今、俺の足は痺れを強く訴えていた。何故か。簡単な話だ、正座をしているからである。
させられている、といった方がより正確だろう。これといった悪事を働いた記憶もないというのに、罰だといって強要されている。ましてや自分の部屋で。
そんな俺を見下ろしている少女が三人。
不機嫌そうな少女と、頑張って怒った表情を作ろうとしている少女、そして眉を八の字にして憐れむように俺を見る少女。
彼女らは皆立っていて、俺一人正座をさせられている。必然的に俺は彼女らを見上げる形になっている。
まじまじとこの角度で見るのは初めてかもしれない。意外と新鮮だ。こんな状況にもかかわらずボケっとそんなことを考えていた。
「何で正座させられてる分かった?」
「……いや、さっぱり」
その中の一人である野々原ゆずこが俺に問う。だが、俺は答えた通り身に覚えがない。
「はぁ……この浮気者!」
「うわきものー」
「……」
ゆずこはため息をつき、タメを作ってから俺を罵った。それに呼応するように、縁も後に続く。やはりそれは謂れの無い容疑であった。
「優くんは私とデートしたよね!?」
「いや、それは……はい」
デートであったという認識はこれっぽっちもないが、ゆずことふたりだけで出かけたことは事実であった。
二週間前の土曜日、ゆずこが突然俺の部屋に乗り込んできて言ったのだ。「これからデートしよう」と。
彼女の奇行は今に始まったものでもない。故にデートだなんて言葉を真に受けはしなかった。こちらとしては、彼女に誘われるがまま出かけた、ただそれだけだ。
それも横浜まで行って中華街で食べ歩きして帰って来るという、色気も何もあったもんじゃないような外出で。
「私ともデートしたよね?」
「……はい」
今度は縁がずいっと一歩前に身を乗り出して言う。
話は進んで一週間後、つまりは先週の土曜日だ。これまた日向縁が急に訪れて、同じセリフを口にした。
彼女の発言に既視感を覚え、おやっと思いはしたもののそれ以上深く詮索することはしなかった。今にして思えば、恐らくそれがいけなかったのだろう。
ともかく、その日も縁に誘われるがまま都内の水族館へと足を運んだ。こちらの方はまあ、デートと言えなくもなかったのかもしれない。ふたりの関係性を度外視するのであれば。
「……」
流れからいって当然、次は彼女の番なわけだ。しかし、櫟井唯は何も言わずに黙っている。そんな彼女に横のふたりから視線が突き刺さる。
ゆずこと縁の無言の催促に、ついには彼女も諦めて口を開いた。
「あ、アタシともしただろ。その、で、デート」
「うん」
……唯も大変だな。
照れながら振り絞るように言葉を発する彼女を見て、他人事のように思う。正座をさせられている自分の状況を忘れて。
さらに時が進んで昨日。唯とはふたりで映画を見に行った。その後に喫茶店で感想を語り合い帰宅したわけだが、これもまた、デートコースとしては定番と言えるのかもしれない。
流石に唯に誘われた時には確信を持った。三人でまた何かやっているんだろうなと。
他のふたりと違い前日に約束を取り付けてきた事、デートっぽくなるように恋愛ものの映画を選んだこと。その辺を律儀に遂行するあたりが実に唯らしいなと思った。
恐らく彼女もまた振り回された一人であろうはずなのに。
「そろそろ説明していただけると有難いんですが」
「えぇ~。もう、しょうがないなぁ」
いい加減で足の痺れも限界であった。その解放と合わせて俺はタネ明かしを要求する。すると、それに答えるように渋々ゆずこは事の真相を語り始めた。
「隣のクラスの子で彼氏がいる子がいてさ」
「うん」
「なんか最近浮気されてたとかいう話になって」
「うわぁ……」
こちとら今の今まで彼女の一人も出来たことがない身だ。
なのに同い年で恋人がいて、あまつさえ同時に別の女の子にまで手を出してるとか、到底許しがたい事実であった。
「や、それは結局勘違いだったみたいなんだけどね」
「おい」
「でも別の子が言ったの。少なからず男は浮気するもんだって」
「……それで試してみたと?」
ゆずこは深々と頷いた。そして肩をすくめながら言う。まるでアメリカのドラマで見かけそうな、わざとらしいアクションを交えながら。
「はぁ。がっかりだよ優くん。うちの子は違うって信じてたのに」
「お前は俺の何なんだよ」
そもそも別に浮気でも何でもないだろ。大体付き合ってるわけでもないのに。そんなことを口にしかけたが、既の所で押しとどめた。
真面目に相手をするのもどうなんだと思いつつも、ふと考えてしまう。
「というかさ、どっからが浮気なん?」
「……」
目の前にいる少女たちの動きがピタリと止まる。
「仮に俺に彼女が出来たとするじゃん」
「……」
「……で?」
何故か三人が三人、揃って眉をひそめる。唯にいたっては若干怒っているように俺に話の先を促した。
そんなにあり得ない話だっただろうか。仮定の話でくらい俺に彼女が存在しても良いのではなかろうか。
「分かったよ、分かりました。……じゃあ、逆に君らに恋人が出来たとする。気になってる相手でも好きな芸能人でも誰でもいいから、自分の彼氏になったとしてだ」
各々相手を想像しているのだろうか、彼女らはしばし考えるように間を置いてから素直に頷いた。
やはり皆、好きな男でもいるのだろうか。お互い年頃だ、別におかしな話じゃない。とはいえ何故かちょっぴり寂しさを感じる。自分で言いだしたことだというのに。
「その彼氏が他の女の子とキスするってのはアウト? セーフ?」
「「「アウト」」」
三人とも即答であった。
まあ、当然というか予想通りの反応である。もちろん俺だって受け入れがたい。自分の彼女が別の男とキスをするなんていうのは。
「じゃあ、他の女の子とふたりで出かけるっていうのは?」
「アウト」
「……セーフ?」
「……相手と場所による」
あえて誰がどの解答かだなんてことには言及しないが、一転して答えはバラバラであった。
つまりはそういう事なんだろうと思う。
「な! 結局、浮気のラインなんて人それぞれなわけですよ」
どうだと言わんばかりに胸を張る。やましい点など何もないというのに、何故か言い訳がましい主張を展開している自分がいた。
「……多分こうやって女の子を泣かせるんですよ、この人」
「あー」
「え!? いやいや、ちょっと調子に乗っただけだって。ホントに誠実な人間ですよ?」
軽べつの眼差しと共に失敬な事を言い出すゆずこ。それを肯定するように、唯と縁も首を縦に振った。
そしてまたしても妙な弁明させられる俺に、幼馴染たちはジトッとした疑いの視線を向ける。
「ふーん……じゃあ、誠実な人間だった答えられるよね?」
「へ?」
ゆずこはそう言ってから縁と顔を見合わせる。そしてふたりとも、ニヤリと微笑んだ。その仕草と何かを企んだような表情に、俺の中で危険を知らせる警報が鳴り響く。
「どのデートが一番だった?」
「……」
ゆずこの問いに頭が停止する。
いや、質問の意味自体は理解できるのだ。回答を捻り出すことも出来ないわけじゃない。ただ、それをすることによって生じる不利益を考えると、安易に答えることが出来なかった。
「いや、それは……」
「誠実な人間だったら答えてくれるよねぇ」
「ねー」
ゆずこと縁は相も変わらず、いたずらな含み笑いで俺に答えを迫る。
「ゆぃ……」
「……」
助けを求めようと唯の方へと視線を向けるが、ふいっと目をそらされてしまう。
どうやらこの場に味方は居なくなったらしい。
「ねぇねぇー、優くーん」
「優ちゃん、教えてー」
そうこうしている間にもゆずこと縁がにじり寄る。唯はチラチラとこちらを盗み見るだけで。
なんとかこの窮地を脱しようと頭をフル回転させるが、何の手立ても得られない。
頭に浮かんでくるのは、今後彼女が出来ても浮気だけはすまいという教訓だけであった。