――……四日目。
私、天海八重が監禁されてから丸四日目の夜だった。
何故このような状況になったのかは今一つ理解しきれていないが、現状は正確に把握できているはずだと思う。
目隠し、手錠、足枷で一人用のベッドに拘束されていて、自前のキャミソールとパンツを着ている。
四日前に着ていた服は多分ハンガーに掛けてあるのだろう。
ちくんと下腹部に尿意を覚え、トイレに行きたいなぁ、とぼんやり考えていた私のキャミソールの下に手がするりと入り込んできた。
重ねた唇をこじ開け、乱暴に舌を擦り合わせてくる彼女がいよいよ昂る前に訴えた方がいいだろうか。
が、悠長にそんなことを考えている内に機会を失してしまったらしい。
ぢゅるりと吸い出された舌が彼女の口内で舐り啜られ、とても話せるような様ではなくなってしまった。
この分だと回復する前にまたギャグボールを着けられてしまうだろう。
新垣あやせの自室に監禁されて五日目の零時を迎えた。
「新垣さん、少し近いと思う」
「そんなことないって。それより八重って夏休みの予定は決まってる?」
「決まって、ないけど……」
べったりと隣に寄り添う新垣あやせに苦笑いを返した八重はかれこれ十分は繋いだままの手を引いたが、放しては貰えなかった。
ここまででなかったにしろ、ついこの間までこの役割をしていたらしい高坂桐乃に助けを求めるも、彼女にはチロッと舌を出して逃げられる始末だ。
仲良しメンバーの一人である来栖加奈子は違うクラスのために今はいない。
いたとしてもあの小さな悪魔が八重を助けたかは別問題だが。
「じゃあさ、ここからここまでの一週間!私の家でお泊り会しない?」
「一週間!?ちょっと長くない?」
「えー?そんなことないよ。桐乃はどう?加奈子は仕事で断られちゃったんだけど」
「ごめん。私は手帳忘れてきたから後でメールする」
「私は」
「八重は来てくれるよね?仕事も部活もしてないし、家族旅行もしないって言ってたでしょ?他の友達との約束でもしてた?」
「それは、何もないけど……」
何気なくスケジュールを把握されていることに引いた八重が黙り込むと、あやせは繋いでいた手の指を絡めてギュッと力を入れた。
逃がさないと言わんばかりに。
真っ直ぐ、じぃっと笑顔で見詰め続ける彼女に臆した八重はつい視線を外した。
「何で視線を逸らすの?ねぇ?」
「あ、新垣さん……」
強く手を引かれて再度目を合わさせられた八重は丸呑みにされてしまいそうなあやせの瞳に竦んだ。
「八重は友達だよね?ずっとずっと一生傍にいてくれるんだよねぇ?ねぇ?」
「はいぃ!そそそそうだね!」
何やら様子が怪しくなっていくあやせに是の返答をしてしまった八重はすぅっと背筋を冷やした。
休み時間が終わることを理由に妙にあっさり離れたあやせの背中を見詰める心中には若干の後悔と諦念が残る。
肩を叩いて手を合わせてきた桐乃に助力を乞うてみるも素早く目を逸らされ、八重はがっくりと肩を落とした。
これが人生のターニングポイントとも知らず。
「ごめんくださーい!」
お泊りセット一式を詰めたバッグを抱えた八重は意外に普通なあやせの家を眺めて緊張を緩めた。
同い年でモデルをしていると聞いて勝手に新垣家が富豪だと思っていたからだ。
尤も、そこについては高坂家や来栖家も一般家庭だから、完全に八重の早合点だが……。
「八重!いらっしゃい!」
「ちょっと駅から迷っちゃった。お邪魔します」
サンダルを脱いで玄関に上がると、ラベンダーの香りが鼻をくすぐる。
あやせに導かれるまま慣れない家を二階に上がり、名前が書かれたプレートを下げてある部屋で荷物を降ろした八重は疲れた肩を回した。
可愛らしいレイアウトの部屋を見渡し、最後ににこやかなあやせと視線を合わせる。
「ご両親は?一言挨拶しなきゃ」
「ああ、今はいないんだ」
「そう?じゃあ、後でいいか。高坂さんは?」
「それが桐乃来れないって!二人きりになっちゃったね」
「え?」
「ごめんね、八重」
「え?」
グリッと背中に硬いものが当たった直後、八重の意識がブツリと途切れた。
そして、大きく傾ぐ彼女を抱き留めたあやせは右手のスタンガンを無造作に放ってしまうと、ゆっくり惜しむようにベッドへ寝かせる。
ぐったり沈み込む八重の頭を大切そうに撫でるあやせのポケットからは桃色のファーに覆われた手錠が覗いていた。
「もう離さない。八重だけは絶対に誰にも渡さないから。桐乃とお兄さんの時みたいなことには絶対しない」
ぶつぶつと呟くあやせはあろう事か八重のワンピースに手を掛けて、一息に脱がせてしまう。
健康的な肌色の裸体に熱の篭った溜め息を零しながら、あやせは手際良く手錠で手足をベッドに固定していった。
人の字に近い姿で八重が拘束された後、数分して彼女は全身に響く鈍痛で目覚めた。
まだ目隠しもされてなく、ボールギャグも噛まされていなかった彼女は霞がかった思考で体にまとわりつく温もり、半裸のあやせについて考える。
「ごめんね、八重。痛いよね」
「どうして、こんな……」
「私もう大切な人が遠くに行ってしまうのは嫌だから、一番大切な八重を私だけの八重にしたい。ねぇ、八重。お願い。ずっと私だけを見て私だけを感じて私だけを想って私だけを愛して私だけの八重でいて?」
密着して耳元で囁くあやせの髪の香りを感じながら、吹きかけられる吐息に身じろぎした八重は太腿に触れた熱い潤いで本格的に危機を感じた。
「ね、ねぇ、新垣さんの言う事ってつまりその、恋愛的な、恋人になりたいってこと……?」
「……うん、そうだよ。法律的には認められてないけど、結婚だってしたい。だってそうでしょ?恋人なら結婚まで考えてないと」
「新垣さんて、何ていうのか。レズビアン?だったんだ……」
「レズビアンというよりはバイセクシャルの方が近いかな。好きな人なら性別は関係ないから」
「そ、そう。あのね?私はそういうの偏見ないから、どうせなら普通に仲良くしアタックして告白して欲しいんだけど」
「それじゃあ駄目なの。もう失いたくない。今すぐにでも八重を私だけのものにして汚いものから守らなきゃ。ああ、八重八重八重八重ヤエヤエヤエヤエやえやえやえやえやえやえやえ」
半裸の体を重ねたあやせはまるで自身の気配を移そうというように肌を擦り合わせる。
滑らかな乙女の肌はしっとりと汗ばみ、じんわりとした心地良さを与え合った。
否が応にも陵辱を連想させるこの状況を作ったのが見知らぬ人間であれば八重も恐慌し、泣き叫んで助けを求めただろう。
しかし、新垣あやせという、少し変わり者でも、普段は特別甘やかしてくれる親しく優しい友人であることが八重の緊張を緩めてしまっていた。
艶めかしい吐息と熱い呼び声を耳に浴びながら全身を愛撫された八重は鼻にかかった呻きを漏らす。
「―――……ぅんふ……は」
「ぁぁあ、八重。感じてくれたんだよね!可愛い声……受け入れてくれたぁ。八重、八重、ゃぇぇ……!」
「ちが……あらがっ、んむっ!?」
感極まったあやせに両腕で頭を抱いて唇を奪われた八重ははらはらと涙を流した。
初めてのキスを、こんな姿で拘束されて無理矢理奪われたことが酷く無様で穢されてしまったような気持ちになったために。
夢中で唇を犯すあやせを呆然と見上げていた八重がついにしゃくり上げて泣き出すまで、あやせは陵辱を続けた。