穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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閑話 日米の会議

 第四次聖杯戦争第二戦、コンテナ倉庫での戦いより2週間前

 

 ――神戸港

 

 神戸港の沖合いに浮かぶ一隻の貨物船「あるえり丸」に水上警察の巡視船が横付けする。

「一体何なんですか、貴方たちは。この船の積荷は家畜の飼料用デントコーンですよ!!どうして立ち入り検査なんて……」

 いきなりの立ち入り検査に驚いている貨物船の船長に対し、水上警察の責任者は淡々と答えながら令状を懐から取り出した。

「水上警察の竹口です。これより武器密輸容疑で船内を捜査します」

「な……何を証拠にそんなことを!?」

 船長は容疑を否認するが、竹口はそれを意に介さない。

「とにかく……調べさせていただきます、おい、手分けして探すぞ!!A班は居住区を、B班はブリッジを、あとは私といっしょに船倉に降りるんだ!!」

「ふざけるな!!私は認めた覚えは無いぞ!!こ……これで何もなかったら、あんたに責任とってもらいますからね!!積荷降ろすのが遅れたら、俺がどやされるんだ!!」

 船長が何やら喚いているが、男達はそれを無視して次々と船内の探索を開始した。

 

 

「……出ませんね」

 船倉部でデントコーンの麻袋に金属探知機を当てて一つ一つ検査していた若い男が思わず愚痴を零す。

「まだ、船の半分も調べ終えてないんだ。諦めるのはまだ早いさ」

「とは言っても、僕達が探しているブツはいつものような麻薬の類ではなく、アレですよ?デントコーンの中に隠したところで金属探知機に絶対反応があるはずですよ」

「まだ、デントコーンが半分残ってるんだ。可能性は残っているだろ?

 探索開始から3時間ほどが過ぎたころ、竹口と共に船倉部を捜索していた男達にも疲労の色が見え始める。

 排水量1万5千トンを超える貨物船の船倉部は広く、立ち入り検査のプロたちでも中々お目当ての証拠を見つけることができないでいた。金属探知機を持った男は、となりで同じようにデントコーンの麻袋に金属探知機を当てている竹口の方を向いて不満げに口を開く。

「私達にも情報源については知らされてませんが、ひょっとしてガセネタだったのでは?」

「まだそう決め付けるのは早いさ。麻薬みたく、感知犬でもいればもう見つかっているころだろうが、俺たちが探してるブツは臭いとかで分かる代物ではないから、根気強く隠してありそうな場所を探すしかない。もう少し頑張ってくれ」

 竹口は背広を近くの椅子に投げ捨て、額から流れる汗をハンカチで拭う。船倉内はそれほど暑いわけではないのだが、デントコーンの入った麻袋を何十個もどかしているとどうしても身体が熱くなって汗をかいてしまう。

「……とは言うものの、まさかデントコーンの麻袋を一つ一つ開けるわけにもいかんからな」

 汗ばんだ皮膚にシャツが張り付く不快感を気にも留めずに男達はただ黙々と船倉内を調べ続けた。

 

 

 捜索開始から6時間が経過したころ、とりあえず一通り船内を捜索し尽くした男達は、竹口の下に集合していた。一同は疲れ果てたらしく、立っていることができずに床に座り込んでいる。

「A班、それらしきものは見つけられませんでした」

「B班も、発見できませんでした」

「我々も、船倉部からは何も発見できなかった……成果は0、か」

 竹口も疲れ果てたのか、船倉の壁に背をもたれながら大きく深い溜息をついた。

「上の連中も、それなりの確信があったからこそ立ち入り調査を要請したんだと思っていたんだが……やはりガセネタだったのか?」

「だとしたら、骨折り損のくたびれ儲けですよ6時間も粘ったのに」

 若手の職員が乾いた笑いを浮かべながら持ち込んでいたペットボトルの水を呷る。

「まだ、決め付けるのは早いさ。上がこんなに手際よく立ち入り検査の準備をしていたんだ。きっと、上にはそうすべきだと考える何かがあったはずだ」

「しかし、後はどこを探せばいいんですか?麻薬とかではよくある手口は全て検証したと思います……うぉお!?」

 その時、船が少し大きく揺れた。そして、キャップを絞めていなかった若手職員のペットボトルが倒れ、中の水が零れた。

「あぁ!!……やっちゃった」

 職員はすぐにペットボトルを拾ったものの、残量の半分近くが倉庫の床に零れ、小さな水溜りをつくってしまった。

「おいおい、すぐに雑巾借りてこいよ」

「すみません、ちょっと借りてきます……」

 若手職員は先輩の職員に促されて雑巾を借りに船員達が待機する居住区に向かった。

「全く、いくら疲れたからといって気を抜きすぎだ」

 船が傾けば水溜りはさらに大きくなる。とりあえず手持ちのティッシュで拭き取れるだけ拭き取っておこう。そう考えてティッシュを手に水溜りの傍に屈んだ時、竹口は何かが滴り落ちるような音を聞いた。

「?……何だ?」

 この音は足元から聞こえてくるような気がする。気になった竹口は頭を床につけて耳を済ませた。すると、足元から鮮明に、水が滴り落ちてビニールシートのような何かにあたる音が聞こえてきた。おそらく、音源は先ほどの水溜りの真下だ。

 この水溜りの下に何かある――そう確信した竹口は、水溜りのできた床のタイルを指でなぞる。すると、指の先に何かおかしな感触を感じた。そこだけ、他のタイルと少しだけ手触りが違うのだ。

 手触りの違うタイルの縁を指でなぞると、その隅にタイルの表面が捲れているところを発見する。そして竹口は表面の捲れたところを爪に引っ掛け、それをさらに捲ってそこに隠されていたものを見つけ出した。

「おい、これを見ろ!!」

 竹口の声に反応し、水上警察の職員たちが集まってくる。

「こいつはシールだ!!ここだけ、タイルじゃない!!」

 タイルの表面に捲れていたのは、タイルに擬装されたシールだった。シールをはがすと、そこには取っ手となるくぼみがつけられたタイルがあった。シールは、この取っ手のついたタイルを隠すためのものだったのだ。

 竹口は迷わず取っ手のついたタイルを持ち上げる。すると、取っ手のついたタイルと繋がっていた複数のタイルが一度に持ち上がり、その下に隠されていた小さな空間が顕になる。先ほどの何かが滴り落ちる音は、水がこの空間に落ちていた音だったのだ。

 そして、その空間には、黒いビニール袋に包まれた妖しげな大きな箱が6つ。それぞれ家庭用冷蔵庫より大きな細長い長方形の箱だ。

「みんな、引き上げるぞ!!手伝ってくれ!!」

 10キロや20キロではない。確実に100kg、いや、200kgはある非常に重い箱を水上警察の職員達は総員で何とか引き上げる。

「この重さ……こりゃ、相当な数だろうな」

「そうですね、一体どれだけ入っているんでしょう?」

――隠し扉に、この重さ。これが今回の立ち入り検査の目的のブツに違いない

 竹口は確信していた。金属探知機も強い反応を示している以上、後は空けて確かめるだけだ。

「開けます」

 竹口はゆっくりとビニールを解き、その箱の封を開けて中身を開帳する。そして蓋が外された瞬間、水上警察官達の表情が驚愕に染まった。

「まさか……本当にあったとは……」

「ほ……本物ですか!?」

「これは……こんなの、前例が無いぞ!!一体誰が、何のために!?」

 水上警察官達は予想外の大物の出現に狼狽する。

「す……すぐに本部に連絡するんだ!!今すぐに!!」

 

 

 それは、彼らの想定外の代物だった。

 彼らは、上から『あるえり丸』が武器の密輸に関係している疑いがあるとしか聞かされておらず、てっきりヤクザなどが使うマカロフやトカレフが大量に持ち込まれたのだとばかり考えていた。しかし、彼らの見た代物はマカロフやトカレフとは次元が違う『凶器』――いや、『兵器』だった。

 その『兵器』の名は、M40 106mm無反動砲。戦車を撃破するために造られた、対戦車砲である。

 

 

 

 

 

 それから1週間後

 

 ――東京

 

 霞ヶ関にある警視庁の庁舎、その一室は今非常に重い空気に包まれていた。

「田島君、始めてくれたまえ」

 でっぷり太った禿頭の男に促されて、がっしりした体系の30半ばほどの男が前に出た。

「警視庁公安第一課の田島隆三です。今回の議題は、先月から相次いでいる大型火器の密輸事件に関してです。まず、先週、神戸で水上警察が押収したものなのですが……え~、M40 106mm無反動砲が6門、陸上自衛隊では60式106mm無反動砲として採用されているものだそうです」

 プロジェクターに神戸で押収されたM40を移しながら説明を続ける。

「今回この無反動砲が見つかったパナマ国籍の貨物船『あるえり丸』は定期的に日本とブラジルを往復しています。毎回今回のように無反動砲や武器の類を運んでいたとは考え辛いですが、これまでも船底につくった擬装スペースを密輸に利用していたことがあるのは確かでしょう。

「……これで5件目か。この2ヶ月でこれほどの大型火器の密輸の摘発が5件。信じられんよ」

 白髪交じりの中年の男が頭を振った。

「先月は横浜でブローニングM2が12門、舞鶴でGE M134ミニガンが10門、佐世保でバレットM82が24門。今月に入って再び横浜でFN ミニミが10門、そして今回のM40がだ……水際で防げたからいいものの、一体これらを密輸しようとしたヤツは何を企んでいるのか……」

「残念ですが、おそらく、水際で防ぐことに失敗したものも少なからず存在すると思われます。最悪の場合、こちらの目を潜った兵器のいくらかは既にこの国に入ってしまった可能性も……」

「こんなもの、ヤクザどもが使う玩具ではないぞ!!これは、近代的な『軍』に対して使われる『兵器』だ!!」

 白髪交じりの男は机に拳を叩きつけた。

「ベトナム戦争の時は、10歳の少女がトイレから戦車目掛けて対戦車砲を撃ったという!だが、ここは日本だ!この国で、一体誰が、何のために、誰に対してこんな代物を使うというのだね!?」

「白田部長、落ち着いてください」

 田島は白田をなだめて話を進める。

「現在のところ、この大型火器の購入者の特定は進んでいません。佐世保でバレットを受け取る予定だった男を逮捕しましたが、どうやら男は運び屋にすぎなかったようです。つまり、注文者につながる情報はまだ、何も掴んでいないのが現状です。しかし、この火器を発送した業者については既に調べがついています」

 出席者の顔にここで初めて喜色が浮かぶ。だが、彼らの顔に浮かんだ喜色は次の田島の言葉であっという間に吹き飛んだ。

「これらの武器を発送したのは何れもアレクセイ・スミルノフという武器商人です」

 会議の出席者の顔を驚きと強張りが支配する。

「戦後最大の謎の人物と言われ、世界中で暗躍しているという……あの、スミルノフかね?」

「そうです。その、スミルノフです。残念ですが、我が国の情報収集能力では、海外を拠点に闇の世界で動き回るスミルノフの活動を停めることはまず不可能でしょう。そもそも、情報を集めることができません。しかし、今回我々には協力者がいます」

 田島は会議室の唯一の出入り口に向かい、その扉を開けた。そしてそこから、一人の白人男性が入室する。

「紹介します。彼はCIAのウェルズ氏です」

「よろしく……」

 ウェルズは軽く頭を下げた。

「今回、我々が水際で密輸を阻止することができたのは、CIAが我々に事前に密輸船の情報を提供してくれたからでした。そして、CIAから今回の件について我々に報告したいこと。さらに提案があるそうです」

 田島に促されたウェルズが一歩前に出て口を開く。

「我々が世界各地で紛争を煽り、新たな武器市場を作り出すスミルノフを警戒し、密かに内偵調査を進めてきました。不況に喘ぐアメリカの軍需産業からしてみれば確かに市場を作り出すスミルノフの手腕は魅力的ではありましたが、彼の暴走の結果アメリカそのものが戦争に巻き込まれる可能性も否定できませんでした。ですから、万が一の時は速やかにスミルノフの企みを阻止するために彼の動向は常にチェックする体制を作り上げていたのです。そして彼の動向を探る中で、彼が日本に尋常ではない数の重火器が密輸しようとしていることを掴みました」

「尋常ではない量……と言いますと?」

「歩兵携行無反動砲、重機関砲に迫撃砲、アンチマテリアルライフル、手榴弾、グレネードマシンガン、そして無反動砲などが、それぞれ10門近く、さらに対人地雷、対戦車地雷に弾薬多数が密輸される計画が立てられていました。そして、それだけの重火器を発注した客は全て同じ人物だという報告も入っています」

 ウェルズ以外の面々は絶句する。

「これだけの火器がそろっていれば、局地的な戦争ですら可能です。CIAがシミュレートした結果、これほどの量の重火器とまともな訓練を受けた人材が揃っていれば、現状、日本国内で陥落させることのできない場所はないと計算されました。勿論、自衛隊や在日米軍の基地も含めてです」

「在日米軍の基地も……ですか!?」

 白川が青ざめた表情で尋ねた。

「はい。十分な訓練を受けた人材が、教科書通りの迅速な占領作戦を行ったという仮定ですが、横須賀も、横田も、沖縄も決して攻略できないわけではありません。そして問題なのが、我々が入手した情報によれば、スミルノフが調達した重火器の8割が既に注文者に納品されている――つまり、日本に持ち込まれているということなのです。仮にこの客が何らかの意志を持ってこの国の軍事施設を襲撃した場合、この国に一体どれほどの混乱が起こるかは予想できません。最悪の場合、スミルノフがこれまで各国で引き起こしてきたような紛争がこの国で勃発する可能性もあります」

 もはや、会議の出席者達の顔は真っ青だ。一人の出席者が立ち上がってウェルズに問いかける。

「し、CIAではそのスミルノフに注文した客の情報は掴んでいないのですか!?」

「残念ながら、今のところその客についての情報はほとんど何も掴んでいないのです。港で商品を受け取るのは運び屋で、さらにそれから何人もの運び屋を経由しているらしいのです。しかも、何人もの運び屋が自分が誰に、どこで商品を運び出したのかを全く覚えていないという異常なことがおこっているのです」

 ウェルズは険しい表情を浮かべながら頭を振った。

「先の5件の摘発は幸いにも武器の発送ルートからの調査で発見することができたため、水際で阻止できました。ただ、既にスミルノフが調達した兵器の8割が日本国内に流れ込んでいます。我が合衆国としても、極東の重要な同盟国である日本で大規模な混乱が発生することはなんとしても避けなければなりません。我々CIAもできるかぎりの協力をします。ですから、日本の警察の皆様にも是非積極していただきたいのです」

「分かりました。日本の警察はこの件に関して、CIAと全面的に協力していくことを、この場で認めましょう。異議のあるものはいませんね?」

 でっぷり太った禿頭の男の言葉に異議を唱える者はいなかった。

 

「しかし……協力と言っても、我々にできることがあるのですか?」

 一人の出席者からの問に、ウェルズは真剣な表情で答えた。

「日本国内での発砲事件や銃殺事件、どんな小さな事件でも構いません。発生したらすぐに我々の下に通知してほしいのです。そして、もう一つ……」

 ウェルズは手元から一枚の写真を取り出し、出席者に見せるように掲げた。

「先ほど本国から、この男が今日西日本に潜入したとの情報がありました」

 その写真を見て、公安からの出席者や一部の高官が固まった。

「まさか、ゴ……ゴルゴ13!?まさか、今回のスミルノフの顧客は、この男なのですか!?」

 田島の言葉にウェルズは小さく首を横に振った。

「この男は、どんなに困難な状況下でもミッションを確実に遂行するプロ中のプロの暗殺者、ゴルゴ13です。戦争が可能なほどの大量の重火器が運び込まれていて、同じタイミングでこの男がこの国にいる。……我々CIAは、これを偶然だとはどうしても考えられないのです。彼がこの武器を調達したのかどうかは分かりませんが、彼に敵対する勢力がこの地で彼と戦うためにこれだけの武器をそろえた可能性もあります。しかし、日本の警察のお力を借りてこの男の動向を掴むことができれば、今回の事件の首謀者も見えてくるかもしれません」




実際、ゴルゴが入国したと分かると警察は大忙しだろうなぁ……と考えてちょっと書き上げてみました。

地味にゴルゴネタを少し入れてあります。
分かる人がいたら嬉しいです


ゴルゴを書くのが久しぶりですし、ゴルゴというクロスジャンルとしては前例の少ない作品(自分は台本形式以外の作品では、ドラえもんとのクロスしか知りません……)を書いているため、ゴルゴらしさが出せているか日々悩んでいます。
改訂前も同じようなことで迷って深みにはまったというのもあります。

今後の作品の描写改善のためにもなるべく多くの感想を募集しています。

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