極東の騎士と乙女   作:SIS

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もっとたくさんの人に読んでいただくためにはどうすればいいんでしょうね?


code:11 舞踏への誘い

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏は、世界で唯一のISに乗れる男性である。

 

 その示す意味は、とても重い。

 

 今や核兵器に変わる世界の抑止力となりつつある、インフィニット・ストラトスと呼ばれる兵器。歴史に残る”白騎士事件”においては、日本にむかって発射された数百発の核弾頭を単騎ですべて無力化し、それに続く米国駐留艦隊と中華人民共和国の艦隊を敵に回して事故死や戦後の病傷死以外の死傷者を出さずに文字通りの完勝を納めて見せた。そして事件後、発足したIS委員会に提供された白騎士を元に開発された機体達はいずれも戦闘機をしのぐ航空能力と、戦艦をしのぐ防御力、ステルス機をしのぐ隠密性を保有し、通常戦力をさしおいて国防力を担う存在となりつつある。その明確な軍事運用こそアラスカ条約で禁止されているが、どの国も重要な防衛拠点でたまたまISの開発をしている、という建前でリミッター解除済みの機体を配備している事からもその防衛力としてのISの存在が浸透しているのは純然たる事実である。

 

 そんなインフィニット・ストラトスに存在する唯一明確な欠点。それは、女性しか搭乗できないという事。原因は不明。男女の性意識からくる違いがISの情動的コア接続を阻害する、遺伝情報の有無がISの生体認識機能に影響を与えている、あるいはコアに存在するとされているユニーク知性が女性好き、などと様々な憶測がされているが原因は不明。ただ結果として、ISを操るのは女性でなければならない。それが世界にもたらした影響はとても大きい。元来男所帯であった軍には、戦闘訓練を受けた女性士官は少なかったため、多くのパイロットはスポーツ選手であったり全くの一般市民から公募によって集まった、あるいは適正値を理由に国家に徴兵された者達であり、それにより軍の形は大きく変遷を強いられることになった。強烈な軍旗によって固められた鉄の社会にそれら一般的なメンタルをもったパイロット達がなじむことは難しく、ISの特異性から通常兵器との同時運用は困難であり、結果、従来の軍と新たにISを保有した軍は分裂、剥離していく。それは指揮権の複雑化、軍構造の肥大化、あるいは希薄化、概念化をすすめた。さらに国家は、新たなIS操縦者、あるいは技術者のスペシャリストの確保に躍起になり、一般社会からより多くの人材を吸い上げるべくIS、そのパイロットの偶像化を押し進め、ISは鉄臭い兵器というよりもまるでファッション、アイドルのように宣伝された。その事により一般社会と軍の敷居は薄くなり、人々は殺傷力を保有した何かが隣を歩く事に慣れていき、国家そのものの武装化が進んでいく。さらに一部のタカ派はこの風潮を女尊男卑として捕らえ、従来の男性優位社会の改革に乗り出す。だがその風潮に本当の意味で主権を持つ下層の人間は戸惑うばかりであり、社会全体に少しずつ致命的な破綻の兆しが現れ始める。無自覚なまま。

 

 ISという超兵器の存在が、社会構造すら変化させていく。ある学者は、ISの存在を火にたとえた。かつて、只の一種族でしかなかったホモサピエンスを、万物の霊長と思い上がらせるに至った、文明の始まりとなったその存在に。

 

 そんな変遷期に現れた、ISに乗れるという男性。

 

 現代社会の変化に嘆いていた人間からみれば、混乱する世界を元の状態に戻す為の鍵となる存在であり。

 

 今の変化をこそ望む者にとっては、じゃまな目の上のたんこぶであり。

 

 純粋に知的好奇心を満たそうとする者にとっては絶好の研究対象であり。

 

 それぞれの立場、考えによっては、敵にも味方にもなりうる七色の存在。それは、織斑一夏からみた世界もまた同様である。

 

 故に、織斑一夏はIS学園生徒としての最初の授業に覚悟をもって当たっていた。自分の存在が好ましいばかりではない、という事は、つい数日前に嫌というほど思い知らされている。おそらく好奇の視線だけでなく、敵意、ひょっとしたら悪意にすらさらされるかもしれない。また、そういったわかりやすい態度はまだよい。一夏を取り込もうとする、策謀の意志にも彼はまた注意を払わなければならない。そう考えれば、授業といえど油断はできない。まさしく、戦場に挑む兵士の覚悟で彼は登校の日を迎えた。

 

 迎えた、のだが。

 

「(なんだこの雰囲気は……!?)」

 

 一年生の教室、早朝のHR。

 

 織斑一夏は席から腰をあげ、起立した状態でだらだらと冷や汗を流していた。ほかにたっている者はそれこそ卓上に佇む彼の姉こと織斑千冬と山田という若い先生二人だけ。別にこの状況は懲罰をうけてたりいじめなのではなく、単純に自己紹介の番が巡ってきただけの話だ。だが、それだけなのにこの教室の空気はいったいなんだ。さきほどまで姉に向かって「千冬お姉様~」とかきゃいきゃいはしゃいで、学友の自己紹介にそのたびに盛り上がっていたはずが、今はまるで物音をたてたら世界が破滅する、といわんばかりにすべての女子が静寂を保ち、しかし目を爛々と好奇心に輝かせてこちらを見つめているこの状況は、一体。現在ハウスキーパーとして部屋を同じくしている響子のように敵対的な視線も存在せず、まるで有名人がコメントをするのを待ちかまえているファンのような状態ではないか。だがしかし自分は男であり、異分子である。IS乗りとして何か功績をあげてもいないのに、そんな事はあり得ない。確かに先ほど、ヘリに登場していたという女子に「命の恩人!」と持ち上げられはしたが……。困惑のあまり、隣の席に座っている幼なじみに視線をとばしてみるが、ぷい、と無視されてしまう。昨日の不幸な勘違いは懇切丁寧に説明したあげく全力で謝罪したのに、まだ機嫌がなおっていないらしい。

 

 周囲から降り注ぐ視線の集中砲火にため息をつきつつ、一夏は額の汗を拭ってなんでこうなったかに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しさかのぼる。

 

 意を決してトビラをあけはなった一夏の目に飛び込んできたのは、教室いっぱいにひしめく女子、女子、女子。どうみても女子学園の教室にしかみえないそこに今から突撃する、そう考えるだけで胃が重いなあ、と思っているうちはまだよかった。

 

 開いた扉に生徒の一人が気づき、続けて入ってきたのが男子生徒である事に気がついて声をあげた途端、あれだけ騒がしかった教室が一瞬で痛いほどの沈黙に包まれる。誰もが口を閉ざして沈黙し、しかしその視線はすべて一夏に集中していた。思わず回れ右をしてしまいたかったが、ここが自分のクラスの教室であるのはそれこそ何十回も確認したことなので、視線の重圧をかき分けるようにして席まで移動。その間、小言一つ聞こえない。これを一夏は拒絶と受け取り、まあ予想はしていたし別に寂しくないぞ、と思いつつも、偶然にも隣の席に座っていた箒に声をかけようとした。その時だった。

 

「織斑君……?」

 

「だよね、TVでみた……」

 

「……本物」

 

 ぼそりと一人がつぶやいたのをきっかけに、ざわざわざわと教室にさざなみのように広がっていく呟き。かといって近づいてくる者もなく、遠巻きにクラスのほぼ全員が一夏を片目に隣の女子とひそひそ話。そして。

 

「……おっし」

 

「が、頑張れ」

 

 一人の女子が、かつかつと人垣から歩み出てくる。その背に小さく、声援が投げかけられ、少女はぐ、っとガッツポーズで振り返らずにそれに答える。その歩く姿には気合いと決意が並々とみなぎっているのが人目で見て取れた。

 

 やっぱりこうなるのか、と内心どこか安堵しながら一夏はその女子生徒に正面から向き直る。まあ先輩に喧嘩ふっかけられた後だし、同学年の女子に喧嘩ふっかけられるのなんてまあそれに比べれば、と思いつつ、明らかに格上ならともかくおそらく同等の相手に対しどう振る舞えばいいのかの経験がない一夏、内心ビクビクである。そのせいか口調もどこかぶっきらぼうに、女子生徒に威圧的に口を開く。

 

「なんだ?」

 

「ひゃい!? え、えっと……」

 

「……?」

 

 戦闘態勢にはいった一夏の攻撃的な口調に、一瞬で決意やらなにやらが吹き飛んであわあわとなる女子生徒。その様子に、こちらを害しようという意志を微塵も読みとれず、あれ、ならなんの用事? と困惑する一夏。

 

 そんな戸惑いをよそに、女子生徒ははーふーと深呼吸をして息を整えると、ぐ、と腹に力を込めて一夏を上目遣いにみた。そして何かを決意するように頷き、

 

「あ、あの時はありがとうございました!」

 

「え?」

 

 あの時、っていつだ、という疑問が一夏の脳裏を横切り、閃光のように記憶がよみがえる。一夏の記憶にある限りでは、彼が女子生徒に借りを作ったような出来事はひとつしかない。それは、あの、ヘリの救援の……。

 

「あ、ずるい、私も私もー!」

 

「私もずっとお礼言いたかったんだからー!」

 

「抜け駆け禁止!」

 

「…………こそこそ」

 

 途端、弾けたように周囲の女子生徒が殺到してきた。ぎょっとする一夏をよそに、そばによってきたり手をとったり中には感謝の気持ちをハグで表す者まで現れる始末。せっかく朝に整えてきた制服も髪型ももっみくちゃにされてぐしゃぐしゃ。その壮絶な歓迎と感謝は数分後「何事ですかー!?」と眼鏡で童顔の教師らしき女性が駆け込んできて「やめて、やめてー! 皆さん落ち着いてくださいー!」と叫んだところでおさまるはずもなく。最終的に、最後にやってきた一夏の敬愛する姉が出席簿片手に怒号をあげてようやく収まったのだった。 

 

 

 

 

 

 

 そして今に至る。

 

 生徒達が一喝によって強制的に沈静化された後しばらくは世界最強の称号の一つ、ヴァルキュリアが「ブリュンヒルデ」の名を持つ織斑千冬に女子生徒が「お姉さまー!」的に熱狂して(一夏に言わせればあの怒号を受けた後できゃんきゃんできる女子生徒達が信じられなかった)いたのでしばし一夏への女子生徒達の露骨な好意は収まっていたものの、HRがすすみさあ生徒達の自己紹介に移ったところで段々と口数が減っていき、とうとう一夏の番が巡ってきたところで沈黙は静寂へと変わった。その一方で生徒達は相貌爛々と一夏の事を凝視しているのだからまったく居心地が悪い。再度、幼なじみにヘルプの視線を送るが今度は顔すらあわせてくれなかった。幸いと言うべきか、さすがに自分自身に授業があるから響子はこの場におらず、箒の友人だという更識簪という少女は別の教室になったそうなのでこれ以上場をひっかき回すイレギュラーは存在しない。正直、場をひっかき回してうやむやにしたいという気持ちがないわけではなかったが。ちなみにあのセシリア・オルコットがひっそり教室の隅っこにいた事に気がついたときは大いに驚愕したが、彼女はいっさいの干渉を行わずそれをまた一夏にも求めているようで、目をあわせてみてもにっこりほほえまれただけだった。

 

「お、俺は織斑一夏です……」

 

 冷や汗だらだらでなんとかつぶやく。あれ、自己紹介ってこんなにくたびれるものだったっけと自問するも答えは出てこない。

 

 さすがに名前だけいって終わりでは、と思って続けて口を開こうとするも、頭が真っ白で言葉が出てこない。というよりも、一体なにを言えばいいのだ。一夏にとってIS学園は敵地であり、それにふさわしい言葉しか考えていなかったのだ。

 

 これからお前等をぶったおそうと思ってます?

 

 俺は俺だけの為にここにきた。関わるな?

 

 敵となれ合うつもりはない?

 

 だが女子生徒達は敵ではなかった。少なくとも、多くの生徒は命を救われたことに純粋に感謝し、一夏と同じ学徒として向かい合おうとしてくれている。考えてみれば、多くは一夏と同じかつては一般市民として命の危険とは遠い場所にいて、同じように実弾の飛び交う空の下で学ぶ事を決意した、いってみれば同士のようなもののはずなのだ。そこに強制されたか自主意志であるかの違いはあるが、しかし未来に不安を抱いているのは同じはず。

 

 どうしても、ただの敵、なんて割り切れない。

 

 なれ合うつもりはもちろんない。変わらず、IS学園に所属する多くのIS乗りは一夏にとって乗り越えるべき壁であり、倒すべき標的である。だが、敵ではない、という事をこの三日間で一夏は理解しつつある。一夏を襲い、傷つけようとした村上響子は、しかし自分の世界と矜持を守るために一夏を狙い、そして紆余曲折の果てに一夏と同じ部屋で暮らしている。セシリア・オルコットは、イギリス代表候補生であり専用機を与えられたISエリートであり、一夏からすれば倒すべき目標、打ち倒すべき敵ではあるが、そのあり方はどこまでも誇り高く立派で、尊敬すべき相手でもある。

 

 かつての一夏の抱いた、己の存在証明を果たすためにすべての敵を倒し、自分自身の唯一無二性を証明する。ただの道化として祭り上げられるのではなく、自分自身の力で舞台にたつ。その思いは、形を変えつつある。

 

 そんな簡単な話ではないのだ。白と黒、敵と味方で分けられるほど、世界は単純ではない。敵と味方、その二つの境界は曖昧で、時に両立する。響子とセシリアがそうであるように。

 

 そのあやふやな結論、まとまらない考え、煮え切らない気持ちのまま、織斑一夏は言葉を紡いだ。

 

「俺は……その、皆さんもしっての通りだと思いますが、別に能力が優れていたりとか、そういった理由でここに立っている訳ではありません。ただISに乗れる男子、それだけが俺に立っている理由のすべてです。きっと、その事を不愉快に思う人も、いるかもしれません」

 

 視界の端、腕を組んで聞き入っていたセシリアが、眉をぴくり、とひそめた。

 

「でも、その事を不愉快に、いや、頼りなく思っているのは俺も同じです。俺は、俺の意志で立つ場所を選びたい。たとえ強制されてこの場所に立っているのだとしても、自分自身で立っている事を認められるようになりたい。勉強は苦手だし、運動は得意だけどISの操縦はまだ慣れないし、不格好でおぼつかない。けど、俺は」

 

 思い出す。

 

 絶対不利な状況にあっても、自分自身への信頼と誇りを揺るがせる事なく蒼穹を舞う魔弾の射手の姿を。

 

 己の築いた努力と誇りで鍛え上げた、冷徹なまでの黒の襲撃者の佇まいを。

 

 力ある者としての自戒と誇り、ノブレス・オブ・リージュをその身で大言し、空を舞う蒼き滴の刻むステップを。

 

 その瞬間、するりと、一夏がずっと形にできなかった思いが唇を通して形になった。

 

「俺は……誰かの標になりたい。そう思われる人間になりたい。この場所で。皆と一緒に。だから、これから……一緒にがんばっていこう。よろしく」

 

 言い切り。

 

 席につく。言葉はない、静寂だけが相変わらず場を支配している。

 

 うわあ、なにをいっているんだ俺は、と赤面して机に顔を沈める一夏。思い返してみると大変に恥ずかしいことを言った気がする。しかもこの反応、どうやら大いに”外した”らしい。真面目にこの場からの逃走を考慮しはじめた一夏に、それは聞こえてきた。

 

 

 

 ぱち、ぱち、ぱち。

 

 

 

 

 手をたたく、軽い拍手の音。

 

 顔をあげて振り返ると、教室の隅、セシリア・オルコットが背を延ばし、その両手を打ち鳴らしていた。

 

 続けて、すぐとなりから、ぺちん、ぺちんという音。

 

 箒が、相変わらずそっぽを向いたまま、両手をたたいていた。なんとなく気の抜けた音だが、まぎれもない拍手だった。

 

 やがて手をうつ音が、一重、二重に重なっていき。やがて教室中の生徒たちが、手をたたいていた。卓上で、山田教諭が目をうるうるさせてぺちぺち手を叩き、千冬がふん、まあ及第点かな、といった感じで腕を組む。

 

 それをみて、一夏は気まずげに、頬をかいて苦笑した。

 

 やがて拍手の音は止み、静かに自己紹介が再会される。ちなみに、一夏の後ろの席の女子が、立ち上がって言葉に迷って真っ赤になったあげく卒倒するというトラブルがあったが、まあ余談だろう。

 

 

 

 

 

 

「さて、自己紹介が終わったところで、さっそく決めなければならない事がある」

 

 HRの時間が終わり、一時限目の開始……となったところで、教卓に立つ織斑千冬が告げた。

 

「まず、クラス代表。これを決定しなければならない」

 

「クラス代表というのは、言うなれば一般の学校で言うクラス委員長の事ですね。ただし、IS学園は一般の学園と決定的に違う点が一つあります。皆さんにはわかりますよね? ……そう、クラス代表は文字通り、ISを用いた対校試合においてクラスの代表として参戦する、言うなれば”クラス全体の代行者”としての役割も持ちます」

 

 千冬の言葉を引き継いで説明する山田教諭。一息おいての質問はありますか、という言葉に早速生徒の一人が手をあげた。

 

「先生、質問です」

 

「はい、どうぞ」

 

「今はまだ授業が始まってすらいない第一時限目です。当然、ISの操縦技術などは未知数どころか学んでもいません。そんな状態で代表を決定する事に意味はあるんですか」

 

「よい質問だ」

 

 答えたのは千冬だ。彼女はそのきつい視線で女子生徒を真正面から見つめ、女子生徒があう、と赤面して手をおろす。だが、横から見ていた一夏の解釈だと、あれはあの生徒を評価して名を覚えておこうか、といった感じの視線にとれる。なんだかんだで面倒見がいいんだよね、と回想する一夏を何故かギラリ、とにらみつけた後で、千冬は説明を再会した。

 

「確かに、今の時期でISの実力をはかる事は無意味だ。だがいったはずだ、今の段階でお前等全員、ただのひよっこにすぎん。私の仕事はまず最初の一年間で基礎を徹底的にたたき込み、IS乗りとしてのおむつをとってやる事だ。つまり、IS乗りの実力の高い低いを語るなど、一年たってもまだまだ早い。だったら誰がクラス代表をつとめようが、大差あるまい?」

 

「先生、質問はよろしいでしょうか」

 

「いいぞ。言え」

 

「えっと……今の、実力差などない、という発言ですが……実際、そこにおられるセシリアさんみたいに、既に何ヶ月も前からISに搭乗し、専用機なんかも与えられちゃってる人もいるわけですが……そのあたりは」

 

「私に言わせれば貴様等全員どんぐりの背比べだ。これはブリュンヒルデとしての意見ではなく、いちIS乗りとしての意見でもある。いっておくが隣の山田先生からみても、貴様等全員スライムかスライムベスかの違いでしかないぞ」

 

「やー、さすがにセシリアさんレベルになると、一角ウサギぐらいは……」

 

「話がややこしくなるから黙ってくれないか山田先生」

 

「は、はひっ!!」

 

 戦乙女の一睨みで撃沈する山田先生。先生間の実力差が明確にわかるやりとりである。

 

 だが一夏は今のやりとりに戦慄したものを感じていた。あの、セシリア・オルコットですら、先生レベルの人間からみれば序盤の雑魚の一角でしかないという事なのだ。だが考えてみれば、納得できる根拠もある。今教卓にたっている山田先生に、一夏は覚えがある。忘れもしない、IS学園入学試験の実技会場にて、打鉄をまとって乱入した一夏を迎撃した機体に乗っていたのは、間違いなく件の女性だ。あの時の彼女の見せた機動の踏み込みの早さと正確さ、何よりタイミングには戦慄を感じさせられるものがあった。あれはあくまで試験で、試験官と受験者の乗る機体にそう明確な能力差はない、それこそ訓練機レベルだったはず。そんな機体で、あの眼鏡の先生は銃撃より早く、昆虫よりも冷徹に、風よりも静かに抜き打ちを放っていた。一年間のシェリーの地獄の猛特訓で鍛えられた反射カウンターが成功しなければ、あの一瞬で一夏は地に叩きふせられていただろう。それも、二回目をやれといわれても絶対にできないと断言できる。あれは偶然だったのだ。

 

 その山田先生が、ちゃんとした機体に搭乗すればどれほどのものになるのか。想像できず、ごくりと一夏は唾を飲んだ。

 

「つまりは、実際のところクラス代表に求められるのは、現時点での実力などというつまらんデータではなく、本人の意志、熱意、という事になる。クラス代表としてふさわしくあろうとすれば、自然、実力もそなわっていくというものだ。ついでに言えば、クラス代表を不甲斐ないと思うなら、クラス生徒どもはそれをなんとかせんと努力しなければならない義務もある。あくまで代表は形だけ、クラス全体で努力しなければならないというのは当たり前の話だ……理解したか?」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 納得して生徒が手をおろす。それを確認して、千冬は話を進めた。

 

「という訳だから、クラス代表の選出は、推薦とする。自分で自分を推薦するもかまわん、これは、という人間に託すのもかまわん。ただし選ばれた、選んだ人間に前言撤回はみとめん。さあ、いってみろ」

 

「では早速」

 

 手をあげたのは、それまでずっと押し黙っていた金髪の英国人。セシリア・オルコットだった。彼女は相も変わらず場違いな英国貴族オーラとでもいうべきものをまき散らしつつ、千冬の許可をえてすっと立ち上がった。

 

「私、セシリア・オルコットは、自らをクラス代表にふさわしいと推薦します。……いかがでしょう?」

 

 胸に手を当てて、そうクラス全体を見渡す彼女の視線には、異議はいわせない、という圧倒的な自負と自身がみなぎっていた。射すくめられたように、女子生徒たちが首をすくめる。

 

 妥当な線ではある、と一夏は評価した。千冬はああいったが、しかし現状でセシリア・オルコットがひときわ図抜けた実力者である事は疑いようのない事実であるし、彼女が向上心漲る努力の人である事も間違いのない事だ。彼女がクラス代表をつとめるのは、自然な流れのように思えた。

 

 だが。すぐ隣から、「先生」と呼びかける声が聞こえてきて、一夏は驚いたように振り返った。

 

 その視線の先には、背をぴんとのばして、一夏とは視線をあわせまいとそっぽを向いたまま、手をのばす箒の姿。

 

「なんだ、篠ノ之」

 

「私は、織斑一夏をクラス代表に推薦します」

 

 ざわ、とクラス全体がざわめいた。あら、とセシリアが目を軽く見開き、当の一夏本人は面食らって腰を浮かせた。

 

「ちょ、箒、な……いだっ!?」

 

「挙手もなしに意見をあげるな、馬鹿もの。で、篠ノ之。できればその理由を聞かせてもらいたい」

 

 一夏をチョーク投擲で床に吹き飛ばして、千冬はじっと箒を見つめ返した。その瞳は、幼なじみへの思慕などといった”くだらない”理由であったなら許さない、と無言のうちに語っている。だが箒はそれを真正面から見つめ返して、はっきりと自分の意見を言った。

 

「彼は、努力する人です。これでは不足ですか」

 

「いいや」

 

 千冬は、箒のその答えに無表情のまま首をふり、何事もなかったように再び視線を正面、クラス全体を睥睨する位置へ戻した。箒も、特別なことはなにもなかったと、席に腰をおろす。遅れて、床にはいつくばっていた一夏がへいへいの体で席に戻る。

 

「さて、他に意見のある者はいるか?」

 

 沈黙。それはつまり、この場での結論はきまったという事だ。セシリアと一夏、二人は集中する視線に、方や絶対の自信をもって、方ややれやれといった表情で答えた。

 

「では、セシリア・オルコットか織斑一夏のどちからが、クラス代表をつとめるという事で話をまとめよう。……が、しかし。話し合いで決着をつけるというのも手ではあるが、せっかくだ。IS学園らしいやり方で決着をつけるとしよう」

 

 その発言に、ざわ……! とクラスが騒然とした。セシリアも一夏も、予想外の流れに目を見開く。IS学園らしいというやり方となると、まさか。

 

「これから一週間後、クラス代表決定戦を行う。勝った方が、このクラスの代表となる」

 

「まってください」

 

 異議を唱えたのは、セシリアその人だった。彼女はどこか困惑したように、千冬に異議を唱える。

 

「それはさすがにハンディキャップがすぎます。前提条件として、私は数ヶ月前からISの操縦訓練を行っていますが、織斑さんはわずか数週間にもみたない。実力依然に条件に差がありすぎます。あまりにも不公平です!」

 

「俺も異議あり、だな。ついでにいうと、オルコットさんが得るものがなさすぎじゃないか、この場合」

 

「織斑さん?」

 

「俺は学園的には単なるモルモットだから負けようが勝とうが関係ないかもしれないが、オルコットさんは違うだろ。勝って当然、多少の苦戦でも非難材料になっちまうような試合、組む意味があるとは思えない」

 

「……そのお気遣い、感謝しますが実に生意気ですね」

 

「こっちもただで負けてやるつもりはないんでね」

 

 何故か最終的ににらみ合ってる二人だった。とはいえ、代表立候補と代表推薦を受けたものがそろって異議申し立てをしたこの事態に、クラスと山田先生が困惑してざわめく。特にその片棒をかついだ箒はおろおろとセシリアと一夏の間で視線をさまよわせるばかりだ。

 

 その空気を一変させたのは、やはり織斑千冬だった。ばしんばしん、と打ち鳴らされる手によって、強制的に視線が彼女に集中させられる。

 

「馬鹿者共が。そんな事、こちらも把握している」

 

「ならどうして」

 

「前提条件に問題があるなら、それを埋め合わせるだけだ。誰もオルコットと織斑をサシでやらせるなどとはいっていないし、織斑に今のままの装備で戦わせるつもりもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

 IS学園のメイン掲示板に、次のような掲示が張り出された。

 

「三月×日、午後一時よりIS学園野外訓練アリーナ第一海上にて、セシリア・オルコット及び篠ノ之箒対織斑一夏及び村上響子による特殊タッグマッチを実施します。またセシリア・オルコット及び織斑一夏は専用機の使用を前提とします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔弾の教え子たちによる、饗宴が始まる。

 

 舞え、蒼き舞踏。

 

 振るえ、白き剣閃。

 

 己が信念を、証明せよ。

 

 

 

 

 


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