極東の騎士と乙女   作:SIS

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 こんなに話したのは、いついらいだったか。

 

 誰かと心を許して話すのが、こんなに楽しかっただろうか。

 

 箒はそんな事を、ふと思った。

 

「そうか。更識さんにも、お姉さんがいるのか」

 

「……ん」

 

 更識簪という少女は、人みしりの気がある箒をして無口と言わしめるレベルだった。だが、非社交的かというと決してそうではなく、人見知りも遠慮もするがむしろ人との付き合いに慣れているというか、所謂押さえる処はちゃんと押さえるといった感じであり、話しやすい相手だった。

 

 基本的に箒が話し、簪が答えるというものであり、箒自身口数が多い方ではなかった為横から見ると非常にじれったく、物静かな会話だったであろうが、ここのところしばらく同年代との会話そのものがご無沙汰であった箒にはちょうどいい難易度であったともいえる。

 

 その中で箒が感じ取ったのは、簪の教養の高さだ。いわゆる三流から二流家庭で育ったものの実家が剣術家であったという事もありそれなりに躾は厳しかった箒であるが、その彼女をして簪の立ち振る舞い、あり方は高度な教育のそれを感じ取ることができた。

 

 だが簪はそれを決して誇るような事はなく、あくまで謙虚に徹し……それはどこか、自分にたいする自信の無さを感じさせた。そんな処に箒は後ろ向きな共感を感じつつも、もっと彼女の事を知りたい、そう思っていた。

 

「どんな人なんだ? 私の姉はその……ああいう人だったからな。正直、姉妹としてはあまり関係がなかったというか」

 

「…………」

 

 純粋に好奇心から語りかけた箒の言葉。だが、それに返ってきたのは今までとはまるで違う形の沈黙。あれ、と箒は焦って簪を見やるが、彼女が見出したのはどこか陰鬱な表情だった。

 

 あれ、何か私は話題選択を間違えたのか、と焦る箒。

 

 そんな彼女の狼狽は本人の意思とは裏腹に実に露骨で、それを見て自分の有り様に気がついた簪は慌てて首を振って決して不愉快になった訳ではない事を示す。

 

「……姉さんは……凄い人」

 

「そうなのか?」

 

「うん。武芸も勉強も私より出来て……ISの操縦も上手くて……IS学園で、生徒会長をしている」

 

 そして。

 

 たった一人で、国から押し付けられた試作機をくみ上げて運用するまでに至った。手の届かない、天才。

 

 その呟きは、言葉になる事は無く簪の胸の中に溶けた。

 

 それを、箒が聞き取ることは無い。

 

「生徒会長? IS学園でか……それは、凄い人なんだな」

 

「うん。凄い人」

 

「でも、私が聞きたいのはそうじゃないんだ。その……だな。簪とそのお姉さんは、仲が良いのか?」

 

「え」

 

 きょとんとして、簪は箒を見上げた。

 

 箒はうーん、と腕を組んで、己の言いたい、口にしたい言葉を探る。

 

「私は、だな。正直、姉さんとは仲が良いとか悪いとか、それ以前の問題だった」

 

「……そうなの?」

 

「ああ。姉さんは昔からよくわからない難しい事を口にしてな、それを理解できない周りにいら立ってるようだった。それで部屋にこもってあまりでてこなくて、一緒に遊んだりとかはあんまりしなかった。ただ、険悪な関係って訳でもなかったんだ、その時は」

 

「……今は、違うの?」

 

「わからん」

 

 むすっとして、箒は唇を尖らせる。

 

「姉さんの発明のせいで、家族はバラバラ。私もあっちこっちをたらいまわしにされて、挙句IS学園なんて場所に放り込まれようとしてる。姉さんの影響で、世界は無茶苦茶だ。普通なら、怨むんだろうな、こういう場合」

 

「……そうね。でも貴女はその言い方だと……」

 

「だからわからんのだ。今の私は恨みたい。罵ってやりたい。でも、姉さんが残したたった一つの言葉が、それを今も邪魔するんだ」

 

「言葉?」

 

「ああ」

 

 ためらいがちに、箒がどこか遠い目で呟く。その視線は、遠い過去をみているのだろうか。

 

 悲しい瞳だ、と簪は感じた。

 

「あの日。姉さんが失踪する直前の夜。私は、家を去ろうとしている姉さんにあったんだ」

 

 そして、そんな感傷を吹き飛ばす一言に、簪の眼は見開かれた。

 

 ……篠ノ之束博士の行方は、依然として知れない。どこにいったか、その予想すら立たないでいる。世界中が探している人物の、その手掛かりがぽろり、と今、簪の目の前に転がってきたも同然だった。

 

 それを問いただそうとして、だけど。

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね、って。姉さんはいったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 簪は問いただそうとした口を、閉じる。恥じるように。

 

 それに気がつかず、箒は遠い目で、在りし日の姉を思い返す。そこにあるのは、複雑な家族への愛情と親愛、相反する憎悪と疑問、なぜ、どうして。

 

「……それは、誰かに?」

 

「いや。誰にも」

 

 だって。

 

 だって誰も彼もが、姉の行く先は聞いてきても、姉の心情については知ろうとしなかったから。姉の行きそうなところ、考えそうなところは根掘り葉掘りきいてきても、姉から妹への言葉なんて、知ろうとしなかったから。だから箒も言わなかった。

 

 それは、勝手に箒の身柄を振りまわす国に対する反抗心でもあったのかもしれない。でもそれ以上にきっと、姉からの大切な言葉であるそれを売り払ってしまえるほどに、箒は束の事を憎んではいなかった。そういう事なのだろう。

 

 その感情は、簪にはよくわかった。手に取るように。だって、自分もそうなのだから。

 

 恥に、唇をかみしめる。姉妹の聖域に、分かっていながら踏み込んだ事に、深く。

 

「……ごめん、なさい」

 

「? いや、別に謝らなくても。そんなに深い話でもないし……それに、私はちょっと嬉しかったからな」

 

「え」

 

「だってこんな風に姉さんの事聞いてくれた相手は今までいなかったからな。肩の荷が下りた気分だ」

 

 そういって箒は本当に気楽に笑う。それはどこか卑屈で、苦笑じみたものではあったが。

 

「だから。更識さんが嫌でなければ、もう少し貴女のお姉さんの話を聞いてみたいとも思うんだ。その様子だと仲が良くないのかもしれないが、話す事で楽になる、そんな事もあると思うんだ」

 

「…………私は、その」

 

 きゅ、と口を引き結ぶ簪。

 

 今まで、彼女にとっても友人と呼べる、呼びたい相手はいた。でもそんな相手はみんな、姉の話をすれば彼女に興味を持ち、やがて簪から離れて姉とある事を望むようになって簪から離れていった。それを、簪はしょうがない事だと思っている。

 

 だって姉の盾無は、若くして裏稼業を引き継ぎ、超一流のIS乗りで、文武ともに完璧、おまけに社交的と非の内のどころのない完璧超人だ。どれだけ簪が努力してもあっさりその上をいき、そして決して追い付けない。そんな存在。

 

 けど。

 

 この人なら。篠ノ之箒という、同じ姉の存在に悩むこの少女なら、ひょっとしたら。

 

 躊躇いつつも、おびえつつも、簪は口を開き。

 

 

 

 

 轟いた爆音に、再び口を閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……?!」

 

 騒然とする機内で、箒が腰を浮かせて窓際に駆け寄る。

 狭い窓からは、どこまでも広がる水平線と、青空、そして護衛のヘリの姿が見える。だが、そのヘリの動きがどこかおかしい。整然と隊列を組んでいたはずのヘリはどこか浮ついたように左右に蛇行しながら、せわしなく動き回っている。逃げ回るようだ、と箒が感想を抱いた直後、その視界を確かに何かがかすめた。そしてその何かに箒が思い当るよりも早く、窓を真っ赤な閃光が埋め尽くした。

 

「うわっ!?」

 

 閃光に思わず眼を庇い、ついで搭乗している輸送ヘリを襲った衝撃に思わず床に尻もちをついてしまう。続いて爆音がとどろき、耳を押さえながら再び窓を覗き込んだ箒がみたのは、真っ赤に燃えて海面に墜落していく護衛ヘリの無残な姿だった。

 

「あ………あ………」

 

 箒は知っている。あのヘリに、人が乗っていた事を。ヘリに乗り込む少女達を、遠巻きにほほえましそうに見守っていた自衛隊員の姿を、箒は列の中から遠巻きにみていたのだ。

 

 その、生きた人が乗っていたはずのヘリが、落ちていく。真っ赤に燃えて、崩れながら。

 

 落ちたヘリの煙を、何かが吹き散らした。それは、さっき見た何かよりも大きく、はっきりと箒はその姿を捉える事が出来た。

 

「戦闘機……?!」

 

 眼をみはる箒の隣に、簪がようやく衝撃から立ち直って奔りより、同じように眼を見開いた。だが、それは箒とは違う理由。

 

「(まさか、襲撃? でも、早すぎる……!)」

 

 確かに襲撃は予定されていた。それに対する防衛も。

 

 でもそれはもっとずっと後の話、日本からもIS学園からも平等に遠い海域での話だったはずだ。ここはまだ、自衛隊が迅速に干渉できる海域、すぐにでも迎撃部隊が派遣されて襲撃者は殲滅される。IS学園設立以降、日本の防衛力は外部からの干渉に関して鋭敏だ、かつてのように警告だけや威嚇射撃だけでは絶対に済まさない。国家の威信をかけて問答無用で殲滅しにくる筈だ。それが、襲撃者達には分かっていないのか。

 

 もし、本格的に報復が行われれば、テロ組織の存在だけの話ではない。今時、テロリストの背後に国家の存在がないなどまずあり得ない。過激な事をすれば、それ相応の対処が下される。IS委員会というのは、それだけの力をもっているのだ。だからこそ、様々な事情……IS学園という移動要塞を領海に招き入れる事、あるいは逆にIS学園の防空領域を機甲部隊が侵入する事、その両方の摩擦があったとはいえ護衛が数機の戦闘ヘリで十分と判断されたのだ。

 

 いや、あるいは。

 

 これが、囮だとすれば。本命が、IS学園への強襲だとしたら、つじつまは合う。背後の勢力は愚かにも、IS学園を制圧する事でもろもろをもみ消すつもりなのだとしたら。

 

 そうなったのなら。

 

 日本からの増援は少し時間がかかる。予想が的中すればIS学園からの増援も見込めない。

 

 ならば、自分達でどうにかしなければ、命は無い。

 

 硬直した簪の耳を、再度爆音が揺るがす。機内のあちこちで悲鳴が上がり、少女達が悲鳴を上げて座席にしがみつき、あるいは頭を抱えて座り込む。混沌の渦とかした機内で、悲鳴とも嘆きともつかない叫びが木霊する。

 

「いやぁあああっ!」

 

「お母さん、お母さんっ」

 

 誰もかれもが我を忘れている。無理もない、IS学園に入学する意味を頭でわかっていても、彼女達はついこの間までただの一般市民、銃すら目の当たりにしたことのない平穏な世界の人間だったのだ。いきなりそれが鉄火場に放り込まれ、IS操縦者になるというのはそういう事だと理解していたとしても心がおいついていかない。それを見る簪の瞳にも恐慌の翳りがよぎる。もともと気の強くない彼女は、この中にあって実戦に最も近いながらも混沌に容易く染め上げられようとしていた。

 

 それは言うならば、魂の強さの問題。あるいは。……反抗の意思の問題である。何への?

 

 理不尽への、だ。

 

「っ!」

 

 一人の少女が、歯を食いしばって肩を怒らせるのを、簪は見た。

 

 その少女は、何の特殊な能力も持たないただの小娘である事を、簪は知っている。文武ともに大したことは無く、むしろこの場の少女達の中にあっては能力的に平凡極まりない、ただの少女。

 

 その少女だけが、明確な怒りを眼に灯して、立っていた。凛として佇む、その言葉を簪は初めて目の当たりにした。

 

「……篠ノ之さん?」

 

「更識さん。確かこのヘリにも、搭乗員用の火器ぐらいはあったな? 乗り込む時に艦尾で見た覚えがある」

 

「え、ええ……あるけど……まさか」

 

「……私は素人だ。この場にいる人間の誰にも及ばないだろうし、自分が言ってる事が唯の無茶である事も理解している。だが同時に、このままではヘリが落とされるのも、護衛が全滅するのも時間の問題だろう」

 

 有無を言わせぬ言葉に、簪は押し黙る。箒の言う事は、事実であるから。

 

「……だから、自分が戦いにいくと? 勝てるわけがない、ひょっとしたら唯のお荷物になるかもしれないのに?」

 

「独善であるのも、無謀なのも分かっている! わかっている、わかっているんだ……」

 

 箒は、泣きそうな顔で、この場にいる全ての人間に叫んだ。

 

 

 

 

「落とされたヘリには、人が乗っていたんだ!!」

 

 

 

 

 

 シン、と機内が静まり返る。その場の人間全ての視線を浴びているのにもかかわらず、それが眼に入らない様子で箒は呟く。

 

「あの人は任務で護衛をしていた。責任は私たちにはない。死ぬ覚悟もあっただろう。でも、それが死んでいい理由には、ならない。そもそもこの襲撃は誰のものだ? そして襲撃は誰のせいだ? 誰のせいで護衛の人は今、闘って死んでいく?」

 

「それは……ISの……」

 

 機内の少女の誰かが、ぼそりとつぶやいた。

 

 それに、箒はこくりと頷き、そして血を吐くようにかすれた声で呟いた。

 

「そうだ、ISだ。そしてそれを造ったのは、私の姉なんだ。私の、家族なんだ」

 

「篠ノ之さん…………?!」

 

 思わず簪は声を荒げる。それは論理の飛躍だ、負わなくていい責任だと。それに、箒は首を振る。

 

「そうだ。これは突飛な話だ。いままで逃げ回って、振りまわされてきただけの私に、責任を負う資格などたぶん、ないだろう。けど」

 

 再びの爆発。最後の護衛のヘリが撃墜されて、その閃光が窓から差し込む。

 

 その赤い光に照らされて、箒の全身は血で染まったように見えた。

 

「今わかったんだ。私はもう、無関係ではいられない。無自覚ではいられない。今まで眼を背けていた事を、今、向き合わない理由も、資格もやはりないんだ。闘わなくちゃいけないんだ。現実と。ISと。私達を取り囲む全てに!」

 

 箒自身、自分が何を口走っているのかは明確に理解していない。それでも自分を突き動かす熱量に、口を開かなくてはいけなかった。そうでなければ、罪悪感と焦燥感と怒りに、自分が爆発してしまいそうだったから。

 

 その、若さの象徴とも言うべき、方向性の定まらない熱量は、箒の言葉にのって機内の全員に響いた。

 

 熱量は、伝播する。それが負であれ、正であれ。

 

 故に。彼女もまた、覚悟を決めた。

 

「……そう、だね」

 

 簪は呟いて。右手の手首に手をやった。そこにある、金属製のブレスレットに手を当てる。

 

「どうせなら、やる事をやってから、あきらめるべきだよね」

 

 顔を上げた彼女の顔に、先ほどの陰りは無い。些か不安定で、不器用で、危うくても、そこにあったのは確かに前に進もうという熱量の火照りだった。

 

「いくよ、打鉄弐式」

 

 閃光が、簪の全身を包み込んだ。IS学園の制服が粒子となって分解され、その下からぴっちりと全身を覆うISスーツが現れる。さらに、その周囲に虚空から出現した無数の機械がかみ合いながら、その全身を覆っていく。

 

「な……」

 

 眼を見張る箒の前で、展開を完了したISがジッ、と虚空に紫電を放った。

 

 現れたのは、この場にいる誰もが見た事のない機体だった。簪は打鉄弐式といったが、確かになるほど基本的なシルエットは打鉄のそれに酷似している。だが、装甲がより薄く、全体的により俊敏で鋭敏なイメージを見る者に与える。だが同時に、物足りないイメージも与えるだろう。確かにその機体は先鋭的なシルエットをもってはいたが、あまりにもボリュームが足りない。まるで、必要な部品がまだ取り付けられていない、そんな感じだ。

 

「…………打鉄弐式って……」

 

「確か開発中の日本製第参世代だよね? まだ概念実証段階だって言う」

 

「じゃあまさかあの娘、代表候補生……?!」

 

 ざわざわとする機内。簪は展開し終えた機体で箒と向き合い、箒は予想だにしなかった展開にちょっとひるんでうっ、とのけぞった。

 

「さ、更識さん……? 貴女は……」

 

「ごめん。説明するのは後。それよりも篠ノ之さん、貴女の力を借りたい」

 

「え?」

 

「必要なんです、貴女の助けが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 騎士もまた、動き出す。

 

 少し、本人にとって不本意な形で。

 

 

 

 

 

 

『いいか。今回は速度が命だ。とにかく余計な事を考えずに、まっすぐに飛べ』

 

「分かってるよ。それよりもその……いいんですか? 先輩」

 

「構わない。それより早く乗れ」

 

 IS学園の空港部分。普段は短い滑走路とヘリポートのあるその場所は、今や大きく姿を変えていた。

 

 広い運動場のようだった滑走路は全てその下から展開された無数の天に向かって伸びる傾斜した板……電磁カタパルトが林のように立ち並び、ヘリポートは収納、反転しその下から無数の対空兵器が出現していた。他にも、港湾部の堤防は次々と展開し、ミサイル砲台や対空機銃が展開され、今や巨大な学園都市は移動要塞へとその姿をはっきりと変質させつつあった。

 

 そんな中、ヘリポート改めカタパルトエリアで、織斑一夏は今やほぼ専用機扱いの打鉄を身にまとい、いまから出撃せんとしていた。目的はもちろん、IS学園の防衛範囲外で襲撃を受けた新入生たちの救援だ。既に護衛が壊滅状態とあり、一夏も状況の危険性を理解し焦っていたが、それであっても彼は少しの困惑を覚えずにはいられなかった。

 

 なぜならば。

 

「いいからさっさとして。事態は貴方の想像以上に切迫している」

 

 彼の前に立つ、長身の美女。長い三つ編みを揺らす、漆黒のIS搭乗者。

 

 村上響子。

 

 つい先日、織斑一夏を友人と共に襲撃した敵であり、先輩であり、学園きっての凄腕である。

 

 その彼女は、先日と違う装備を身にまとっていた。

 

 背中に背負った、巨大なユニット。どこかスペースシャトルやロケットを思わせる大規模なスラスターを備えたそれは、超高速巡航ユニット、所謂追加スラスターだ。本来キャノンボールファストという超高速レーシング競技や超遠距離への緊急展開用のユニットを装備して彼女が現れたのは、彼女もまた救援に向かうからに他ならない。だが、それなら一夏も同じ装備をしていなければならないのに、そうではない。そしてそれは手違いや一夏がその事を知らなかったのではなく……。

 

「いいから早く私の上に乗って。貴方の打鉄では追加ユニットを装備しても間に合わない」

 

「いや、ですからなんで先輩の上に乗らなければいけないんですか!?」

 

「流石に距離がありすぎる。全速で飛ばせばギリギリというところだが、そうすれば私のブラックナイフは戦闘力を失う。ならば、貴方を担いで飛んでいき、直接戦闘を任せるのが適切というもの」

 

 むっつりとした顔で語る響子。語っているのは正論なのだが、ただとりあえず不本意です、という雰囲気は態度で全開である。対する一夏はどうこたえていいのか分からず、しばしうろたえガリガリと頭をかきひとしきり唸った後、覚悟を決めた。

 

「ええい、後で文句言わないでくださいよ先輩!」

 

「言わない。ではいくよ、後輩」

 

 


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