魔女達のアフリカ戦線―食後のデザートアイ―   作:ここの色。

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――曖昧見舞い――

「……真美の入ってる病院ってここなのか?」

 魔女たちが、集落の中に建てられた白く続く大きな廊下を歩いている。

 暑さに見合った開放的な服装。

 それが今のウィッチたちの出で立ちである。

 マルセイユの故郷、帝政カールスラントでは常夏の国よりも暑い地域であると皆が思っているらしいのだが、実際は砂漠は湿度が低いためほんの気休めだが快適な部分もある。

「そっちじゃないわよシャーリー」

 ケイが長身の魔女を引き止める。

 どうやらあちらは医師のための空間であるらしい。

「ところでその大きな包みはなんなのよ?」

 ライーサが訪ねてくる。

 そういえば彼女は知らないんだったね。

「ああ、これか」

 マルセイユたちが向かっているのは、先の戦いで負傷した真美軍曹を労うためである。

「お菓子を包んだんだよ」

 遠回しに表現しようか迷った挙げ句、そのまま一周回って正直に答えてやった。

「ねえ、……さっきから気になってるんだけど」

「なんだ?」

「ルッキーニちゃん、なんでマスクなんてしてるの?」

 ケイは、口に大きなあて布をしつつもいつにも増して大人しいルッキーニの様子を不思議がっている。

「あ-。私もさっきから気に……」

 毎日はしゃいでいる彼女のこと、変に思うのは無理もないのだが。

「っと、ここだ」

 簡素な部屋の扉の横に、確かに『稲垣真美』の札が貼り付けてあった。

「真美! 入るぞ」

 ……返事はない。

 マルセイユがノブを慎重に廻すと、鍵は幸いかかっていないようでカチャリ、と軽い音を立て扉は簡単に開いた。

「いらっしゃい」

「起きていたのか? 真美軍曹」

 部屋の中は外からは想像もつかないくらい広くとられていた。

 その部屋の隅、窓の脇に寝台が設置されており、真美はそこで上半身を持ち上げてこちらを見ている。

 そして、先に室内に鎮座していた、もうひとつの影。

「来てたのか、シャーロット」

 その正体は陸の戦車型ストライカーユニット『ティーガー』を駆るウィッチ、『シャーロット=リューダー』軍曹である。

「シャーロットはあたしだ」

 ムスッとした表情でシャーリーこと、シャーロット=J=イェーガーもやってきた。

「腐るな。シャーロット大尉」

 ……近頃はいつもこんな具合である。

 名前が若干競合しているカールスラントのウィッチのことを気にしているのだ。

 マルセイユはシャーロット=リューダー軍曹との方が長いのだが、そんな扱いの差を少し重く感じているようだった。

「後出しのクセに先回りしているようなやつは好きじゃない」

「まあ落ち着いて」

 ライーサがそれをなだめる。

「皆……来たんですね」

 腰をかけていた椅子からゆっくりと立ち上がり、シャーロット軍曹は敬礼した。

「感謝します」

 続けて真美が深々と頭を下げた。

 身体に掛けられたシーツのせいで良くは見えないが、真美軍曹の脚にはネウロイとの戦いでつけられてしまった傷がまだ生々しく残っているはずだ。

 そして、それを癒す目的で泊まっているのが、この施設というわけである。

「いや……おまえのために来たんだ……そうかしこまるな」

 マルセイユはこめかみの辺りをポリポリ、と掻いた。

「……恥ずかしい」

「いたのねマティルダ」

 真美はようやく存在に気づいたようだが、マティルダがその横で傍観していたのだ。

 マティルダはこの前の戦闘では後手に回ってしまったこともあり、後ろめたい部分もあるのだろう、特に最近は主張を少しばかり控えている。

 そんな彼女の、冷静なツッコミである。

「そんなことよりな」

「はい?」

「それはなんだ?」

 シャーリーがなにかに対して疑問に思ったようだ。

 実際、この部屋の中で気になるといえば……つまりはマルセイユが先ほどから引っかかっていたのと同じものだろう。

 ……さっきから、気になって仕方ない。

「あぁ、これね」

 真美の指す横に、大きな塊がある。

 地面に直接積んでいるのに、まるで山のようであり、丘のようでもある。

 ちょうど、マルセイユが持っているお菓子の包みと似たような物体が、集積されているのだ。

「ザッハトルテよ」

「ザ……ザッハトルテぇ!?」

 確かに、よくよく見ればそんな雰囲気もしないわけではない。

 だけれど、お見舞いとはいえ、山のようなトルテを用意するなど聞いたことがない。

 ザッハトルテは帝政カールスラントの伝統的なお菓子である。

「いったい誰が……?」

「私です」

 シャーロット軍曹がそろそろ、と片手を挙げた。

「私が、つくりました」

「でもさ、なんでまたこんな……」

 シャーリーがあきれ口調で応じた。

 ……気持ちはわかる。

 反応に困ってマルセイユがしばらく唸っていると、ひとりのウィッチの様子がおかしい事にようやく気がついた。

「どうした? ルッキーニ」

「うぅぅ……」

 ルッキーニ。

 彼女が扉の向こうで俯いて震えているのだ。

「?」

「もう虫歯は嫌だよぉぉぉぉぉ!」

 ルッキーニはまるで火でも着いたように泣き始めた。

「虫……歯?」

 マルセイユは呆気にとられた。

「あ……『また』……なんだ? ルッキーニの歯が痛いの」

「どういうことだ、シャーリー」

 マルセイユはそう言ったものの、どことなく嫌な予感がしていた。

 ルッキーニの例によって、である。

「……それは私が説明します」

 ややあってシャーロット軍曹が割って入った。

「実は今朝、私はザッハトルテを造っていたのですが……」

「なんでこんな大量に……いや、構わない続けてくれ」

「要するに……食べられたんです。ほとんど、ルッキーニちゃんに」

 ……やはりか。

 やっぱり、そんな事だろうと思った。

 いつものことだ。

「恥ずかしい」

 マティルダが小さく呟いたのが確かに聞こえた。

 とすると、ここに残っている痕跡は……。

「つまり、この大量のトルテの箱はルッキーニの虫歯と因果関係があるのね」

 まるで名探偵でも気取っているのだろうか、顎に指をかけたケイが問う。

 すると。

「いえ、お菓子は単につくりすぎただけです」

 シャーロット軍曹はにっこり、と邪気のない満面の笑みで返してくる。

「……うあ……」

 言われてやがて、マルセイユはその頭を激しく抱え込んだのだった。

 

   *

 

 しばらくして。

 看病に疲れたのだろう、シャーロット軍曹はうつらうつら、と椅子の上で寝むりこけている。

 ライーサはルッキーニを連れて歯の治療に向かった。

 このまま集中力を欠いても良くないと判断のあったためである。

「体調が戻ったらいつか皆でちゃんとしたオヤツを食べに行こうな」

 マルセイユは怪我人の寝台に背を向けたままで語る。

 窓の外には真っ赤な太陽が望まれる。

「え?」

 真美がきょとん、とした表情で口を開けていた。

「……とシャーリーが言っているよ? 真美」

「ちょっ……」

 シャーリーが当然のように顔を真っ赤にして何やら主張しようとしていたが、咄嗟のマティルダに制止される。

「今度だ。約束だね」

 

――第一部 完――




紆余曲折を経て場所を移して、次回から第二部開始です。

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