穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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お久しぶりです。お待たせして申し訳ありませんでした。
どうにか平成の内に間に合わすことができました。
活動報告にもあるようにフォント変換や文字サイズ変更も試してみようかと思いましたが中々上手くいかず、結局今回は使っていません。
私の既存の作品に組み込むにも中々しっくりこないので、現在はフォント機能の使い方の試行錯誤はテスト用に投稿した別作品で試しているところです。
しかし、中々いい使い道が思い浮かばず……無理に使うと文章全体に悪影響を及ぼしかねないことは分かっているのですが、せっかくなので使ってみたいというジレンマ。
もしもテスト的に投稿している新作でうまく使えるようになったら、本作等でも積極的に使ってみようと考えています。


大英雄とケイネス

 遠坂邸でアーチャーとランサーが交戦する一時間前。

 エーデルフェルトがかつて所有していた屋敷の一室で、出陣前のランサーは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。

 ランサーの前のベッドにはいたるところに包帯がまかれ、不機嫌そうな表情を浮かべるケイネスがいた。

「悪いな。こんなことになってしまって」

 ベッドに横たわるケイネスに対し、大英雄は謝るほかなかった。

「ランサー、貴様が謝る理由はない。これは私の失点だ」

「いや、その顔は理解はできてるが納得はできてないって顔だぜ。実際にマスターに無断で約束を取り付けた俺が悪いんだ。マスターからすりゃあ不愉快に思われても仕方がない」

「……必要なことだ。このまま敗北するよりは合理的だからな」

 ランサーはしかめっ面を浮かべるケイネスの態度に苦笑する。

「中々悪くないマスターだぜ、あんたは。俺を呼んだ時点で勝利は決まっていたが、それでもな」

 ランサーは、ケイネスをマスターとして認めていた。武勲のために命をかけた戦いに臨むという心意気は好ましいものであったし、ランサーだけを戦わせるのではなく敵のマスターと闘うために最前線に出ていく姿勢も気に入っていた。

 元々、ランサーは義理堅く裏切り等は好まない英雄らしい人物であったが、気に入らない相手であれば例えそれが王であろうと従わない気質の持ち主でもある。生前に関わった権力者も折り合いの悪いものが少なくなかった。

 ケイネスも貴族気質が抜けないところがあったが、予めアキレウスという英雄については調べていたのだろう。サーヴァントとの関係を考えて彼なりに弁えた行動を取っていた。また、婚約者が近くにいるわけでもないため、必要以上に見栄を張るような理由もなかった。

 ランサーもケイネスのことをそれなりに気に入っていたこともあって、ケイネスの指示に従うのは吝かでもなかった。

「フン。私が勝つのは当たり前だ。しかし、私の能力を武勲という明確な形で示すために私はここに来たのだ。そして、あの魔術師としての誇りを捨てた外道……やつへの誅罰を与えずに勝ったとしてどうするというのだ」

 ケイネスがこのような姿になった原因は倉庫街で行われたサーヴァントの戦いにある。

 倉庫街での戦い――第四次聖杯戦争における第二戦においてもランサーはケイネスの策に従い無差別に挑発を行うことで敵サーヴァントを釣り上げた。ランサーは釣られた敵サーヴァントを屠り、ケイネスはそのマスターを相手取る。ランサーは強敵と戦えることを期待していたし、ケイネスの敢闘を願っていた。

 実際にケイネスの策は見事にはまり、ランサーは釣りだされたセイバーと交戦し、ケイネスはそのマスターと戦った。

 しかし、ケイネスは敵マスターとの戦闘に敗れ深手を負う。

 そしてパスを通してケイネスの危機をランサーも察知する。どのようにしてケイネスが敗北したのかはランサーも分からなかったが、想定外のことが起きるのが戦場であると理解している。だからこそ有利に進めていたはずのセイバーとの闘いを即座に切り上げ、撤退するという選択をした。セイバーとの決着に後ろ髪をひかれる思いがなかったわけではないが、ケイネスを死なせたくないという思いはそれに遥かに勝った。

 ランサーはその俊足を活かして右腕を失い失血死寸前だったケイネスを回収し、倉庫街から撤退。拠点としているこの屋敷に帰還した。 

 しかし、ランサーは元々が不死身の戦士だ。怪我をした経験もほとんどない。手負いの兵への応急処置をしたことはあるが、それも血を止めるぐらいのことしか知らないし、魔術で治療する術も知らない。

 ケイネスを連れて脱出できたからといっても、それはケイネスがあの場でとどめを刺されることを回避しただけであった。

 聖杯戦争の関係者を市井の病院に連れていけるわけもなく、ランサーは血を止めるなど簡単な処置をして後はケイネスの生命力に委ねるほかなかった。

 幸いにもケイネスは九代続いた由緒正しい魔術師の名門アーチボルト家の当主であり、歴史を重ねた優秀な魔術刻印の継承者であった。彼の両肩に刻まれた魔術刻印は意識を失った主の生命を守るために治癒魔術を自動的に行使しており、常人ならば一時間も持たずに死亡するほどの重傷を負ってなお彼をおよそ一日もの間活かし続けていた。

 とはいえ、ケイネスはただ生かされているだけであり、意識不明の重体である。魔術刻印があるためすぐに死ぬことはないだろうが、このまま放置していれば確実にやがて死に至るだろう。早急に手立てを講じる必要があった。

 戦闘の継続どころか、いつケイネスの意識が戻るかも分からない。ひょっとすると、聖杯戦争が終結するまでに意識が戻らない可能性すらある。

 現在、ケイネスの身体が生命の維持に全力を傾けているからかランサーに供給される魔力も必要最小限度となっていた。この状態で敵サーヴァントの襲撃を受けた場合、苦戦を強いられることをランサーは理解していた。

 元々、ランサーはサーヴァントとしてのスペックで言えばおそらく最上位に入ることが確実な大英雄である。当然、その宝具となると消費する魔力も膨大なものとなる。特に、ランサーは異例とも言える四つの宝具を有するサーヴァントであり、宝具の開帳込みの戦闘を考慮すると燃費は最悪の部類に入る。

 ケイネスほどの優れた魔術師であっても宝具の真名開放はそう易々と使えるものではないのだ。

 ランサーは宝具を使わなくとも有象無象のサーヴァントに負けない自信があったが、もしもあの倉庫街で戦ったアーチャーと決着をつけることになれば、現状の自分では厳しいことは理解していた。

 如何に魔力を節約しながらケイネスを守りつつ戦うか。ランサーは慣れない戦い方に戸惑いながらも主の意識が戻ることを待ち続けるこをと余儀なくされた。

 そんな時である。ランサーの守る屋敷に突如竜牙兵が現れたのは。

 しかし、敵襲を警戒し実体化したランサーの目の前で竜牙兵は自壊した。ランサーはその竜牙兵に見覚えがあったし、その竜牙兵は武装の代わりに手紙を携えていたことから即座に理解した。この聖杯戦争に妻が参戦していると。

 竜牙兵の携えていた手紙はランサーの予想通りかつての妻、メディアからのものであった。

 その手紙にはランサーに対する取引の申し出が書かれていた。

 ケイネスを治療することを条件としたアーチャーの討伐。それがメディアから持ち掛けられた取引の内容である。

 メディアの力量があればケイネスを五体満足に治療することが可能であったし、ランサーもかつての妻との取引であれば信じてもよいと思っていた。彼自身、聖杯そのものにかける願いは特にないため、メディアと己が最後に残るのであれば彼女に願いを叶える権利を譲ることも吝かではない。

 ケイネスも聖杯にかける願いは持ち合わせていないため、もしもメディアのマスターに叶えたい願いがあったとしても揉めることはないだろう。

 マスターであるケイネスの意識がない中で同盟を勝手に結ぶことに抵抗がなかったわけではないが、現状維持よりはマシだと判断したランサーはケイネスの承認を事後に回して独断でメディアからの申し出を了承した。

 その後ケイネスの下をメディアが訪ね、ランサーの意思を確認した後にケイネスの治療を行った。

 神代の魔術師といえど、治癒に特化した宝具を持たないメディアでは大火傷と裂傷、出血多量で昏睡状態にあったケイネスを即座に全快にすることはできなかったが、ケイネスの容態はひとまず命の危機を脱し、動けないまでも意識は戻った。

 意識をとりもどしたケイネスはランサーから事情を聴きだしてランサーの判断を追認したが、治療してもらったとはいえもはやこの聖杯戦争の開催期間中に再度戦場に立てるほどに回復する見込みがないことも知る。

 ランサーの判断そのものに異議を唱えるつもりはないが、元々武勲を欲して聖杯戦争に参戦したケイネスにとって己が戦場に立つことができないということは聖杯戦争に参戦する理由そのものの喪失に等しい。

 これまでに他のマスターの首の一つや二つあげていれば話は別だっただろう。しかし、ケイネスがこれまでにあげた首どころか聖杯戦争における成果はゼロ。戦場に立ったのは一度だけで、その一度ではよりにもよって神秘の欠片もない現代兵器によって瀕死の重傷を負わされるという屈辱。

 その屈辱を己の手で晴らそうにも少なくとも聖杯戦争中はその機会がないという事実は、これまで順風満帆で傷一つない経歴を築き上げてきたエリート街道まっしぐらのケイネスをして、怒り心頭に発するものであった。

「ランサー」

「何だ、マスター」

「間桐のものと会うことがあればこう伝えろ。私はこの屋敷で貴様を待っているとな」

 ケイネスの知る限り、今回の聖杯戦争に参加しているマスターは五人。

 遠坂家当主遠坂時臣、間桐家当主間桐臓硯、アインツベルンのホムンクルス、ゴルゴ13、そしてケイネスから征服王の触媒を盗んだウェイバー・ベルベット。

 この内、ケイネスにとって武勲となりえる首は遠坂時臣の首と間桐臓硯の首だけである。御三家としても知られる魔導の大家と戦い、勝利すれば時計塔でケイネスの武勲を疑うものはいないだろう。

 ただ、遠坂時臣のサーヴァントはこれからランサーが討ち取る。サーヴァントを失い敗北した魔術師に態々戦いを申し込み、恥をかかせることは忍びない。

 ゴルゴ13も確かに時計塔で一目置かれる首ではあるが、ケイネスの欲しい武勲は魔術の競い合いを前提に置いている。聖杯戦争に参加している以上ゴルゴ13と対決することは覚悟しているが、わざわざこちらの挑発に乗るような形で交戦できると楽観的に考えることもできなかった。

 倉庫街の戦いで屈辱を味あわされたアインツベルンの首は取りたいが、既に魔術師としての本懐を捨て堕落した魔術師の首を手柄首だと考えるほどにケイネスは浅ましくはなかった。また、そもそもあの卑劣な戦いぶりを鑑みるに、正面からまともにケイネスと戦うとはとても考えられない。

 ウェイバー・ベルベットもまた、ケイネスにとってはアインツベルンの首と同じく罪人の首扱いである。そもそも、わざわざ聖杯戦争に参加して遥か格下の三流以下の魔術師の首を持って帰ったところで嘲笑されるのが目に見えているためケイネスにはウェイバーの首は眼中になかった。歯向かってくるならば討つが、狙うほどの相手ではなかったのである。

 そうすると、消去法でケイネスが挑発できる相手は間桐臓硯しかいなかった。

「おそらく、間桐のサーヴァントはあのキャスターだ。今後の御三家の関係を考えた上で自分たちが直接戦うことを避けたいという思惑もあるだろうが、サーヴァントの戦闘能力のみに頼りきることなく敵を排除しようとする思考、加えてあの裏切りの魔女をサーヴァントとして選び、かつ御すことのできる力量……まず間違いない。五〇〇年の時を生き永らえる魔術師ならば可能だろう」

 なお、ケイネスはゴルゴ13のサーヴァントはアサシンだと誤解していた。ゴルゴ13自身が暗殺者であるという先入観から、ゴルゴ13はアサシンを支援してマスターを狙う戦術をとるものと考えていたのである。

「マスターがその間桐ってヤツに果たし状を送り付けたいのは分かった。もしもアイツに会えたら聞いておこう。……ただな、アイツのことを裏切りの魔女っていうのはやめてくれ。俺の妻なんでな」

「そうか。失言だったな。以後気を付けよう」

 ケイネスも婚約者のいる身だ。ケイネス自身にはキャスターを悪く思う感情がないとはいえ、妻の悪名を言われていい気がしないランサーの感情は理解できた。大英雄との関係を円滑にしておきたいケイネスは、素直に謝罪した。

 もしも、今のケイネスをウェイバーやケイネスをよく知る人々が見れば驚くことだろう。

 プライドが高く、誰に対しても上から目線で接する傲慢な男。それが大多数の知人が持つケイネスの印象である。

 しかし、ケイネスはゴルゴ13の存在を知り、大英雄と接し、下賤な科学と卑劣な戦術の前に瀕死の重態を負ったことで学んだ。

 確かに自分は賢く魔術の才能に恵まれた人物である。しかし、それだけで成功できるわけではない。

 魔術師である自分が持たず、魔術師ではない他者が持つものがある。

 自分自身の力だけで成し遂げられるものでも、誰かの力を借りればより効率よく成し遂げられる。

 そして、何よりケイネス・エルメロイ・アーチボルトであっても失敗しないということはありえない。

 それを学んだケイネスは変わった。

 過ちを認め、教訓とすること。己より魔術師として劣る人物を見下すのではなく、己に足りない部分を持つものであれば認めること。

 たったそれだけのことであるが、それを実行している今のケイネスは聖杯戦争に参加する前のケイネスとは一味違う。

「では、戦果を待っている」

「おう」

 霊体化して屋敷を後にするランサーを見送ったケイネスは、激痛に悲鳴をあげる身体に鞭打ち月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に介助させながらベッドから起き上がる。

 この屋敷からは出られずとも、屋敷を狙う敵を待ち構えることはできる。

 ケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に抱えられながら屋敷を見回り、防衛体制を再構築し始めた。

 まだ聖杯戦争は終わっていない。ケイネスの瞳には闘志が燃え盛っていた。

 

 

 

 

〈補足:ゴルゴがケイネスを利用した件について〉

 「Dabbie!!」のハリスじいさんを初め、「1万キロの狙撃」の息子の親権を奪われていた女性など、ゴルゴが無関係な民間人を脅して協力させることは珍しくありません。また、「大きな口の湖上」のボルガ2や「魔笛のシュツカ」のイレーヌ、「不可能侵入」のエレーナ・ペレスなど、敵であろうともゴルゴが脅して依頼達成に利用することもあります。

 珍しい例でいえば、「人形の家」に登場する、偶然とはいえゴルゴと数回遭遇して正体を知っていた梶本という記者がゴルゴに脅迫されて協力させられていました。基本的に敵以外で無理やり協力させられた人には後で保証金等を払っているようですが。

 そして今回、ゴルゴにとってケイネスは「標的」ではありません。「ルート95」では、「他の組織に左ききのジョーの腕を取られたくはないから始末してくれ」という依頼に対し、「命を取れ」の言葉がなかったため、標的となった暗殺者の腕を狙撃して暗殺者生命を絶つことで依頼達成としていました。

 「聖杯戦争を勝ち抜いた上で、そこに必ず現れる間桐臓硯を抹殺する」というのが今回の雁夜の依頼ですから、必ずしも「マスターであるケイネスを殺す」必然性があるわけではありません。

 依頼に関係の無い者は、ゴルゴに敵意を向けない限り殺傷は極力控えるスタイルを取っていますから、ケイネスがゴルゴに敵対しない限りは殺されることもないということは、十分に考えられるのではないでしょうか。

 ですから、命を助ける代償として敵サーヴァント討伐に協力しろと依頼の達成に関係する人物を脅したことも、ゴルゴ自身のルールに抵触しないものであると私は考えています。

 尚、条件が似通っている綺礼の場合ですが、散らばるアサシンを一度に始末することが不可能で、さらに全体の数すら知れないアサシンを放っておけばこちらの行動にも支障をきたすという事情があったからこそ始末する必要があったわけです。

 謂わば、ゴルゴにとって綺礼は「テレパス」のアンナのような厄介な人物だったのでしょう。「テレパス」でゴルゴがアンナが死んでもおかしくないような攻撃を船に加えたところからして、依頼達成のためには排除が必要な人物を抹殺することに対してはゴルゴも躊躇わないようですし。




2年近くお待たせしていながら話が何も進んでない……
本当に申し訳ありません。
次回もランサーVSアーチャーの予定なので、しばらくゴルゴ出てこないと思います。

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