ドラゴン・バラッド-龍血の龍討者-   作:雪国裕

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決意までの逃避行

 ヴァンが謁見のためギルドに赴く、その前日。――夕暮れ頃のことである。ルナ・ルークは一人、武器の手入れをしていた。

 現在彼女は安い宿屋にいる。値段相応、かなり狭い個室だ。資金に余裕がないというわけでないが、抗龍鎧の寸法調整や、武器の手入れなどで生じる必要経費を考えると、贅沢はしていられなかった。

 もちろん、二人で借りた一つの部屋だ。しかし今、部屋には彼女一人だった。ヴァンがギルドへ趣いた後、彼女は一人宿に残るこことなった。

 ルナは時間を持て余した。情報集めが彼女の仕事ではあるが、行動時間は以前よりずっと短くなった。なぜなら彼女は、あの一件以来行動を自粛していたからである。ヴァンは気にするなと言ったが、ルナはどうしても負い目を感じていた。だからこうして今は、大人しくしているというわけだ。

 そして少しでも、万全を期す為に出来ることをやっている――それが、武器の調整ということだった。

 そうとは言っても、彼女には専門的知識があるわけではない。下手なことはしない、あくまで形式的な範囲での手入れにとどめている。

 いや、そもそもこの刀に手入れは不要だったか。

 赤い鞘から抜き払った白い刀身は曇りなく、この世のものとは思えないほど、武器としては薄く軽い。そのため、振る事に筋力を要さないが、太刀筋が少しでもずれるとすぐに弾き返されてしまう。

 これは生前の羅音が使っていた武器で、彼が竜を狩るために使っていた事はヴァンにも話している。

 銘は「紅月」。特徴的な拵えの、鍔のない刀剣。

 龍殺しの武器以外で、人間が龍と戦うための唯一の近接兵器。そう、彼は言っていた。もっとも扱うには、例外じみた技量が必要らしい。それは彼女も重々承知している。まさに異質というべき武器だが、この刀剣の異質さはこれだけではない。

 なんと、刃こぼれしても治ってしまうのだ。月が満月を迎える頃、刀剣の傷が癒えるという。信じがたい話だが、彼女はその有様を何度か見ている。

 羅音は、この刀は生きていると言っていた。

 その言葉に、偽りはない。これはいわば妖刀だ。

 ルナの表情が翳った。

「私は多分…この刀の力を全く引き出せていないのでしょう」

 彼女は自嘲気味に言った。宿敵との決戦の日に向けて今、ヴァンが事を進めている。しかし、彼女はその日を前にして「龍と戦う力が自分にあるのだろうか」と。そう、思い始めていた。

 ヴァンは日々の鍛錬によって確実に力をつけていっている。戦い慣れしている分も含めていずれ、自分と互角以上の戦士となるだろう。そうなった場合、自分は彼の足を引っ張るのではないのだろうか。

 いや、もうなっているのかもしれない。この刀を上手く扱えないことが、既に彼との差を作ってしまっている。彼の剣は呪われた龍殺しの剣。「龍を殺す」という明確な理由を持った復讐の武器だ。そしてそれを、彼は行使している。

 この刀は確かに龍を斬ることができるけれども、自分にそれができるかがわからない。それが不安だった。

 もし、彼のブルークラウンと対等以上の力があるとすれば、それは。

「白き人」

 無意識の呟きだった。ルナはベッドに横たわり、灰色の天井を見上げた。あの男が言った、攻撃性の象徴、青い龍殺しの雷。それがもし、ドラゴンに通用するのだとしたら、有効だとしたら。

 自分はおそらく、迷いなく白き人の力を使うのだろう。

 人でないことを認めた今、彼女にその力を扱う事へのためらいはない。ルナは天井へ右手を突き出した。そして手のひらをゆっくりと閉じ、空を握っていく。

 だが問題は、根本的なところにあるのだ。彼女には雷を作る方法がわからない。どうすれば良いのかがわからない。

 途方にくれながら、ルナは鞘に収まった紅月を抱きしめた。旅に出る前、ルナは彼のサポートをすると誓い、彼女はいままでそれを全うしている。それをヴァンもありがたいと考えている。

 でも、それ以上のことをしたい。もっと彼の役に立ちたい。

 私は彼のために――何かをしたい。

「あ~!」

 ルナは思わず声を上げる。

 モヤモヤしたこの気持ちは、一体何なのだろう。シーツに顔を半分埋めながらも、彼女はカーテンの合間から覗く夕日を見つめた。

「わたし、どうしたらいいんでしょうか…羅音師匠…」

 そして、静かにそう呟く。姿勢を横にしてから。ふと彼女はそのことに気がついた。ヴァンの置いていった予備のアイテムポーチ、その中に封筒があることに。ルナはベッドから身を起こして、それを抜き取った。至って無意識に、ナチュラルに。彼女は封筒を開き、手紙を広げていた。

 もう一度寝転がってから、その文面に目を通していく。

 静けさが満ちる室内。

 ガタン。

 突如ドアが開き、ルナは慌てて飛び起きた。ヴァンが帰ってきたのだ。ドアは錠がかかっているため、すぐに開きはしなかった。

 やがて彼が鍵を使い、部屋に戻る。

「お、おかえり!」

 後ろ手に隠した封筒は、開封前の状態へ戻っていた。

 

 

 宿からしばらく、宛てもなく歩いた。街は明るく、方向を間違える心配はないだろう。

 どうして飛び出してきてしまったのだろう。

 ルナはそんなことを思いつつも、夜街を歩く。商店街はこの時間でもまだ閉店しておらず、彼女は気晴らしに物見遊山をすることにした。

 しばらくあたりを見物したあと、ルナは人気のない裏通りを進んだ。気のせいではない、視線がこちらへと注がれている。それに留意しながら、彼女は水路脇の通路を進み、橋を越えて向こうの区画へと移動した。この区画は先ほどと比べて静かで、明かりも少ない。彼女はランタンをポーチから取り出して、明かりをつけた。それを頼りに先へ進む。すると、ひときわ大きな建物が目に付いた。明かりはまだついているようで、色鮮やかな光が建物から溢れ出している。

 ステンドグラスを通した光。ルナは聖堂へとたどり着いた。そういえばこの街にも教会はあった。当然といえば当然であるが。ルナは無意識のうちにそこへ足を踏み入れる。すると中には一人、掃除をしている女性が居て、彼女を見つけるなり、

「あら。こんな時間に珍しい」

 彼女――シスターは駆け寄ってくる。清涼感ある青い修道服に、煌びやかな長めの金髪を揺らす少女。年頃は自分と同じくらいか――若干幼目に見えると、ルナは思った。

 彼女の顔立ちは綺麗なものだった。属性は対照的ではあるがルナ同様、独特な気品に溢れ、この空間に二人並ぶと、まるで名画から切り出した光景のごとく美しかった。

「あ、いや私は」

「まって」

 ルナはすぐに立ち去ろうとしたが、手を握られてしまった。

「あなたも修道女でしょ?」

 少女は目を輝かせながら問うてくる。こちらがよほど物珍しいのだろうか。

「ええそう…でも今はちょっと違う…けど」

 口ごもるルナを見て、少女は数回目を瞬いた。

「お悩みがあるようで?」

「いや、そんな」

 ルナは首を横に振る。

 しかし、

「でも、何もなくてここへ訪れないわけがないよね?」

 少女の言葉は、彼女の意中を突いていた。

「私でよければ、あなたの話を聞きましょうか?」

 そして少女は、聖女のように微笑みそう言う。ルナは、苦笑しつつもお願いしますと返し、礼拝堂の奥へ進んでいった。

 二人は適当に会衆席の一部に腰掛ける。とたん、早速少女の方から口を開いた。

「あたしはシーナ。シーナ・キャンドル。ここの聖堂に勤めて4年になります。ちなみに16歳ね。あなたは?」

 シーナという少女は手短に自己紹介をした。

「私はルナ・ルーク。小さな街の教会でシスターをしていた。けど、今はある目的のために、一人の戦士と旅をしているわ。歳はあなたと同じよ」

「そうなの!同い年なんだね!」

 元気な少女だな、ルナはそう思った。そして彼女の反応が本当に嬉しそうで、見ていてこちらも元気になる。少し強引な面もあるようだが、天真爛漫な姿がそれを許してしまう、そんな魅力のある娘だ。

「ルナ、さん?」

 少女はややぎこちなく彼女の名を呼ぶ。

「神父さんは今留守だけど、私が代わりに話を聞きます。言いたいこと何でも言ってね」

 きっと訪れる誰もが、彼女に好感を覚えてしまうのだろう。甘く優しい声に、ルナは自然とリラックスしていて、この短期間で心を開いていた。

「事情もあるし踏み込んで説明はできないんだけどね。助けたい、協力してあげたい人がいて、私はなんとか彼の力になろうとしているんだけど、うまく出来なくて…どうすればいいのか悩んでいるの」

 ルナは先刻のことを思い起こしつつ、語った。

「うん。内容については説明もないしよくわからないけど…ルナ、さんは、本当に彼の力になれていないのかな。もしかしたら、既になっているのかも」

 シーナはやや能天気な口調で言った。

「なっているとしても、それ以上のことをしたい」

 ルナはそれに対し、強い口調で告げる。シーナはしばし無言のままだったが、やがて真剣な顔つきをして口を開く。

「それって恋だよね?」

 この少女は真っ直ぐだ。その言葉をはぐらかさない。ストレートに、だからこそ信用できる。ルナは話を続ける。

「うん。でも、そんな気持ちが高まってきた頃に、嫌な事を知ってしまった。これがもうひとつの悩み…というか本題なんだけどね」

 ルナは手紙を思い起こす。

「これも説明しにくいんだけど、私と彼は同じようには生きられないみたいなの。たぶん、彼もその事をもう知っている」

 ルナの話に、シーナは考えている様子だった。そして口を開こうとした瞬間。

「おや」

 第三者の声によってそれが阻止される。シーナは立ち上がり、振り返った。ルナも声の主を探すべく、体を反転させて向こう側を見る。すると、ここの神父と思われる男性が、手荷物を抱えて向かってきていた。神父にしては少々長めの黒髪をしている。身長はさほど高くはないようだ。

「クリスさん!?」

 シーナが言うところ、この男性の名はクリスというらしい。

「シーナ。また留守中に客人を勝手に呼び入れたな?」

 クリスは呆れた様子でシーナに言った。口調からは、あまり怒ってはいないらしい。シーナは「ごめんなさい」と素直に謝る。

 それ見て、ルナは立ち上がった。

「いえ。ここには、私が勝手にお邪魔しただけです。彼女は、私の悩みを聞いてくれていました」

 彼女の隣に立ち、ルナは説明した。

「君は?見たところ同業者のようだが」

「ええ。私はルナ・ルークといいます。以前はシスターでしたが、今は旅人と一緒に旅をしています」

 クリス神父はしばし考え込んでいた。何かを思い出しているようにも見える。やがて、彼はルナへ視線を定めた。

「まさか、レヴァンティウスのところの?」

「お知り合いなのですか?」

 意外な接点にルナが驚くと、クリスは軽く頷いて微笑んだ。

「まあね」

 それにルナも安堵し、笑顔を見せた。

「まさかこんなところで逢うことになるとはな。夜分遅くだが、よかったら泊まっていくか?部屋に空きはあるし、食事も用意できる」

「そうですよー。泊まっていってください」

 シーナもそれに賛同した。彼らの善意が身にしみる。しかし彼女は首を横に振った。

「いえ、せっかくですがお断りさせていただきます。宿で待たせている人が居るので…今日はこれ失礼します」

 ルナは申し訳なさそうに言った。シーナは残念そうに、クリスは少し微笑んでいた。

「そうか、そうか。では明日時間はあるかね?」

「え?はい。大丈夫ですけど」

 ルナは少し疑問を浮かべつつ答える。

「よかった。話しておこうともう事がいくつかあるのでね。昼時にまたここに来てはくれないだろうか」

 クリスの提案に、ルナは少し間を空けたが、

「はい。喜んで」

 程なくして微笑んで返した。

「ありがとう。食事を用意しておくよ」

 ルナはクリス、そしてシーナに一礼すると、踵を返して歩き始めた。

「待ってるよ~!」

「こらシーナ。少し静かにしなさい」

 聖堂に木霊する賑やかな声は、彼女が聖堂を去ったあとも聞こえていた。

 

 

 早朝。ヴァンは鎧の調整の為武具屋へ向かった。今日は稽古をせず、口頭でのイメージトレーニングにとどめている。

 彼が去ったあと、ルナは日課にしていた柔軟体操をしてから外出し、人気の少ない場所で鍛錬を繰り返した。激しい跳躍と回転運動で、スカートは派手に翻り白い太腿が顕になるが、彼女はそれを気にもせず黙々と舞う。傍から見れば、気の狂った女に見えているかもしれない。

 しかし同時にそれは美しくもあった。

 鍛錬を終えてから正午になるまで、彼女は街を散策した。すぐに時間が過ぎ、ルナは聖堂を訪れる。

「あ!」

 すると、すぐさまシーナが迎え入れてくれた。

「こっちにきて」

 シーナに連れられて、ルナは聖堂の奥へと進んだ。扉の向こうは居住区となっていて、そこにはクリスもいた。彼は食事の支度をしており、程なくして約束通り食事をご馳走になった。

「ごちそうさまでした」

 食器を片付け、洗い物を手伝い、それから礼拝堂にて久しぶりのお祈りをした。

 静かで、ゆったりとした時間が流れていた。祈りが終わったあと、クリスは振り返ってルナを見た。

「昨日の悩み、相談相手くらいにはなれそうだ」

「聞いていたんですか?」

 驚くルナに、クリスは口の端を片方だけ上げて笑う。

「シーナ。ちょっと席を外してくれないか」

「はい!」

 クリスのお願いにシーナは即答して、すぐさま礼拝堂を後にする。

「元気ですね。本当」

「ああ…」

 クリスは、どこか遠い目をしていた。そして先ほど、シーナが座っていた位置に腰を下ろすと、彼は話を始めた。

「廻り合せというものは不思議なもんでね。シーナはあの孤児院の生き残り、その一人なんだよ。運良く優しい里親に引き取られ、あのように天真爛漫に育った」

 ルナは唖然とした。

 あの中の一人に、彼女が。

「比べて、君は随分と苦労をしたようだな…。一部だけだが、レヴァから聞いている。旅をして、それからあの町へ。そして再び今こうして、旅を…」

「苦労ですか…確かにそうかもしれませんね」

 ルナは否定もせず返答する。

「すまないが、さっきの悩みという話し、全て聞かせてくれないか」

「でも聞いていたんじゃ」

 疑問を浮かべるルナに、クリスは口を開く。

「あれはハッタリだ。神職がこんな事を言うのも元も子もないが…事をうまく運ぶためには嘘も必要だ。誰しも皆、嘘にしがみついているんだから」

 なんとなくだがそれはわかる。ルナはなるべく簡潔に、話せるだけのことを彼に伝えた。

「ありがとう。よく話してくれたね」

 クリスは頭を下げた。

「いえ、お願いしているのは私の方ですから。頭を上げてください」

 彼女がそう言うと、クリスは顔を上げた。彼は少し歩いて、ステンドグラスの前に移動した。そしてルナの方向を向くと、どこか悲しげな表情をした。

「僕が言えることは…生き方なんて人それぞれだということ。運命がどうであれ、好きにすればいいと思う。昔のように、世間の目も厳しくはないだろう」

「でも、この問題はどうしても越えられないんです。私と彼の間には、途方もない時の差が…」

「ではそれで、君は諦めるのか?」

「それは嫌…です」

 ルナは即答した。

「そうだ。それでいいんだ」

 

 程なくして、彼女は聖堂を去った。クリスに礼をして、感謝の言葉を述べて。

 澄んだ眼差しを彼方へ向けて。

 彼女が自分の助言を呑み、選択を悔やんだとしても。そしてその時に自分を恨んでくれても、構わない。あの少女には、それくらいの気持ちのやり場が必要なのだ。クリスは神父として、そして一人の大人としてそう思った。

「シーナ」

「はい?」

 ――あの子は、ずっと昔にお前と友達だったかもしれないぞ。

「いや、なんでもない」

 言葉を飲み込んで、クリスは踵を返した。後ろから聞こえてくるシーナの抗議の声を、どこか心地よく感じながら。

 

 

 ◇

 

 

 東から朝日が登ってくる。光があたりを照らし出し、世界に影を生み出していく。一気に立体感に溢れた街。その一角で二人は向き合っていた。まるであの日の同じように、真剣な眼差しをお互いに送りながら。

「最後の稽古よ」

 ルナは切り出した。

「限りなく実戦に近い形式をとること。そうでないと確かめられない」

「昨夜言った白き人の力か?」

 ヴァンは軽い口調で発言した。

「ええ。もしかしたら危険なことになるかも知れない」

 ルナは俯き、胸の前で両の手を握った。一応ヴァンにはその旨を伝えてはいるが、やはり不安はある。

 ルナは顔を上げる。

「それを、上手くやるんだろ?」

 するとヴァンは穏やかな口調でそう告げるのだった。

「そうね」

 ルナは安堵して、頷く。

「始めましょう」

 二人は構えを取った。剣は抜けないため、格闘のみでの戦闘となる。初めに凄まじい速さで接敵したのは、ヴァンだった。明らかに前よりも素早くなっている。ルナは後ろへ回転し、片腕をバネにしてさらに跳ねた。揺れる視界の中、自分のいた場所に回し蹴りが繰り出されるのが見えた。

 彼は手を抜いてはいない。ルナは着地すると、ヴァンに接近した。彼もまたこちらと距離を詰めてくる。接触する瞬間ルナは跳躍し、空中で体を回転させ、左右の足で四段、蹴りを繰り出した。ヴァンは腰を落とし、それを少しの動きでかわす。重心を移動させ横跳びに転がると、その勢いを転化させて壁を蹴った。そしていま着地し、回転の勢いを殺しているルナの頭上へと、落下してくる。

 彼女は――動かない。

 ルナは回避することなく、全身をバネにして逆立ちから蹴りを繰り出した。ヴァンは、手前で腕を交差させそれを間一髪で受け流す。腕を使ってしまったため、上手く着地が出来なかった。

 おそらく追撃が来ると見た彼は、振り返ることなく全力で前へ飛んだ。読み通り、彼女はそこへ拳を打ち込んだ。

 ヴァンが再び向き合うと、ルナは動きを一旦止める。

「ドラゴンブラッドの力を使って」

 そして彼女はそう言い放った。

「いいんだな?」

 手はず通り、彼は龍血の力を使った。大人の男も、山賊も、野生動物も。今の彼の一撃が致命傷となる。

 先程よりも鋭くなった攻撃を、ヴァンは繰り出す。ルナもより早く攻撃を加える。

 そして、お互いにひたすら攻撃し、回避し続ける。

 その様は、まるで舞のようだった。

 だが、それも長くは続かない。ルナがヴァンの猛烈な勢いに、押され始めていた。

「く…」

 回避が間に合わず、彼女はガードをしてしまった。当然、力では彼には勝てない。一撃、そしてもう一撃と打ち込まれると、彼女のガードは容易く破られてしまった。

 やられる。

 彼女は本能で、生命の危機を感じ取った。

 その時。

「わあああああぁぁ!!」

 彼女は叫び、次の瞬間――その手に光を掴んだ。

 手元から溢れ出した青白い光は、やがて形を成し、剣となった。それを見たヴァンは、思わず後ろへ飛び退いた。

 ルナはそれを携え、突進する。ヴァンは構えを取ったまま、微動だしない。

 一閃。

 光の剣は、ヴァンの頬を掠めて空を切る。意図的に外したことは明らかだった。

 ルナは光の剣を掌の中に”仕舞った”

「ありがとう…」

 彼女は、肩で息をしながらも口を開いた。

「これを確かめたくて…」

「やったな」

 ヴァンもまた、息が上がっている様子だった。そして二人はその場に座り込む。

「うん」

 ルナが言った。

 二人はしばし、空を見上げていた。

「しかし肝を冷やした…やっぱり強いよ、ルナは」

「はは…ごめんなさい」

 ヴァンは正直な感想を述べた。

「そういえば、手紙の件なんだけど…」

 ルナが、思い出したように言った。正確には、言うタイミングを探っていただけなのだが。

「あ、うん」

 ヴァンは少し気まずそうだった。

「私とあなたの関係だけど…」

「あ、ああ」

 二人は見る見るうちに赤面していく。

「い、今はやめよう!この件は全てが終わってからにしよう!」

「そ、そうね!緊張がほぐれたら大変だしね!」

 なぜだろうか。お互い妙に、恥ずかしくなってしまった。

「本当、あのお婆さんはすごいなぁ」

 ヴァンがふと、そう言い始める。おばあさんとは、手紙を出した本人であるシルファのことだ。

「さすが、昔活躍していただけはあるよね」

 ルナは、彼女の事を想像しつつ、しみじみと言う。

 ヴァンは手紙を取り出した。朝日が、白い便箋に反射して煌めいていた。

 

 彼方からの手紙。

 

『元気しているかな。私だよ。

 あんたたちが行き着く先をだいたい予想して手紙を出してみたけど…果たして届いているかな。

 ヴァン、お前さんに言っておかなければならないことがある。口頭で伝えられないのが残念だがね。

 

 私のことについて書かせて欲しい。

 

 実は私には、人とは違った特殊な力が備わっているんだよ。先のことがわかる、いわゆる予知能力ってやつがあるらしい。

 その昔、私には災厄を抑えるという仕事をしていた。災厄というのは、ドラゴンにおける人間への被害のことだ。

 

 私は、自分の力を使っていくつもの街を守った。あの頃の私は一切、自分の必要性、存在価値を疑わなかった。そしてそんなことを続けるうち、いつの間にか神様扱いされていた。それが息苦しくてしょうがなかった。

 

 程なくして、私に会いたいという者が現れたんだ。それも何人も。といっても、恋心とかそんなものじゃない。連中は皆私を、力の一部として傍に置いておきたい、ただそれだけだったんだ。

 でもその頃には、私にも好きな人が出来ていた。私を所有する勢力の、重役の側近だった男だった。彼はお調子者でね。よく任務の合間を見て私に会いに来た。見かけると、声をかけてきてくれた。下手だけど、歌も歌ってくれた。

 

 彼は畏まることもせずに、本当の私を見てくれていた。それが嬉しかったのかもね。そのうちに、私は彼に惹かれていった。

 

 でも、その恋は許されなかった。

 彼の階級がとか、そういった問題じゃない。もっと深い、歴史絡みの問題だ。とにかく、それは禁忌だった。彼は部隊を離れ、私はこの灰色の街へ逃げ込んだ。

 

 それでよかったんだと思う。

 それがお互いの幸せだと納得できたのだから。

 

 それから私はこの町の誰よりも高い場所へと逃避した。

 一人になりたかった。

 そうすれば、楽になれると思ったんだろう。でも、結局は寂しさに打ちひしがれるだけだった。恋人の詠んだ歌を思い出しながら、ひたすら寂しさに耐えていたら……いつのまにかこんな歳になっていた。

 同世代が歳をとって、先に逝っていくさまを見るのは、結構心にこたえる。時代に取り残されていく気がして、ますます辛い。それでも私がこうして生きているのは、多分、伝えたいことがあるからなんだろうね。

 その機会と見込みは、限りなくゼロに近かっただろうけど、お前さんにこのことを伝えられて、私は幸せだ。

 

 近頃、ルナとはうまくやっているようだね。お前さんも彼女が気にかかって仕方ないんじゃないか?まあ年頃だからね、仕方ない。

 でも、もうすべての真実を知っていた後ならわかるだろう?

 あの娘と同じ時間を生きることは、お前さんには許されない。

 

 もしお前たちが既に惹かれあっていたとしたら。そしてこれからも一緒に生きていこうとするなら、何かと辛いことになるだろう。

 

 でもね。

 

 それでも同じ道を行きたいなら…止めはしない。

 それもひとつの答えだと、私は思うから』

 

 


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