私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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第八話 悪魔の前夜祭

 

 

「……あすみちゃん?」

 

 俯くあすみを、かずみは心配そうに見ていた。

 

 ……あすみちゃん、泣いてるの?

 

 思わず手を伸ばしたかずみだったが、その手があすみに触れることはなかった。

 

 轟音。

 

 突如、階下から建物を破壊する音が鳴り響いた。

 静かな夜に似つかわしくない暴虐の騒音が立てられる。

 

 どうやら、何者かが屋敷を襲撃しているらしい。

 

「はぁ……引っ越したばかりだっていうのに」

 

 あすみが視線で「お前達の仲間か」と海香達を睨んでやると、二人はブンブンと勢いよく首を横に振っていた。

 つまりは新手の襲撃者というわけだ。

 

「……ほんとにもう、次から次へと」

 

 千客万来。迷惑千万。

 頭が痛くもなるが、転居早々拠点を破壊されてはたまらない。

 もはや呪われた館ともいえるが、そんな場所でも寝床を失うわけにはいかなかった。

 

 

 

 あすみ達が一階へ下りると、ソレは突如として現れた。

 屋敷の壁を破壊しながら現れたのは、異形の怪物。

 

 それは<魔女>とは似て非なる存在だった。

 結界を張るでもなく、ただ暴力を具現化するために生まれたような化け物だ。

 

「……悪魔?」

 

 それを見たかずみが、見たままの印象を呟いた。

 皮膜の翼に黒鋼の肉体、手には鋭い鉤爪を持ち、その眼は爬虫類を思わせた。

 

 まさしく御伽噺の<悪魔>に相応しい外見だった。

 

「……使い魔? それとも魔女? にしては随分と派手ね。結界すら張らないなんて……そういうタイプなのかしら?」

「ってことはコイツら、そうする必要がないくらい強いってわけか?」

 

 例えば伝説に謳われる超弩級魔女<ワルプルギスの夜>のように。

 だがそんなカオルの心配を、海香は笑い飛ばす。

 

「まさか。こんなのどう見ても雑魚でしょうに」

 

 感じるプレッシャーは確かに外見相応の物だが、伝説級の魔女は流石に言い過ぎだ。

 強さ的には普通の魔女よりも若干弱いくらいだろう、と海香は大まかに推測していた。

 

 彼女達はそれぞれのソウルジェムを掲げ、魔法少女へと変身する。

 

 海香は白い修道服を身に纏っていた。

 頭にウィンプルを被り、胸元には大きなリボンをつけている。

 

 同系統の衣装として、シノブに「シスター」呼ばわりされているあすみの部下――サリサの物が聖歌隊を思わせるデザインならば、海香のそれは正統派ともいえる衣装だ。

 

 変身前には付けていなかったメガネを装着し、分厚いハードカバーの本を手にしている。

 海香のソウルジェムは、青い菱形の宝石となって額に飾られていた。

 

 

 カオルはスポーツ少女らしい動きやすそうなボディスーツ姿で、そこにフード付きの白い上着を纏っていた。

 

 スパイクを履いている所からすると、サッカー少女なのかもしれない。

 カオルのソウルジェムは五角形の黄色い宝石となって、右足に巻かれたベルト部分に嵌め込まれている。

 

 変身してみせた彼女達に、かずみは歓声をあげた。

 

「わぁっ……なになにっ、二人共すごーい!」

 

 かずみは目を輝かせて魔法少女となった二人を見る。その瞳はまるでヒーローを見る少年のように輝いていた。

 

 それに応えるように、二人はかずみへ微笑み返す。

 

「行くよ海香! かずみ達はそこで見てて!」

 

 カオルはかずみに親指を立てると、現れた悪魔へと先制攻撃する。

 

「<カピターノ・ポテンザ>!」

 

 カオルの魔法による強化を受けた両足は、地を蹴って虚空を駆け抜ける。

 そして放たれた稲妻のような蹴撃が悪魔へと直撃した。

 

 衝撃で辺りの床に亀裂が入る。

 だがカオルの攻撃を受けても、悪魔は不動のまま無傷で佇んでいた。

 

「んなっ!?」 

 

 お返しとばかりに悪魔がその豪腕を振るう。

 カオルは咄嗟に防御できたものの、質量差から藁のように飛ばされてしまった。

 壁を突き抜けていったカオルに、海香は悲鳴を上げる。

 

「カオル!? この……!」

 

 海香の手にした魔法書からバスケットボール大の魔弾が放たれた。

 

 だがその選択は悪手だった。

 悪魔は魔弾を素手で掴みとったのだ。

 

 それだけでも驚くべきことだったが、続けて悪魔の口から機械的なノイズ混じりの声が発せられる。

 

 

 

『COGITO,ERGO SUM』

 

 

 

 闇色の霧が悪魔を覆い、海香の放った魔法を<吸収>していく。

 その光景に海香は瞠目する。

 

『――ABRACADABRA(アブラカダブラ)

 

 そして悪魔の手から<海香の魔法>が放たれた。

 

「なっ!? こいつ私の魔法を……っ!?」

 

 その魔法は、確かに先ほど海香が使用した物と同じだった。

 防御結界を展開し、今度は海香が攻撃を防ぐ。

 

 海香の能力は<魔法の複製>だ。

 一度見た魔法ならば、それを記録し模倣することができた。

 

 だから悪魔の行ったことはすぐに理解できた。

 自分の専売特許だと自惚れていたわけではないが、容易く真似された事実に海香は衝撃を受ける。

 

 その隙に襲いかかってきたのは、壁をぶち抜いて現れた新手の悪魔だった。

 

「一体だけじゃ!?」

 

 油断したつもりはなかった。

 それでも当初の認識はあまりにも甘過ぎた。

 

「――かずみ!!」

 

 海香の耳には、カオルも離れた場所で戦っている音が聞こえていた。

 海香自身も悪魔に囲まれ、防戦一方になってしまっている。

 

 海香の叫びは、悪魔達のおどろおどろしい呻き声に阻まれてしまった。

 業腹だが、かずみの安全は謎の魔法少女<神名あすみ>に託すしかなかった。

 

「……もう油断はしない。あなた達の弱点、全部丸裸にしてあげる――<イクス・フィーレ>!」

 

 手にした魔法書から冷たい光が放たれた。

 

 

 

 一方のあすみ達は、次々と現れる新手の悪魔達の登場に、海香達とは完全に分断されてしまっていた。

 

 あすみは<かずみを守る>という不得手な護衛のせいで、悪魔を倒しきる事ができないでいた。

 故に次善の策として、かずみを引き連れて屋敷を脱出しようとする。

 

「あすみちゃんっ、海香ちゃん達大丈夫なの!?」

 

 不安そうな顔を浮かべるかずみを鬱陶しく思ったあすみは、冷たく突き放してやろうかと思った。

 

 だがその場合、かずみの性格からして一人でも海香達を助けに行きかねない。

 その後始末をするのは結局、あすみになるのだ。

 

 そこまで最悪の事態を考えたあすみは、護衛というのも楽じゃないと思いながら、かずみの望むであろう言葉を紡いでやる。

 

「……大丈夫。あの二人もベテランの<魔法少女>だもの。あなたが心配する必要なんかない」

「……うん、そうだよね。大丈夫、だよね?」

 

 不安を隠しきれない顔で、かずみは何度も頷く。

 

 そんなあすみ達の目の前を横切るように、物陰から黒猫が走り抜けていくのを、かずみは目撃してしまった。

 その通路の先には、悪魔が待ち受けている。

 

「あ、猫ちゃんが!?」

「っ……待ちなさいバカ!!」

 

 黒猫を追おうと、いきなり飛び出したかずみに怒声を上げる。

 

 馬鹿猫を追い掛ける馬鹿娘。

 あすみは頭が痛くなりそうだった。

 

 すぐさま追いかけようとするものの、それを阻むように悪魔が襲いかかってくる。

 

 とてもではないが背中を見せられそうにない。

 あすみはモーニングスターを槍のように鋭く放ち、悪魔の爪を弾き返した。

 

「……行かせないってわけ? あなた、誰を相手にしてると思ってるの?」

 

 扱いの難しいモーニングスターをあすみは手足のように次々と繰り出していく。

 回転しながら進む凶悪な鉄球は、普通の人間ならば即座にミンチになるほどの威力を持っていた。

 

 だが悪魔に直撃しダメージこそ与えるものの、それが致命傷にはならない事は既に理解させられていた。

 

「……固いわね」

 

 次々と立ち塞がる悪魔達。

 それを見てあすみは傲慢に鼻を鳴らしてみせる。

 

「……いいわ、相手になってあげる。

 絶望を味わいながら死んで逝きなさい!」

 

 胸の裡から湧き上がる訳のわからない苛立ちをぶつけるように、あすみは凶暴な本性を剥き出しにした。

 

 ――少しでも早くコイツ等を殺して、かずみ(あのバカ)を追いかけないと。

 

 いつの間にか他人(かずみ)の身を心配している自分がいる事に、あすみが気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 かずみは無我夢中で黒猫を追い掛ける。

 それ以外の考えは、頭の中からすっぽりと抜けてしまっていた。

 

 広い屋敷とはいえ、すぐに突き当たりに到着する。

 そこでは黒猫が、悪魔の一体に踏み潰されそうになっていた。

 

 どうやら怯えて動けないらしい。

 

「ストォオオオップ!!」

 

 大声を出したかずみに、悪魔の注意が一瞬だけ逸れた。

 その隙を逃してなるものかと、かずみは姿勢を低くし悪魔の足元をスライディングして黒猫を抱き抱える。

 

 ゴロゴロと転がり続け、壁にぶつかった所でかずみは止まった。

 全身擦り傷だらけでヒリヒリする。

 

 だがその甲斐もあって、かずみは間一髪、黒猫を救出することができたのだ。

 

「……よかった、無事だった」

 

 腕の中の黒猫は、そんなかずみをじっと見つめている。

 そして気が付けば先ほどの悪魔が仲間を呼んだのか、かずみの周りは悪魔達に囲まれ、逃げ場所はなくなっていた。

 

「あれ? わたしいま、すっごく絶体絶命(ピンチ)?」

 

 為す術もなく悪魔に捉えられ、足を掴み挙げられる。 

 

「どうしたらいいんですかこの状況ー!!」

 

 思わず敬語で叫びながら、かずみは泣き言を漏らす。

 

 猫を抱いていない方の手でスカートの裾を抑えているものの、悪魔達にとってかずみは無力な獲物でしかなかった。

 頭から食べるつもりなのか牙の生えた大口を開け、かずみの頭部を掴む。

 

 その時、悪魔の手がかずみの耳飾りの鈴に触れた。

 

「――汚い手で触るんじゃない!!」

 

 瞬間、あたかも逆鱗に触れられたかのように、反射的にかずみは激昂していた。

 

 自身でも制御できない感情が爆発する。

 同時に、脳裏にいくつもの情景――その断片が浮かんでは消えていく。

 

 

 

 <かずみ>が鈴を手に笑顔を浮かべている光景。

 

 絶望に彩られた瞳。銀色に輝く杖。

 

 魔法陣を囲む魔女達の宴。

 

 鼓動を刻む心の臓。

 

 誰かの涙。

 

『きみの祈りはエントロピーを凌駕した。

 さあ、魅せてくれ。きみの魔法(いのり)を』

 

 ■■■■が笑う。

 

 

 

 洪水のように襲いかかる記憶の残滓は、かずみの中をすり抜けていく。

 残されたのは、たった一つの確信。 

 

「この鈴を鳴らすのは!」

 

 リィンと、かずみは右耳に付けられた鈴を鳴らす。

 それは魔力的な響きを持って、周囲に波紋を広げた。

 

 かずみの全身を鈴の音が包み込む。

 

 音は魔力となってかずみの身に纏い、少女を<魔法少女>へと変身させた。

 三角帽子に黒マント、背丈ほどもある十字を象った杖を手にしている。

 

 気が付けば、かずみは<魔法少女>になっていた。

 

「お? お? なにこれっ、なにこれっ! かーわいー!!」

 

 ぴょんぴょんと自らの格好を確かめるように跳ねるが、そんな隙を悪魔が見逃すはずもなかった。

 壁ごと切り裂く悪魔の鋭爪が振るわれる。

 

「っとと、喜んでる場合じゃなかった! えっと……ちちんぷりん!」

 

 慌てて回避するものの、魔法少女になったばかりのかずみは戦い方が分からなかった。

 適当に思いついた呪文を口にするが、当然のように魔法はいつまで経っても現れない。

 

 悪魔達にとってかずみはその腕の中の黒猫と同様、変わらず無力な生贄でしかなかった。

 

「わーん!」

 

 黒猫を抱き抱えたまま必死に悪魔達から逃げるかずみだったが、ふと既視感を覚えた。

 悪魔の攻撃を避け、本能の導くままに動く。

 

 それに従い狭い屋内から開けた場所へと、悪魔達に追われながら突き進む。

 悪魔達の暴力を天性ともいえる直感を頼りに紙一重で躱していき、ついに中庭へと到着した。

 

 そこにも複数の悪魔達が待ち構えている。

 だがかずみは不敵な笑みを浮かべてみせると、逃走から一転、地を蹴り飛ばし魔法で空へと舞い上がった。

 

 体が羽のように軽い。 

 かずみは眼下に悪魔達の軍勢を捉えた。

 

 そこへ、十字を象った杖を向ける。

 

 身体が覚えていた。

 この感じは。

 

「――今だ!!」

 

 果たして、今度こそかずみの魔法は発動した。

 

 眩しい光の波動が、悪魔達へ襲いかかる。

 それはあたかも光の柱が落ちたかの如く。

 

「<リーミティ・エステールニ>ッ!」

 

 絶叫と共に悪魔達は次々と消滅し、後には歪な種のような物が残された。

 

 

 

 

 

 

 あすみが悪魔達を殲滅して駆けつけた時には、全てが終わっていた。

 目の前の光景は、あすみにとって予想外の出来事だった。

 

 かずみが魔法少女へと変身しているのは、かずみに魔力があることから薄々と分かっていた。

 だが記憶喪失の少女が、魔法少女として戦えるとは思っていなかったのだ。

 

 ましてやカオルと海香が苦戦するほどの悪魔達を相手に、勝利を収めるなど事前に考えられるはずもない。

 そんな得体の知れない<異常さ>をあすみは感じ取り、知らずに硬くなった声を発していた。

 

「……あなた」

「あすみちゃん、聞いて! わたし、魔法が使えるみたい!」

 

 あすみの言葉を遮り、かずみは明るい笑みを浮かべて言った。

 

「あすみちゃん達と一緒だね!」

 

 どこまでも無邪気なその言葉に、あすみは思わず絶句する。

 

 ――魔法少女。

 

 真実を知るあすみにとって、それは希望の欠片すら見い出せない存在だ。

 

 救いなんてどこにもないのに。

 黒猫を抱き上げて喜ぶかずみを、あすみはただ暗い瞳で見ていた。

 

 ……ほんとに、なんて馬鹿な子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜の空から眼下の人形劇を眺め、金髪の少女は楽しげに笑っていた。

 

「まずは前菜<悪魔の卵(デビルドエッグ)>のお味は如何?」

 

 マーブル模様の禍々しい卵を手と手に、弄ぶようにお手玉してみせる。

 

 中に詰まっているのは悪意の塊。

 あの禍々しい悪魔達の卵だった。

 

「今宵はほんの小手調べ(つまみぐい)

 今度はちゃんとパーティーの準備が出来てから、アタシ直々にご馳走してやるよ。

 余計なおまけもいるみたいだけど、ケチ臭いことは言わないさ。どんなクズだろうが大歓迎(ウェルカム)!」

 

 胸元に飾られた金色のスプーンを手に、少女は誓う。

 

「アタシの事、思い出させてやるよ! プレイアデス聖団!!」

 

 きゃははっと笑声を上げ、少女は使い魔の背に乗って夜闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ○○○様がアップを始めたようです。
 先生……オリ主の影が……薄いです。
 相変わらず舞台裏で蠢いている模様。

 あと推敲中×カヲル→〇カオルに気付いたので修正しました。

備考:<デビルドエッグ>
 アメリカのパーティ料理の一種。
 本作では字句通り悪魔の卵として登場。

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