らの前に黒い影が迫った。まるで黒い嵐のようなそれは、
「吸血コウモリか!」
ヴァンが叫ぶ。黒い影は、コウモリが密集したものだった。それは、彼ら目掛けて突進してくる。
「ルナ!」
ヴァンが声をかけると、彼女はすぐに隣に並んだ。そして二人は背を向け合い、剣を抜いた。そして一閃。群がる黒い影を切り落とし、少しずつ退路を切り開く。
「ヴァン…少しの間相手を!」
ルナがそう言って、視線を低くして前線から離脱した。彼女は素早くポーチから道具を取り出し、
「横へ飛んで!」
そう叫んだ。
ヴァンが回避したのを見て、彼女は手持ちの火炎弾を投げつけた。大きな音と、爆炎があたりに四散する。大多数のコウモリは巻き込まれて、地面を這いつくばり絶命し、残った者は洞窟の奥地へ逃げていった。
「助かった」
ヴァンがお礼を言うと、ルナは微笑んでみせた。
「どういたしまして」
ルナは血振いして、刀を鞘に収めた。それからランタンを拾い上げ、先へ進む。ヴァンもそのあとを追った。
◇
「まがい物、か…」
リュースから笑みが消える。
ふたりは構えを取り合い、接敵する。そしてすぐに剣を交えた。双方、凄まじい速さで移動しつつ、剣撃を繰り出す。
攻撃に攻撃でもって、防御する。金属音が辺りに木霊する。
それは何者も介入できない、真剣な決闘だった。お互いに一撃もまともに入らない。
技量は互角と見えた。
回転し、跳び、宙を舞い。
それはまるで永遠に続く舞踏のように。
そのさまを、男の部下たちは黙して見つめていた。
「お前は、なぜそうもして私を狙う?」
「愚問だな。貴様は私の仇…だから討つ。それだけだ」
打ち合う中、二人は短い会話を交わした。その意味が判っているものは、二人以外にいない。
しばらくの間、二人は付かず離れずの戦闘を繰り広げ続けた。お互いに、隙の少ない攻撃を繰り返しており、大振りの攻撃を出していないのも原因だった。
互いに息が上がっている様子もない。群衆は、このまま決着がつかないのだろうか。そう思ってしまうほどだった。
しかし、あるときにそれは急遽、転調する。
男の繰り出した大振りの、超速の突き。
リュースはそれを見逃さなかった。紙一重で避け、その刀身にブルークラウンを添わせると、刺突剣の刀身が、みるみるうちにブルークラウンの冠に巻き込まれていく。確実に「噛み込んだ」リュースは笑みを浮かべた。
――だが、赤服の男は顔色ひとつ変えなかった。その瞳には、闘志の色が未だに色濃く残っていた。
「なっ」
動きを封じられたのは、先方ではなく黒服の男だった。
素早く右側から抜かれたもうひとつの、又別れの短剣。赤服の男はそれを左手に携え、リュースの脇腹へ突き立てた。
「ぐ!」
リュースの顔が苦痛に歪む。男を蹴り飛ばし、彼は深々と刺さった剣を引き抜いた。
乾いた金属音があたりに響いた。群衆がざわめく。赤服の男は剣を構え直した。
これではまるで、見世物じゃないか。
道化はどちらだ?
「はは、はははははは…」
リュースは乾いた声で笑い出した。
そして一気に詰め寄り、熾烈な連撃を繰り出す。幾重にも重なる鋭い青の残像が男を襲う。
怒りに囚われた黒衣の男は、我を忘れて暴れた。それと対照的に、赤服の男は常に冷静に、熾烈な攻撃を受け流し続ける。
死ね。リュース・グレゴリスは、明確な殺意を男へ向けた。
間隔が短くなる、金属音。
「くっ…」
赤服の男は遂に体勢を崩した。その好機を逃さない。
リュースは詰め寄る。
鮮血をまき散らしながら、鋭い一撃を振り下ろす。男は懸命にそれを受け流すと、先ほど手放した短剣を拾い上げた。
させるか。リュースは横薙ぎに、ブルークラウンを振るった。男は間髪入れないその追撃を、短剣で受け止めようとする。
キィィン!!
一際大きな金属音が弾け、洞窟内に反響した。
――短剣が弾き飛び、鮮血が舞う。
「――貴様の、負けだ」
刺突剣が、リュースの胸を貫いていた。
「私が……こんな」
深々と突き刺さる刀身を見据えて、リュースは目を細めた。認めざるを得ない。
勝敗は決したのだ。
剣が抜かれていく。それと同時、リュースは地面に倒れふした。それから程なくして、傷ついた片腕を押えながら赤服の男は立ち上がった。部下が駆け寄り、傷の手当てを促すが、男はそれを手で静止し、そのまま踵を返す。
「待て…」
リュースは消えようとする男へ、そう声をかける。
それに対して男は答えない。そのまま洞窟の奥へ消えていく。
業を煮やしたリュースは、歯を噛み締めた。
「待て!!」
叫びが辺りに木霊する。
「話は、ここを訪れる少年にするんだな。私からかける言葉は、もう何もない」
振り返りもせずに、男は言った。そして、洞窟内は静寂に包まれた。
◇
「戦闘の跡…なのか」
現場と思しき場所へたどり着き、早々にヴァンはつぶやく。その口調には、戸惑いが含まれていた。
ひときわ大きい空間に、二人は佇んでいた。洞窟内に、ひときわ激しく破壊された壁があった。まるで大砲を打ち込まれたかのような有様だ。当たりには無造作に砕け散った水晶や、鍾乳洞が散乱している。彼の言うとおりまるで最近、ここで戦闘があったかのようだ。
「まさかドラゴンを?」
ルナが辺りを見回してから言った。
第三者の介入。それは明らかだった。
「いや、違うと思う。こんな狭い場所で、やり合おうとは思わない」
ヴァンは否定した。いくら開けた場所とは言え、ドラゴンを収容出来るほどのスペースではない。この場所で黒鉄は活動してはいないだろう。
「ヴァン、見て…」
ルナに呼ばれて、ヴァンはその場へ向かった。
「……!」
彼は顔をしかめた。そこには血だまりが広がっていた。よく見れば、点々とする血液の跡と、飛び散った跡などがあった。
「まさか、あの男絡み…」
ルナが発言すると、ヴァンは小さく頷いた。
あの男も黒鉄を狙っている一人だ。ここを訪れていてもおかしくない。こちらと日時を合わせたのは、なにか企てがあるからだ。
しかしここに、奴の姿は無い。
「リュース・グレゴリス…」
ヴァンはふと、黒服の男の名前を口ずさんだ。
刹那。
二人は寒気を覚える。そしてほぼ同時に、ゆっくりと後ろを振り返った。
暗がりの中に蠢く何かがあった。二人はそれを黙して見つめている。冷や汗が頬を伝っていくのがわかった。
「すまないがルナ。この先へ行っていてくれないか」
「でも…」
心配そうな顔をしている彼女に、ヴァンは笑顔を見せた。
「大丈夫。任せろ」
ルナは渋々頷くと、この先へ駆け出した。それを見送ってから、彼は再び暗闇を凝視した。そして次第に形になっていく影を見据えた。
「決着をつけないとな。お前とも」
ヴァンは表情を険しくする。
その視線の先には、黒衣の男、リュース・グレゴリスがあった。体全体を引きずるように、リュースは現れた。銀の髪は血に汚れ、白い顔はさらに蒼白となっている。
黒服の端から、おびただしい量の血液が漏れ出しており、どうやら重傷を負っているようだった。ヴァンは油断をしないよう、身構えながら男を見た。
「…再び会えて嬉しいよ。あの娘は逃がしたのかい?」
「ああ。お前には散々苦しめられたらしいからな。顔も見たくないだろうと思って先に行かせたよ」
「それは残念だ…」
リュースは咳き込みそうになるところをこらえて、そう言った。
「それにしても、随分やられているようだな。乗り移りはしなかったのか?」
ヴァンは皮肉めいた口調で問うた。リュースはそれに対し鼻で笑ってみせる。
「あいにく…めぼしい対象がいなくてね…」
「そんなもの、選んでいる場合か?」
満身創痍の男の姿を見て、ヴァンは言う。
「…確かに…選ぶ暇もなさそうだ。しかしもう君でしか、この命を繋ぐこともできそうにない」
ヴァンは無言で聞いている。何があったかは一切、聞きはしない。
白き人が相手に憑依する場合、まずは対象の生命力をある程度奪わなくてはならない。そのため、相手を半死半生にする必要があった。
これは実際に一部始終を経験したルナから聞いた話だ。リュースは精神面から、彼女を弱らせようとした。
そして憑依しようとした。
だが彼には、精神面でダメージを与えられるような要素は無い。となれば、実力行使以外に方法はない。
「龍血の体か…悪くもない。もしかすると、ドラゴンを倒さずとも力を得られるかもしれないね…」
そこまで言い終えて、黒衣の男は突如牙をむいた。
明白な殺意を乗せた、鋭い突きを繰り出す。
まるで、「その気」など無いかのように。
ヴァンは剣も抜かず、リュースの攻撃をステップで難無く避けた。勢いを殺しきれず、リュースはその場でたたらを踏む。
背後にヴァンが迫る。慌てて振り返るリュースであったが、ヴァンは一切、攻撃の素振りを見せない。
「何故、斬らない…?」
リュースは、困惑の混じった声で訊いた。
「俺は人斬りじゃない。この剣は、龍を討つためのものだ。お前が今の――龍血の身体を乗っ取っていたとしても、それは変わらない」
お前はただの人なのだと、ヴァンは行動で告げた。それはリュースにとって慈悲のない、残酷な言葉だった。
「気がついて、いたのか…グハッァ!!…ハァ…ハハハ…ッ…」
おびただしい量の血液を吐き出しながら、リュースは掠れた叫びを上げる。
まもなくして、彼の呼吸は次第に浅くなる。やがて片膝を付き、そのうちに倒れた。
「ああ。青い抗龍鎧を狙った時点で、お前も俺と同じなんだと、そう思っていた」
ブルークラウンは手放され、音を立てて地面に転がった。うつ伏せから自力で、仰向けになったリュースは、大の字になって天を仰ぐ。
「龍血を乗っ取って、お前の願いは叶ったか?」
「それは愚問だな…」
リュースはうんざり、とばかりに言った。
「何一つ、代わりは…しなかった。お互いの特性を、暗い部分を。引き継いだだけだった…」
ここからは、青い空は見えない。
「ついに私も…風前の灯、か…」
薄暗い洞窟の天井が、途方もない隔たりが彼の間に存在している。まるでこの世界での自由を許さないかのように。
「…私は、白き人だったのだろうか…高潔な存在だったのだろうか」
ドラゴンと戦うことも許されなかった男は、逆転する世界の中震える声で静かに訊いた。誰に対してでもない。
「私は、何者だったのか……」
もしかすると、それは自分自身にかけた言葉だったのかもしれない。しかしそれは誰にも、わからない。しかし、確かな悲しみが混じっていたのは確かだった。
ヴァンは、そんなリュースの言葉を汲み上げる。
「さあな。ただ言えることは、俺もお前も結局は欲に囚われた、ひとりの人間に過ぎないということだ」
高潔な存在は、欲に囚われたりはしないだろう。ヴァンの脳内に相応しくもない姿が浮かぶ。それは復讐の対象であり、旅の目的である――
そう、例えば。
復讐者にただ奪われることを待ち続ける、黒鉄の龍のように。
「つまらない…答えだ…な」
「ああ。答えなんて、つまらないほうが幸せだよ」
ヴァンは無表情のまま呟いた。特別な方が苦しい。自分ではどうしようもない隔たりを、一生抱えて生きていくのだから。
彼の言葉を聴き終えて、リュースは絶命した。その表情はまるで、何かから解放されたかのように穏やかで、安らかなものだった。
ヴァンは無言で、男の遺した青の剣を拾い上げる。
それからゆっくりと立ち上がり、ルナの待つ先へ歩き始める。
彼の目指すその場所は、物語の終着点――。
次回、最終話です(エピローグのぞく)
かなり端折り進めてきましたが、それでもデータを整理してると長いものだなぁと思ってしまいます。
今回のお話は、やろうと決めていた事をようやく実行した感じです。ただ、進行に応じてぶれていくキャラクターや取り巻きをどうやって調整するか。
また交互にシーンを入れ替えて大丈夫かとか悩みどころいっぱいでした。元々は前半対人戦、後半ドラゴン戦でしたが、力不足で上手くまとめられないので分割二話としました。
拙い文章ですが、完結まであと少しですので良ければお付き合いください。