ゆゆゆゆ式   作:yskk

17 / 17
一生のお願い(縁)

 人間は欲深い生き物である。大小様々な願いが叶う叶わないに関わらず、次から次へと湧いては消えていく。宇佐美優太という青年もまた、その例に漏れてはいなかった。

 

 彼が大学生になって早半年が過ぎた。両親に無理を言って実現させた一人暮らしにもボチボチ慣れ始めた頃だ。

 この時点で優太は二つの願いを叶えていることになる。一つは待望の一人暮らしを始められた事。そして、朧げながら浮かんだ将来への展望を実現させるために、希望した大学へと進学を遂げた事。

 

 そんな彼が暮らす狭いワンルームで、幼馴染である日向縁とふたり、午後のひと時を過ごしている。

 恋人関係だとか、同棲しているなんて事実は存在しない。そこが彼らの通う大学から程よく近い、ただそれだけの話。

 

 今日の講義も午前中ですべて終了し、ふたりは暇を持て余している。

 何をするというわけでもない。ただお茶を飲みお菓子を食べ、たわい無い話をするだけである。

 そんな何でもない午後、縁がふと思い出したようにとあることを呟いた。

 

「優ちゃん、私に何かお願いってない?」

 

 縁の発言の意図を、優太は即座に理解することが出来なかった。

 

「……何だって?」

「だからぁ、私に頼みたい事ってないかなって」

「特に無いけど……」

「ええぇー」

 

 彼の返答に縁はガックリと肩を落とす。心底残念そうな縁のリアクションに、優太の困惑はさらに加速する。

 

 何かしらの頼み事をしたが、聞き入れてもらえずに落胆をする。そうだったのなら彼も納得できたことだろう。だが状況的にはそうじゃない。むしろ逆だ。

 普通の人は他人から頼みがないか、なんて聞かれる機会はなかなか無い。ましてやそれが無くてがっかりされた経験がある人間など相当稀であろう。少なくとも優太には初めてのことであった。

 

「ねぇ、ホントに何かない?」

 

 縁にしては珍しく食い下がる。いつになく強めの語気で。

 

「……じゃあ、明日の昼飯奢って?」

 

 優太は大学進学を期にアルバイトを行うようになった。とはいえ、家賃から生活費まで全てをそれで賄うまでには至らない。というよりは、半分以上が親からの仕送りである。そのうえ、我儘を言った挙句の一人暮らしだ。

 となれば彼が自由になる金額というのはたかが知れている。少しでも出費が抑えられるのであれば、これはもう万々歳である。

 

「うん、いいよ明日ね……ってそういうんじゃなくてぇ」

「じゃあなんて答えればいいんだよ」

「ゆずちゃんみたいに、一生のお願いーって感じのやつ」

「いや、ゆずこと一緒くたにされたもなぁ」

 

 それこそ、ゆずこのように冗談めかして何度も一生のお願いを使う輩もいるが、本来は人生で一度きりしか使えないものだ。一生に一度のお願いだからどうか聞き入れてくれ、そういった意味合いのものである。

 そこまでの願望など今の彼は持ち合わせてはいない。

 

 優太は最早どうしていいのか分からない。それも当然だ、何かないかと問われ、無いと答えてもダメ、一つ答えを出してみても違うとはねられる。彼にしてみればお手上げなのだ。

 

 しかしそれ以上に問題なのは、縁自身も優太がどんな要求をしてくれば満足できるのか分かっていないところにあった。

 

 とはいえ、彼女がこんな行動をとる理由は明確に存在していた。

 

 

 優太が大学に進学したように、縁も同じく大学生になった。ふたりの親友である野々原ゆずこと櫟井唯も同様である。

 一つ残念なことは、その二人は優太と縁とは違った進学先であること。

 しかしそれも致し方のない事で。高校の時のように、単純に学力に合わせて志望校を選択するという話にはならない。学習の内容自体が細分化されていく為、自分の学びたい事柄に合わせて志望する大学も変わってくるのだから。

 

 そうなってくると、必然ながら四人全員が集まるなんて機会は減少した。縁にとって、それは寂しくて仕方がない事であった。

 金輪際会えない、なんて訳ではない。それどころか、互いの都合さえ合えばいつでも遊びに行ける。そんな状況であるにも関わらずだ。

 

 そしてある日、縁は何故かふと想像してしまったのだ。もしも優太とも同じような関係になってしまっていたらと。

 ほんの少し思い描いただけなのに、縁の目には自然と涙があふれていた。そして、縁はひとり部屋で泣いた、ボロボロと。ただの想像であり仮定の話だ。しかも現実はその通りにははならなかった。それなのに。

 

 一頻り泣き終えた後に縁は気が付く。こんなにも自分の中で、彼が多くのウエイトを占めていたんだということに。いや、それはとうの昔に分かっていた事で、改めて認識させられたといった方が正しい。

 同時に気付く、己の恋心に。それは縁にとってはあまりに遅すぎた。

 

 自覚してしまうと、今度は欲望が頭をもたげる。もっと一緒に居たい、もっと自分の事を見てほしいと。

 それ自体は悪い事じゃない。当然の欲求であり、ポジティブな欲望だから。

 

 だが、人間それだけではいられなくて。

 次に考える。自分は彼にそういった対象として見てもらえているのだろうかと。

 

 残念なことに頭に思い浮かぶのは、まるで妹のように、もっと言えば子供のように扱われている自分の姿。

 そして焦る、このままでは良くないと。どうにか扱われ方を変えねばと。

 遅すぎる恋の自覚は多くの焦りを生んだ。

 

 

「ホントに何もない? なんでもいいよ?」

「なんでもって言われてもなぁ」

 

 今まで縁は「お願い」なんて言って優太に何かを頼むことはあれど、彼から逆に頼まれたなんて記憶はあまりに少ない。

 当然ながら優太はそんな事など気にも留めていないのだが、彼女にとっては重要なことで。

 事細かに貸し借りだなんていうつもりもないが、少しでも彼に頼られたい、対等な位置に立ちたい、そんな彼女なりの願望であり決意の表れがこれだった。

 

 

 そういった縁の心情など知る由もない優太は、虚空を見ながら考え込む。そんな彼の姿を縁はじっと見つめていた。

 

「……何でも?」

「うん。何でも」

 

 優太は顔を背けたままで縁に確認をとる。縁の方からは当然ながら表情をうかがい知ることが出来ない。だが、微かに見えるその頬にほんのり赤みが帯びているのが縁には見えてしまう。

 

(もしかして……)

 

 縁にあるひとつの可能性が過る。

 もしかしてこれはエッチなやつなんではないだろうか、と。

 

 縁は皆に天然だ天然だと言われてはいるが、彼女だってそれぐらいの知識は持ち合わせている。そして男がそういうのを求めたがるものだという、若干偏った知識も。

 

 これは良くない展開かもしれない。そう縁は思った。

 何が宜しくないかといえば、彼にそんな要求をされること自体じゃない。それを無条件で受け入れてしまいそうな自分がいることだった。

 多少の不安や恐怖はあれど、縁には彼を拒むという選択肢を持ち合わせていなかったから。

 

「……何でもいいよ。絶対ダメって言わないから」

「ホントに?」

「ホントにホント」

 

 縁は迷った。今からでも条件を付けるべきなのかと。だが、そんな逡巡など無かったかのように、彼女の口は自然と言葉を発していた。

 それはまるで覚悟を示すかのように、そして自分を後押しするように。

 

 ある意味自分の意思とは離れた発言ではあったものの、実際口にしてしまうと高鳴る心臓とは裏腹に、縁は妙にすっきりとした心持ちになっていた。

 

 

「じゃあ、その……一生のお願いがあるんだ」

「……うん」

「俺の恋人になってください」

 

 縁は優太の言葉の意味を把握するのに数秒を要した。そして頭で理解をして尚、縁は声を発することが出来ない。どんな要求をされても「うん、いいよ」そう答えるつもりでいたはずなのに。

 言葉が喉の奥で引っかかり、詰まって出てこない。その代わりに流れ出す、大粒の涙。それは言語とは正反対に留まることを知らなかった。

 

 ついに縁は諦めた。声を発することも、涙を止めることも。しかし、彼の告白に返答すことは諦めることは出来なかった。

 ありがとう、嬉しい、私も好き。そんな頭に浮かんでくる言葉の数々の代わりに、縁は優太の胸に勢いよく飛び込んだ。彼が受け止め、強く抱きしめてくれることを願いながら。 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。