ドラゴン・バラッド-龍血の龍討者-   作:雪国裕

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それぞれの出発点

 ブルークラウンの切っ先は、黒衣の男を捉えていた。

 高速で突進した獣の刺突。身体を翻してそれを避けると、リュース後ろに飛び距離をとった。上げた顔には、困惑が浮かんでいた。

「君か…まだやるというのかね。あれだけ私にやられておきながら」

 訝しげな声でリュースは言った。

 ふたりの男が向き合うさまを、ルナは倒れながら見ていた。月を中心にして、右にリュース・グレゴリスが、そして左に――ヴァン・グリセルークが立っていた。激情を燃やすリュースとは対照的に、ヴァンはとても静的な印象を与えていた。

「そんなに死にたいか…!龍のなりそこない…!」

 リュースの問いかけに、ヴァンは沈黙を貫く。そして無言のまま――跳躍した。

 そして刹那、その眼前に剣を振り下ろす。リュースはそれを紙一重で避けたが、ヴァンはそのまま手首をひねり、切り上げた。地面を抉った剣先の散らす火花が、闇の中に一瞬煌く。鋭い一撃は、黒衣の男の胸を抉った。

(当たった!?)

 ルナは目を見開いた。浅いが、彼はあの男に剣で一撃を与えたのだ。不思議なことに一瞬、相手の傷口からは青い炎が燃え上がった。だが、そのことなど特に気にならなかった。

 彼女は今、目の前の青い戦士の姿にただただ、見とれていた。

「見えるのか?この闇の中で…」

 リュースは、ブルークラウンを突き出した。一撃ではなく、何度も。刺突剣の攻撃スタイルだった。一度でも刺されば、龍血のヴァンにとっては致命傷となる。が、彼はそれを避けなかった。

 盾がわりに突き出した篭手は――剣撃を受け流した。一瞬青い炎が燃え上がるものの、即、消失する。

 あらゆる龍を否定するというこの鎧の力だった。それは龍殺しの力に対しても例外ではない。

 龍血において致命傷となる一撃は、完全に無効化された。

 ヴァンの動きはどれも、動きに畏れを感じさせなかった。苛烈で、鋭く、それでいて余裕が有る。

 リュースは、それに圧倒された。

 鎧の力を差し引いてもこの少年は、強い。

 そして確実に、前よりも成長している。

 リュースの口元が緩む。久しく感じていなかった危機感が、おかしな事に心地よかった。

 互いに構え直し、再び接敵しようと脚に力を込める――その時だった。

 

 ”そこまでだ”

 

 唐突に声が響いた。艶のある、雄々しい声だった。二人は動きを止め、剣を下ろして辺りを見回した。

 程なくして、どこからか足音が聞こえてくる。それは次第に近づいてきて、やがてルナの横を通りすぎた。

 踊り場に、三つ目の影が射す。

「お前たち、そこを動くな」

 現れた男は言った。言うまでもなく、ヴァンとリュースへ放った言葉である。目深に被った帽子のために男の顔は詳しく伺えないが、堀のある男らしい横顔であることは、シルエットでわかった。

 ルナはその姿を見上げる。赤と黒の装束に身を包んだ男の腰には、流麗な銀の刺突剣が携えられていた。

 恐らく指揮官なのだろう、胸にはいくつもの勲章が確認できた。

「取り囲め」

 その一言で、現展開は一変する。闇からいくつもの人間が現れ、瞬く間に踊り場は包囲された。確認できるだけで10人はいる。彼らも皆、赤い装束を身にまとっていたが、指揮官らしき男とは若干意匠が違っていた。装飾はよりシンプルなものとなっている。

 リュースは数名の人間に取り囲まれることとなった。奥には、また別の――剣を構えた騎士の姿もある。

 銃士が数名前に出て、小型拳銃の銃口をリュースへと向けた。

「剣を棄てろ」

 指揮官の男は短く言った。

「ああ…」

 素直にそう答え、リュースは床に剣を置こうとする――が、それは演技だった。低くした姿勢のまま一人に接敵すると、足元を蹴飛ばして転がし突破口を切り開いた。それとほぼ同時、発砲音が鳴り響く。しかし弾は外れ、床に着弾した。跳弾する銃弾は、本棚に直撃し数冊の本を散らした。

 その後何発か発砲音が聞こえた。リュースはジグザグに動き、その追撃を逃れる。さらに狙いを定める銃士たちだったが、指揮官の男がそれを手で制し、彼らは追撃をやめた。

 その後すぐ軽装の騎士が数名、そのあとを追って闇に消えていった。

 程なくして人は減り、その場を静寂が支配した。

「あんた達は……」

 ヴァンは残った指揮官の男に問うた。男は鋭い眼光を、リュースの逃げ去った闇へと向けている。

「答える義務はない。私は奴を追っているだけだ。この場は、保安部がなんとかするだろう」

 男はそれだけを言い残して、ゆっくりと消えていった。

 

「大丈夫か」

 未だに倒れているルナの元へ歩み寄り、ヴァンは片膝を付いてからそう声をかけた。

「あ…」

 ヴァンと目があった瞬間、彼女は取り乱した。今まで見たこともないほど、混乱している様子だった。先の戦闘に至るまでに、きっと何かがあったのだろう。ヴァンは、彼女に直接、訊くことにした。

「なにがあった?」

 その答えに、彼女はしばらく無言を貫いた。口元は、何度も発言をしようとしている。しかし言葉が喉に引っかかっている様子で、なかなか声にならない。

 

「わたし…あなたに言わなければいけないことがある」

 

 ようやく、彼女は言葉を発することができた。それから俯いて、またしばらく黙っていたが、程なくして口を開く。

「化け物なの。わたし」

 冷たい月光が、彼女の顔を照らしていた。

 声はひどく震えていた。

 ルナは、泣き出しそうだった。

「…どういう事だ、詳しく説明しろ」

 押し殺すように、ヴァンはルナに訊いた。

「あの男から、全部聞いた…白き人という、人を喰い乗っ取る怪物の事。私が、そのひとりであること…」

 彼女は、ヴァンから目をそらしながら言った。口調は淡々としていて、諦めのような気持ちが含まれている気がする。

「人から人に乗り移ることで、それは生き永らえるらしいの。私は、この世に生まれる時に…この身体の持ち主を殺した。そしてその時の記憶をずっと、忘れたふりをして隠していた。全部覚えていたの。今まではそれを、封じていただけ」

 ルナは自嘲気味に言う。

「放っておけば、いずれはあなたにも襲いかかるかも知れない。都合のいいことは全部忘れて、また誰かの名を名乗るかも知れない」

 

「だから――もう、いいよ?」

 彼女は、手でヴァンの胸を押して、自分から引き離そうとした。その腕を、ヴァンは強く握った。

「よく聞け…」

 

「君が得体の知れない存在だということは分かった。でも、君はルナ・ルークだ。それ以外の君を僕は知らない。もし君が自分を見失ったら、僕が連れ戻してみせる」

 ヴァンはルナの瞳を見据えて、強い口調で言った。目が合うたびに視線を外す彼女が、こちらを見つめ返すまでずっと、彼は両手を彼女の肩から離さなかった。

「自分の力が必要だと言ったのは君だろう?あの日のあの涙はウソだったのか?それとも……僕では信用ならないか?」

 ヴァンの口調には怒りが含まれていた。しかし、それ以上に含まれていた優しさが、彼女の凍てついた心を溶かした。

「そんなことはない…」

 ルナは首を横に振るった。

「じゃあ、言いたいことを言え」

 彼の瞳に、彼女は焦点を合わせた。真剣な眼差しが、彼女を見据えている。ルナはゆっくりと口を開いた。

「…私は…人でありたい…」

 彼女は掠れた声で言った。

 涙を流して、崩れた。

「そうか」

 それをヴァンは、優しく抱きしめた。友を慈しむというよりは、恋人に愛情を伝えるかのように。

「もう勝手な行動は控えてくれよ。とても心配だった」

 ヴァンは、そっと彼女の頭を撫でた。これほどまでに人を愛おしく感じたのは、初めてかも知れないと思いながら。

 

「あ~…」

 声がして、ヴァンは慌てて振り向いた。そこにはひとりの保安官が居て、ヴァンは彼と目があった。

 先ほどの部隊とは違う、この街の保安部の一人だった。後ろには数名、同じ服を着たものが待機している。

 男はわざとらしく咳払いをした。

「お取り込み中のようだが、お前たちには来てもらうぞ。まあ、もう少し落ち着いてからでも構わんがな」

 状況を忘れてヴァンは思わず、赤面する。

 

 

 ◇

 

 

「だから警備を厚くしろと言ったんだ」

 声の主は、浅黒い肌の屈強な外見をした、情報屋と言われた男の物だった。図書館での先頭から数日…つまり現在、彼はギルドの保安部へ出向いていた。

「被害が出るかも知れないと。それを無視してこのざまか。……はぐれ物の言うことなど信用できなかったか?」

 四方八方から飛び交う反論に、全く意も介さない。男は淡々と文句を吐き散らして、乱暴に室内を出た。

 

 

「牢屋生活は初めてか?」

 鉄格子の向こう側から、大柄な男がこちらを覗いていた。

「ああ」

 それが情報屋であることは、すぐに判った。ヴァンはゆっくりと振り返り、男の顔を見据えた。まさか、こんなにも何度も会う事になるとは、お互いに思いもしなかったろう。男は、ヴァンの表情を伺うとすぐに口を開いた。

「心配するな。少なくともお前は今日中に釈放される。連れの方は、もうしばらくかかりそうだが」

「色々と手を回してくれたらしいな。感謝する」

 後日、二人は、建造物へ不法侵入したという事でもって、ギルドの牢獄に拘留された。そしてそこで保安部、治安部、ギルドと様々な機関に質問攻めにあった。

 といっても、ヴァンが答えられることは少なく、幸い私物も、そして鎧も没収されなかった。情報屋の言うとおり、釈放は早い段階で実行されそうだ。しかしルナに関しては、あの男により近くで関わったということで、まだ尋問を受けているらしい。

 ヴァンとしては、傷ついた彼女に負担をかけないで欲しいというところもあった。しかし、講義は認められなかった。

「どうした?辛気臭い顔をして。……あいつなら大丈夫だ。俺と対等に話せる奴だ。うまくやるさ」

 情報屋は気を遣ったのか、そんなことを口走る。

「それより、あいつから言伝を頼まれた」

「なんだ?」

 ヴァンは立ち上がって、男の方に耳を傾けた。

「待っていて欲しい、だそうだ」

 彼女らしいといえば、そうである。

「お安い御用だな。まったく…」

 ヴァン――そして情報屋も…二人は口元に笑を浮かべて、目をつむった。

 

 

 ◇

 

 

 ルナが釈放されてから、一日が経った。釈放直後少しやつれた様子だった彼女も、一日経てば復活したようだった。体には打撲の傷があったようだが、怪我の手当ては既に済ませている。

 彼女は、頬にガーゼをあてがえた状態のまま、ヴァンをある場所に呼び出した。街の一角、唯一の草原地帯。心地よい風が吹く場所だった。そこでルナは自分のことについての全てを、ヴァンに打ち明けた。

 後ろめたさや、拒絶される恐怖に耐えながらも、彼女は彼の瞳から目をそらさなかった。

 彼もまた、真剣に彼女の話に耳を傾けた。

「ありがとう。あなたが来なかったら、私は…」

「お礼なら、羅音にも言ってくれよ。夢の中で会ったんだ。彼の言葉のおかげで目覚められた」

 その話を聞くなり、彼女は目を丸くした。

「彼は…なんて?」

「君を心配して、護ってくれと言った」

 ルナは少し残念そうにも嬉しいようにも捉えられる、そんな表情を浮かべた。

「彼らしいわ」

 その後少し、無言が続く。ふたりの合間を通り抜けるように、心地よい風が吹いた。

「この街を出たあと、稽古をつけて欲しい」

 ヴァンは唐突に切り出した。

「どうして急に?」

「気がついた。いや、認めたというべきだろうな。前に君が言ったとおり、今の僕の力では龍を倒せない。だから君の持てる技術を叩き込んで欲しい。なにより、僕自身が心もとないんだ」

 

「僕には、君が必要だ」

 

 ヴァンは振り返って、微笑んで返した。気恥ずかしさも混じった、今までで一番少年らしい――無垢な笑みだった。

 それが余りにも眩しすぎて、彼女は思わず俯いてしまった。

 ルナ・ルークは静かに「ありがとう」と、呟いた。

「私…君から逃げようとしていた。自分からも、逃げようとした。辛いから、認められないから…でも。それはきっと間違っているよね」

 どうしようもないくらいの隔たりと、偏見と、軽蔑の眼差しを受けながらも、それでも互いの関係を尊重し向き会おうとした、そんな人たちがいた。

 

 彼女はとある歌を思い出した。

 

 これは君へのバラッド。

 白き君と、蒼き私の愛、それは

 許されぬ想い、

 認められない禁忌。

 

 どうか許して欲しい。君を救えなかった非力な子龍を。

 これは君へのバラッド。

 

 天を仰げば、君のいない孤独を知る。

 

 彼らの幸せを、時代は許さなかった。想い人と引き剥がされたあとも、彼は時折この歌を詠み続けたらしい。これは遺跡の白き鎧から聞いた話だった。

 しかし――今は違う。

 差別は確かにあるが、昔より確かに緩和されつつある。

 自分を心から認めてくれる人に、もう一度会えたのだ。

 ルナは、例えこの旅が終わったとしても、こうして巡り会えた彼との日々を無駄にはしたくないと、そう願った。

 忘れてしまうものかと、強く願った。

 

 自分が何者なのか、彼女はずっと探していた。そしてその答えを手に入れた。それが、残酷な答えだったとしても…彼女はもう、

 逃げはしない。

「私は、確かに人ではないのかもしれない。でももう、犯した罪からも目を背けない。自分が、ルナ・ルークであることを疑いはしない」

「そうか」

 彼女の言葉を聞いて、ヴァンは目をつむる。彼は遥か彼方の方向を見据えた。そして微かに、微笑んだ。

 

 

 ◇

 

 

「ここまでお世話になりました」

 アイリは深く頭を下げた。ここはギルドの内部だ。彼女はここの一部である喫茶店で働くことになった。

「頑張ってね」

 ルナに追従して仕事をしていたが、いつまでもこのままでいてはいけない。彼女はこれから一人になる。自分たちはここを発ち、目的地へ向かわねばならない。彼女は自分で道を切り開いて、生きていかなければならない。

 それはアイリが選んだこと。

「いつかまた!」

「ええ」

 ルナは彼女に手を振った。

 

 

 事は数十時間前にさかのぼる。

 

「お願いがあるわ」

 彼女はある場所を訪ねていた。昼間でも薄暗い、今となっては出入りに躊躇しないあの場所へ。

「今度はどんな厄介事を連れてくるつもりだ。もうあんなことは御免だぞ」

 訝しげな声が、彼女へ向けられた。お互いに包帯を、至る所に巻いたままだった。

 これがおそらく最後の取引だろう。

「私の友達、年は14歳」

「俺は部下を作るつもりはない。こんな仕事だ。そんな程度の娘では、命が足りるとは思えん」

 情報屋は門前払いとばかりにまくし立てた。

「まだ何も言ってないんだけど…。どこか良い、働ける場所を知っていないかって」

 ルナの言葉に、情報屋はしばし次の言葉を考えていた。

「それは……そいつが決めるべきじゃないのか。街を歩けば、いくらでも店はある。目につくもの、気にかかるものが見える。それを本人の自由に、好きに選べばいい」

 男は続けた。

「それで、やってみてどうだったかは別だ。失敗するかもしれん。しかし、それが生きることには必要なことなんじゃないのか」

 ルナは、反論出来なかった。選ぶということの必要性と、重要性。それを彼女も、心得ていたから。

「ありがとう。確かにあなたの言うとおりだと思う。……お金を払わせて」

「こんなもの取引に入らない。さっさと消えろ」

 情報屋は虫でも追い払うかのように、手を振るった。

「そうはいかないわ」

 しかしルナは引き下がらず、懐を探り続ける。根負けしたのか、無意味と悟ったのか……男はため息をついた。

「……100Lでいい」

「え」

「何度も言わせるな。100Lだ」

 ルナはお金を手渡した。

「また何かあればよろしくね」

 多分、もう会うこともないだろう。それでも彼女は、そういう事の大切さを重視した。

「俺は、お前が二度と来ないことを願っている」

 扉を開くルナを見据えて、男は最後に薄い微笑みを返した。

 

 

 アイリを喫茶店まで送り届けたあと、ルナは街の出口へと向かった。そこには既に、彼が待っている手筈だった。

「お待たせ。少しは楽しめた?」

 約束通り、彼はいた。果実店の裏道、日陰に待機していたヴァンに向かって、ルナは声をかけた。

「ああ。観光としてはかなりのんびりと…。まあ最後になるが。俺としては、療養で金を費やしたのは勿体無かったとおもうが」

「どうした?俺の顔になにかついてるか?」

 

「だって、ヴァン君…」

 ルナはまじまじと、彼の顔を覗き込むようにして言う。

 そして…

「俺って!!」

 瞳を輝かせ、万円の笑みを浮かべた。

「べ、別にいいじゃないか!前から変えようとは思っていたんだ!」

 その反応を予測していたのか否か、ヴァンは赤面した。

「丁度いい機会だから変えただけだ」

 言い訳なのだろうか。分からないが、彼の顔は赤いままだった。ルナはそのうちに声を上げて笑い出した。

 それに怒ることもなく、ヴァンは気恥ずかしさに俯いて震えていた。

「いやぁ、何か可笑しいね」

 笑いを止めて、ルナは言った。違和感が、どうしてもある。

 でも、似合わないわけじゃない。そう彼女は思った。

「そういえばあなた…ちょっと背、伸びたよね」

「そうかもしれないな。最近、服の寸法が合わなくなってきている」

 これは、その理由の一つ。

 二人が出会って、一ヶ月と少々が過ぎていた。いつの間にか、彼の背は彼女の高さに迫っていた。ちょうど、成長期だったのかもしれない。

「それ以外にもね」とルナは囁いた。

「?」

 ヴァンは首をひねった。ルナはそれに微笑み返す。

 言葉を今は、紡がない。

 精悍な顔つきになってきた彼を、彼女は見つめた。

 

「黒鉄の動きは、最近はどうだ?」

「私の知覚では、動きは殆どない。居場所はだいたい決まっていると思うわ」

 自らを縛り付けていた鎖を取り払った今、彼女の感覚は研ぎ澄まされていた。自分の正体を受け入れたことで、本来の力を取り戻した……とも言える。

 ルナは黒鉄龍の居場所、生命反応を的確に捉えていた。

「はやりあの街へ行く事になるのか」

 ヴァンはしみじみと呟いた。ここからは少々、長旅になるかもしれない。思いのほか長期に滞在してしまったため、道中、資金を集めておく必要もありそうだ。

「鎧はもうすでに?」

 ルナはヴァンにそう訊いた。鎧とは、言うまでもなく抗龍鎧のことだ。

 ヴァンは静かに頷く。

「問題ない。ギルドの一級郵送屋にお願いした。重要品として預けたから金はかかったが……さすがにもう荷車を引いて歩きたくはないしな」

 砂漠横断を思い出し、ヴァンは苦笑した。

 

「しかしまさか、ここまで長く滞在することになるとは思わなかった」

「本当。いろいろあったね」

 二人はしみじみと言った。ふと初めてここを訪れたときと、場面が重なった。

「…行こう」

「ええ」

 ヴァンが切り出して、ルナは返答した。

 二人は岩壁の街へ別れを告げて、彼方へと歩き始めた。

 


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