ドラゴン・バラッド-龍血の龍討者-   作:雪国裕

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プロローグ
修道服の少女は


 群青世界が広がっている。

 静けさの中、駆け抜ける人影がある。

 瞳を凝らしてみる。

 その体躯は小柄。布と革を合わせた狩猟用の服を着ているが、腰と脚には金属のアーマーで武装している。また気が付きにくいが、服の中には金属の胸当ても着込んでいた。守るべき頭部はむき出しで、鮮やかな群青色の髪が特徴的だった。

 そして腰には、彼にはやや大ぶりの濃紺の片手剣と鞘、そして小さな背中には、銀色の小楯が収められている。

 深い森は、場所によっては陽光さえも遮る。陰りの中で仰ぎ見た青い空は、所々削り取られた不完全な代物だ。そういうこともあって、森の中は全体的に暗い。暗がり獣の気配を感じ始めたら、不安になってキリがない。

 しかし少年は、恐怖を抱いてはいないようだ。それはおそらく、彼はもっと強大な、人知を超越した存在を目指しているからだろう。

 私には、それがわかる。

 それと比すれば、ここに生息する獰猛な獣もたいしたことはない。そんな気迫さえも感じられる。

 ただ、今のような事態には慣れていないようだ。

 もっと言えば、対処に困っているようである。獣に追われることはあっても、「人に」追われることはなかった、ということか。

 私は立ち上がる。そして意を決した。

 今の為に。未来のために。

 

 

 ――狙われている。

 そう確信したのは先程、前方から矢(正確には矢のようなもの)が飛んできて、自分の眼前を通り抜けた時だった。説明するまでもない、攻撃を受けたのだ。

 おそらく、弓矢による射撃だろう。それも、どうやら相手はひとりではないらしい。樹を盾にした時、幹に刺さる矢の音が、本数が、尋常ではなかった。

 その時は思わず息を飲んだ。ひしひしと、肌寒い死の匂いが、すぐそばに漂っていることを空気が教えてくれていた。

 あの時は無意識に避けられた。が、次はどうかわからない。走りつつもそんな不安を抱いて、突破口を見出そうとしていた。地面が作った小さな崖を飛び降り、その元に身を隠した。生い茂る草をヴェールとして、その間からあたりを伺う。

 ――どうする。

 枝を折る音と、草をかき分け踏むしめる足音が、少しずつ近づいてくる。汗は嫌というほど吹き出して頬を伝い、顎から滴り落ちた。こちらは息を殺し、身を潜めてはいるが、いずれは見つかるだろう。

 その時、茂みの向こう側に、敵の一人の姿が映った。暗い緑色の軽装姿だ。

 焦りがそこまで迫ってきている。冷静になれ。自分に言い聞かせつつも、走り出した。

 やむを得ないが、戦うしかない。腰の剣の柄に手をかけ、抜き払う。濃紺の刀身が、木漏れ日を反射し碧く煌く。

 自分の元に一本の矢が飛来する。

 だが、見える。斬り落とせる。剣をひと振りし、矢の真ん中を切り落とす。矢尻と矢羽根に二分された矢は、頭上と、左下に其々飛散し、矢羽根側が地面に落ちると、それから少しして後ろで矢先が木に突き刺さる。それから相手に肉薄して、柄で横腹を殴り、その反動を利用して体を反転、回し蹴りを入れた。

 男のうめき声が短く上がって、男は吹き飛ばされた。慣性が許すまま横に飛び、それから木に衝突してズルリと、力なく横たわった。意識があったなら、おそらく男はその威力に驚いたことだろう。

 少年が蹴りを入れたとは思えないほど、それは重かったと。

「ぐっ」

 衝撃を感じた。背に矢を受けたのだ。

 思いのほか、勘付かれるのが早かった。この矢は間違いなく、あの男の仲間が放ったものだ。

 矢は幸い、服の下のプレートアーマーが防いでくれたようで、体には傷ひとつ付いていない。しかし、足を止めてしまった。

「く」

 矢は次々と自分の元に飛んでくる。身を翻して避ける、が、避け損ねたものが身に当たる。刺さってはいない。そうなる様に避けたからだ。ちょうどプレートが防ぐところだけは、あえて避けていない。しかしそれでも全てをかわすことはできなかったようだ。左手の二の腕、鎖帷子のところに矢尻が命中する。角度と硬度のおかげで、矢はその後滑るようにして外側へそれていった。しかし、先は確かに生身を傷つけている。出血と、痛みがそれを教えてくれた。回転するように回避したあと、姿勢を低くするように屈み辺りを伺った。

 敵はどこだ。

 しかし残念なことに、相手の場所がわからない。このまま逃げ続けるにも、地形がわからない。仮にここに熟知している相手なら、持久戦となればいずれ・・・。

 万事休すか。

 諦めかけたその時、不意に矢の飛来がやんだ。

 前方を見ると、白い煙が立ち込めている。何が起こったというのだろうか。そしてほどなく――いや同刻か。背後で、もう一度火薬の弾ける音がして、それから濃い煙が撒き散らされていく。

「逃げるよ」

 ごく近くで、声だけが聞こえていた。落ち着いた口調の、しかしながら低いわけではない。女性のものだった。

 従うべき相手はこの場合誰なのか。答えなどわからなかった。ただ、それが最善だと思った。言われるまま、駆け出していた。いつの間にか手を握られて。煙幕の中で、声の主だけはまるで道を知っているように、迷い無い足取りで前進していく。

 矢が飛んでくる。耳が良いため風音で分かるのだ。木々に突き刺さる音がして、その度に肝を冷やす。闇雲に放っているとはいえ、当たるかもしれない。しかし、それもやがて聞こえなくなる。

 自分の手を引く人物の足取りもやがて遅くなる。

 ――いつの間にか僕は晴れた視界の中で、群青色の世界をただ仰ぎ見ていた。

 水が岩を打つ音が耳に入ってくる。目の前には、大きな滝が幾つか並んで存在している。

 広がる景色は一面、青と緑。それはまるで自身の群青のような色合いをしていた。そのあまりの透明性に、思わず動きが停止する。

 そして思考も同じく、止まっていたのだろう。その目の前にひょいと、右から来たのか左から来たのか、確認できなかった。

 眉を少し吊り上げ、怒ったような表情を浮かべた少女の顔が、近づく。

 驚いて、わあと声を上げて尻餅を付いた。すると自然と、少女を見上げるような形になる。木漏れ日が彼女目掛けて射し込んでくる。彼女の白銀の髪が、キラキラと輝く。

「どうしてこんなところにひとりでいるの。子供なのに・・・無用心すぎるよ」

 口調は決して優しくはなかった。

「・・・子供じゃない。もう十五だ」

 それは幼さ故か――眉を釣り上げていた。

「それに僕は戦士だ」

 左腕を押さえつつ、むっとした声で言い返す。少女は含みのある微笑みを浮かべ、それから腕組する。

「戦士・・・なるほどね。ともかく命拾いしたわね。・・・腕は大丈夫?」

 少女が腕に手を近づけたので、思わず反射的に身を引いた。速い動きだったので何をされるかと思ったのだ。

「ああ、掠った程度だよ。押さえていれば血も止まるはず」

「・・・・・・そう、良かった。はい、立って」

 そう言って少女は、今度はあからさまにゆっくりと手を差し伸べてきた。もしかすると気を遣ったのかもしれない。

 彼女は長い純白の手袋を、肘から上までつけている。

 その白さをじっと見つめた。

「血がつくぞ?」

 そう訝しげに言うと、

「構わないわ、ほら」

 目を閉じて笑い、少女は答えた。差し伸べられた手を取ると、手袋越しであるが柔らかさと温もりがある。少しどきりとした。

「私はルナ・ルーク。このあたりの町に住んでいるわ」

 何とも不思議な響きの名前だと思った。名も姓も決して珍しくはないのだろうが、彼女が言うと不思議に感じる。その証拠に、名は本人を表すようで、白銀色の髪に赤い瞳という出で立ちの彼女はどこか幻想的だ。

「僕はヴァン。姓はグリセルーク。今は旅人をしている。危ないところを助けてくれて、ありがとう」

 自己紹介のあとお礼を言って、それから軽く彼女の全身を見る。見たところ彼女、ルナは武器を所持しておらず、丸腰だった。まるで喪服のような漆黒の衣装を着ている。この感じ、どこかで見たことがあるのだけども・・・。

 ――ああそうだ、これは「修道服」ってやつか。昔、宣教師がやってきた際に同じようなものを見たことがある。黒がメインではあるが、ただ黒一色というわけではなく、各所に白が配置されていて、洒落ている。黄金色の留め具もいいアクセントだ。

 ただ、これが正装なのかと言われるとどうなのか。昔見たものとは、記憶違いなのかだろうかわからないが違う気がする。

 動きやすくするためかスカートは短くなっていた。靴は変哲のないロングブーツだ。太ももの半分まで、黒い足袋を履いている。

 スカートに関しては、昔見たものはもっと長かった気がする。あと、袖は手首まであったと思うし、やはりこれは、正装ではないのだろうか。

 彼女の服は、着古したのかところどころ裂け、傷が目立っていた。また、刃物のようなもので切られた――切り傷もあって、ほかにも燃えたような跡があった。

 一体、彼女は何者なのだろう。それを訊くには、なんだかまだ早い気がした。

 「その服って?」

 代わりに質問のランクを下げて訊く。

「これは教会の服よ。ちょっと縁があってね・・・まあ戦闘用ではないのだけど」

 こちらの鎧をちらりと見つつ、ルナは付け加えそう言った。

 ヴァンは苦笑する。

 蛇足だ、と思った。

 小馬鹿にされたのが鼻についたが、事実に変わりない。彼女がいなければ今頃、四方八方に矢が突き刺さった死体となっていたのだから。

 それにしても、なかなかいい性格をしている。ただ親切なだけではない――彼女には、どこか自分の興味をひく要素がある。今は「それ」を形にはできないけれど、確かにそんな気持ちが、自分の中で芽生え始めている。ヴァンは心なしかそんなことを考えた。

「む・・・」

 とりあえず反論は短い呻きだけにしておこう。

「ところでさっきの奴らは?」

 言うまでもなく、先程交戦した連中のことである。

「あれは、この辺に居座っている盗賊たち。でも多分、長くはいないと思う」

「どうして?」

「彼らはこの先の、龍の秘宝を目指している。ここはその道程に過ぎないの」

「龍の秘宝?」

「気になる?でも今は先を急ぎましょう。後でゆっくり聞かせてあげるから」

 わかったと、彼女の言葉に肯く。

「この先へ行けば、ひとまず安心だわ」

「先って、滝だけども・・・」

「それが道になっているのよ」

 ほう。無意識に頷いていた。

「気がつかれにくいでしょ?それに、ここは昔から此処を知っている者が利用した抜け道、彼らは追っては来られないはず・・・少なくとも今は」

「君は泳げる?」

「心配ないよ」

「そう。じゃあ濡れるけど、我慢してね」

 優しい口調で、少女は言う。その後直ぐに水の中に飛び込んだ。

 程なくして、自分も飛沫を浴びた。

 滝の先は洞窟となっていた。洞窟の中をしばらく歩いて、やがて開けた場所に出る。まだ、あたりは岩だ。そこは寒くはなく快適な場所で、各所に焚き火の跡があった。狩人の休憩場なのだろうか。

「つけられていなければいいのだけれど。ちょっとここで待ってて」

 そう言って、ルナは来た道を少々戻って、糸に穴のあいたコインを数枚通ししたものを、岩にくくりつけ、間もなくして戻ってきた。

 音鳴りの仕掛けか・・・古典的だが有効だ。

「念のためにね」

 そう言うと、彼女は焚き火のあとの燃え残りに、油を木に塗り、火打石で散らした火花で燃やし炎を作って、火を灯した。すると、辺りが少し明るくなる。見通しも良くなった。

 それからルナは帽子(のちのちベールと知ったが)を外した。

 まるで色の抜け落ちたような、白髪にも似た銀の髪に、紅蓮の瞳の全貌が顕になる。そこにかかるまつげも白く、それらに外の光が反射して淡く光り、さらに黒光りする岩肌へと反射する。

「ずぶ濡れね・・・。早く町に行って乾かさないと・・・」

 うつろげに半分閉じた紅い瞳は怪しく、艶かしい。濡れて頬に張り付き、肩にかかる髪は不思議な色気を醸し出す。その横顔は儚げで美しい。

 それがどことなく、「昼間の月」を思わせる――夜という晴れ舞台に煌く月ではない、陽光に照らされ薄くなった、はかないものだ。

 彼女は美形の部類に間違いなく入るだろう。少女であるためにまだあどけないが、それでも美の片鱗を見せる。

「ちょっと服を搾るわ」

 なんとなく口調、振る舞いなどから、年上だと推測できた。もっとも、身長に関しては見るからに、彼女の方が上なのだが。大体10センチだろうか――いやそれ以上の差がある。とても戦いには向いていない細い四肢と、しなやかな背中。純白の肌は澄んでいて、ざっと見ての感想はここまでにしておくが、まだまだ言いたいことはある。しかし考えが浮か

 ばない。

「――ねえ」

「ん・・・?」

 彼女の紅い瞳と目が合った。赤いのは目だけではなく、頬もだ。それから視線を横にそらして、

「流石に、直視されると恥ずかしいんだけど・・・・・・」

 ここまで来て初めて、ぼそぼそと小さな、恥じらいのある声で発言した。

 半裸の彼女に気がつかずに、ひとりで深く考え事をしていた。どうやら彼女は視線をそらしてくれると思っていたらしく、脱衣し始めたのだが、期待は外れたらしい。服を脱ぐのをやめた。

 そして目があった。

「ご、ごめん」

 慌てふためきながら瞬時にターンして、その後はなぜか正座していた。水を絞る、地面に落ちる水音を耳にしながら、しばらくの間鼓動を早くしていた。

 自分は今、胸に手をやり俯いて、目を見開いている。

 しばらくしてから音が止み、無音となった。

「やっぱり珍しい?」

 そんな中、言い方は悪いが横顔を盗み見る――そんな自分の視線を感じ取ったのか、彼女は振り向いた。

 あまりジロジロと見てはおらず、感づかれる一歩手前にとどめていたつもりだったが、迂闊だったか。

 言っておくが別に邪な気持ちはない。

「あ、いや、まあ」

「いいよ。気を遣わなくても」

 好奇な目で見られることは、慣れているということか。そう思えると、彼女とは離れているが、不思議と距離を感じない。

「でもまあ、驚いたけどさ。僕もそういう側だから、気にはならない」

 率直な意見だ。自らがそうであるために、相手にも寛容になれる。これはそういった類の感情なのか。

「・・・その髪のことかな」

 背中合わせで会話するふたり。

「やっぱり、知っているのか?」

 群青色の髪を撫でながら言う。

「まあね。本は結構読むほうなの。だから知識はいろいろとあるよ。それに勉強も好き」

 ルナはしばらく何も言わない。その間で、彼女は何かを思い出しているようだった。まるで頭の中にある、本のページをめくっているように思える。

「そう・・・龍血・・・群青色の髪を持つ一族は、龍の血筋を受け継いだ誉れ高き一族・・・って聞いているよ」

 しばらくして彼女は口を開いた。認識としては良いものだと思う。そこまで高く評価してもらったことは無いし、素直に喜ばしい。

「ここからもっと先の東の地に、確か竜の国があるって話だけど・・・君もそこから来たの?」

「いや、僕の生まれ育ったのは小さな村だ。ここからは北にいったところにある」

「・・・なるほど。そういえば顔もそっち系だよね」

 彼女はどこの出身なのだろうか。顔立ちは近い気がするが・・・髪のこともあるしよくわからない。

 いろいろ気になっているが、わざわざ質問する気にもなれない。自分は彼女ほど後期心旺盛ではないし、他人に踏み込んで会話できるタイプではないからだ。

 ただそれでも、はっきりさせておきたいことがある。

「さっき誉れ高いって行ってくれたけどさ。でも僕はこの血を、体を嫌っているよ」

 発した声には、哀愁を含んでいた。

「それは、差別されるから?」

 龍血症・・・それは、今は過去の遺物だった。

 世界に「法」というしきたりが形作られつつある今、高すぎる戦闘能力はそれ自体が畏怖の存在であった。

 いつかどこかの場所でとあるドラゴンブラッドの一人が、「罪を犯した」と嘘をついた「一人」に貶められ、それを皮切りに他の者も「人の本質的な恐怖心」を煽られた。

 そして差別が始まった、そう自分は聞いている。

「いや。それはもう気にしていない。気にしたってしょうがないさ、治るものでもないから」

「ただ僕の目的の、その支障になる」

 奇妙な間が空いた。彼女は、多分ためらっているのだろう。

「質問していい?」

 口火を切ったようにルナが言う。

 答えを求めるならば、答えよう。

「どうぞ」

「君の目的は、龍を討つことなの?」

 彼女は自分が答えずとも、直接的な答えを導き出した。

「そうだよ」

「それって、ドラゴンバスターになりたいってこと?」

 思わず苦笑する。

「いや、そんな誉れ高いものを目指しているわけじゃない。僕はただ、両親と仲間と、家族同然だった皆の復讐のために、龍を殺すつもりでいる」

 さらりと、旅の目的を告げた。口調も瞳も、今はひどく冷たかったと思う。

 青い炎の片鱗が、今は見えていた。

「なんか申し訳ないな。初対面なのに重い話をしてしまった」

「別に構わないけど・・・本気なの?」

 ルナは訝しげに問う。そんなことも知っているのか、彼女の顔は見えないが、声からしてわかる。

 彼女は知っている。ドラゴンブラッドとして生まれたものが、竜を討つということの意味を。

 龍血症・・・もとい龍血を持つ者、彼らが龍と戦うこと自体が禁忌とされている。それは、同族を殺すことを拒むということなのか否か分からないが、とにかく「血が」「血と」反応してしまうのだ。一種の発作のようなもの近い。

 それはとにかく苦しいと聞く。

 しかし自分はそれでも、奴を討たなければならない。

「ああ本気だよ、僕は」

「そう・・・わかったわ。頑張って」

「ありがとう」

「ところで、その龍についてだけど」

「ひょっとしてだけど、黒い鎧のような外郭を持っていて、―――とかだったり?」

 どうしてそれを。思わず振り返って、彼女の顔を見据えた。表情は、悪巧みをしているようにも見える。

「地面を這うように移動して、翼は持っていても、飛ぶことができない大地の龍。肩に大剣が刺さっているって話だけど・・・」

 そこまで知っているのか。何者だこの少女は。

「教えてくれ。どこでそれを聞いたんだ?」

「ふふん。なにせ私は博学ですから。もう少し付き合ってくれたら教えてあげてもいいけど」

 勿体ぶるなよ。押し倒したくなる衝動を抑える。

 それから落ち着くために一回深呼吸する。

「はぁ・・・分かったよ。付き合う。どうせ補給もしなきゃならないし、どこかの町に滞在するのは旅人にとっては当たり前だからな。それが情報料なら安い」

 思わず早口になっていた。

 驚きを隠し得ない。このあたりで――ごく最近に目撃例があったというのか?商人や村人、町の住人と話をして探ってきたが、ここまで具体例を挙げたものは一人もいなかった。

「やった。じゃあ町まで一緒に来てくれる?」

 一緒にという選択肢のほかがあるだろうか。彼女無しに、この森を安全脱出は難しい。ガイドなしに歩けるほど、安全な森ではない。

「それにお腹も減ったでしょ?」

「まあ・・・わかった、頼むよ。その・・・ルークさん」

「ルナでいいよ。これからよろしく、ヴァン君」

 

【挿絵表示】

 

 差し伸べられた手をとって、彼は薄い笑顔を見せるのだった。

 握手を交わす二人のもとで、炎がゆらゆらと揺れていた。

 そして、物語は動き出した。




最も古い設定を引っ張り出して構成したオリジナル小説です。文章自体は2012年に作成しました。
これから続きを書いてゆく次第ですのでよろしくお願いいたします。

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