極東の騎士と乙女   作:SIS

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時間の流れって早いですね……。
しばらくメカ系SSかいてなかったから時間の割にこの程度しか……。
話がえらく巻き巻きですがもともとの予定です。


Code:38 押し寄せる理不尽

 

 

 ISにはステルスモードというシステムがある。

 ブルー・ティアーズのBT兵器関連での原理をみるように、そもそもISは外宇宙環境での活動を前提としており、シールドバリアシステムによってありとあらゆる外的要因をシャットアウトできる。それは同時に、自分の放つそれもシャットアウトできるという事でもある。

 そして、光学迷彩のようなSFじみた技術も、当然のように備えている。オマケにしては圧倒的な完成度に、当時まじめに光学迷彩システムを研究していた企業が全員匙を投げたのは有名な話だ。もっとも、彼らはそこで諦めずにさらなる発展を遂げたのだが……閑話休題。

 まあつまりは、ISがその気になれば同じISからも完全なステルス状態を維持する事など簡単なのである。だが、同時にそれは、自分からも何もできないという事である。それでは意味がないという事で、基本的にステルスモードは待機状態専用のような扱いを受けているのが常だ。

 だが、もしそのステルス状態を限定的にでも維持したまま戦闘を行う事ができたら?

 そんな誰もが一度は考えるIFに、一夏は今まさに身をもって遭遇していた。

「シャルル!?」

 一夏の焦った声。彼の眼前で、オレンジの機影が、垂直に海へと叩き込まれていく。

 それを成したのは、不可視の長刀を構える打鉄。いや、打鉄弐式試とでも呼ぶべきだろうか。本来搭載していないはずの第三世代特殊装備を搭載されたその打鉄をただの量産ISと呼ぶことはもうできない。

 何より、乗り手の実力がかつてとは段違いだ。得意の空間把握と武装展開に物を言わせた制圧射撃を行おうとしたシャルルに、呼吸を外してからの縮地じみた踏み込みからの不可視の一撃。横でみていた一夏でも介入不可能なほどの、華麗なまでの流れるような一撃。ほれぼれするほどだった。

 だが他人事ではない。箒の攻撃は、まだ終わっていないのだ。

「せいやぁっ!」

 箒が気合い一声、長刀を振るう。一瞬にして切っ先は音速を越えて、対面する一夏を切り裂こうと襲いかかる。

 それだけなら問題はない。ISのハイパーセンサーによって強化された知覚は、音速程度問題としない。にも関わらず、一夏は箒の太刀筋を全く見切る事ができずに、被弾を許した。シールドエネルギーが目に見えて削られる。

「太刀筋が見えねえ……! どうなってやがる、ステルスモードだってんならエネルギーの争奪戦も発生しないはず! なのに威力そんなに下がってないぞ!?」

「当たり前だろう? 特殊兵装なんだからな」

 笑って、箒が次々と攻撃を繰り出す。その前に、刀一本で防戦する一夏。白式の驚異的な機動性を生かしてむちゃくちゃに動くことで被弾を押さえようとする一夏だが、その目論見は熟達した箒の技の冴えの前には浅はかな抵抗でしかない。

 ならばと一端離脱しようとするが……。

「こう来るよな!!」

 視線も向けずに刃を一閃。コマ落としのように、斬撃線上に切り落とされたグレネード砲弾が出現する。直後再離脱した彼の背を追うように爆発の花が咲き誇る。追い立てられるように一夏は、再び箒の間合いに押し込まれた。

 超音速で飛来するグレネード弾の意味がそれだ。ふつう、支援砲撃というのは着弾までに若干の時間を要する。だが、シュヴァルツェア・レーゲンの砲戦パッケージ……のようなナニカは、爆発物を超音速まで加速して前線に叩き込む事でその問題を解決した。いくら学園がとれる限りの広い戦闘エリアを確保していても、この弾速では射出と同時に着弾する。

 そして襲い来る、不可視にして変幻自在の刃。

「くそ……!」

 再び防戦に追い込まれる。一見すると、一方的な展開に見える。しかし、責め立てている箒にも余裕はなかった。

「ええい、この! なんだかんだいって、見せたときと実際の形状が違う事や攻撃中に変形してる事に気がついて対処してるだろ一夏! ステルスモードで初動も隠してるのになんでわかるんだ!?」

「わからねえと負けるだろ!」

「ちぃ、これだからデタラメはぁ……! お前のそういうところ、昔っからかわらないな! うん、昔から……うんうん」

『箒。戦闘中。妄想はほどほどにして』

「ハイ」

『それと、一方的タイムは終了よ。シャルルがあがってくる』

 言葉と同時に、海面が爆発する。その飛沫の向こう側から急上昇しているオレンジ色の気影……シャルルだ。

 殺気も鋭く放たれる縦断を、不可視の長刀を回転させて箒が防ぐ。まるで漫画やアニメのようなその防御方法は、シャルルの射撃を完全に認識しているという挑発だ。弾丸を完全に認識していれば、タイミングを併せて回転させれば事足りる。レシプロ機で、銃弾がプロペラにあたらないのと同じ原理だ。

 反撃と言わんばかりに、再びラウラが砲撃を行う。シャルルでは対応不可能なそれに、一夏が割り込んで白炎を振るった。無力化されたグレネード弾が海面にばらまかれる。

「残念だったな。シャルルが復帰してくる前に削れるだけ削ろうって腹だったんだろうが、俺は割とピンピンしてるぜ?」

「むぅ……」

 長刀をぽんぽんして挑発する一夏。背後でシャルルも余裕の笑みだ。確かに不可視の刃は厄介だが……逆に言えば、それだけだ。先ほど戦闘中に一夏が口にした通り、"そんなに下がっていない"程度。つまり、ふつうの近接攻撃に比べればかなり威力は低い。

 相変わらず回避も防御も許さないのは問題だが、さすがにこれだけやりあって全く何も抵抗できません、という事はない。箒とラウラの連携の呼吸も読めてきたし、一夏とシャルルの能力ならそろそろ反撃に転じる事も可能だろう。少なくとも最大間合いは読めた、後はその外から射撃に徹すればいい。

「やるぜ、シャルル」

「OK。まあ、あまり美しくないけどね」

 二人そろってアサルトライフルを転送。弾幕でもって箒を圧殺する構えに入る。

 しかし、そんな事は箒の方も百の承知。

「残念だが」

 その手から、不可視の長刀が粒子になって溶けて消える。代わりに現れるのは……。

「特殊装備が一つだけとは、言ってないぞ?」

 サイバーな感じにラインが発光している大型のミサイルポッド、”山嵐”。それは近距離戦に対応した夢現とセットになった、長距離・多数に対応した第二の特殊装備だ。

「げ」

「え」

「さあ、食らえ……!」

 驚愕に呻く二人に、大型のミサイルポッドから無数のミサイルが射出される。ちゃっかりそのタイミングで一夏が誘爆狙いで射撃を叩き込むが、そのすべては弾頭に展開されたシールドバリアシステムに防がれた。

「シールドバリアの広域展開?!」

「違う、これは……この感じ、ミサイル全部にシールドバリア発生装置が積まれてやがるぞ、コレ!?」

 驚愕をもらしながらも、一夏とシャルルの対応は的確で迅速だった。ライフルで迎撃を試みながら急速離脱、山嵐の攻撃から逃れようとする。だが、その迎撃はすべて、弾頭に展開されたシールドバリアに阻まれ、さらにミサイルは独自の軌道をえがいて二人を包囲する。

 その動きに、一夏は違和感を覚えた。伊達に、過去にミサイルにねらわれた覚えがある訳ではない。ミサイルというのは基本、標的を確認したら一直線に向かうもので、それが最適だ。このように、周囲を包囲するように動くのは周到なようで、その実無駄だ。ミサイルの推進材は限られており、初速を得たらあとは慣性まかせなのが基本なのだから。

「やばい……! コイツは、”網”だ!」

 南無三、と一夏が白炎を纏い、彼の叫びで状況を把握したシャルルがシールドで体を覆う。

 直後。

 ”シールドバリアで形作られた網”の中で、無数のグレネード弾が一斉に弾け……その熱量すべてをシールドバリアが押さえ込み、小さな太陽の如き灼熱を海面に現出させた。

 六角形のHEX状の力場が過剰な付加によって浮かび上がり、球形の固まりを浮かび上がらせる。その中に、数千度を越える灼熱が押し込められて吠え猛る有様に、観客も実況も凍り付いて言葉を失う。

 他ならぬ箒自身もどん引きである。そんな彼女に、どこか得意げな簪の言葉が届けられた。

『山嵐。本来は、多数のホーミングミサイルをイメージインターフェイスで制御する高性能なマイクロミサイルだったけど、ブルー・ティアーズのデータのおかげで全く違う方向に進化した第二の特殊装備。今回はラウラの砲撃を利用したけど、シールドバリア端末を搭載したバリアビットミサイルと通常弾頭を組み合わせる事で、破壊力を極点に限定かつ圧縮する事が可能。理論通りね』

「それで済ますなぁー!?」

「護衛対象を殺す気はないぞ私はぁー!?」

 済ました簪の解説につっこむ常識枠二人。が、簪は澄ました声で。

『何いってるの? 単一仕様能力があの程度でどうにかなる訳ないでしょう』

 その言葉をきっかけに異変は現出した。

 太陽が、凍る。

 白熱の球体が青白く停止し、紫電を放っていたバリア弾頭が力を失って墜落していく。まるで砂糖菓子のように青白い白球が風に吹かれて崩れていき、その中から姿を見せるのは、白く燃える炎。

「馬鹿な。中心温度が何千度だと……シールドバリアシステムで押さえ込んで熱量と質量で同時に負荷をかけていたんだぞ!?」

 驚愕する箒の前で、白い炎がかき消えて姿を見せるのは、万全の状態の白式。その白亜の装甲には、焦げ目一つない。その腕の中には、ぐったりと脱力した状態のシャルルが抱き抱えられている。

「いや、そうでもないさ。さすがにちょっと、シャルルへのフォローが間に合わなかった。えげつない事考えるな、おまえら」

「えげつないのはおまえだ……!!」

 わかっていた。わかっていた、つもりだった。

 単一仕様能力の意味。零落白夜があったとしても、勝ちを拾うつもりだった。その上で、作戦を練った。

 だが、これほどまでとは。想像の上をいかれる、というのか。

 悠然とたたずむ白式。その背に、理解できないナニカあまりにも強大なシルエットを目の当たりにして、箒は息を呑んだ。

 

 何だ。

 私は一体。

 私たちは一体、何と戦っている!?

 

「おちつけ、箒。確かに今のをしのがれたのは予想外だが、想定外ではない。事実、迂闊な零落白夜の発動で白式のエネルギーは激減している。畳みかけるなら今だ」

「あ、ああ……」

「それと。同時によからぬ連中が動き出すのも今だ。気を張れよ」

 ラウラの不吉な忠言に気を取り直す箒。再び、夢現を呼び出して手にする。対面する一夏もまた、片手にブレードを構えシャルルを抱き寄せたまま、油断なく箒と対面する。

 と、そこで、渦中の王子様が身じろぎをする。ちょっとタンマと目配せして、一夏はシャルルを抱えたまま器用に空中で腰を低くした。

「う、ん……」

「お、シャルル、目が覚めたのか。動けるか? シールドエネルギーの残量はいけるか?」

「あ、ああ……一夏か。あー、うん。これは……ごめん」

「やっぱ戦闘は無理か。浮けるか?」

「いや、そういうんじゃないんだ。ごめんね」

 ガァン、と甲高い金属音が響く。箒も、遠方からこちらに向かってきていたラウラも、一夏も誰もかもがあっけにとられて呆然とする。

 一夏の白式を突き飛ばした、シャルル。彼は、どこか憑き物のとれたような笑みを浮かべて、一つ懇願した。

「……ごめん。巻き込んだ。父様を、お願い」

 直後、ラファール・リヴァイヴのサブアームが妙な動きを見せる。まるでシャルルから自身をはぎ取ろうとするかのように、彼女のISスーツと機材の間にシールドを突き込んだのだ。だがそれより一歩早く、ラファール・リヴァイヴ全体が、まるで湯をかけた紙細工のようにぐしゃりと歪む。

 まるで、子供が粘土をこねるように、歪な塊とかしたラファール・リヴァイヴが変質していく。その中に、シャルルを閉じこめたまま。

 金属の塊が、外圧によって形を変えていく。中にあるものがどうなってしまうかなんて、想像するまでもない。

「……あ。ああ、ぉぁああぁあぁああああ!!! お前……貴様ァアアア!!」

 激した一夏が、獣の形相で長刀を構える。

 その眼前で、変貌を終えた存在がゆっくりと動き始める。もはやラファール・リヴァイヴの面影などどこにもなく、色にさえかつての姿は残されていない。

 漆黒の装甲。右手には巨大なブレードを、左手には巨大なシールドを。人が本来収まるべきところには、表情の起伏のないマネキンのようなナニカ。鼓動のように、機体のスリットを青白い光が走る。

 頭部のバイザーに、一瞬文字が流れた。

『Valkyrie Trace System EMULATION Alien Destroyer』

 その言葉が何を意味するのか、理解できる者はここにはいない。ただ、はっきりとしていたのは、また理不尽によって、かけがえのないものを汚されてしまったという喪失感だけだった。

 機械的な動作で、変貌したラファールがブレードを一夏に突きつける。

 その切っ先に光が宿る。

 動揺も、困惑も、怒りも絶望も、その全てを置き去りにして破滅の幕が切り開かれた。

 

 

 カウントダウンが、始まる。

 


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