ゆゆゆゆ式   作:yskk

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今回は本編とは無関係の番外編となります。
元々短編集でストーリーも何もないのですが、一応そんな感じでお願いします。


番外編:もしものお話
妥協(ゆずこ)


 人生は妥協の連続である。そうしなければ人は生きていけないのだと。

 とある学者さんがそんな事を言っていたのを、以前私は耳にしたことがある。

 

 人生が自分の思うままに進んでいったとしたら、それはどんなに楽しいことなのだろう。

 いや逆に順風満帆すぎるのも、それはそれで退屈なのだろうか。

 

 ともかく、そんな生活は私にとっては夢のまた夢のことで。いや、この世界中のほぼ全ての人間にとって、現実離れした状況なのだと思う。

 どんなに裕福な人間であろうと、どんなに能力のある人間であろうとも、全て自分の意のままになるなんていうことは、まずありえない。

 それ故、人生において常に妥協というものが付きまとう。

 

 例えばそれが、新しい洋服を買いに行ったけど思ったより高かっただとか、色合いが少し気に食わないだとか。そういった翌日には忘れていかねない些細なことだけならば、多くの人は気にも留めないのかもしれない。

 

 しかし、もろに自分の今後の人生を左右しかねない、そんな大きな選択を迫られたとなれば話は違う。安易に妥協するか、とはいかなくなる。

 私にとってもそれは例外ではなくて。

 身近な例で言えば進学先であったり、職業の選択。それから……そう、恋愛の相手。

 

 

 

 

 時刻は八時を少し回ったところ。

 ベッドに横たわり、漫画を手に私はくつろいでいた。

 少し視線を上げるとそこには男性の背中。彼はひとり、テレビゲームに興じている。

 

 自分の家で食事を終えた後、何となく手持ち無沙汰になった私は幼馴染である宇佐美優太の家に上がりこんでいた。

 

 特に珍しいことでもない。何年も前から度々行われてきた行為。最初のうちは文句を言っていた彼も、最近ではそれもあまり口にしない。

 

 そう、もうずっと変わらない光景。

 以前と異なる事といえば、私たちの手にしている飲み物がジュースからアルコール入りのそれになったことぐらい。

 幸か不幸かここに大きな変化という物は生まれてこなかった。

 無論、私たちの間の関係も含めて。

 

 

「はぁ~」

 

 部屋の中に大きなため息が木霊する。

 それが私の幼馴染によるものであることは一瞬で分かった。

 

 当たり前だ、今この部屋には私と優くんのふたりしか居ない。私のでなければ必然、彼が発したものに間違いはない。

 

 それを聞いた私は手元の漫画から目を離し、チラリと優くんの様子を盗み見る。しかし、彼は未だにテレビ画面と向かいあったままであった。

 背中越し故、その表情を窺い知ることは出来ない。だが、ため息一つとはいえその声色からはあまり深刻さは感じられなかった。

 どちらかというと、大人に構って貰おうとしている子供のような、そんな印象を受けた。

 

「……」

 

 相手をすべきか、それとも放っておくか。

 暫しの間考えていると、不意に彼がこちらに振り向いた。どこか拗ねたような表情で。

 

「……人が落ち込んでんだから声ぐらい掛けろよ」

「いや、だって、ねえ?」

 

 下手に付き合いが長い分、相手が本当に落ち込んでいるか、傷ついているかどうかってのが何となく分かってしまうから。

 少なくとも、今の優くんに過度な気遣いが不要であることは確かで。

 そもそも本当に凹んでいる人間は、自分から落ち込んでいますなんて言いやしないだろうに。

 

「うわ、ひでぇ。幼馴染なんて冷たいもんですな」

 

 私がそんな事を説明すると、彼は軽く毒づいてから、およよとわざとらしく泣き崩れるまねをする。

 

 彼の姿を苦笑いを浮かべながら眺めつつ、決して口には出来ない言葉を心の中で零す。

 お互い様だよね、と。

 

 

 ……だって、そうでしょう?

 

 良い感じになった女の子とデートして来ました。でも上手く行きませんでした。だから慰めてくださいって。

 それを聞いて、私に慰めろというのが無理な相談。

 自分の惚れた男からそんな話を聞くだけでもいい気分はしないっていうのに、あまつさえ応援しろだとか、なんて酷な話だろうか。

 

 

 環境の変化なのか、年齢のせいなのか。それは分からないが、大学生になってからだ、急にこの手の話が出だしたのは。

 しかし、話を聞く限り上手く行ったためしはないみたいで。

 

 その辺が不思議といっちゃ不思議な所。

 贔屓目抜きにしても容姿は悪くないと思うし、性格だってそう。

 まあ、私にとっては好都合だからその辺はどうでもいいことだけど。

 

「……大体さぁ、理想が高すぎなんじゃないの優くんは?」

「ん~、別にそんなつもりはないけどなぁ」

「いやいや、絶対そうだって。ちょっとは妥協した方がいいんじゃない?」

 

 例えば身近な所で手を打つとかさぁ。

 なんてことやっぱり言えなかった。

 

「……」

 

 あら、意外とマジに取ってしまったのだろうか。

 私の言葉を聞いてから、優くんは暫し黙り込んでしまった。

 

「……ゴメン」

「ふぇ!? な、なにが?」

 

 しかし、突然私の目を見てそう言うと、優くんは頭を下げた。

 その言葉に私の心臓は激しく騒ぎ出す。

 

 彼が謝る理由が、頭を下げる理由が分からなかったから。

 そして、自然といらぬ方向へと想像を発展させてしまったから。

 もしかしてさっき私が頭の中だけで留めておいたはずの言葉を、口に出してしまっていたのだろうか、とか。

 

「いや、この際ゆずこでも良いかなぁ、なんて一瞬考えちまったから」

 

 結果的にそんな私の考えはただの杞憂で。でも当たらずとも遠からずといった処で。

 私の心臓は静まるどころか更に高まっていった。

 

 それを何とか誤魔化そうと、無理矢理言葉をひねり出した。

 

「……勝手にお断りされるのも、それはそれで頭にくるんですけどぉ」

「あ、いやいや、違う違う! 上から目線だったなって反省しただけで、ほら俺なんかと違ってゆずこはモテるわけじゃん、可愛いしほら、その何だ……」

 

 彼から見たら、本気で怒っているようにでも見えたのだろうか。優くんはわたわたと慌てながら、必死で取り繕う。

 そんな様子が何だか間抜けで可笑しくて、そして何故だか妙に愛おしくて、つい黙って眺めてしまう。

 

 

「……私はさぁ」

「え?」

 

 私にとっては非常に見ごたえのある見世物が終わり、彼が落ち着きを取り戻してきたところを見計らい、再び口を開いた。

 

「私はいいと思ってるよ」

「何が?」

「優くんが私で妥協したとしても」

 

 瞬間、優くんは目を大きく、今まで見たことがないくらいにとても大きく見開いた。

 それは驚き。彼の心の底からの感情だった。

 

 優くんの頭の中ではどんなことを考えているのだろうか。

 どうやって断るかを考えているのだろうか。それとも、まかり間違って受け入れてくれるなんてことがあるのだろうか。

 

 いくら想像してみたところで、そこは私には及びも付かない領域で。

 

「あー、その、なんだ……」

 

 視線は泳ぎ、見るからに落ち着かない様子の優くん。

 そんな彼を前に、私はついには堪えきれなくなって決壊する。

 

「……ぷっ。あはははははっ」

「えっ!?」

 

 急に吹き出し大笑いする私を見て、ぽかーんと口を開けて固まってしまう。

 驚きの表情。しかし、先程と違うのはその中に何処か安堵のようなものが見て取れた点。

 それが少し腹立たしくて、そして寂しかった。

 

「……変な冗談はよせよ。ったく」

「あははは。ごめんって、そんな怒んないでよぉ」

 

 膨れっ面になってしまった優くんに、テキトーな謝罪の言葉を投げる。

 

 ……別にからかった訳じゃないよ。

 それと同時に心の中で釈明する。彼には届かないと分かっていながら。

 

 だって、残念ながら冗談なんかじゃないから。

 本気も本気、大マジ。

 

 もし彼が別の女の子と付き合うことになったとしても、最終的に私のところに戻ってきてくれるのならばそれでいいとさえ思っている。

 仮にそんな展開になったとしたら、私は喜んで彼の『妥協』を受け入れる。

 それぐらいにはマジだから。

 

 

「ほらほら、機嫌直してって。私の酎ハイあげるから」

「いらねえよ、ってほぼ空じゃねーか」

 

 部屋の雰囲気は、一転して普段のそれに戻っていた。

 

 度々こんなふざけ半分みたいなことをしているから、向こうから冗談と取られてしまうのだろう。

 そんなことは自分が一番分かっている。

 

 でもダメなんだ。

 どこかで吐き出してやらないと、私自身の心が耐えられそうもないから。

 かといって面と向かって告白する勇気なんて、それこそ持ち合わせていない。幼馴染の関係すら失うかもなんて考えたら、それはもう空恐ろしい事で。

 当然、諦めるという選択肢は端から持ち合わせていない。

 

 だから行き詰った挙句、時々こんな態度を取ってしまう。

 

 言うなればそう、これが私にとってのギリギリの妥協点なんだ。




あけましておめでとうございます。
本編が上手く書けない時は番外に逃げろってばっちゃが言ってたので番外編です。

相も変らず亀更新ですが、この小説のことは忘れてもゆゆ式OVAの予約は忘れないでください。

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