【ネタ】第三勢力はお疲れのようです【完結】   作:ろんろま

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オリジナル呪文出現、注意


目指すは空の頂です

 −−親衛隊長との約束の日まで後一日。

 つまり三魔族襲来から五日のことである。

 

 ラインリバー大陸、南東部。

 通称魔の森と呼ばれる深い森の中にブラッドたちは居た。

 何故か三人の魔族はズタズタのボロボロの状態であったが。

 

 そんなボロ雑巾のように倒れていた三人に、ブラッドはゆっくりと声をかけた。

 

「……落ち着いたか馬鹿者ども」

「……若干物足りないけどストレス発散はできましたねぇ」

 

 ところどころ焼け焦げた状態で最初に起き上がったのはボルフレイムであった。

 狼頭の魔族はどこか憑き物が取れたような、すっきりとした表情を浮かべ回復呪文(ホイミ)を使う。

 その緑色の光につられたのか残りの二人もゆっくりと起き上がった。

 

「うー……頭殴るとは王様ひどい。折角の地上戦の記憶、薄れそう……」

「大丈夫ですよ、忘れてもまた思いつけば良いのですから。それにしても、随分と久しぶりにすっきりした気がしますねえ」

 

 あれだけ暴れればそうだろうな、とブラッドは思った。

 

 この三人、捕まえたはいいが落ち着くはずもなく、度々魔の森でのサバイバル戦を行い始めたのだ。

 獣人の血が流れる故か初めてであるはずの森林を使ったヒットアンドアウェイは手強く、また新鮮な戦闘状況というものが燃えたらしい。

 

 ブラッドの命令をこなす傍発生した戦闘は三魔族内を含めて既に二桁に登る。

 腕を飛ばしたり足を飛ばしたりなど日常茶飯事である。ブラッドは真面目に送り返そうか悩んでいたが自重した。うるさすぎるのだ。

 

 アバンとの約束を守り魔の森ごと焼却しなかっただけともいう。

 

 順次傷を癒し、心なしか表情を和らげた三人の魔族。

 その姿を確認しブラッドは大きなため息をついた。

 

「……お前達、期限過ぎたら道連れな」

「へ? 王様がなんか不穏なこと言った!」

「どーせ親衛隊長怒らせた。王様あるある。でも道連れとか断る」

「ティグルド」

「……王様と一緒ならなんでもいいレオと俺は違うのー」

 

 獅子頭の魔族の瞳孔が開かれた眼差しにティグルドは目をそらした。

 今にも爪を伸ばし襲い掛かりそうなレアロードを取り押さえつつ、ボルフレイムはどうどう、と声をかける。

 

 頭痛が起きたような錯覚を覚え、頭を抑えるブラッド。しかし気を取り直し睨みつけるように三人に目を向けると、これからの予定について口にした。

 

「お前達、例の花はちゃんと残ってるだろうな」

「勿論でございます。王様からの預かりものを破壊するなどこの私が許しません!」

「だから獅子の兄弟、おーちーつーけーってへぶぉ!!」

 

 体格の差も拘束もなんのその。そう言わんばかりにレアロードは自分より大柄なボルフレイムを投げ捨て、ブラッドに跪いた。

 そして差し出される手には6輪の花が乗せられている。

 通常運転である。

 頭から地面に突っ込んだ狼頭の魔族の青年を横目に、ティグルドはブラッドに尋ねた。

 

「こんな唯の草花、何につかうんです?」

「まあ見ていろ。まずは喰らって、こうだ」

 

 ブラッドは影から瘴気を呼び出すと、レアロードの手に触れないよう細心の注意を払ってその花だけ受け取った。

 するとどうであろうか。

 瘴気に触れられた花は一瞬で溶け落ち、触手のように伸ばされた瘴気の先端から伸びるようにその花そっくりの、しかし禍々しい黒い花が現れる。

 

 それはブラッドの持つ瘴気の特性だ。

 触れたものは何でも溶かし、吸収し、瘴気を基として再構成できる。勿論彼の意思一つで溶かさないようにすることもできるが、基本的に大雑把な呪怨王はうっかり溶かすことが多い。

 今までアバン達と交流しながらも、絶対に素手で触らなかった最大の理由である。

 

 見るも無残に禍々しい黒に変色し、再構成された花を見てティグルドは首をかしげた。

 

「用途不明。呪われたのはわかりましたが」

「これはな、埋めれば立ちどころに瘴気を発生させる呪花だ。一つでは弱いし無差別だがこれと同じものがあと五つ作れればどうなると思う?」

 

 まだレアロードの手に残る五つの白い花を見て、ブラッドは楽しげに笑った。

 意図を察したのか、ティグルドはやる気満々で目を輝かせる。その横で何とか頭を救出し土を払っていたボルフレイムも感心したように頷いた。

 

「六芒星魔法陣っすね」

「その通り。六つの花、六つの呪い、六つの起点。魔族の本領発揮と洒落込むぞ。

 −−お前達、舞台は整えてやる。思う存分竜の騎士と戦ってこい」

 

 その瞬間。

 ボルフレイム、ティグルド、レアロードの目の色が変わった。

 餌を目の前にぶら下げられた猛獣は、瞳孔を極限まで開いて主人の命令を待つ。

 

 ブラッドはそんな三魔族の目の前に黒い花を突きつけ告げた。

 

「まずはこの花を六ヶ所に埋めろ。これを媒介にしてあの場を俺達の領域にする」

 

 

 

 

 ラインリバー大陸から飛翔呪文を使ってギルドメイン大陸へと向かう。

 時間は昼。ちょうど太陽が斜に射し始めた頃だ。

 

「それにしても王様、よーくこんな眠たそうな匂いの花を知ってましたねえ」

 

 ボルフレイムは手に持たされた二輪の花のうち、一輪をじっくり見つめて言った。

 すんすんと香りを確かめる姿は狼でなくまるで犬のようだ、とブラッドは内心思いつつ頷く。

 

 そんな主の様子にボルフレイムは呆れたような視線を向けた。

 

「……オレに対してすげえ失礼なこと思ってるですね王様」

「まあな」

「肯定しやがった流石王様ですわ。んー、この匂いマジ眠くなるわぁ。持ち帰れたらよく眠れそう」

「嗅ぎ慣れていないものは即座に眠ってしまうそうだ。嗅ぎ過ぎては本番前に役立たずになるぞ」

「そりゃ勘弁」

 

 ボルフレイムと軽口を交わしながらアバンとのやり取りを思い出しブラッドは少しだけ表情を和らげた。

 竜の騎士という最大級の餌を与えられた彼らは未だかつてなく上機嫌だ。

 

 まともに会話する三魔族という珍しいものをみたブラッドは、隣を飛翔するティグルド・レアロードを横目で見る。

 

 主人の視線に気づいた二人はそれぞれ楽しげな笑みを形作った。

 

「王様太っ腹ー。昔にマンドラゴラ育てようとして癇癪起こした時とは大違いー」

「そうですねえ。どうせ枯れるからとマンドラゴラ屋から購入拒否された時は大暴れでしたよねえ」

「お前達常識は捨ててるくせになぜそんな昔の記憶は捨てないんだ!! あとアレは瘴気に耐えられなかったマンドラゴラが悪いだけで俺は悪くない!」

 

 六百年以上前の苦い思い出を指摘され、ブラッドは不機嫌そうに唇を引き結んだ。

 この三魔族、妙なところで記憶力がいいのである。

 

 ちなみにマンドラゴラ事件のその後は親衛隊長による強制送還である。ジオン大陸ではよくあることだった。

 

「そういえば王様、天界にどうやって乗り込むんですか?」

 

 ふと思い出したようにボルフレイムが尋ねた。

 そういえば、とティグルドも言葉を続ける。

 

「天界には結界が張られていてだれも入ることができないって聞きました。合流呪文も不可。だから俺も知りたい」

「あん? ああ言ってなかったか。あそこの結界は無視する」

「無視できるもんなんすか!?」

 

 主人の言葉に驚きの声を上げる二人。

 それはそうだろう。ブラッドとて最初は泉を通して少しずつ天界に向かう穴を開ける予定だったが、状況が変わったためだ。

 

 先日の騒ぎで竜の騎士が泉を警戒している可能性はほぼ確実と言っていいだろう。

 そうなれば悠長な呪術を使っていれば三魔族はブラッドを守るため防戦必至になるのは明白だ。

 

 それではいくら舞台を整えようが竜の騎士には絶対に勝てない。神の作った戦闘兵器はそれほどまでに完成されているのだ。

 

 そのためブラッドは出来れば取りたくなかった最終手段を取ることにしたのだ。

 

「ヴェルザーのとこへ直接飛ぶ。それなら結界は無視して後は帰るだけだ」

「合流呪文不可なのに出来るのです?」

「出来る。俺とヴェルザーの間なら確実に出来る呪文がある」

 

 その呪文、名を呪力移動呪文マガルーラという。

 魔力を使わない、呪怨王だけが持つ呪力を使ったリリルーラだ。

 

 呪怨王ブラッドと冥竜王ヴェルザーは共に深い関係にある。

 ある意味ブラッドはヴェルザーに育てられ、ヴェルザーはブラッドを長年監視していたという関係ではあるが、二人の付き合いは長い。

 それこそ魔界に落とされて魔族の不満が積み上がった頃からずっとの付き合いだ。

 

 幾度となく殺し合い、お互いの再生も見合ってきた仲だ。弟を除けば一番近い存在と言ってもいい。

 だからこそ助けに行くのだ。

 

 それでも呪力移動呪文(マガルーラ)をブラッドがその手段を使いたくない理由はたった一つだ。

 

(……天界ってだけならともかく、厳重に管理されてるだろうヴェルザーのところに直接乗り込むのは流石にやめときたかったんだがなあ)

 

 ブラッドの身体を作るのは瘴気と怨念である。

 外見こそ魔族の姿をしているが、呪いと怨念をまとめ上げているからこその呪怨王なのである。

 清浄な世界というのはそれだけで身に危険を及ぼすのに、危険物として封印されているヴェルザーのところへ直接乗り込めばどうなるかは明らかだ。

 

 それでも約束は守らなければならない。

 

 それは遠い日に、ブラッドがブラッドであるために『彼』と誓った大切なことだから。

 

「王様?」

「……ん、ちと考え事してた。どうした、レアロード」

「いえ。笑みが浮かんでおられたので、気になりまして」

「それはそうだ。これからあのうっかり竜を奪還して魔界で祝杯をあげるのだ。楽しみで仕方ないのさ」

「左様でございますか。……そういえば、ボルフレイムが言うには任務前に成功話をすればそれは失敗の兆しだそうで」

「ほーお?」

「ちょっ!? ナチュラルに責任押し付けんのやめようぜ獅子の兄弟!?」

「俺それ知ってる。死亡ふらぐってやつ。ボルが言ってた」

「虎の兄弟ー!?」

 

 そんな賑やかな会話を続けながら彼らは飛翔を続ける。

 

 やがて海を越え、大地が近づいてきた。ギルドメイン大陸最南端、アルキード王国へは間も無くだ。

 あらかじめ二輪ずつ持たせた花を見やり、ブラッドは彼らに告げた。

 

「さあお前達、仕事の時間だ!」

『待ってました!』

 

 三魔族の声が唱和する。今は頼もしい彼らの声に満足げに頷き、ブラッドは続けた。

 

「六芒星を描け! 彼の地を一時的に我らの大地と化し、今こそ天界に囚われた我らの盟友を取り返す!

 ボルフレイム!」

「アイアイサーっとね!」

 

 赤い狼が先陣を切る。

 

「ティグルド!」

「了解。殲滅開始」

 

 青い虎がその後に続き。

 

「レアロード!」

「ええ、問題ございませんとも」

 

 金の鬣の獅子が殿を務める。

 

「行くぞお前達……魔界に安寧を取り戻す!」

 

 呪怨王は物凄い速さで迫り来る竜の騎士を見据え、真っ赤な瞳をぎらりと光らせた。

 ブラッドは天界が嫌いだ。憎いし、名の通り恨み辛み全てを背負っている分それはとても根深い。

 

 だからあの竜の騎士も大嫌いだ。

 

 

 

 

 竜騎将バランは森の闇の中一人佇んでいた。

 そこから少し離れたところにはアルキードの国軍が駐屯地を作っている。

 

 アルキード王国の国王に異常事態を報告したはいいが、何も起こらずすでに五日が経過している。

 見張りにと付けられた騎士達はすでに警戒を解いており、逆にバランへの不信感すら募らせていた。

 

 バランはそのこと自体は気にしていない。

 それは当然だ。

 

 元々バランはアルキード王国にとって得体の知れぬ騎士であり部外者。

 凄腕の騎士ということで王に気に入られ、王女ソアラと懇意にしていることが既に厚遇なのだ。また部外者の身ゆえ本来なら軍部にまで口出す権利はないからだ。

 付けられた騎士達もバランの言を重用した国王陛下によって命じられたもの。

 信頼関係などそこには微塵も存在しなかった。

 

 王女ソアラとの出会いで多少丸くなったとはいえバランは竜の騎士である。

 彼にとっては国軍といえど普通の人間の集い。守るべき対象である。

 頼りにする気もまた存在しなかった。

 

 それ故彼らの間には確かな溝が存在していた。

 

「……来たか」

 

 遥か遠くから近づいてくる気配を察知し、バランは駐屯地から離れ歩き出した。

 それを咎める兵士がいたが、バランは軽く手を振り無視して歩き出す。

 

 己の見た痕跡から察するに、それなりの力量を持つ魔族がやって来ている。

 そう考える以上守るべき彼らをついてこさせるわけにはいかなかった。

 

「飛翔呪文(トベルーラ)」

 

 空へと飛び立ち一気に加速する。あっという間に米粒ほどの大きさになってしまった駐屯地から目を離し、バランは海へと目をやった。

 近づいている。だがはっきりと感じ取れるのは禍々しい気配だけで、正確な人数はわからない。

 

 まるでバランを誘うように感じる堂々とした禍々しさという矛盾した感想を抱えながら、竜の騎士バランは気配の方へと飛翔した。

 

 森を超え、峠を越したどり着く。

 そこは、アルキード王国に伝わる聖なる泉−−竜の騎士に伝わる奇跡の泉であった。

 

「よう、待ちくたびれたぜ」

 

 泉のほとりに佇む誰かがいた。

 赤い髪に赤い瞳、縦長に伸びた長い耳は種族の証。

 

 そして白い肌をした魔族の青年−−即ち、呪怨王ブラッドはニヤリと口元を釣り上げて笑った。

 

「……古い魔族の血を継ぐものか……!!」

 

 −−かつて、人と魔族の違いは少なかった。

 現在存命している魔族の大半は青い肌に青い血が流れているが古き魔族は違う。

 人間のような肌に赤い血を流し、今の魔族に輪をかけて強大な力を持て余していた。

 

 バランの額に宿る竜の紋章がそう語りかける。

 歴代の竜の騎士の戦闘経験・あるいは記憶の欠けらを受け継ぐ竜の騎士たる象徴は、目の前の魔族が想定以上に全く油断ならないことを伝えていた。

 

 バランの戦慄を読み取り、ブラッドは小さく笑った。

 

「ああこの身体はその頃の魔族を基本(ベース)に作っているからな。そう見えるのも無理はない」

「基本(ベース)……だと? お前は一体何者だ!」

「教えるかよ、神の道具ごときに。ああでもお前の頭にあるヤツなら知ってるかも、なッ!!」

 

 ブラッドの声に従い、影という影から瘴気の槍がバランに向けて放たれる!

 バランは一目見て直感した。

 これは触れるだけで致命的だ、と。

 

「瞬間移動呪文(ルーラ)!」

「そうくると思ったぞ、若造が」

 

 バランを貫通しようとしていた瘴気の槍が交差し、網目を作る。

 その刹那の後、網目は瘴気の網と化し操られたかのように上空へと跳ねあげられる。

 

 それはまるで投網のようでまるで違う。

 さながら意思を持って動く怪物(モンスター)のようだ。

 

 今度は振り払えない−−そう直感したバランは背にある剣を抜き、網を切り払った。

 

「……オリハルコンか」

 

 白金の輝きを見て、ブラッドは忌々しげに呟いた。

 それは神の金属とも言われるこの世で最高の鉱物だ。

 

 魔界には存在せず、地上にのみ少量あると噂されていたが……目の前の剣はそれとは格が違う。

 

「真魔剛竜剣、それは純天界製のオリハルコンだな? 地上のものにしては神の加護が強すぎる」

「真魔剛竜剣を見てその感想か、余裕だな」

「それはそうだ。俺はお前などに構っている暇はない−−邪魔だよ神の玩具」

 

 その瞬間。二人のいる場所を中心に、赤、青、黄色の魔法力が三角を形作るかのように吹き上がった。

 上出来だ、とブラッドは笑みを形作ると、一つ指を鳴らした。

 

「俺は貴様がとても気に食わない。時間があれば自ら殺してやるところだが、その時間もない。

 ウチの自慢の戦闘狂共と暫く遊んでな」

「何−−!?」

 

「六芒星魔法陣、発動ってな。呪われた眠りの花により人間共は悪夢に誘われ−−そしてこの地はこれより呪われた大地と化す」

 

 森の静寂が続く中、バランは気づいた。

 己を囲むように何かが近づいてきている。

 それは巧妙に隠されてはいたが、濃厚な魔の気配であった。

 

「初めまして、竜の騎士殿」

「魔族……獣人の血統を継ぐものか」

 

 獅子の鬣を持つ男は、魔族特有の青い肌を見せびらかすように頷いた。レアロードだ。

 

「貴様のうわさは予々伺っておりますよ。冥竜王様を倒し、魔界の安寧を邪魔する神々の玩具にはつくづく反吐が出ます」

「御託はいい。まだ二人いるだろう、出てこい」

 

 バランが目撃した光の柱は三色。残り二色を行った魔族がいることは明白であった。

 そんなバランの様子を見て茂みから青い魔族と赤い魔族が現れる。ティグルドとボルフレイムだ。

 

「不意打ち不可。なるほど手強い」

「流石に竜の騎士ってな。遊び要素がない分つまんなさそうだけど、燃えりゃなんでもいいか」

 

 バランを三角形の中心にするように狼・虎・獅子の魔族が囲う。

 餌を目の前にした猛獣の形相に、それでも竜の騎士は動揺一つ見せずブラッドを睨みつけた。 

 

「この濃厚な瘴気……暗黒闘気とも違う魔の気配、貴様たち何者だ!」

「ボルフレイム、ティグルド、レアロード。存分にやれ。遊びは長い方が好きだろう?」

「なんだと!?」

 

 主人からの許可が下りたその瞬間、弾かれたように三人は動き出した。

 バランは三人の動きを目で追い判断を下す−−戦力としては魔王ハドラーと同程度かその下。最優先すべきはあの古い魔族。

 ならば手早く倒すのみ。

 

 手にした真魔剛竜剣を握りしめ三方向から襲いかかる魔族達との位置を計算。

 一閃で終わるにはどうすればいいか、竜の紋章とバランの頭脳が導き出す。

 

 そして刹那の計算ののち、真魔剛竜剣は振るわれた。

 

「……ッ!?」

 

 だがそれは、バラン本人が予測するよりも遥かに弱々しい勢いで、だった。

 当然その斬撃は軽々と回避される。

 

 何が起きているのか理解していない竜の騎士を見て、三魔族はニンマリと笑みを浮かべた。

 

「あっれえまだ奴さん気づいてないんだ?」

「王様が堂々と六芒星魔法陣宣言してたのにね」

「私の中にも魔族の血が三分の一流れている……そもそも悪影響は竜の血により最小限に留められるはずだが、一体……」

「簡単な答えですよ。貴方は我らの王の庇護下にない者。だからこのジオン大陸を再現した結界の中では自由に動くことはできない」

 

 レアロードの言葉にバランは驚愕に顔を歪めた。

 ジオン大陸の名はバランも知っている。悪名高い『歩く大災害』が封印されている魔界最大の禁忌の地。

 暗黒とマグマしかない魔界の中でも一際特異な呪われた大陸。

 

 天界からのお告げでは絶対に近寄るなと言われた場所だ。

 

「さて、その顔では知っていたようですが改めてお教えしましょうか。ジオン大陸は呪われた大地。我らのように適合した魔族しか生きられませんし、戦えません」

「正直王様が本気で嫌ってる奴が動けるだけで驚き。ジオンの瘴気は王様の気分にもよるから、お前みたいな天界寄りの奴には猛毒なのだけど。まあ俺たちにとっては好都合」

 

 手の甲から爪を伸ばしたボルフレイムが最後に告げる。

 

「んじゃま、能力ガタ落ちした状態で悪いけどさ。王様のためにも俺たちのためにも遊んでくれや」

 

 

 

「任せたぞ」

 

 ブラッドは戦闘を始める彼らに背を向け、改めて泉へと向き直った。

 夜の暗闇のおかげか、水に宿る神の加護が薄らと光を帯びているのが彼の目には見えた。そしてそれが繋がる先も。

 

「悪影響は全てあの竜の騎士に向けた。もう俺が地上に影響を与えることはない」

 

 三色の線で紡がれた六芒星の輝きは確かにジオン大陸と同じ環境を再現しているが、それは竜の騎士と三魔族に対してだけだ。

 特に地上の生命に影響を与えることはないよう調整済みだ。人間ならば悪夢は見るがその程度で済む。

 

 アバンとの約束もあるがそれ以上に、ヒトの守護者である竜の騎士の動きを制限するには、地上の生命は生かした方が都合がいいからだ。

 

「さて……随分長いこと待たせたが何、俺たちにとっては瞬きの間のことだ。許せよヴェルザー」

 

 背後で爆音が鳴り響く。彼らも存分に楽しんでいるようだ。

 ブラッドは一つ深呼吸をして、全身を覆っていた防具を解除した。今から敵の本拠地に乗り込むのに『拘束具』は必要ないからだ。

 

 ブラッドの行動に気づいたバランが顔を向ける。その紋章が輝きを帯びているのを見、レアロードが首を落とそうと爪を薙ぐ。

 回避を選択したバランであったが反撃とばかりに紋章から熱閃が放たれた。

 無防備なレアロードをカバーするかのように氷の盾が出現するが、それごと貫通した熱閃から庇うようにボルフレイムがレアロードにタックルする。

 

 少しずつ竜の騎士の動きが良くなってきている。

 

 ブラッドはこれ以上三魔族の邪魔をしないよう、呪文を口にした。

 

「呪力移動呪文(マガルーラ)」

 

 瘴気を構成する怨念、呪いの力からエネルギーを取り出し発動する。

 夜の闇に溶けるようにブラッドの姿は泉から消え去った。


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