燃え盛る業火の中で、魔法少女達は殺し合う。
<アンジェリカ・ベアーズ>に上がった火の手は勢いを増し、全てを包み込もうとしていた。
既に<魔法少女>でなければとっくに酸欠で死亡か、あるいは発火して焼死している程の極限的な領域で、人類の限界を超越した戦いが繰り広げられている。
魔法少女の肉体を動かすのは心臓でもなければ脳髄でもない。
分離された魂――ソウルジェムさえ無事ならば、戦い続けられる無敵の体だ。
だから酸素がなくとも多少の息苦しさを感じるだけで致命とはならない。
その身に纏う衣装もまた魔力で構成されており、魔法以外の物理現象に対して強い耐性を持っている。
単なる火では、戦闘態勢に入っている魔法少女を殺すことはできないだろう。
天敵である魔女とその眷属以外に彼女達を殺せる存在がいるとすれば、それはやはり同じ『魔法少女』しか存在しなかった。
「押し潰せ! <ラ・ベスティア>ぁあああああ!!」
開戦の号砲を鳴らしたのは若葉みらい。
彼女の唱えるマギカが轟々と燃え盛る炎にくべられる。
タクトの様に振り下ろされた大剣と共に、空間を埋め尽くすほどの
炎に包まれたテディベアはさながら生きた火炎瓶であり、燃え盛る全身で攻撃していた。
火達磨になった無数のベア達が殺意を持って襲い掛かってくる様は、正に悪夢のような光景だろう。
だが双樹姉妹の片割れ、あやせは裂けた様な笑みを浮かべながら、迫り来る傀儡を次々と切り捨てていった。
「アハッ! 思ったよりやるじゃんプレイアデス!」
あやせはみらいのレギオンに対して素直な賞賛を贈る。
切り捨てた傍から再生し、殆ど間を置かずに復活する敵に対して、あやせの手数は圧倒的に少なかった。
あやせがいくら腕を振るおうとも敵の数は減ることなく、逃げ場もないほど火達磨の敵が双樹姉妹を殺そうと迫り来る。
「誰の許可を得て、あやせに触れようとしているのですか? <カーゾ・フレッド・リーヴァ>」
瞬間、双樹姉妹に触れようとしたベア達が動きを止めた。
見れば炎に包まれていたはずの彼らは、全て黒く炭化した姿で氷像と化しており、灼熱地獄と化している鉄火場において彼女達の周囲だけが場違いに凍り付いていた。
さらには動きを封じる為か、地表は接した足ごと氷で覆われており、その範囲を徐々に広げている。
炎熱を操るあやせとは真逆の性質。
氷結を操る双樹姉妹の半身<ルカ>の魔法だった。
「は? だから何だよ!」
だがみらいにとって、それは単なる苦し紛れの抵抗でしかなかった。
確かに今の一撃で、双樹姉妹に襲い掛かったテディベアが十数体ほど同時に行動不能となったが、それが果たして何になると言うのか。
まだみらいの周囲には九百以上の個体がある。
さらに言えば、氷で動きを封じたところでみらいのレギオンには何の意味もない。
「<ラ・ベスティア・リファーレ>!」
第二のマギカを発動させる。
氷像になっていた個体を別の個体が喰らい、巨大な一個体となって
群体統合魔法であるマギカ<リファーレ>がある以上、総合的な戦力は減少しない。
小さなテディベアの足を止めた氷結魔法も、二メートルを超える大型テディベアを封じるには至らなかった。
数が潰されるなら、その分だけ質を高めれば良い。
そうやってみらいが連続で行使するマギカは、明らかに単なる魔法少女が持つ魔力量を超えていた。
だがこれには勿論、絡繰りがある。
ここ<アンジェリカ・ベアーズ>は、奇跡によって創造された建造物だ。
それが一般的な建物であるはずもなく、様々な特殊能力を持っていた。
普段の生活における雑多な機能もさることながら、戦闘時において特筆すべきはその<守護の祝福>だろう。
かつてみらいは願った。
『ボクのテディベア達のための大きな家、博物館が欲しい』と。
故に<アンジェリカ・ベアーズ>内において、若葉みらいのテディベア達は奇跡の補助を受ける。
みらいのマギカを受けた彼らは、驚くほど少ない魔力でみらいの願いに応え続けていた。
もしも敵が魔力切れを狙うのであれば、みらいにとってはむしろ好都合。
みらいのレギオン相手に持久戦は自殺行為だ。
この博物館が難攻不落の要塞である事を身を以て知るだろう。
<アンジェリカ・ベアーズ>内限定とはいえ、みらいは破格の戦力を持っていると言えた。
術者であるみらいを殺そうにも999体のレギオンが立ちはだかり、勝利するためには、それら全てを突破しなければならないのだから。
圧倒的な実力差か、特殊な
並みの魔法少女達が徒党を組んだところで、決して攻略できないと確信するのに十分な能力だった。
「うっとうしいんだよォ! さっさと潰れて死ねッ!!」
双樹姉妹を押し潰そうと迫る大型テディベア。
だがそれを力技で強引に蹴り飛ばす者がいた。
「ハッハー! やるじゃねーの! オレ様とも遊ぼうぜ!」
クスハもまた双樹姉妹と同じ様に襲われていたが、みらいのレギオンが群れの極致であるならば、
魔法少女の中でも特級のイレギュラー達である<エリニュエス>においてすら、<
既に彼女を見て魔法少女と思う者はいないだろう。
クスハ自身もまた、その自覚を失って久しい時を生きている。
年齢もそうだが、その拘束具を思わせる衣装を見て魔法少女を連想する者はいない。
想像するのは重度の罪人か、あるいは狂人か。
少なくとも一般的な魔法少女らしい善性のイメージを抱くことはないだろう。
こんなザマになり果てるまで魂魄を擦り減らしてきたクスハは、餓えた獣が如く敵へ襲い掛かろうとする。
だがそんなクスハの前に、一振りの剣が翳された。
それは仲間であるはずの双樹姉妹の物だった。
「……おう、何のつもりだテメェら? まさかまたあやの我侭かぁ?
おいおいルカ公よぉ、テメェもちったぁ相方抑えとけよ。あやの保護者気取ってんだろぉ?」
せっかく興が乗り始めて来た所だというのに。
水を差されたクスハは苛立たし気な声を上げる。
まだ理性の鎖は握ってあるが、これ以上煩わされれば抑えが効かなくなる。
魔法少女として長生きするコツは、感情をコントロールすることだ。
だがクスハにとってのそれは感情を抑制するという意味ではない。必要な時に爆発させるという意味だ。
そんな激発寸前のクスハに、ルカはやれやれを肩を竦めて見せた。
どこか人を小馬鹿にしたその仕草は、無関係な人間が見れば地雷原で踊っている様にしか見えないだろう。
「何か勘違いしてる様ですが、クスハ。あなたの相手は彼女じゃありません。
事前にオウカが言ってたでしょう? ここは私達に任せて先に行ってください。ハッキリ言って邪魔なので」
「ここは私達に任せて先に行けー、とかお約束過ぎて逆にスキくなくなくなくない?」
「いや、どっちだよ」
あやせの珍妙な言い方に思わず素に戻ってしまうクスハだったが、ルカに言われ突入前に告げられた事を思い出した。
かずみの記憶から抜き出した聖団メンバーの能力から、それぞれの担当をオウカが設定していたのだ。
『この<若葉みらい>っちゅう子の相手は、あやちゃんとルカっちに任せるわ。面倒臭そうな子には、うちらも面倒臭い子で対抗や』
『なっ、ハルちゃんひっどー! そう言う言い方スキくないし!』
『チーム随一の良心と謳われた私と、癒しであるあやせに対して何たる言い草!』
『……えー、流石にそれはギャグやろ?』
ちなみに当人達は至ってマジだった――などと先刻繰り広げられた茶番はさておき。
元々<エリニュエス>は個人主義の魔法少女達の集まりだ。
仲間内での緻密な連携など到底望めないし、ルカの言う通り互いの邪魔にしかならない。
そうである以上、戦術としてはそれぞれに相性の良い標的を見繕うのがせいぜいであり、後の戦いは当人達の実力次第になる。
相手の事前情報もあるのだから、戦闘力の高いエリニュエスのメンバーが負ける要素はほぼないと言っても良かった。
そんな事前の取り決めをすっかり忘れていたクスハは、今回ばかりは分が悪い事を悟り意識を切り替える事にした。
「……ちっ、まぁ分かった。聖団ってのが思ってたより
ちなみにこの間もみらいのレギオンに襲われ続けているが、双樹姉妹もクスハも戦いの手は止めていない。
そんな彼女達を見て「ふざけた連中だ」とみらいは心の中で毒ついていた。
みらいの事を無視して好き勝手にお喋りしているその姿が、かつてのクラスメイト達と重なる。
早く黙らせようと、みらいは殺意を増してレギオンを嗾けた。
「なに勝手なことをぺちゃくちゃと! 行かせるものかよ!」
「ならば押し通るまでの事。<ピッチ・ジェネラーティ>!」
クスハの行く手を遮っていたテディベア達を、双樹姉妹の必殺技が貫いた。
炎熱魔法と氷結魔法を同時に行使する、二心同体を体現する双樹姉妹のみが可能とする破壊魔法だ。
かずみの<リーミティ・エステールニ>にも匹敵、あるいは上回りさえする威力の攻撃に、みらいのレギオンが消滅し再生する僅かな間に一部の隙間ができる。
「――行ってクズ姉!」
「サンキュー! 愛してるぜお前ら!」
「どさくさに紛れて気持ち悪い事言わないで下さい!」
クスハの去り際の台詞に、ルカが鳥肌が立つとばかりに拒否反応を示していた。
――全く、私が愛しているのはあやせだけだというのに。
――ねー? クズ姉ってばほんとクズなんだから。
心の内でボロクソにクスハの事を罵る二人だが、あやせ達に悪意はなかった。
信頼する姉貴分であるからこそ、容赦なく軽口を叩けるのだ。
楽しげに遠ざかっていくクスハの笑い声に表面上は渋い顔を浮かべながら、あやせは残されたみらいとの戦いを続行する。
「追え! お前達! サキの元には絶対に行かせるな!」
まんまと包囲を突破されたみらいは、レギオンの中から百体程を分割してすり抜けたクスハを追撃させた。
万が一殺人鬼の仲間とサキが鉢合わせしてしまったらと考えると、みらいは気が気でなくなる思いだった。
「あなた相手だと、クスハよりはまだ私達の方が相性がよろしいでしょうから」
「クズ姉ってかなり大雑把だしねぇ。おチビちゃん相手だとうっかり見失っちゃうかもしれないし」
双樹姉妹と若葉みらいの戦いにより、部屋の上部は灼熱の熱気を孕み、下は氷河を思わせる冷たさになっている。
水蒸気が霧の様に立ち込める中、無数のクマのぬいぐるみが踊っていた。
言葉にすると意味のわからない謎々のようだが、目の前に広がるのはただの地獄絵図。
燃え盛るテディベア達はその姿を次々と変え、燃え盛りながら、凍りつかされながらも休むことなき猛攻を加え続けている。
「正直、いまでもかずみちゃん以外はどーでもいいんだけど、あなたの事はちょびっとだけ気に入ったよ。
だからとっておきを見せてあげる!」
そう言ってあやせが取り出したのは、かつてかずみにも自慢した宝石箱。
見た目以上の収納力を持っており、これまで狩猟してきた戦利品が並べられている。
そして何より『ソウルジェムの状態を維持する機能』を持った魔法具でもあった。
「――さあ、素敵な
かつて切ろうとした切り札を、双樹姉妹は今度こそ開帳する。
宝石箱の中から取り出したのは、緑色の輝きを放つソウルジェム。
それは勿論双樹姉妹の物でも、エリニュエスの仲間の物でもない。
あやせ達がこれまでに狩ってきた魔法少女達の
コレクションの一つであるそれを手に取ると、張り付いていたプレートを用済みとばかりに地面に放り捨てる。
そこにはかつて犠牲となった少女の名が記されていた。
「ああ、これ『かこちゃん』のだったかぁ……まあいいや。いただきまぁす」
プレートに記されていたのは何かしら思い入れのある名前だったのか、ほんの僅かな躊躇いを見せるあやせだったが、結局それはこれからの行為を止めるに至らない。
あやせは手にしたソウルジェムを、ごくりと
「は、はぁあああっ!? お、お前なにをして――!?」
さしものみらいも、この行為には思わず攻撃の手を止めて絶句した。
ソウルジェムを「食べる」など、目の前で双樹姉妹が
みらいは湧き上がる感情のまま、狂人を見る目で双樹姉妹を凝視していた。
それほど目の前の行為は、生理的に受け入れ難いものだった。
ソウルジェムは魔法少女の魂の結晶。そのままの意味で<魔法少女自身>だ。
それを食すという事は最早食人に等しく、蛮行と呼ぶ事すら憚られる狂気的な行いだろう。
想像してしまったみらいは吐き気に襲われるものの、一方の双樹姉妹はみらいの様子などお構いなしに至福の一時を享受していた。
「あっはぁ……っ!
「この法悦! この悦楽! これだから
あやせが、ルカが、自らの肉体とソウルジェムを満たしていく魂魄が与えた甘露に狂喜する。
その頬はうっすらと桜色に染まり、両腕を抱き締め全身から湧き上がる恍惚感に震えていた。
呑み込んだソウルジェムはするりと喉を通り、胃の中に落ちたかと思えばじんわりと熱を放っている。
一般的な味覚を表現する言葉で「魂の味」を言い表す事はできない。
<魂喰い>は舌で味わう物ではない。自らの魂で味わい捕食する行為だ。
故に魔法少女の中でも極々一部の――それも【銀の魔女】によって調整を施された者のみが、他の魔法少女を犠牲にして魂の味を識る。
それでもあえて例えるのであれば、穢れが少なければ少ないほど苦みはなくなり、
個々によって味はそれぞれ異なるが、ジェムが綺麗であればあるほど質は良くなりハズレはなくなる。
その他にも色の違いや、犠牲になった魔法少女の性格、その生い立ちや願った祈りなど。
様々な要素が複雑に絡み合い、手の平に納まる小ささにまで濃縮されている。
肉体から魂を抽出されたそれは例えるなら蒸留酒に近いだろうか。
だが濃密な味わいにも拘わらずするりと自身に溶け込んでいくこの感覚は、一度知ってしまえば病みつきになる。
そういう意味で言えば麻薬のような物なのだろう。
他者の犠牲の上でのみ成り立つ禁断の果実だ。
そして当然、与えられるのは快楽だけではなかった。
むしろそれは些末な余禄に過ぎない。
ソウルジェムを新たに取り込んだ者は、魔力係数が一時的に跳ね上がる。
それは<覚醒>と呼ぶに相応しい進化だった。
世界への干渉力が上がり、魔力は尽きる事無く溢れ、魔法少女という枠組みからすらも超越する。
糧となったソウルジェムが体内で燃え尽きるまでの僅かな間だが、正に破格の切り札と成り得た。
「さあ、終わりを始めよう――我ら地獄の悪鬼なり」
無限に殺し、無限に殺される修羅の一人。
希望と絶望の輪廻の底に巣食う、冒涜的な獄卒の一柱。
双樹の体が、それまで紅と白の同居した姿から更に変化する。
口調もルカに近いがどこか異なり、第三の人格を想像させる雰囲気をその身に纏っていた。
――魔法少女の捕食者たる<
〇おまけ:えりにゅえすな日々(※ギャグ注意)
スーパー銭湯「あすなろの湯」。
そこは市内にある「あすなろドーム」等の有名施設とは異なり、知名度こそ低いものの市民達にとって欠かせない憩いの場として存在している。
そんな銭湯の暖簾を潜る少女たちがいた。
彼女達は魔法少女暗殺者集団<エリニュエス>。
スズネ、オウカ、あやせ、クスハ、そしてノゾミ。計五名のフルメンバーだった。
同じチームを組んでいるとはいえ、こうして全員集合するのはかなり珍しい事だった。
それを思い、メンバーの一人である榛名桜花は感慨深げに頷いた。
「みんな揃って銭湯とか随分久しぶりやなぁ」
「だよねー。私もみんなとお風呂入るの嫌いじゃないんだけど、中々都合合わないからねー」
双樹あやせも上機嫌に笑っている。
仲間同士の裸の付き合いという奴は、彼女にとっても面白いイベントの一つだった。
「放蕩娘が何ほざいてやがるんだか」
「あー、クズ姉だって人の事言えないくせにー!」
「オレは良いんだよ。ほんとなら人ごみとか大キレェだしよ。
オメェ等がどーしても付き合って欲しいって言うから、こうして年長者として付き添ってやってるんだぜ?」
恩着せがましく言うクスハに、あやせの半身であるルカがぼそりと呟く。
「……精神年齢で言えば、クスハが断トツで低いと思われますが」
「あぁん?」
「ほらほら、外でいつものおふざけはナシやで。他にもお客さんおるんやから。あんまりはしゃぎすぎんでくれな?」
それでなくともこの銭湯に年若い少女達がグループでやってくる事は珍しいらしく、少しばかり周囲からは浮いていた。
オウカの注意に問題児二人はおざなりな返事で了承し、我先に浴場へと入っていく。
「まったく、あの子らと一緒に行くとなんやうちがまるで引率の先生かおかんみたいに思えて来るわ」
「……否定はしないけど、別に悪い事でもないでしょう」
スズネがフォローするように言うと、オウカは身体をくねらせてスズネに寄りかかる。
「えー? うちもまだピチピチの乙女なんよぉ。ナウでヤングなJCなんやから、そんな老けてるみたいな扱いは傷つくわ~」
「……はぁ、あなたも大概だから、気にしなくて大丈夫よ」
「あ~ん、スズネちゃんのいけず。ここはもっと鋭く突っ込むとこやで? そんなんじゃ大阪じゃ生きていけへんよ」
「……こうかしら?」
ズビシッとキレのあるチョップがオウカの控えめな胸を打った。
全く痛くはないが、スズネの予想外の行為に目を丸くしてしまう。
「お、おう。さっそく物理で来るとは……あかん、スズネちゃんも基本ボケる側やった。やっぱりうちらの中で常識人枠はうちだけやな」
何やら一人で納得するオウカを置き去りに、スズネは浴場へと入っていったのだった。
場面は移り露天風呂。
湯船に浮かぶ二つの塊を見て、あやせはぼそっと呟いた。
「……クズ姉って胸おっきいよね。やっぱりアレかな、栄養の偏りが酷いの?」
「あん? 何が言いたいんだアヤの字よぉ」
「べっつにー? ただねー、やっぱり胸のデカイ女って栄養が上の方に行かずに途中で止まってるっぽい? つまり頭空っぽ? みたいな? あ、これ一般論ね一般ロン。ま、そう考えるとクズ姉の胸が大きいのは当たり前なのかなって思ってさ。逆説的に」
湯船でふやけそうな顔をしながら毒舌を吐くあやせは、相も変わらず性根の曲がった事が大好きな有様だった。
ナチュラルというには些か派手にディスられたクスハといえば、可愛い妹分のじゃれつきに一々怒るほど狭量ではなかった。
「ぎゃは! 言うじゃねえかあやせ。お前のそういうとこ好きだぜ? なに、安心しろ。
――お前は永遠に貧乳のままだ。
あ、これ褒め言葉だからな、一般論? 的に考えてよぉ」
あやせちゃんは頭いいでちゅからねーと言いながらクスハはあやせの頭を撫でる。
確かに怒ってはいないが、何事もやられっぱなしは我慢ならないのだ。
クスハの握力が強すぎて撫でるというより揉んでいた。力加減が絶妙なそれは、もはやマッサージだった。
うっかり強く握りしめようものなら潰れたトマトの出来上がりなので、クスハとしても軽く力を入れる程度に留めていた。
そんな生死の危険と隣合わせのマッサージだとも知らず、あやせは「あ"ー」とおっさん臭い声を出していた。
「くそぅ、クズ姉の癖に気持ちいいじゃないか。私の胸がクズ姉の半分でもあれば……もぎとってみようかな?」
「やめい」
さらりと怖い事をあやせは呟くが、この少女に限って冗談では終わらない事を知るクスハは、上半身をくるりとひねった。
ぶるんっ、びたん! と水を打ったような音が浴場に反響する。
「ひぎゃ!? え? え? な、殴ったの? この私を――そのおっぱいで!?」
「おうよ」
胸を張るクスハに、周囲の仲間達から呆れた視線が向けられた。
「……乳ビンタとか、クズ姉体張り過ぎやろ」
「……あれがクスハの新しい必殺技」
「…………ないわー、スズネちゃんそれはないわー。おっぱいミサイルくらいにないわー」
ぼそりと真顔でボケたスズネに、自称関西人の少女が突っ込む。
「つまり浪漫的には採用……という事でしょうか?」
「うん、ノゾミちゃんもちょお落ち着こか?」
やっぱり常識人はうちだけなん? とエセ関西人は内心戦慄していた。
「ってかすっごい痛かったんだけど!? サンドバックに激突したみたいな!? しかも二つあるから衝撃二倍!?」
錯乱するあやせに向かって、クスハは痛ましそうな顔を浮かべた。
胸を抑え俯く様は、さながら悲劇のヒロインだろう……中身さえ知らなければ。
「安心しろ。オレも胸が痛い」
「どっちの意味で!?」
物理的か心情的か、まぁ普通に物理の方だろうクスハだし。
なにせ笑いながら魔法少女を殴殺するような女であるからして。
「……誰が上手い事言えと。っちゅうか大人しくしぃや、他のお客さんのご迷惑やで」
投げやりに言い放ったオウカの突っ込みは、案の定問題児二人の耳には届かなかった。