SAN値直葬でお届けします。
朝霧の中、場違いなほど軽快な歌声が聞こえてくる。
ここはとある山奥。
圧倒的な自然の息吹が感じられる森の中で、一人の少女が歌っていた。
「ハーメルンッ、ハーメルンッ、笛吹女がやってくる~」
それは奇妙な格好をした少女だった。
銀色の髪に赤い瞳、セーラー服を改造したような甲冑を着た、まだ中学生ほどの年頃に見える。
奇異な格好もそうだが、彼女を見てただの少女と侮る者はいなかった。
なぜなら魔女と呼ぶに相応しい禍々しい瘴気を、少女は周囲に放っていたのだから。
銀色の指揮棒を振るいながら、少女の皮を被った魔女がにこやかに後続の者達へ笑いかける。
「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。楽しい楽しいカーニバルッ、一生に一度の思い出さ。なーに遠慮はいらないよ、だってお代はちゃーんと頂くもの」
男も女も子供も老人も、無差別に集められた人間達が二十名ほど。
まるで遠足のように魔女の後ろに続いている。
誰もが焦点を失った瞳をしており、引きずるように足を動かしていた。
それは傍目からはゾンビの行進のようにも見えただろう。
「ガイドは私、<銀の魔女>リンネと」
「僕ことキュウべえがお送りするよ……これで満足かい?」
魔女の肩に乗る謎の生命体が、呆れたように溜め息を付いた。
「のんのん。白けるようなこと言うマスコットキャラは滅ッだよ?」
「……まったく、わけがわからないよ」
呆れるキュウベエに、リンネは指揮杖を突きつける。
直後、キュゥべえの白い身体が分裂し、五体に増えた。
「幻覚……いや、これは増殖の魔法かい? どうして僕に――」
「滅×四」
パパパパンッと軽快な音を立てて、増殖したキュゥべえ達の体が花火のように弾けた。
「きちゃない。やるんじゃなかった。だが有言実行、それが私クオリティ。嘘だけど」
「……せめて、僕にわかる言語で話してくれないかな? 有史以来人類の言葉が翻訳できなかったのは初めてだ」
残った一匹のキュゥべえが、やれやれと頭を振る。
それにめげた様子もなく、リンネは悪魔じみた笑みを浮かべた。
「白けること言うキュゥべえは滅してみました! 実は生き残ったあなたは私の魔法で増えた個体なのです! あなたは本当にあなた? インキュベーターのキュゥべえなのかな? それとも私が作ったお人形さん?」
「……その問いに意味はないよ。君はほぼ完璧な僕の複製を作った。なら僕達インキュベーターにとって不都合はないさ。とはいえ、せっかく増えたのに無意味に壊されるのはMOTTAINAIけどね」
「出たよMOTTAINAI! もう
「つっこまないよ、僕は。さあお喋りもここまでだ。いい加減君の計画した実験というのを見せてくれないか?」
「むふふっ、いいでしょう。外道が外道たる由縁を教えてやろうではないか!」
両手を広げリンネはクルリと回る。
広げた手の先には、連れてこられた哀れな生贄達の姿があった。
彼らを指し示し、銀の魔女は得意げに語る。
「今回行うのは魔女の品種改良実験。グリーフシードの採取効率の良い品種の掛け合わせとは別系統に、かねてからの問題だった種無し魔女の問題を解決するための実験の一環。
ようは劣等種を強化できないか実験調査するってこと。劣等でも数を合わせれば多少は濃くなるでしょ?」
リンネに劣等と称された者達は、いずれも魔法少女としての素質は皆無だった。
当たり前だ、むしろ少女など一人もいないのだから。
そんな使い魔や魔女の餌にしかならなそうな人間達を見て、キュゥべえは不思議そうにリンネへ問いかける。
「彼らを使って具体的にはどうするつもりだい? わざわざ使い魔や魔女に食べさせるつもりなのかい?」
その言葉に、リンネはちっちっと指を振ってみせる。
「時にキュゥべえ。あなたは<蠱毒>というものを知ってるかしら?」
「確か、古くから伝わる呪法の一つにそんなものがあったね」
壺の中に様々な毒虫を入れ共食いさせ、最後に生き残ったより生命力の強い毒虫を使って呪いをする、という古くからある有名な呪法だ。
そのキュゥべえの説明に我が意を得たり、とリンネは頷く。
「今回やるのはそれ。人から直接魔女化させ、喰らい合わせる。単純に魔女化させただけじゃ、どうやってもグリーフシードを孕まなかったけど、穢れと呪いと絶望を煮詰めればグリーフシードを孕んだ魔女が生まれる……かもかも? それを確かめるのが今回の実験なわけ」
魔女の中にはグリーフシードを孕まない種も存在する。
リンネが種無しと呼ぶそれらは、元が素質のない魔法少女だったり、代が重なりすぎて血が薄まった魔女の血統だったりする。
素質なしの人間を無理やり魔女にすることは、技術的には可能だったが、それでは種を孕まないただの化物にしかならなかった。
産廃品の模造品、おまけに劣化版ときている。
銀の魔女はそこで、量を使って質を高めれば良いという結論に至った。
そのための手法が蠱毒の呪術。
魔女の告げたお題目通り、単なる品種改良の実験だった。
「さーて、テンションアゲアゲで行くよぉ! 準備のせいでもう三日くらい眠ってないけど、この実験が終わったら、私、気絶するまでアリスといちゃいちゃするんだ! キャラ崩壊? 知ったことかぁああ!! 私は淑女を止めるぞ! J○J○ぉおおおおおおおおおお!!」
「リンネ、ちょっと落ち着いた方が……」
インキュベーターの制止もなんのその、普段より五割増しの狂気に導かれた銀の魔女の暴走は止まらない。
正にこの世の地獄だ。
そして何よりも不幸だったのは、魔法少女と何の因果関係もない近隣の住民、二十余名の老若男女達だろう。
なにしろ寝ている隙に操られ、こんな森の奥まで連れてこらえたばかりか、生還するのが絶望的な人体実験に強制参加させられるのだから。
だがそんなことは些事と毛ほども気にせず、銀の魔女は上機嫌に指揮杖を振るう。
中央にリンネ秘蔵の、とある魔女の種子を置けば準備は完了。
アイナによって壺となる結界はすでに展開済み。
アリスはもしもの時のために上空で待機していた。
準備は万端。
リンネは実験の開始を宣言する。
「さあさあ、みんな輪になって踊りましょう!」
魔女の種子をぐるりと囲んで一回り。
手と手を繋いで歌いましょう。
虚ろな顔をした生贄達が、空虚な笑みを浮かべて円を組む。
「かーごめーかごめー、籠の中の鳥はー、いついつ出ーやーる」
回る回る。
くるくると。
「夜明けの晩にぃ、鶴と亀が滑ったー」
歌が一周りする度に一人、また一人と、人の形を失っていく。
「後ろの正面、だあれ?」
そして最後に残った人間も、魔女と化した。
歌は止んだ。
もう誰も回らない。
誰も手を繋がない。
だってもう歌う口も、繋ぐ手も、なくなっているのだから。
「レッツパーティー!」
中央に置かれたグリーフシードが弾けた。
中から現れたのは、やはり魔女だった。
その影響を受けて、周囲を取り囲んでいた魔女擬き達も活性化する。
――そして共食いが始まった。
中央に置かれていた、孵化したばかりの<食欲の魔女>の結界に囚われた<魔女擬き>達はみな、他者と自己の区別なく喰らい合いながら、狂気の晩餐に歓喜の悲鳴を上げていた。
<食欲の魔女>はかつてリンネが堕とした魔法少女の一人が、魔女となったものだ。
食べるのが大好きで、願い事もダイエットに関することだったという面白い少女だった。
「いくら食べても太らない体質になりたい!」という乙女らしい願望だったが、魔法少女自体が戦闘に適した状態に維持され、太りにくいという特徴もあるので、まるで無駄な願い事だった。
しかし彼女の魔法は、敵をお菓子にするというどこの魔人プ○さんかと驚く程反則的だったので、ある意味帳尻は合っていたとも言える。
そんな素質ある魔法少女だった彼女も、例の如くリンネによって魔女へ仕立て上げられてしまった。
魔女になった彼女は、周囲を見境なく食らった。
その時、他の魔法少女も同時に魔女に堕としていたのだが、リンネがアリスに掃討を命じる間もなく、食欲の魔女は共食いを始めたのだ。
強烈な飢えに支配された魔女は、同じ魔女でも遠慮なく食らう性質を持っていた。
もし見境なく食べてしまう点を改良して制御できれば、これ以上ない対魔女用の切り札になると思ったリンネは、確実に種子を孕むようあえて放牧を行い、後にガス災害と結論づけられた数百名規模の被害を齎したのだった。
その際に魔女を狩ろうと近づいた魔法少女達を、リンネは逆に狩りながら魔女を肥え太らせた。
最後は呆気なくアリスの剣で引き裂かれた魔女は、リンネの狙い通り種子を落として消え去ったのだ。
今回、そのとっておきの<食欲の魔女>が使われる理由はただ一つ、飢えと渇きを促進させる結界を貼らせ、魔女擬き共々、共食いをさせるためだ。
リンネが徹夜して調整していたのは、魔女の属性を共鳴させるための結界術式の構築がメインだ。
その結果、目の前の光景は醜悪という言葉の意味を様々と見せつけるものとなった。
インキュベーターにしてみれば取り立てて何かを思う光景ではなかったが、経験則から傍らの<人間>に声を掛けた。
「……これはなんとも言えないね。興味深くはあるけど、普通の人間には刺激が強いんじゃないかな?」
「あら? どこに普通の人間がいるのかしら?」
「やれやれ、僕としたことが無駄な心配をしてしまったみたいだ。ここには銀の魔女とその哀れな生贄達しかいなかったね」
人外の化生が二体、化け物達の饗宴を観賞していた。
この場には、人間はもう誰もいなかった。
「違うわ。私は魔法少女であなたはその使い魔よ。それから私の可愛いお人形達も忘れてもらったら困るわね」
まあ建前なんだけど、と銀の魔女が笑う。
そして共食いの果てに、最後の一体が残った。
「お腹がいっぱいになったら、孵化の時間よ。
進化せよ、進化せよ。同族喰らいの魔女は、より悍ましき何かへと変貌する。……あ、私にも当てはまるわね、コレ」
自らの事は棚に上げつつ、リンネは仕込まれた数々の魔法陣を起動させ、新たな素体を調律する。
蠱毒の呪法により生み出された、新たな魔女。
リンネは<ソレ>に幾重にも制約の魔法を刻み込む。
もともとリンネは、某念能力で言うところの操作系能力者だ。
この手の魔法はお手の物だった。
そして魔女が産声をあげた。
『……あー』
異形が無理矢理人の形をとっているような出来損ない。
子供ほどのサイズしかなかったが、あれだけの肉片を押し込んで作られた身体が見た目通りなはずがない。
そんな合成魔女に、リンネは名前を与えることにした。
「今日から君の名は、ラウィ・メ・チッキだ」
ここに【暴食の魔女】ラウィ・メ・チッキが誕生した。
『おー』
どうやら気に入ったようだ。
「その名前はどこからきたんだい?」
「合成魔女、つまり『キメラウィッチ』の単なるアナグラムよ。悪くはないでしょう?」
「その辺りのセンスは僕にはよく分からないよ。感性的な問題だしね」
「まぁキュゥべえだしね」
尋ねる相手を間違えたことに眉を顰めながら、リンネは合成魔女を観察する。
白目の部分が黒く、瞳の部分が血のように紅い。
その気味の悪い目を隠せば、普通の子供のように見えなくもない。
というより、見ているうちに普通に可愛い事に気づいてしまった。
「ラウィか……ラヴィと呼んだ方が可愛いわね。なら愛称は【ラヴィ】にしましょう。本名はそのままで。でないと元ネタがキメラヴィッチになって、なんだか卑猥な感じになってしまうから……なんてね。まぁそれを言ったら、ロシアの人なんてみんなヴィッチなんだけど」
『おー』
リンネのどうしようもない問題発言に、ラヴィと名付けられた魔女が何やら感心していた。
悪い意味で、刷り込みは順調な様子だった。
「リンネ、今日の君は一段とおかしいよ。一度頭の中を検査して貰った方が良いんじゃないかな? なんなら僕たちがやってもかまわないけど?」
「断固お断りよ」
誰が好き好んでアブダクションされるかという話だ。
既に魔法少女へ改造されている身としては、冗談ではなかった。
『いー』
リンネに同調してか、歯を剥き出しにしてキュゥべえを威嚇するラヴィ。
鋭い歯並びはまるで鮫のようだが、言動が幼いので元気幼女の八重歯並に可愛く思えてしまう。
はっ、これが母性本能という奴か! とリンネは戦く。
良い具合に頭が疲労していた。
「見てないで助けてくれないかな?」
猫に追いかけられるネズミのように、キュゥべえはラヴィに追いかけられていた。
「良いんじゃない? 代わりは幾らでもいるし」
「MOTTAINAI精神を忘れて貰っちゃ困るよ」
「それ言ってるの、あなただけだし」
そんな問答をしている内に、ラヴィは驚異的な瞬発力でキュゥべえを捕らえ、ガジガジと噛んでいた。
「お気に入りのぬいぐるみを噛んでしまう幼児性のようなものかしら。魔女だし、食べて腹を壊すことはなさそうだから、好きにさせましょう」
「……僕を見捨てる気かい?」
「私の使い魔なら、命令に従いなさいな。これもあなたの大好きな契約の内よ」
捕食されるキュゥべえを見ながら銀の魔女は微笑む。
また一つ、新たな力が手に入った。
「――さあ、次はどんな実験をしましょうか」
銀の魔女は今日もまた、外道邪法を積み上げていく。
この話、蛇足なんじゃ……と思いつつ投稿。
二章の息抜きに書いたら出来てました。
ぶっちゃけ削除するか迷った話ですが、MOTTAINAI精神により投稿。
まぁこれだけじゃアレなので、一時間後、新章一話投稿します。