ゆゆゆゆ式   作:yskk

13 / 17
My favorite picture of you

 その日、日向縁はすこぶるご機嫌であった。

 自然と笑みはこぼれるし、通学中の足取りも軽やかだ。

 

 しかし元々この少女、いつも笑っている、なんかふわふわしてる、そんな評され方をしている子であった。

 それ故に、彼女の上機嫌っぷりを他者は察することが出来ない。

 校門で挨拶を交わした友人も、廊下ですれ違ったクラスメイトも、普段通りの日向縁にしか見えていはいない。

 

 明確に違う点といえば、普段よりもちょっぴり早足なのと、登校自体もいつもより大分早い時間帯であることぐらい。しかし、それも意識しなければ分からない程度のものであった。

 

 

 

 縁は少し息を乱しながら自分の教室までたどり着く。そしてそのドアを開け、真っ先に自分の席へと視線を向けた。

 

(やったぁ!)

 

 視線の先には縁を待っている空の座席。そして隣には男の子が一人座っている。彼の後姿を見て、縁は心の中でガッツポーズをする。

 自分より先にお目当ての彼が居てくれて、尚且つ他の友人は登校していない。これは彼女にとっては絶好のシチュエーションであった。

 

(ってゴメン。唯ちゃん、ゆずちゃん)

 

 だが直後、大の親友である櫟井唯と野々原ゆずこに、これまた心の中で詫びる。

 普段ならば絶対にありえないことなのだが、今日ばかりは図らずも親友の二人がこの場に居ないことを喜んでしまった。そんな自分に気が付いて、申し訳なさを感じてしまったからだ。

 

 とはいえ、縁にとって望んでいた状況であることは否定のしようもない事実であった。

 

「優ちゃん、おはようっ」

 

 隣の席に座っていた男の子に朝の挨拶をしつつ、縁も自分の席に腰を下ろす。

 

「ん? ああ、おはよう縁……ってなんかご機嫌だな今日は」

 

 この宇佐美優太という男、違いの分かる人間であった。ここまで誰一人として分からなかった縁の心の機微を、ほんの一瞬挨拶を交わしただけで見抜いてしまうのだから。

 

 それが縁の心の奥底をくすぐる。

 単に嬉しいというのとは少し違う。自分では決して手の届かない、そんな所を優しくなでられているような感覚。

 

「えへへぇ……じゃーん!」

 

 縁は自分のスカートのポケットに手を突っ込むと、何やら角ばったものを取り出して優太に対して見せつける。

 さながら水戸黄門でお付きの人が、印籠を悪党に突き付けるかのようにして。

 

「ん? おおっ、出たばっかのやつじゃん」

「買って貰っちゃったー」

 

 それは発売直後のスマートフォンであった。

 優太も一般的な男子高校生である。最新の機械にはやはり興味は引かれるし、気になって情報を集めたりなんかもする。さすれば実際にそれを目の前した時、必然的に羨望の眼差しを向けざるを得ない。

 

「お兄ちゃんが買い替えるから、そのついでにって」

「いいなぁ。そりゃ機嫌も良くなるわ」

 

 優太の言う通り、縁のテンションを持ち上げている理由はそこにあった。

 

 といっても、元の携帯が古くて動作が悪く、それが解消されたからみたいな理由ではない。彼女が所謂ガジェット好きなんていう事実もない。無論、最先端の機種を見せびらかせるからなんていうのも違う。

 真実は全く別の所にあった。

 

「だからね、お願い?」

「……」

 

 首を傾けて要求を告げるその姿は、世の男性ならば迷わずハイと答えてしまいそうなほど可愛らしいものだった。

 にもかかわらず優太は苦笑いを浮かべる。縁の『おねがい』の一言で、とあることを思い出してしまったから。

 

「やっぱ今回も撮るの?」

 

 優太の問いに縁は黙って頷いた。

 

 写真を撮らせてほしい。早い話、それが縁の要求である。

 だが問題は、優太が写真を撮られるのが好きではないという事にあった。正確にいえば撮られること自体よりも、その為に身構える事が昔から好きではなかった。

 

 いざこれから写真を撮られるという時に、ほとんどの人間が何らかのポーズを取る。ピースをするなり、笑顔や変顔などの表情作ったりと。

 彼にしてみれば、これがどうにもこっぱずかしくて仕方がない。

 だから意識をして写真を撮られるという行為を、優太はなるべく回避してきた。

 

 

 そのことを当然ながら縁だって承知している。それを知るぐらい長い時間一緒に居たのだから。

 

 だが縁はある時、彼に頼み込んだ。自分の携帯に登録してある優太のアドレスに顔写真を設定したいと。その方が分かりやすいだとか、唯やゆずこの分はもう登録してあるからそれと合わせるべきだとか、いろいろと理由をつけて。

 その末に、どうにかこうにか手に入れたのだ。初めて彼がカメラ目線で映る写真を。

 

 そしてそれは縁を非常に満たしてくれた。まるで証明写真のような一枚だというのに。

 

「いい加減、栄太さんにデータの移行してもらえよ」

「……お兄ちゃんめんどくさがって、やってくれないんだもん」

 

 縁は嘘をついた。

 優太が言うように、スマートフォン内のデータを新しい機種に移行すれば、このやり取りは一切不要なものになる。恐らく頼めば兄である栄太も二つ返事でやってくれるだろう。ましてや、今日日オンライン上でデータを管理できる時代だ、大した手間じゃない。

 

 それでも縁は頑なにそれをしない。数少ないチャンスであるから。

 

 写真を撮るという事自体には、優太もある程度寛容なのだ。実際、遊びに出かけた折に撮影したものなどは幾つも縁は持っている。例えば風景なんかと一緒にさり気なく彼を写すのだ。当然バレることもあるが、極端に怒られたことは一度もない。

 だがカメラ目線のものとなるとその数は激減する。それが縁には不満であった。そこに彼は写ってはいても、自分を見てくれていないような気がして彼女にとっては物足りないのだ。

 

 だからこの機会は彼女にとっては逃すことのできないものであった。

 

 中学校入学直後に、初めてこの手を使ってから、二年後に機種変更をした時にもう一度、そして今日これが三度目だ。

 このようにチャンスは決して多くない。

 ましてや縁は物持ちもいい方だし、こんな事の為だけに携帯を買い替えたいなんて言えるはずもない。今回だってただただ兄に便乗したにすぎない。

 

 

「ほらぁ。壁際でこっち向いて」

「……はあ、しゃーないなぁ、もう」

 

 渋々ながらも優太は縁から距離をとってカメラへと視線を向ける。特段ポーズを取るでもなく、若干不貞腐れぎみでレンズを見つめていた。

 

「ふふっ」

 

 縁は思わず笑う。三回目だというのに、毎回同じ顔をしているから。成長して顔つきは変わってきたというのに、表情だけは自分の携帯に保存されていたそれと全く同じであった。

 それは幾度も眺めてきたが故に、簡単に頭の中に思い描くことが出来る。そして今の彼の表情とピタリ一致した。

 

「笑ってないでさっさと終わらせてくれー」

「ゴメンゴメン……って、あれ?」

「……」

「優ちゃーん」

 

 縁は眉をハの字にしながら優太を呼ぶ。助けてくれ。そう言葉にせずともそれだけで優太には十分であった。

 

「どうしたんだよ?」

 

 優太は縁に近づいて、スマートフォンの画面を後ろからのぞき込む。するとそこには縁と優太の顔のアップが映し出されていた。

 

「ん? ああ、インカメラになってんのか」

「どうやって直すの?」

「いや、俺に言われてもな。自分のじゃないから操作が分からんし」

 

 そう言いつつも優太はどうにかしようと、画面に手を伸ばす。その指が触れた瞬間だった。

 

 カシャリ

 

 機械的な音がふたりの耳に届く。優太の手がシャッターボタンを不意に押してしまい、ふたりの顔が切り取られる。しかしそれも一瞬で消えた。

 

「おっと、ゴメン。ああ、ここじゃないか?」

 

 そんなことなど気には留めず、優太は一つのアイコンを見つけるとそこを指で押した。するとふたりを映し出していた画面が切り替わり、今度は縁の目の前にある机が液晶に浮かぶ。

 

「あ、直った」

「おしおし。それじゃあさっさと済ましてくれ」

 

 そう言って優太は再び定位置に戻る。そんな彼の方に縁は改めてスマートフォンを向けた。

 

「……あっ」

 

 例のごとく、ただ立っているだけの優太が映し出されている画面。その右下に一つのサムネイルを縁は見つける。縁がそこに触れると、写真が画面いっぱいに展開された。

 

「ぷっ」

 

 間の抜けた表情の男女二人がどアップでそこに映し出され、縁は思わず吹き出しかける。

 

 それは先ほど優太が不意にシャッターに触れてしまった時にたまたま撮れた写真。

 偶然の産物であるが故に、写りは決して良くはない。優太はもちろん縁だってお世辞にも綺麗に写ってはいない。ピントだって若干ずれている。

 

 それでも、今まで縁が手にしてきた幾つもの優太を撮った写真の中で、これが一番彼女の心を引き付けた。

 それが歴代の縁の携帯電話の中には存在していなかった類のものであったから。自分と彼の二人だけがこちらを向いて写っている。写りは悪かろうが、彼女にとっては完璧な構図だ。

 そして何より、未だに知らなかった彼の一面を見つけたような気がしたから。こんなにも長い付き合いであるはずなのに。

 

「おーい。だから笑ってないではよ撮ってくれ」

「ごめーん」

 

 謝罪の言葉を口にしながらも縁の頬は緩んだままで。

 画面をカメラに戻しながらも、この一枚だけは大切に保存しよう、縁はそう心に決めたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。