ドラゴン・バラッド-龍血の龍討者-   作:雪国裕

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とある龍のバラッド
復讐の刻へ


 

 中欧都市・スィーグランド。その街の周辺に、目的の龍は棲んでいる。

 彼らはまず、都市を目指して移動をすることにした。長い砂漠地帯を抜け、一つの町を通り過ぎ、それから入り組んだ山岳地帯の谷間を縫って進んだ――その先を目指す。

 登山の途中で村があったので、そこで簡単な狩猟依頼を受けておいた。そうして僅かばかりだが資金を稼いだ。山頂付近では野鳥の襲撃、麓ではオオカミの群れと戦闘になったが、事なきを得る。

 他にも様々な難を逃れつつも、二人は慎重に山を下っていった。

 下山する直前、頭上を大型の翼竜が遥かな空の彼方へと飛んでいった。二人のことなど目もくれずに、まっすぐ先へ。

 翼をはためかせながら、どこまでも遠くへ。姿が見えなくなるまで、二人はそれを無言で見つめていた。

 山を下り終えると、緑に囲まれた平野が広がっていた。どこまでも続くかのような広大な大地を見据える。この先には、いくつかの建物が点々として存在していた。比較的近場に見えるのは恐らく砦。その近くに隣接して、兵士たちのキャンプも確認できる。人がいたならば、話を聞きながら先へ進む事にしよう。

 砦のさらに向こう側、ここからかなり離れた場所には、うっすらとだが確認できる――巨大な都市の姿があった。

 目的の場所、スィーグランド。城壁と背の高い建造物が多く並ぶ、巨大な都市だ。最新鋭の機械技術を扱い、文明の先端にある。人口は一般的な街の数十倍とも言われ、まさに国と呼べるような都市だった。

 ここへ至るまで、一ヶ月もの月日を要した。焦る必要はないが、迅速に移動できるに越したことはないのもまた事実だ。

 黒鉄は、この都市付近に潜伏しているのは間違いないと、彼女は言った。詳しく言えば、辺境の地下にいると言う。

 詳細は街についた後に調べるとして、今はまず先に進むことが先決だ。日は西に傾き始めていた。夕日が、空を色鮮やかに彩る。ここで二人は一旦話し合う。夜間行動するか否か、その選択をしなければならない。

 結論はすぐに出た。今日のところはここで一旦行動をやめ、休むこととなった。理由は登山中、そして下山に至るまでほとんど休めなかったことと、都市近郊には野盗の出没頻度が高い、ということだった。

 とりあえず近場の砦――その跡地まで歩き、そこをキャンプとして使用することにする。跡地のため無人だが、先客が居る可能性も否めないため、念入りに下調べをしてから腰を下ろした。夜間ともなるとやはり冷え込むため、適当に枯れ草と枝を集めて火をおこし、暖をとった。今回はルナが火をおこしたが、随分と手馴れてきたようだった。

「明日の朝も頼む」

 食事のあと、ヴァンはルナにお願いした。

 彼が言ったのは早朝の訓練のことだ。稽古をつけてくれと言って以来、彼は時間があればルナとの打ち合いや、技術の習得に勤しんだ。彼女の動き、行動のキレを身につけるための修練だ。

 ドラゴンとの戦闘では、こちらがいくら強靭であっても一撃が致命傷となる。人間の防御力などそこには意味を成さない。そのため、真っ先に優先されるのが回避力だった。攻撃と同時に回避する、またはその逆の動きを、彼女から手取り足取り教わった。

 彼は、常に真剣だった。必死すぎるほどに。

「ええ」

 ヴァンの申し出に、ルナはやや複雑な面持ちのまま返答した。彼女にとって、彼が力と技術を身に付けるのは喜ばしいことだ。しかし、彼女にはその点でいくつか、気にかかっていることがあった。だからこそ、彼女は表情を曇らせていた。

 いつか言おうと思っているの、しかしなかなか口に出せずにいること。

「ヴァン…あなたは…」

 小さな声で、つぶやくようにルナは言う。

「ん?何か言ったか」

 どうやらそれが聞こえていたようで、ヴァンはルナに聞き返すのだった。

「いいえ。また今度話すわ」

 彼女はゆっくりと首を横に振った。そして今日も口を噤んだ。それから交代で見張りをして、お互いに十分ではないが睡眠を取った。都市部にたどり着くまでの、もうしばしの辛抱だった。

 

 

 ◇

 

 

 街の入口には巨大な城門が設けられていた。門番は二人組で、それぞれ左右に振り分けられ、見張っていた。門の上を見据えるとそこは砦のようになっており、兵士が何人かそこを歩いており、彼らはどこかへ向かっていった。上側はやはり通路となっているようだ。門の上だけではなく、様々な場所へ通じている――おそらく、街全体を見張り、管理できるようにしてあるのだろう。ヴァン――そしてルナも、ここまで大規模な街を訪れたことはない。その姿に圧巻され戸惑いつつも、ふたりは足を進めた。そして門番の横を通り抜けようとする。

 すると、呼び止められた。やはりどうやら素通りはさせてくれないらしい。自分たちが他からやってきた事は、薄汚れたこの格好を見れば一目瞭然だった。ヴァンが一通り事情を説明すると、門番は一歩下がって二人を通した。その際、相手からも大まかに街についての説明を受けた。どうやらここは法治都市の色が濃いらしい。まあ、何かやましいことがあるわけではないので関係もないが。

「繰り替えずが、街で剣を抜けば重罪だ。いいな」

 門番は念を押して言った。二人は適当に頷いて、その場を去った。

「今度は、あんな事はできないな」

 ヴァンがルナへと語りかける。

「そうね……絶対にもう、しないわ」

 彼女はやや申し訳なさそうに答えていた。あんな事とはつまり、以前起こった図書館での出来事だ。あのことについては、彼女は何度もヴァンに謝罪した。しかしあれは彼女だけが気負う問題ではないとヴァンは考えている。お互いが敵への、殺意を持っていなかったといえば嘘になるからだ。

 結局二人は厳重注意と、その他に色々と聞かれるだけで事なきを得たものの、おそらくこの街で同じことを仕出かせばこの旅は終わりかねない。

 城門をくぐり抜けると、高い建物が並んだ巨大な街があった。至る所に商店、民家などがあり、道以外の平地が見当たらないというほどに建物が密集している。しかしよく目を凝らすと部分的に緑も存在し、よく整備されていることが伺える。

 とりあえず、二人は街の中央を目指すことにした。緩やかな上り坂となった道を進み、橋を渡り、長い階段を上った。

 その各所で、二人は好奇の眼差しを向けられた。貴婦人らしき三人組が、二人を横目に密やかに会話を交わす。良からぬ内容であることは、視線を合わせた時点で察した。こちらと目があった瞬間、三人組はその場を立ち去った。それを気にもせず、ふたりは先を目指す。

 これが普通でない彼らの、普通なのだ。

 

 

 数時間後、ヴァンはこの街のギルドの端にいた。ルナは別行動をしている。彼女は「身体を洗いたい」と言っていたので、おそらくどこかの施設で体を清めているのだろう。一方のヴァンは、そんなことには構いもせずにここに来た。寄り道する気にはなれなかった。それはこれが、最優先する目的のためだからだ。

 物品を預けるための巨大な倉庫が、目の前に鎮座している。そこには今も、何処かの誰かが持ち込んだもの達が世話しなく出入りしている。

 街に到着後、彼にはまず鎧が”届けられている”ことを確認する必要があった。個人での鎧の持ち運びが困難と判断した彼は、運び屋のスペシャリストを雇い、高額で郵送依頼したのだ。それはまさに、「たかが郵送に出し過ぎではないか」とも思う額であったが、彼にとってそれだけの品である事は明白だった。

 だが万が一ということもある。優秀な運び屋集団に任せても、すべてを信頼できるわけじゃない。しかし、彼はそれが杞憂であるということを思い知った。受付に尋ねると、直ぐにその場へ連れて行かれた。そしてそこには、依頼した物品が届けられていた。

 物品には律儀にガードが一人設けられており、厳重に保管されていた。

「こんなものをよく預けてくれたものだな。宝物庫に入れてもおかしくない品だぞ」

 ヴァン自身、道中何事もなくて良かったと思う。どこかの賊に襲撃され、奪われたらそれまでだ。しかし自分で運んだところで、同じ状況に置かれた場合に護り切る自身は無かった。それを踏まえたうえでプロに依頼したのだ。そして、その選択は正解だった。

「すまん。手伝ってくれ」

 男は開錠しながらそう言った。ヴァンは無言で頷く。やがて鉄格子が開き、中から縄で縛られた大きな木箱を、二人で押して外へ出した。ナイフで手早く縄を切り、箱を開けてみる。緩衝材が敷き詰められたなかに、さらに紙で包装されたブルースケイルの姿があった。

 まさかここまで厳重な措置をとられているとは思いもしなかった。ヴァンは包装紙を外し、その全貌を確認した。すべての部位に目を通し、一息つく。

 不備はない。

「依頼品で間違いないか?」

「ああ。すまないけど、使用日までここで保管を頼みたい。護衛は…金がかかるから外してくれ」

「了解した。じゃあ保管日時と詳細情報を、戻ってから記入してくれ」

 言葉を聞いた後、頷いてからヴァンは元の場所へ戻っていった。

 

 

 鎧の件での手続き終了後、ヴァンはギルドの龍対策部隊、その本部への謁見をお願いした。大規模な都市だからこそ存在する、正式な集団。もちろん、本部は一般人が詰め寄れるような場所ではない。もちろん旅人など論外だ。

 当然、受付では門前払いされた。しかしその奥に控える数人が、何やらこちらを見ながら話をしている様子だった。もしかすると、可能性があるのかもしれない。彼は、話題についてより詳しく説明することにした。今までの経緯や黒鉄の情報、ルナ・ルークと羅音の名前、自らが知り得る情報の至るところまでを。

 彼女には、それを一手段として使うようにと言われていた。ヴァンにとっては、なるべく避けたい方法であったが、もう後には引けなかった。

 切り札を出した以上、結果は実りのあるものであることに期待したい。受付は渋々こちらの要件を了承してくれたようで、ヴァンは先の、良い返事を期待した。

 そして、この場を去ろうとする。

「待ってください、ヴァン・グリセルーク様。お手紙が届いております」

 若い女性が慌ただしい様子で彼に詰め寄った。手には言葉通り、一通の手紙が握られている。

「俺に?」

 ヴァンはそれを片手で受け取った。いったい誰からだろうと思ったが、確認はしない。どのみち読むなら後になる。彼は女性に礼を言い、手紙をポーチに仕舞った。それから人のごった返すギルド内を歩き、出口へ向かう。

 広い入口を抜けると、向かって左手、石造りの分厚い塀の向こうの芝生にルナが居た。

「手続きは済んだ」

 ヴァンは声をかけて、塀を飛び越える。通行人の数人がその様子に驚いているようだが、気にはしない。着地してからルナを見た。彼女は防具をあずけ、今は修道服姿となっている。この場所では、こちらのほうが何かと無難なのだろう。

「少し、話してもいい?」

 ルナは、少し暗い声で言う。

「ああ。でもここで、か?」

「いえ、ちゃんと場所を変えて、ね。まだ全部は回れていないけど、街の構造は覚えたから。人気の少ないところで話しましょう」

 ヴァンはそれに了承すると、彼女の後についていった。

 二人は、路地裏の椅子に腰掛けた。そこは静かで、どこか寂れた場所だった。

「前から言おうと思っていたことなんだけど。ヴァン……あなたは、焦りすぎていない?」

 彼は、出会った頃から見て随分と変わった。目的達成を重視しすぎるあまり、盲目なところもあったが、最近は行動に余裕も生まれているように見えるし、落ち着いているようにも捉えられる。

 しかしそれでも、ルナには彼がどこか切羽詰る思いで居るように見えてしまう。彼と稽古をしている最中は、それが一層強く感じられた。だから彼女は前の街を出てからずっと、複雑な思いだった。

 ヴァンは、淡く笑った。そして言う。

「…かもな。どうしてこんなに焦っているのか、自分でもわからない」

 否定もせず、自嘲気味に。

「ここ最近、悪夢を見るようになった。黒鉄のこと――復讐の事ばかり考えているせいなのか。夢に見たことを振り返り、現実で意識し、また夢を見る。まさに悪夢の循環だ」

「どんな?」

 差し支えなければ、と付け加えてルナは彼に訊いた。

「当時の記憶だ。俺も君のように、忘れていたフリをしていた。しかし最近になって、黒鉄の討伐実現が近づくにつれて、その記憶と向き合うようになった」

 彼は目をつむり、過去を振り返る。

 

「面倒見の良い近所の老人夫妻は、倒壊した家に潰されて息絶えた。逃げ遅れた子供たちは皆、煙に巻かれ炎に焼かれた。父さんは、最期まで戦っていた」

 

「仲の良かった隣の姉さんが、怪我をした俺を家の地下室へ連れて行った。彼女はしばらく俺を看ていてくれたが、様子を見に行くと行ったきり、戻ってこなかった。俺は何もできずに、怯えていた」

 

「気が付けば、誰もいなくなっていた。焼け野原になった村を、俺は歩き回った。生きている者を探して。でも、誰もいなかった……」

 

 ヴァンはそこで一旦、話をやめた。彼は無意識に、頬の古傷を手でなぞっていた。

「俺は、前に進まなきゃいけない。立ち止まっていたら、大切なものがなくなっていく気がして、怖い。多分君が感じているのは、俺のそんな場所なんだと思う」

 ルナは、彼の瞳に久しく見ていなかった暗い炎を感じた。その火種は決して消えておらず、それが今も彼が復讐にとらわれていることを物語っている。それは同じ目的をもつルナとはまた違ったもので、意志の強さも違った。

 やはり彼のほうが自分よりも、憎しみの感情が大きいのだろう。ふたりの距離は縮まり、信頼は確かに強くなった今でも、彼にはまだ、自ら分け隔てている部分がある。それはどうしても他人とは交わることのないものであり、自分自身でしか解決することのできない問題だった。そしてそれは、復讐の刻を迎えなければ達成されない。

 ルナは、彼の問題に口を挟むことはできない。自分自身にもそういった問題や感情が存在していたから。

 恋した人の仇を討つという、彼女の旅の行動動機。違えども、目的は同じなのだから。

 彼は話し終えたあと、無言でいた。そしてその瞳はどこか、遠くを見ている。おそらく、遠い日のことを思い起こしているのだろう。

 ルナは沈黙を破り、口火を切る。

「私としては、少し不安があった。あなたは私の技術――持っている力が必要なのであって、それは私も理解しているし、それが旅をする上での約束事だった。だから今後もし、あなたが単体でドラゴンと戦える力を身につけたら、ひとりで突っ走ってしまうのではないかって、不安だった…」

 ルナは深刻な表情で言った。目の前で想い人が死ぬ。彼女にとって、二度も同じことを繰り返すことは嫌だった。

 だが彼女のそんな不安をよそに、ヴァンはそれを聞いて笑い出した。

「それはない。ま、保証はできないが、前ほど熱っぽくはない。ひとりで突っ走ってしまうことはないから安心してくれ」

 ルナは、少し機嫌を損ねたようだ。

「笑うことないじゃない!」

 本当に気を病んでいたのだろう。彼女は怒ったが、しかし本気ではないらしい。笑顔が似合う彼女が頬を膨らますと、それはそれで魅力的だった。ヴァンは彼女を尻目に、再び口を開く。

「だが…黒鉄を討伐するという目的への気持ちの強さは変わっていない。前にも言ったかもしれないが、俺にとってこの問題は、俺自身を自由にするための戦いでもあるんだ。これを成し遂げなければ、俺は前へ進むことはできない」

 そう思っているからこそ、本気なんだろう。ヴァンはそう最後に言い終えて、立ち上がった。

「さあ、戦いを終わらせようか」

 凛とした表情で、彼は空を見据えた。

 




ようやく最終章(エピローグを除く)に入ることができました。どう盛り上げていくか…頑張りどころです。
急ぎ足で事足りないところも多いですが、こちらも二人に負けず新年幕開けまでに「完結の刻」を目指したいと思います。

2014年12月15日 雪国 裕

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