影胤にケースを奪われた翌日。
光たちは家で今回の事件の裏を聞いていた。
「ふーん。そこまでヤバいものだったんだね、アレ」
アレとはケースの中身である。
光の呟きに樹が答えた。
「ああ。アレはガストレアのステージⅤを呼び出す触媒だ」
「ステージⅤって何なの?さっきも言ってたけど」
舞の疑問に答えたのは光だった。
「僕もお父さんから聞いただけだけど……。ガストレアっていうのはステージⅠから始まってⅡ、Ⅲと進化していく。
そして本来ならⅣが完全体なんだけど、ステージⅤはその先の存在らしい。
十年前にガストレアが発生した当時から確認されていて、その巨躯はステージⅣガストレアが子供に見える程。
ご丁寧に自重で潰れないように皮膚から臓器に至るまで硬くなってる。その上バラニウムを忌避しない。
要するにガストレアという括りでは人類の最大の敵さ」
「え?それって終わりじゃない?」
舞が当然の疑問を口にする。
「うん。だから呼び出される前に阻止しようってことなんだろうね。
ところでお父さん、あの人に連絡取ったの?」
「ん。蛭子影胤の居場所がわかり次第、大量の民警を投入しての追撃作戦だってよ。全体への説明は明日だそうだ」
そう。光たちが事件の裏を聞くことができたのは、樹のおかげだった。ちなみにあの人とは聖天子のことである。
この場に和がいるため言葉を濁したのだ。改めて父親の情報網の広さとコネに感服する光だった。
「ふーん。じゃあ、今日中に武器の調整しておきたいね。こんな大規模な戦い初めてだし」
「みゅ。和も弾撃っちゃったから補充したい」
「そうだな。久々に司馬重工行くか。舞はどうする?」
「あたしも行くよ!光と和が行くのに行かないなんてありえないから!」
舞が元気よく返事をした。
司馬重工とは立花民間警備会社に武器を提供している会社だ。
光たちが履いている靴や武器に仕込まれた弾丸などを提供している。
ちなみにそこの社長である司馬未織は華奈が通う学校の生徒会長だ。
「よし、なら行くぞ。俺は電話してくっから車乗っとけー」
「「はーい」」
「みゅ」
―――暫し後。
光たちは司馬重工本社を訪れていた。
「「「おじゃましまーす」」」
「いらっしゃい、光ちゃん、舞、和ちゃん」
「お久しぶりです、未織さん」
「やっほー未織。お久」
「ふみゅう。久しぶり」
「よう、久しぶりだな。今日も頼むぜ未織ちゃん」
「お久しぶりです樹さん。さあさあどうぞこちらへ」
「おう」
光たちを待ち構えていたのは司馬未織。社長自らのお出迎えである。
ちなみに、舞だけが呼び捨てにされているのは彼女の未織に対する態度が原因である。
社長室に通された一行は未織と向かい合うようにして座っていた。
「それで?今日はどのような用件で?今から行くわとしか言われなかったもんやし」
「え?お父さん知らせてなかったの?」
「それを伝えるのは俺じゃなくてお前らのやることだろ」
それを聞いて光は納得したように頷いた。
「それもそうだね。じゃあ僕から。
僕は一本の短槍にカートリッジをセットしてもらいたいのと、カートリッジの予備が四つほしいんですけど……できます?」
「二人の要望も聞かな答えられんわ。それと期限は?」
「あ、できれば今日中で。次は和ちゃんかな?」
「みゅ。和はトンファーの弾を補充してもらいたいのと、予備弾倉四セットがほしい。期限は今日中。舞は何かあるの?」
「あたしは最初何も頼むつもりなかったけど気が変わった。あたしにもカートリッジの予備を二つは頂戴。できれば四つで。期限は今日中」
それぞれの要望を聞いた未織の顔が引き攣った。
「……え、えーっと。それだけの要望通ると思ったん?」
「僕は未織さんの会社の技術力なら可能だと思ってますが違いました?」
「違わへんけど……」
「あー、わかった。安請け合いしてできなかったら恥ずかしいから承諾してないんだ。
あーあ、未織の会社ってその程度だったのね」
「!?へー、おもろいこと言ってくれるやないのこのガキ……!」
「みゅ。舞、事実でも言っていいことと悪いことがある」
「和ちゃん。それフォローになってないから」
光のツッコミが入ってるうちに未織は決意を固めたようである。
「おーおー。やったろうやないの。ウチの技術力なめるんやないで……!?吠え面かかしたる!」
「でも、他のところからも依頼あるんじゃないんですか?無理してません?なんなら僕の予備はなくてもいいですけど」
光が心配して自身の考えを述べた。
が、それは逆効果だったようだ。
「光ちゃんもそないなこと言うんか?ウチならできる……やったる……やったるでぇ……」
少々迫力がありすぎる。今度は光の顔が少し引き攣っていた。
「じゃ、じゃあ……僕たちの武器、置いていきますね。何時に取りに来ればいいですか?」
「んー……。十八時に来てえな」
「わかりました。では未織さん、お願いしますね。ほら、二人もちゃんとお願いしなさい」
「はーい。よろ〜」
「みゅ。よろしく」
「ちゃんとの意味わかってる……?」
「おー、任しとき。ところで樹さんはなんも頼まんでええの?」
「ああ。俺は今回何もしてないからな」
「そですか。ほな十八時に」
「おう。じゃ、よろしく頼むぜ未織ちゃん」
そう言って光たちは司馬重工を後にした。
ちなみにその後、舞と和が光にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
その日の十八時。
「受け取りに来たぞー」
「樹さん、時間ぴったりやなぁ。まあええか。ほれ光ちゃん。
頼まれとった短槍のカートリッジは入れといたで。それと予備や。組み込み方はわかる?」
「大丈夫です。ありがとうございます、未織さん」
「そないな風に畏まらんでええのに。次は和ちゃん。
トンファーなんやけど、改良を計画しててな?間に合ったからそっちにしたんよ。
弾数がそれぞれ八発になったこと以外は変わっとらん。僅かに重くなったかもしれんけど。
それと、予備弾倉や。ちゃんと四セット用意したで」
「ふみゅ。ありがと」
「和ちゃんはちゃんとお礼言えてえらいな〜。
最後は舞。予備のカートリッジ四つや。ほらほらどうや!ウチの技術力と早さを見たか!」
「あー、すごいすごい。どーもね」
「…………舞」
「ありがとう未織!とっても嬉しい!さすが天下の司馬重工ね!」
光が凄みを利かせると、舞は慌てて言いなおした。
先刻の説教が余程利いたらしい。
「何したんや、光ちゃん?」
「別に。ちょっと教育的指導をしただけですよ」
「へ、へぇ〜。そうなんや……」
そんなことはないと思うが光は怒らせないようにしよう、と未織は心に誓った。
「あ、訊いてもいいことか判断しかねるんですが……」
「ん?どないした光ちゃん?」
「里見先輩へ渡す装備って用意してあるんですか?」
司馬重工……というより未織は、里見蓮太郎のスポンサーとして装備提供をしている。
「ああ、それな。もちろん用意してあるで。里見ちゃんには頑張ってもらわんとなぁ」
「そうですね。……さて、そろそろいいかな、お父さん?」
「ああそうだな。今日はもう帰って休んだ方がいいだろう。未織ちゃんもしっかり休みな」
「あら、ウチのこと心配してくれはるんです?嬉しいわぁ」
「喜んでもらえてなによりだ。じゃあな。ちゃんと休めよ」
「わかってますて。ほな、おやすみ〜」
光たちは未織の言葉を受けて帰宅した。
――さらにその翌日。
光は、樹の車に乗って自宅へ向かっていた。
昨日言ってた全体への説明の帰りである。
「それにしてもすごいね。数人が吐きに行っただけで落ち着いてたよ。流石は民警の代表者だね」
「ハッ。それを言うなら光なんて眉一つ動かさなかったじゃねぇか。お前の方が凄いだろ」
「お父さんはボクの自制心が他の人より何倍も強いの知ってるでしょ。それができてなかったら今のボクは存在しないしね。あれぐらいはボクにとっては普通だよ。
それにしても……今日の二十一時か。結構早かったね」
「可愛くねえ発言だな全く。……そうだな。今日東京エリアに“大絶滅”が起こるか決まる」
「まあさせないけどね。いざとなったら全力で止めるし」
「ん。まあ頼むわ。そろそろ着くが……」
「今悩んでても仕方ないよ。言ってこないかもしれないんだし」
「まあそうなんだけどな」
「「ただいまー」」
「「光ー!」」
舞と和が光に向かって走ってきた。
抱きついてくる二人をそのまま受けとめる。
「舞、和ちゃん、ただいま」
「いいよ、もういいよ。どーせ俺はモテないですよ」
爽やかな笑顔をふりまく光の隣で負のオーラをまき散らす樹。
「さ、二人とも。リビングに行こうね。
お父さんも早く来てねー」
「「はーい」」
「うぅ……」
誰も樹のことを気にかけていなかった。
リビングには縁と松葉杖をついた華奈も座っていた。
「さて、先ほど俺と光は説明を受けてきたわけだが……。
昨日俺が伝えたことがほとんどだな。
だが、一つ伝え忘れていた情報があった。
プロモーター蛭子影胤とイニシエーター小比奈のIP序列だ。
彼らの民警ライセンス停止処分時の序列は百三十四位。ああいう手合いは実力をそう落とすことはないだろうから気をつける必要はある。まあそんなとこだな。
そんで、今日の二十一時にモノリスの外の『未踏査領域』に蛭子影胤を倒しにいくわけだ」
「さて、今回行くメンバーだけど。もちろん僕と舞のペアだけ――」
「みゅう!和も行きたい!」
「「「…………」」」
この沈黙は光、樹、華奈によるものだ。
「……ちょ、何言ってるの和!?ご、ごめんなさい社長!和にはよく言って聞かせますので!」
華奈はかなり慌てて樹に謝っていた。和が勝手なことを言いだしたためだ。
そして光と樹はというと。
(……うん、予想してた通りになったね)
(そうだなぁ……。なあ光、お前なんとか抑えられないか?)
(うーん、ちょっと難しいかな。和ちゃん何だかんだで頑固だから……)
(だよなぁ。どうしたもんか……めんどくせぇ)
(僕に考えがないこともないけど……多分失敗する)
(失敗したらどうなる?)
(お父さんも出陣)
(……くそぅ。ああもういいよそれで。頼んだ)
(了解)
アイコンタクトで会話していた。
補足すると、車の中で言っていた『言ってこないかもしれない』話というのはこれのことである。
和は見事に参戦したいと言ってきた。
何はともあれ、やると言ったからには光はやる。
勝ちの望みが限りなくゼロでも。
「えーっと、和ちゃん。ちょっと話が――」
「やだ。光を相手にするといつの間にか行かない方向で話が終わるから」
…………聞く耳すら持ってもらえなかった光だった。
いつも言葉巧みに行動を誘導してきたからだろうか。
「あー……。お父さん、諦めて」
「……はぁ、仕方ねえか。なら華奈ちゃんが行けない以上、俺が臨時のプロモーターとして和に同行する。それで文句ねえか?」
「みゅ!社長、ありがとう!」
「あ、社長、すみません。よろしくお願いします……」
何とも恐縮そうな華奈だった。
「なら、完全装備で二十時三十分に玄関に集合だ。
縁、運転頼めるか?」
「うふふ、任せて」
「よし。じゃあ英気を養っとけ。解散」
そして二十時三十分。
立花家の玄関には完全装備の四人が集まっていた。
見送りに華奈と厳もいる。
縁は先ほども述べたように今回は運転手だ。
樹と和の臨時ペアはコネにものを言わせて一応了承させていた。
だれがどんな組み合わせで行ってもあまり関係ないような気もするが。
光は長槍を携え、短槍が入った鞘を四本差していた。
さらに腰にはポーチを付けていて、中には予備のカートリッジを入れている。
舞は光と色違いの鞘を二本差している。
そしてこれまた光と色違いのポーチを腰に付け、中には予備のカートリッジ。
和はトンファーを両手に持ち、腰にはボタン付きの革製のホルダー。その中に予備弾倉を所持している。
樹は一番おかしい。
短槍二本を組み合わせることによってできる連結長槍を二本、手に持っている。
長槍なんて普通は両手で扱うものなのだが。
装備を整えた四人を見て、厳が声をかけた。
「光、舞、和。必ず無事に帰ってくるのだぞ。
樹。もしこの三人に何かあったらお前殺すからな?覚悟しておれよ?」
すさまじい威圧感を放ちながら、両手に持った連結長槍二本を見せつける厳。
――そう。以前言った連結長槍を二本扱う人物の二人目は厳である。
そして当たり前のように立花流槍術の免許皆伝者。しかも樹よりもまだ強い。
この歳になっても鍛錬を怠っていないのと元々この技術を樹に教えたのが厳だということに起因する。
樹は気圧されながらも答えた。
「わ、わかってるって、親父。こいつらを危険な目にはあわせねえよ。まあ、今回のレベルで危険とかはほぼないと思うけど」
「その慢心が危機を呼ぶのだ」
「わかってるって。でも、光たちも仕事でやってるんだし基本は自己責任だろ?」
「そんなのは当たり前の前提だ。その上で光たちで対処できなさそうな危機が迫ったらお前が動けと言っとるんだ」
「だからわかったって。じゃ、行ってくる」
最後は社長らしい顔で厳に挨拶をし、樹は外へ出ていった。
「社長、和のことよろしくお願いします!和、皆に迷惑かけたらダメよ」
「ふみゅう。華奈に言われたくない」
「はうっ」
華奈は去り際の和に正論を返されていた。
何故今コントを繰り広げるのか。
光と舞は祖父に笑いかけると、何も言わずに手を繋いで外へ向かった。
そして、ついにこの時が来た。
二十一時。
軍用ヘリに乗り込んだ民警たちは、蛭子影胤、小比奈ペアが潜伏している島へと向かい、上陸した。
蛭子影胤追撃作戦が、始まった。
ついに影胤追撃作戦開始!
次回から本格的に動きます。
未織の喋り方難しい。
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