ヤンデレの友人に監禁されて墜とされた   作:ふぅん

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五日目夜

 陽が西に沈みかけて赤みを増した夕刻、椅子に腰掛けた八重は台所に立つあやせを見ているよう言いつけられてじっと固まっていた。鼻歌混じりに動くあやせは視線を感じて喜んでいるようだった。

 一方で、ひんやりと手足に感じる手錠の冷たさと首輪の重さが八重の心を締め付ける。ウェディングドレスを脱いでから裸のままでも違和感を覚えないのはそれに慣れたからだろうか。

 ちらりと首輪に繋がるリードへ視線を移した一瞬、八重の頬を掌が撫でた。

 

「私だけを見ててって、言ったよね?」

 

 視線を外してカンマ数秒だ。明らかに異常な早さで八重の視線に気付き、あやせは機嫌が悪そうに目を細めている。

 反射的に震え始めた八重の唇から“ごめんなさい”とか細い声が漏れた。

 

「本当に悪いと思ってる? 私のこと愛してる?」

 

 額をこつんと合わせたあやせは低い声音で囁きながら至近の瞳を覗きこんだ。じわりと涙を浮かべた双眸は震えながらも吸い付けられるようにあやせの眼光を受け止める。

 八重の顎が持ち上がり、あやせの艶やかな唇を啄むと、あやせは微笑んで料理に戻った。 ポロポロと涙を零す八重を一瞥し、下腹部に灯った火をそのままにあやせは調理を進める。

 今のあやせは概ね満足していた。二人だけの結婚式も挙げて婚姻届も押印以外は済んだものを作り、八重の口から愛の言葉を聞き出したのだ。もちろんレコーダーに録音してバックアップも取ってある。

 

 後はお互いの両親に挨拶するだけであやせの人生設計は9割方達成されたも同然だった。

 

「八重は薄味が好きでしょ? あと、ちょっと猫舌だよね。酸っぱい料理が苦手で、お肉よりお魚が好き。そういえば自分で作るのもお魚の方が得意だけどどうして?」

 

「え、さぁ……?」

 

 八重があやせの前で料理をしたことはない。尤も、風呂で体を洗う順番すら知っていたから今更八重が驚くことはないし、黒子の数を数えられたこともある。またか、と思うだけだった。

 そんな話をしながら余所見をしていたせいか、包丁があやせの左人差し指を掠めた。

 手の甲側を切ったあやせがきょとんとした表情で“いたいなぁ……”と漏らす。赤い雫がまな板に乗った肉に落ちた。

 

「八重ぇ、切っちゃった。舐めて。」

 

「んむぅ!? あがっ……。」

 

 強い鉄の香りと仄かに塩気がする指が鮮血を塗りつけるように口内をのたくった。くちゅりくちゅりと舌ごと掻き回されてえづいた八重が愛おしく、艶めかしい息を吐いたあやせは指を抜いて加えた。

 八重の唾液と血で濡れた指は何と甘美なのだろう。そう悦に入っていたあやせは苦しそうに息を荒らげながら見上げる八重を見つめ返す。そんなになっても八重が自分から視線を外せないという事実で、あやせは軽いオルガスムスへ至った。

 ふしだらな我が身を恥じるも、欲望に従ったあやせは悪戯を挟んで料理を続けた。

 

 4、50分はかかっただろうか。

 にんにくをふんだんに使った山芋と鶏肉の炒め物などをリビングの机に並べると、ソファーに座るあやせは八重を膝に乗せた。

 手錠を外された八重は首輪に繋がるリードを持って自分を抱き締めるあやせにも“あーん”をしながら久しぶりに自分の手で食事をとった。

 あやせの手か口からしか食事をしていなかったせいで僅かな違和感が生じたものの、困難になるほどではない。それよりも全身に感じるあやせの滑らかな肌の感触や体温の方が刻まれた恐怖を呼び起こすからだ。

 肩に顎を乗せたあやせにあーんとおねだりされて肉を放り込めば、嬉しそうな含み笑いが聞こえる。腹部をホールドする腕や絡んだ脚が更に密着した。

 故意か偶然か股の間に垂れてきた手に八重は縮み上がったが、あやせはロードショーの陳腐なラブシーンにご満悦のようだ。

 

「八重。」

 

「な、に?」

 

「好き。」

 

 耳の後ろの辺りに鼻を押し付けて八重を嗅ぐあやせの体温がぽぅと上がる。悲しげに眉を歪めた八重も好きと返事をすると、あやせが伸ばしていた膝を立て、八重の脚が外側に滑り落ちた。

 内股にして閉じようとした太腿の内側を掌が這い回る。

 

「どのくらい、好き?」

 

「…………っっ……。」

 

「私に“全部”くれる? そのぐらい愛してる? 私は八重に全部あげる。八重のためなら笑って死ぬ。ねぇ、八重。」

 

「そ……だよ。全部、あげる。新垣さんの」

 

「嫌だよ。私たちはもう結婚したんだから、あやせって呼んで。」

 

「あ、あやせ。」

 

「うん。」

 

 内腿をまさぐっていた掌が腹や胸、脇と移動して一頻り堪能すると、あやせは膝から八重を降ろして立ち上がった。

 

「飲み物とってくるね。」

 

「い、いってらっしゃい。」

 

 八重はぽかんとあやせを見送る。

 これまで、今のような雰囲気になったあやせはそのままキスや愛撫を満足するまでしないと戻って来なかったのだ。構えていた八重は少し開いておいた口から溜め息を零した。

 皿を置いて唇に触れた八重は頭を振って座り直し、あやせの帰りを待った。

 何かを注ぐ音が2回して、しばらくしてからあやせがグラスを持って帰ってくる。中身の色からオレンジジュースかな、と推測した八重は差し出されたグラスを両手で受け取った。スプーンが挿さっている。

 

「ちょっと良いオレンジジュースなんだけど、果肉が沈みやすいから飲むときは混ぜてね。」

 

 そう言って座ったあやせは少しジュースに口をつけてから体を乗り出して料理を取り分け始めた。

 その明らかに膝に座らせるつもりのない様子に八重は静かなショックを受けていた。上げた腰をまた下ろした八重は動揺を隠すように混ぜたジュースを煽った。

 つい先程までは自分と睦言を交わして上機嫌でいたはず。怯えていたことが気に入らなくて内心怒っているのだろうか?

 それとも流石に面倒になっただけ?

 そんな思考が八重の頭の中をぐるぐると巡る。

 

「もっと近くに来てよ。」

 

「あ……う、うん……!」

 

 びくりと飛び上がった八重は笑顔で懐を開くあやせの方へいそいそと近付いて体を預けた。当然のようにあやせの腕が体に巻き付いて臍の下を掌が摩った。

 怒っている訳ではなかったのか、と安堵した八重は胸を撫下ろす。

 

「ジュース美味しい?」

 

「う、うん。美味しい。あ、ありがとう。」

 

「良かった。残したら嫌だからね?」

 

「も、もちろんだよ。」

 

 また一口飲んだ八重は恐れから引き攣ってしまうもののどうにか笑みを浮かべてあやせを上目遣いで伺った。

 にっこりとあやせの笑顔が返される。

 

 接吻はされない。








次で完結です。最後まで頑張るので応援宜しくお願いしますです。

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