ブラック・ブレット[黒の槍]   作:gobrin

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第十一話

光は壁際で真っ二つになった長槍を捨てて二本の短槍を抜き放ち構えながら、動揺を押し殺していた。

 

(くっそ……ヤバい、突破口が見えない。なんだよあの回し蹴り、威力おかしかったぞ。

カーボンナノチューブ製の長槍がへし折られた……まあ、もう一回仕掛けてみよう)

 

光は床を蹴って縁に接近する。

縁はすでに連結長槍を拾っているため、何で攻撃してくるかわからない。

 

しかし、光には考えがあった。

 

(でも、これなら……どんな攻撃にも対応できる!行くぞ。

―――立花流槍術二ノ型一番『双頭之龍撃』!!)

 

 

以前、『双頭之龍撃』の最初の三発は決められていると言ったが、あれには理由がある。

 

短槍二本を相手を圧倒できるような速度で振り続けるというのは、それほど容易なことではない。

その困難な行動を可能にするのが、最初の三発だ。

一発目で筋肉をほぐして柔軟にし、二発目で速度を出すためのしなやかな状態に肉体を整え、三発目で力を発揮するために、瞬間的に力を加える準備を完璧にする。

―――つまり、逆に言えば、最初の三発のうちのどれかを止められた場合、『双頭之龍撃』はその真価を発揮しない。

 

 

縁は、一発目で光が何をしようとしているかを看破。

光の好きにさせないために即座に間合いを詰め、立花流槍術三ノ型五番『瞬菊(しゅんぎく)』を使った。

 

『瞬菊』は、ただひたすらに速度を求めた技。使うと決めて準備してから行動に移した場合、亜音速に達するほどの速度の斬撃。

今のように咄嗟に放った場合でも、牽制には十分すぎる威力と速度を持った攻撃ができる。

 

当然のように光の二発目が止められ、光は『双頭之龍撃』の出足を挫かれてしまった。

仕掛けた攻撃を抑え込まれ、光に致命的なまでの隙ができる。

 

そして、それを見逃すほど縁は甘くない。

――再び、『瞬菊』。

今度は狙って放たれた亜音速の痛烈な一撃が、光に襲いかかった。

さしもの光も、これはガードできない。

もろに一撃を食らい吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「あぐっ……!」

 

しかし壁に叩きつけられ呻き声を上げても、短槍を手放さなかったのは光の意地か覚悟の成せる技か。

隙と表現するのも生温いくらい体勢を崩した光に対する縁の追撃を紙一重で躱し、光は意識を切り替えた。

 

(……これは、倒すつもりで挑んじゃダメだ。――()()()でいかないと)

 

ガストレアを相手にしているわけではないから冷静さは失わずに。

しかし普通の人を相手にしているという甘い考えは捨てる。

普通の人には絶対に使うわけにはいかない――短槍のブーストを使うことにする。

 

あくまでも先ほどと同じ気配で、『双頭之龍撃』の体勢に入る。間違ってもこの一撃は殺気を悟られるわけにはいかない。

縁に向かって駆け出し、縁が先ほどと同様の対処をしようと構えた瞬間――右の短槍のボタンを押し込んだ。

 

光は自身を飛ばせるほどの推進力を生み出す炸薬を、実の母親に向けてぶっ放す。

 

「ッ!?」

 

さすがの縁もこれは予想外だったのか、反応が数瞬遅れる。

これを完全に防ぐのは不可能だと一瞬で判断、防ぐのではなく『瞬菊』で無理矢理爆発を斬り、ダメージを減らす方向にシフトする。

同時に飛び退くことでダメージを最小限に。

遅れたことを踏まえれば完璧な対応――――だがこの瞬間、決闘が始まってから初めて、縁に明確な隙ができた。

 

 

 

今の爆発で後方に進んでいる光は、両足で地面を捉え勢いを殺し続けていた。

後ろに流されている勢いから、両腕を使って体勢を整える必要がなくなったと判断し、両手の短槍をサブの短槍と入れ替える。

そして縁が飛び退ったのを視認した光は、後ろに構えた左手の短槍のボタンを強く押し込んだ。

 

(この一撃が……ボクが勝てる可能性があるか否かを決める!)

 

後ろに吹き飛ばされた時と同じ威力の爆発を、今度は正しく推進力に用いて縁に肉薄する。

縁は自身の飛び退きと爆風により地面から足が離れていたが、光が『一気通貫』で攻撃しようとしているのを見て取ると、左手を前に出し受け流す構えを取った。

だが――。

 

「立花流槍術二ノ型五番・亜種『一気通貫・黒豹囮扇(こくひょうかせん)』!」

 

「くっ!?」

 

光は、右手の短槍で『一気通貫』を受け流そうと構えられていた縁の手のひらを斬り裂き、続けて左手の短槍で縁の横っ面を殴り飛ばした。

縁は先ほど光が叩きつけられた壁とは逆側の壁に叩きつけられる。

側頭部への一撃には辛うじて連結長槍を差し込むことに成功、壁との激突もギリギリ受け身が間に合い、なんとか気絶を免れた。

縁は着地すると、洋服の袖を引き裂いて包帯代わりにして大雑把な止血を施した。

 

「はっ、はっ、はぁっ…………。やっと一撃入れたよ、お母さん」

 

「………ふふ、あらあら。やるようになったわね、光」

 

ようやく縁に一撃入れた光は不敵な笑みを浮かべ、そんな光に縁は強気に笑い返した。

 

 

 

 

 

樹は、決闘の続行不可能と判断した時のための審判をしながら、驚愕していた。

 

「な、なんだと……!光のやつ、()()()()()()()()()()()()()……!」

 

立花流槍術二ノ型五番・亜種『一気通貫・黒豹囮扇』。

それは、今までの立花流槍術にはない技だった。

 

新たに技を造り出すのは簡単なことではない。

なぜなら、人の身体で不可能ではない動きをし、かつ、かなり強固なイメージが必要となるからだ。

だが光は、それを成し遂げた。

 

 

そういうわけで、今までにない技だったが、樹は今何が起きたのかを正確に把握していた。

途中まではなんら変わらない。通常の『一気通貫』の要領で飛び出し、相手に向かって突き進む。

 

――だが、この後の行動が違う。

ただの『一気通貫』なら、そのまま相手をぶち抜けばいい。

それを前に出していた短槍を持ち手側に振り抜き、次いで後ろに構えていた短槍をも振り抜く、という風に変えたのが『一気通貫・黒豹囮扇』だ。

確かにこれなら、通常の『一気通貫』に慣れた人間の意表を突ける有効な手段になり得る。

しかし、一度見たなら縁はすぐに対処してくるだろう。

 

(もうその技は使えないぞ……光!)

 

 

 

 

 

だがしかし、樹は一つ思い違いをしていた。

樹は、この技を()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだ。

『黒豹囮扇』の恐ろしさは、本領は、ただ相手の意表を突く――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

左の手のひらをザックリ斬られたことで、縁は連結長槍を完璧に使いこなせるか、極めて微妙な状態になっていた。

 

 

立花流槍術には繊細もしくは豪快な技が多い。

絶妙なタイミングで絶妙な力加減を必要とする技もあれば、力まない範囲の全力で以て相手をぶちのめす技もある。

そして、連結長槍を用いる三ノ型は繊細な技が主体である。

『瞬菊』と『分水嶺』、縁が三ノ型で好んで使うこの二つはその筆頭だ。

『瞬菊』は端的に言うと速度の追求でしかないので余分な力はむしろ邪魔だし、『分水嶺』は力を入れるタイミング・加える力加減・加える力の方向のどれかを誤ったが最後、相手の攻撃をそのままもらってしまう。

縁の腕力では連結長槍を両手で握らなければならないが、痛みによる力みや躊躇いを出してはいけないという制限付きで戦うことになる。

痛覚を遮断、とかできるのは超人だけだ。少なくとも縁には難しい。そして、痛みを感じながらも一切のブレなく連結長槍を振るえるかというと疑問が残る。

 

そもそも、光は弱くないのだ。今までは技術の問題で優勢を保っていたが、新技での攻撃という荒技で流れを持っていかれそうになっている感覚がある。

ポテンシャル部分では光の方に軍配があがる、というのが縁の色眼鏡無しの評価だ。

そんな相手に不安の残る連結長槍で無理して戦うなど愚の骨頂。

 

かといって、連結を解除し短槍にできるかと言えば、それも微妙だ。光は、確実にその隙を突いてくるだろう。

さらに言えば、短槍一本だけ持っていても意味がない。二ノ型は短槍を二本持っていることを前提としているからだ。

 

よって、縁の決断は―――。

 

 

 

 

 

(………やっぱり、連結長槍は捨ててきたか)

 

光は、縁が予想通りの行動を取ってきたのを見て、今後の方針を固める。

 

(……恐らく、この決闘でのボクの決め技は『黒豹囮扇』になる。多分、まだボク以外の誰も()()()()()()に気づいていない。まあ、おじいちゃんなら気づいてるかもしれないけど。

――そうなると、ボク的にはお母さんの刀を封じたいところだ。さっきの技……『滴水成氷』、だっけ?あれはヤバい。

さっき躱した時に攻撃後は確認したけど、斬撃を飛ばしてた。射程は多分この道場ならどこからでも狙い打てるくらいにはあったし。

『黒豹囮扇』の出だしにあれで攻撃されたら確実に負ける。

つまり、今からボクは、ブースト無しでお母さんの刀をどうにかしないといけない、と。キツいなぁ……)

 

縁は、左手首で刀の鞘を抑え、右手は刀を握っている。すでに鯉口は切られていて、いつでも攻撃できる体勢だ。それで、待ち。

カートリッジを入れ替える余裕はありそうもない。

 

(あ〜、キツいけど、やるしかない!)

 

光は気合いを入れなおし、縁に突撃した。

 

 

 

 

 

 

(ふむ……光も、やるようになったの)

 

厳は、縁の周りを縦横無尽に動き回り、明らかに刀を封じに行っている光を見て、目を細めた。

 

(あの技……なるほど、中々どうして完成された技じゃ。恐らくアドリブで考えたのじゃろうが……確かにあれには、縁の刀は邪魔じゃな。

気づいているのは……この様子じゃと、儂だけかの)

 

厳は周囲に目をやり、自分と光の他に、理解している者がいるのか確認した。

まあその結果、いなさそうだと確信したが。

 

今光は、縁の周囲を動き回り、刀を狙っている。

だが、縁が光に合わせて身体の向きを変えるので、攻めきれずにいる。

縁は縁で、スタイルが防御重視ということもあるだろうが、攻撃に転じた瞬間、光に対処されるのがわかっているのだろう。じっと待ち構えている。

互いに隙のない、いい攻防だ。

 

(この勝負………あの刀に全てがかかっておる。最初は光がどうやって縁に一撃かますかだったんじゃが……。

中々面白い展開になったものじゃ)

 

厳はこの決闘の結末を見届けるため、光と縁の攻防に意識を向けた。

 

 

 

 

舞は、自身の半身とも言える光の奮闘を見て驚嘆していた。

 

(はあ………光、すごいな。まさか、技を編み出しちゃうなんて。多分、あたしたちを護ることだけを考えた結果だと思うけど。

あたしも試したことはあるけど、全然できなくて諦めたんだよね。ホントに、どんどん先に行っちゃうなぁ……。

これからもずっと、あたしが光の隣に居続けられるように頑張らないと、だね)

 

舞は新たな決意を胸に、クライマックスを迎えた決闘を見届ける。

 

 

 

 

(こうなったら、仕掛けてみるっきゃない!)

 

「行くぞっ!」

 

お互いに膠着状態が続いてどうしようもなくなったので、光は仕掛けることにした。

刀の一撃を防ぎつつ攻撃するためには――立花流槍術二ノ型三番『十字創』をぶちかますのが一番だ。

 

それに縁は、居合い切りで応じた。

――だが、天童式抜刀術を使った様子はない。恐らく、ただの居合い切りだ。

十字の縦の攻撃が弾かれる。

 

が、これなら―――という光の淡い考えを、縁が直々にぶっ壊す。

縁は、居合い切りの時にわざと生んだ微かな回転を利用して、次の技に繋げたのだ。

―――天童式戦闘術一の型三番『轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)』。

ねじるような円運動と共に打ち出されたそのパンチは、『十字創』の残り――横の攻撃を止めた。

 

基本的に技を出す前に何らかの構えを必要とする天童式の技を、ほぼ溜め無しで使える縁の才能が末恐ろしいが、そんな縁も人だ。

左手に走った苦痛に一瞬顔を歪めたのを見た光は、ここが勝負の分かれ目であることを悟った。

 

今縁は、居合い切りの後に振り切った刀を戻すことなく左手でパンチを繰り出した。

確かに光の攻撃を止めるためにはそうするしかなかったのも事実だが、それが決定的な隙であることもまた、事実だ。

刀を奪うのは今この瞬間の他にない。

 

光は即座にそう判断すると、全くの予備動作無しに前蹴りを放った。

子供の光の脚の長さだとハイキックなどは不可能だが、縁の脚を蹴るくらいならできる。

攻撃の名残で前に出ている縁の右太腿を蹴りつつ踏み台にして、ほんの僅かに後ろに跳びながら再度技を放つ。

立花流槍術二ノ型三番・亜種『十字創・旋回』。

これは、以前からある技だ。

名前から想像できると思うが、通常の『十字創』を四十五度回したものである。

短槍を全力で振り抜き、縁の持つ刀を壁際まで弾き飛ばす。

今の一撃で縁を狙えるのが一番だったが、光に蹴られた勢いを利用して下がっていたから不可能だった。

ギリギリで刀を弾き飛ばすのが精一杯だったのだ。

光は着地してさらにバックダッシュで下がり、左の短槍で縁を捉え、右の短槍を後ろに向けて、最後の技を使う。

 

(立花流槍術二ノ型五番・亜種――『一気通貫・黒豹囮扇』―――!)

 

無声で攻撃する場合強固なイメージが必要だが、技を開発するのに比べたら大したことはない。

それに、『黒豹囮扇』は光が生み出した技だ。イメージは完璧に固まっている。

 

(これで―――終わりだ―――ッ!)

 

「ラアアァァアア―――ッ!」

 

縁は右手で通常の『一気通貫』だった場合に備えて受け流す準備をしながら、後ろに飛び退る用意も一瞬で整えたようだった。

 

 

炸薬を使った突進力を前にしては、横に飛び退く意味はない。

自分も炸薬を使ったり、ガストレアの因子を持っていて脚力が通常の人間に比べて遥かに上回っているというなら話は別だが、通常は突進が速すぎて横にズレたところで攻撃を回避できないのだ。

なので、今までならタイミングを計って受け流すだけでよかったのだが――ついさっき、事情が変わった。

―――『黒豹囮扇』を使われたら、受け流せない。

ただでさえ対処に集中を要する『一気通貫』に受け流す心づもりなのだ。その攻撃のベクトルをいきなり変えられても受け流せるほど、人間の反射神経は優れていない。

よって『一気通貫』を警戒しつつ、違うとわかった瞬間に腕を引いて後ろに飛び退るしか対処法がないのだ。

 

 

光は左手に持つ短槍を左に振り抜く。

その振り抜きの始動を見た縁が瞬時に後ろに下がり―――光は勝利を確信した。

かかった――。光は胸中でニヤリと笑う。

 

――――今こそ、『黒豹囮扇』がその真価を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

――縁は、しばしの間何が起きたかわからなかった。

 

自分は壁に叩きつけられていて、光はさっき自分が立っていた場所の少し後ろに立って左に振り抜いた二本の槍を鞘に仕舞っている。

樹はすでに「そこまで!」と宣言していて、舞と厳も異論を唱える様子はない。

 

―――つまり、負けた。光に、負けた。

 

その事実を認識したとき、縁の中で嬉しさと苛立ちが同時に湧き起こった。

嬉しさは、光が自分を超えるほどに強くなったことに対して。

苛立ちは、もちろん――自分が光に負けたことによって履行される約束に対して。

まあ立花家家訓により、決闘で齎される結果については文句を言うことも逆らうことも許されてはいないし、そんなことをする気はない。

苛立ちは、正確に言えば羽美以外の人間とペアを組むことになってしまう結果を引き起こした自分に向けられている。

不甲斐ない、もっと精進しなきゃいけないわね―――そう考えて、ふと思った。

 

(これ……新しいペアと共に強くなることに前向きになってるとも捉えられるかしら?

もしかして、光は私がこうなることも狙ってた?――――まさか、ね)

 

他愛もない考えだと自身の思考を打ち消し、次いではたと思った。

 

(そういえば、私はなんで負けたのかしら?トドメを刺されたときの詳細な記憶がないのだけれど――)

 

そこまで考えて、こちらに向かって歩いてくる光に気がついた。

 

(――そんなことは、後で光に訊けばいいわね。今は――――我が子の成長を讃えましょう)

 

縁は、立ち上がって光を迎える。

 

 

 

 

 

光は、決闘前と同じように縁と向かい合った。

そこには剣呑な雰囲気はなく、むしろ柔らかい空気がある。

周りにいた五人も近よってきている。

 

何を言うべきかな、と光が考えた瞬間、縁が口を開いた。

 

「強くなったわね、光。正直負けるとは思ってなかったわ。

それに、いい覚悟だったわね。中々気持ちいい殺気だったわよ?」

 

「あ、あはは………。

そりゃあ、僕が完璧にコントロールできる範囲の殺気だったけど、その中での全力だったんだけどな……。

あれが気持ちいい、か。流石だね、お母さん」

 

縁の心からの賞賛を受け取りそれに喜びつつも、後半の言葉に光は苦笑混じりで返した。

 

「ふふ、あれくらいなら、ね。

たま〜に樹さんに対しては向けていたような気がするけど、私にも向けられるようになって、光の成長が嬉しいわ」

 

樹には時々全力の殺気を向けていたのはバレていたらしい。当然か。

 

「そういえば、どうやって私を倒したの?私、躱すためにしっかり飛び退いたはずだったんだけど」

 

光がそんなことを考えていると、疑問を覚えたのか縁が訊いてきた。

さらに、近よってきた樹も同様の疑問を抱いていたのか、詰め寄ってくる。

 

「そうだな。縁は完全に射程外に退避したはずだった。どうやったんだ、光?」

 

光が答えようとしたとき、厳がため息混じりに呟いた。

 

「はあ………情けないのう、樹。この分じゃと、月二の扱きを週一にせにゃならんようじゃな」

 

「え………」

 

その呟きに珍しく真面目に顔を青ざめさせた樹は無視して、光は説明することにした。

 

「その様子だと、おじいちゃんはやっぱり気づいてたか。

ならお父さんとお母さんに逆に訊くけど、『黒豹囮扇』ってどういう漢字だと思う?」

 

光の問いかけに、樹と縁は首を傾げながらも答えた。

 

「それはまあ、『こくひょう』の部分は短槍の色から考えても『黒』い『豹』だろ?『かせん』は……」

 

「あの感じだと……『刈』る『閃』き、もしくは『旋』ってところかしら?」

 

その二人の回答に、光はかぶりを振った。

 

「そこが違う。『黒豹』はあってるけどね。

『かせん』は『囮』の『扇』。これが、この技の最大の特徴だよ」

 

抽象的な説明だからか、樹と縁はまだ首を傾げたままだ。

光は僅かに苦笑しながら、正解を言った。

 

「『囮』って言うのは、前に出した短槍のこと。相手があれに騙された瞬間に、あの技の成功がほぼ確定する」

 

「あら、もしかして……?」

 

光の意味深な答えでは樹はまだわからないようだったが、相対した縁は思う所があったようだ。

小さく声をあげると、自説を述べた。

 

「ねえ光、もしかして、前の短槍を基準に考えて行動したからダメだったのね?」

 

「そうだよ。そこがミソなんだ」

 

「ん、んん?ヤバい、わからん。すまん、簡潔に説明してもらえるか」

 

厳の呆れを多分に含んだ視線に首を縮めながら、樹は恥を忍んで訊いた。

ちっぽけなプライドを守って訊かないのは一生の恥だ。

 

「わかった。まず、『黒豹囮扇』の基本になるのは『一気通貫』。これはいいよね?」

 

樹が頷くのを確認し、続ける。

 

「普通の『一気通貫』を左右どちらかに躱せない時点でほとんどこの技は決まるようなものだけど、最初のポイントは前に出してる短槍を持ち手の方に振り抜くこと。逆だとこの技は失敗すると思う。少なくとも僕なら失敗する」

 

樹がまた頭に?を浮かべたので、説明を続行する。

舞はずっと真剣に話を聞いていて、リアクションを取る様子がない。

恐らく、光から出される情報を整理して、説明より少しでも早く理解しようとしているのだろう。

 

「お父さんは、相手が左手に持つ短槍を左に振り抜いてきたらどう躱す?あ、左は相手から見て、ね」

 

「躱すのが前提か?それなら相手の右前に横っ飛びだな」

 

「あ、わかった!これ、すごいね!」

 

ここで舞が理解した。

樹が驚愕の表情を浮かべるが、舞のメイン武器は二本の短槍だ。『一気通貫』もよく使うため、特徴がよくわかるのだろう。

 

「舞、わかったんだ。さすが僕の妹だね。偉いよ」

 

光が舞の頭を撫でると、顔を綻ばせる。

樹は厳に拳骨を叩き落とされていた。

 

「お前は阿呆か!なに十歳の娘に技の理解速度で負けとるんじゃ!」

 

「んなこと言われても……」

 

「ならお父さん、さっきの質問の続き。その相手が後ろ手に短槍を構えてたらどうする?」

 

「ん?それだったら右に逃げた所を潰されるから、後ろに大きく……ああッ!?なるほど、そういうことか!

うわ、すげぇ!?光、これあの瞬間アドリブで考えたんだろ!?お前天才だな!」

 

「お父さん、それは褒めすぎ……和ちゃんと華奈お姉ちゃんが理解できてないっぽいから、説明を続けるね。

今お父さんが後ろに下がるって言おうとした状況と、『黒豹囮扇』の状況は酷似してる。違うのは、『黒豹囮扇』の基が『一気通貫』だってこと」

 

「ふみゅう。なにか、そんなに違いがあるの?」

 

「ここで大事なのが、『一気通貫』が火薬を使った突進力に重きを置いた技だってこと。

『一気通貫』を知っているか、勘のいい人間は、前の短槍の振り抜きを躱せるはずだよ。そして、後ろで控えてる短槍のことも思い出す。

そっか、あれも躱せるくらい下がらなきゃ―――相手がそう考えたとき、『黒豹囮扇』がほぼ決まる」

 

「なるほど!短槍のリーチを見切って躱して反撃しよう、とか考えてると、さらに突進されて距離が詰まって、攻撃が当たるってことね!?」

 

そこまで説明された華奈が、正解に辿り着いた。

ガンナーの彼女が気づいたタイミングは別に遅くはなく、むしろすごいと言える。

ちなみに和は天才タイプなので、理屈で理解するのは遅い。

 

「そうなんだ。前の短槍を躱すのも一瞬で行動しなきゃいけないから大きく下がるための溜めすらない。そんな一瞬で躱せるほど下がれるなら、最初の段階で横に回避すればいい。

それに、後ろの短槍は突進の推進力も受け取ることになる。威力が前のと段違いなんだよ。

もちろん、前のが当たればほぼ百%で相手が止まるから、追撃でドーン!だよ」

 

「みゅう、納得。すごい凶悪」

 

「和の言い方も決して誇張じゃねえな。それにかなり合理的だ。

『一気通貫』を横に躱せるなら最初に躱すはずで、それができないからこそ後手に回る。

そしてカウンターを叩き込もうと目論んでも、上手くいくかはそいつの緊張状態での判断力にかかってる、と」

 

「それで『囮』の『扇』……。ふふ、マッチしたいい名前ね。意味がわかればイメージもしやすい。素晴らしいわ。

でも、光はこれを一瞬で考えたのよね?」

 

縁が訊いてくるのを、光は頭を掻きながら応じる。

 

「うん……と言っても、頭にパッと浮かんだんだけど。

お母さんを倒す!ってばかり考えてたら、技のイメージと一緒に」

 

「それこそ才能じゃわい。儂は技を作ったことはあるが、樹と縁はないからの。すごいことじゃ」

 

厳がしみじみと言った。

それと同時に、樹はバツの悪そうに顔を顰め、縁はむしろ微笑を浮かべた。

事態の対処に対する本来の性格ゆえか、現在の自分への納得度か、はたまたその両方か。

 

樹は頭を振って気を取り直すと、光と縁に向かって言った。

 

「決闘は、光の勝ちだ。光の意見が通り、縁は新しくペアを組むことになる。……俺たちも、前に進まなきゃな」

 

「ええ、わかってるわ。決闘の決まりだもの、破りはしません。

それに……ふふ、これ以上光たちに心配をかけるわけにもいかないものね?」

 

「……ありがとう、お母さん。僕は、夏世ちゃんとならお母さんは上手くやっていけると思う。交渉は、僕がやるよ」

 

「あらあら、私もやるわよ?新しいペアになるかもしれない娘だもの、私も交渉しなきゃ失礼でしょ?」

 

「………そうだったね。なら、交渉頑張ろうね、お母さん」

 

「ええ。でも、今回は私に任せなさい。私が見て夏世ちゃんが合いそうだと思ったら何が何でも引き取るわ。

母親を殺すほどの覚悟を持って挑んでくれた、光のためにもね♪」

 

「は、はは……。お、お手柔らかに……?」

 

光は、相手方の身が少々、いや、かなり心配になった。

 

 

 

 

――その日の午後。

 

(樹の)コネを思う存分使って約束を取り付けた二人は、三ヶ島ロイヤルガーダー代表取締役と面会していた。もちろん夏世も一緒である。

少しの時間代表を部屋から追い出し、夏世に質問タイム。その結果夏世を気に入ったらしい縁は、社長を上機嫌で呼び戻した。

……幸いにして流血沙汰にはならなかったが、全身の所々を怪我した縁の迫力ある透明な笑みに取締役は震え上がり、無条件で夏世を引き渡した。

 

縁の復活――むしろ進化――に光は安堵しつつも、これから大丈夫だろうか……と思わずにはいられなかった。

決闘の決まりで不満を周りに悟らせてはいけないとあるので、表面上は平気そうな顔をしているが、確実に悔しくて自身の不甲斐なさに怒りを感じていることだろう。とても心配だ。縁がやりすぎないかが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

蓮太郎の叙勲式典が厳粛に催された。

一応光たちの序列昇格もあるため、『立花民間警備会社』の面々もそれぞれの正装で勢揃いしている。

 

樹は普通の黒のタキシード。

言葉にするとそれだけなのだが、樹が着ると極上の逸品に見えるから困る。

ここ最近はダメ親父っぷりも鳴りを潜め、できる男風のかっこいい中年男性の姿がそこにはあった。

 

縁はライトグリーンのドレスだ。

胸元が大きく開き豊かな双丘と谷間が強調されているが、そこに下品さは一切ない。

むしろ僅かにも汚すことを許されない神聖さを身に纏っていた。まるで埃や塵が縁を避けているかのようである。

 

光はブレザータイプの制服ルックのものを着ていた。

光はそれを完璧に着こなし、ただの制服の魅力を高級なタキシードレベルにまで引き上げていた。

見た目は完全に十歳前後の子供なのに、オーラが、貫禄が違う。

パッと見、大学生もしくは社会人がスーツを着こなしているかのような錯覚を受ける。

今この場で、光が最も異質な空気を放っていた。

 

舞、和、夏世は色違いのワンピースを着ていた。

舞が薄紅色、和が淡い水色、夏世がレモン色だ。三人とも、家で可愛いと大絶賛されている。

舞と和はいつもと違う、夏世はいつもより洗練されたようなクールな雰囲気だった。厳かな雰囲気に負けず、集中力を保っている。

 

華奈は、分類上は縁と同じようなドレスなのだが……悲しいかな、胸部の装甲が薄くて何とも言えない微妙な感じになっている。

文句も言わずに着た華奈は偉い。本当に偉い。

まあ、顔は相当レベルが高いので気にならないかもしれない。顔のレベルが高いからこそかもしれないが。

 

と言うより、この集団は総じて顔面偏差値が高い。

周りにいる人間も立派な紳士淑女なのだが、大半が霞んで見える。

 

ちなみに、厳はお留守番だ。

今回の件とは全く関係がないからである。

 

 

 

今日の主役である蓮太郎が入ってきた。

 

蓮太郎は白いフォーマルスーツだ。

目つきの悪さも相まって、恐ろしく似合っていない。

 

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「ええ、粗相のないようにね」

 

光は家族に小さく声をかけたあと、蓮太郎に歩み寄る。

 

「こんにちは、里見先輩。びっくりするくらい似合ってませんね、そのスーツ」

 

「お、光か。それは言うな。俺もわかってっから」

 

軽く挨拶を交わしたところで、蓮太郎が入ってきた大扉が閉まった。

 

正面にはレッドカーペットが伸びていて、階段の先にある玉座に聖天子が座っている。

 

光たちが少し前に歩み出ると、聖天子が微笑みを湛えながら階段を降りてきた。

 

「里見さん、よく来られましたね。光さんも」

 

ここからは聖天子が蓮太郎に話しかけるはずだ。

聖天子には事前に、必要以上に話しかけないでほしいと伝えてある。理由は面倒だからだ。

その間に、光は会場の気配を探ってみることにした。

 

(………んー、巧妙に隠してて正確にはわからないけど……結構すごい人がいるな。

ちょっとからかってみようか?………いや、止めておこう。冗談では済まなそうだ)

 

そんなことを考えていると、聖天子がキーワードとなる言葉を言った。

 

「里見さん、あなたはこれからも東京エリアのために尽力してくださいますね?」

 

「はい、この命に替えても」

 

「光さん、あなたも?」

 

「微力ながら尽力致します」

 

二人は揃って跪く。

 

「お集りの皆様、お聞きになられたでしょうか?

ここにいる英雄とそれを手助けした者は、これからも東京エリアのために戦ってくれることを誓いました。

――ゾディアック『天蠍宮(スコーピオン)』の撃破、並びにIP序列元百三十四位蛭子影胤、蛭子小比奈ペアの撃破。

以上の功績から、私とIISOは協議の結果、今回の戦果を『特一級戦果』と見なし、里見蓮太郎と藍原延珠ペアをIP序列千番に昇格することを決めました。

また、『天の梯子』稼働時に英雄を危険から護った、立花光と立花舞ペアをIP序列一万九千二百八十七番に昇格することも同時に決めました」

 

観衆がどっと沸く。―――しかし、光はむしろ疑問に思っていた。

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再び、聖天子が口を開く。

 

「里見蓮太郎、立花光。あなたたちはこの決定を受けますか?」

 

「「はい、喜んで」」

 

「では最後に、なにか言っておきたいことはありますか?」

 

―――ここで、いつかとは違う種類の嫌な予感が光を襲った。

(……これ、なんか無理矢理遮った方がいい気がする――!)

 

「いいえ、あり――」

 

「あります」

 

……一足遅かった。光は胸中でがっくり項垂れた。

光の嫌な予感はよく当たる。

 

聖天子もこれには驚き、周囲の空気が一瞬にして張り詰める。

 

「聞きましょう」

 

「……俺は、ケースの中身を見た」

 

蓮太郎は、顔を上げて聖天子を真っ直ぐ見つめた。

そんな蓮太郎を余所に、光は本当に項垂れていた。

 

(ああ、うん……。中身がお父さんに聞いた通りなら、疑問を持つのもしょうがないかもしれないけどさ……)

 

あれの中身は、三輪車らしい。樹は、恐らく影胤が壊しただろうから壊れた三輪車だろうよ、と言っていた。

樹も中身は知っているが、何故それがステージⅤを呼び出す触媒たりえるかは知らないらしい。教えてくれなかっただけかもしれないが。

 

――そんなことを考えていたから、対応が遅れた。

 

蓮太郎が立ち上がり、聖天子に詰め寄ったのだ。

 

(ちょ、里見先輩何してんの!?)

 

光は、あの凄腕の人が動き出さないかひやひやしながら蓮太郎の手を掴んで止めた。

ちょうど、蓮太郎が聖天子の胸ぐらを掴み上げようと力を入れた瞬間だった。

 

「里見先輩、ダメだよ。ここで聖天子様に掴みかかったら、不敬罪で処刑される。

そうでなくても、この場に結構すごい人がいるから、動いただけで殺される可能性がある。

疑問は尽きないだろうけど、今は堪えて」

 

光に言われて充満する殺気に気づいたのか、蓮太郎は上げかけていた手を下ろした。

 

「……失礼します」

 

蓮太郎は振り絞るようにそう言うと、大扉を体当たりするように開けて聖居を後にした。

 

会場が浮き足立っている隙に、聖天子が光に話しかけてきた。

 

「光さん、ありがとうございます。助かりました」

 

「いえ、僕は特別なことはなにも。ところで、なぜ僕たちの序列が上がったんでしょう?上の人、誰か死にました?」

 

「……はい。IP序列七十二位のペアが、プロモーターの死亡により解散されました」

 

「そうですか。まあ、イニシエーターが無事ならそれでいいです。では、失礼します」

 

「……はい、皆さんにもよろしくお伝え下さい」

 

「はい、では」

 

そう言い残し、聖天子に一礼して光は家族の下に戻って行った。

 

 

 

数分後、会場にいた人々が帰り始め、その流れに光たちも乗ることにした。

 

その途中で和と華奈、夏世が小声が聞こえない程度には離れていることを確認し、光は樹に話しかけた。

 

「お父さん、序列七十二位のプロモーターが死んだんだって。それでボクの序列が上がった」

 

「なるほど、そういうことだったか……。最近、民警の情報を大して集めてねえからな……」

 

「ま、仕方がないよ。ボクたちには目的があるわけだし」

 

「そうだな。帰ったらそのことも話さなきゃな……」

 

樹の言葉に、光の顔が曇る。

 

「……そうだね。そろそろ相手も露骨になってきたし、知ってるのと知らないのとじゃ全然違うからね」

 

「ああ、そうだ。つーわけで、帰るぞ」

 

「うん。皆を呼んでくるよ」

 

 

 

そうして、『立花民間警備会社』の面々は帰路についた。

 

 

 

 




光VS縁、決、着!

つーわけで、光が勝ちました。
……なんて物騒な家なんだろう、ここ。

あと一話で第一章が終わります。
次回はさんざん引っ張ってきたガストレアの話です。
いったい、あの一家に何があったのか。
乞うご期待。
期待に添えるよう頑張ります。

感想等、お待ちしてます!


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