【ネタ】第三勢力はお疲れのようです【完結】   作:ろんろま

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後書きに登場人物説明があります。飛ばしてもらっても問題ありません。


悩みの種は向こうからやってきます

 とある日のことだ。

 祈りの塔の跡地で一人きりで過ごしていた少年は、初めて出会うそれに目を丸くした。

 大きな咢に立派な翼。落ち着いた黒色の鱗が鉄壁の防御を誇るそれは、種族を竜(ドラゴン)という。

 

 深淵を見通すような濃い黄色の瞳を見つめて、少年は竜に尋ねた。

 

【貴方は誰ですか?】

【それはこちらの台詞だ小僧。ここはこの俺、冥竜ヴェルザーの領域だ。どこから入った?】

 

 少年は驚いた。冥竜ヴェルザーといえば、魔界で噂の知恵ある竜だ。

 魔界の統治をしている筈の彼が何故このような所にいるのだろう。不思議に思った少年はヴェルザーに尋ねた。

 

【貴方こそ何故このような所にいるのですか、冥竜ヴェルザー様】

【質問に質問を返すな。……まあいい。俺様は寛大だからな。なぜ俺がここにいるかと言えば、ここには俺の張った結界があるのだ。危険物を出さないための結界がな】

 

 きょとん、と首を傾げるその仕草に冥竜ヴェルザーはため息を吐いた。

 少年の頭ほどもある大きな爪先でちょん、と小さな頭を小突くと、祈りの塔の残骸を指差す。

 

【いいか。ここにはかつて、神々共が魔界の監視をする為に建てた塔があった】

【それはボクにも分かっています。祈りの塔ですね】

【そうだ。だが俺達竜とお前達魔族をこんなところに押し込めた連中の目など、百害あって一利なし。すぐさま俺とボリクスが瓦礫にしてやったわ】

 

 それはともかく、と冥竜は咳払いし続けた。

 

【小僧。死にたくなくば早く出ていけ。この俺は小僧の相手をするほど暇ではないのだ】

【……? 何かあるのですか?】

 

 そう言って不思議そうに首を傾げる少年に、いよいよヴェルザーは呆れたようであった。

 話を遮るな、とその頭を小突くと、ヴェルザーは不意に顔を上げた。何かに気付いたように、少年の背後に息吹(ブレス)が放たれる。

 

 あまりに突然のことに少年はその熱さに悲鳴を上げてしまう。

 

 しかしヴェルザーは少年のその様子など気にも止めずに少年の背後……瓦礫の陰に隠れた黒い靄を焼き尽くす。

 

 氷系呪文(ヒャド)で身体を冷ました少年はようやくそれに気付いたようであった。

 

【何ですか、あれは?】

【この辺りには黒魔晶という特殊な鉱物がある。本来は魔法力を無尽蔵に吸収するだけの無害なものだが、この周辺の黒魔晶はこの尋常でない怨念を吸ったためか、怪物のように襲い掛かってくるのだ】

 

 だから出ていけというに、と黒い靄を焼き尽くしたヴェルザーは一つ息を吐く。同時に遠くの山からこちらを伺う同じものを見つけて魔法力を飛ばした。

 べちゃ、と何かが潰れたような音と共に黒い靄の姿が消え去った。

 

【アレに襲われたらどうなるのですか?】

【小僧、自殺願望者か? アレに襲われたら最後、黒く腐食してどろどろに溶かされて消え去るぞ】

 

 見ていろ、とヴェルザーは祈りの塔の欠けらを一つ手にした。

 何の変哲もない白い石の欠けらだ。大体少年の背丈と同じ程度か。ヴェルザー程の巨体が持つのに相応の大きさだ。

 

 それを無造作に再び湧き出た黒い靄に投げつけると、白は一瞬で黒に染まってしまう。

 石であったはずのそれは黒い靄と同化するようにどろどろと形を崩し、地面に染み込んでいった。無機物でこれだ。恐らく生物も同様の末路を辿るだろう。

 流石に慄いた少年は思わず冥竜の側まで駆け寄った。

 

【……分かったか、あのような危険物を外に出すわけにいかぬからな。それで俺はここに結界を張り、アレを見張っている】

【物凄くよく分かりました。でも、貴方様は襲われないのですか?】

【ふん。この冥竜ヴェルザーを襲い、食らいつくすことができるものなどこの世に存在せぬわ!】

【はあ……】

 

 態度も図体も大きなヴェルザーのその自信に少年は呆れのような、尊敬のような複雑な声を漏らした。

 

 それからというもの少年はヴェルザーと共にいることが多くなった。

 帰れと言われても帰らない。しかし不思議と殺す気も起きない。そんな少年との奇妙な生活に、ヴェルザーは深いため息をついた。

 やがて折れない少年に諦めたのか、ヴェルザーは自衛の手段として暗黒闘気の扱い方や、魔法力のよりよい扱い方を教え始めた。二人の主観では、何年・何十年もそこに居た気さえする。

 

 やがて少年は青年となり――……

 

 

 

 そこでブラッドは目を覚ました。

 現在時刻は正午よりも少し手前、太陽はまだ東寄りに輝いている。

 アバン達と別れたブラッドは飛翔呪文(トベルーラ)と瞬間移動呪文(ルーラ)を駆使してギルドメイン大陸に上陸し、人目のつかない木陰で仮眠を取っていたのだ。

 

「……。最近は昔の夢をよく見るな」

 

 小さく欠伸をしながら身体を伸ばすと、背を預けていた木の枝に触れた。

 ブラッドと同じ鮮やかな赤色の葉を茂らせるその木をちらりと見つめ、ブラッドは荷物を手に立ち上がる。

 

「不思議だな。ロモス周辺は緑の葉が多かったが、こちらでは赤の葉が茂っているのか」

 

 ブラッドは知らないことであったが、ギルドメイン大陸はラインリバー大陸より北にあるため現在は秋真っ盛りだ。

 色とりどりの葉が揺れる山道を飛翔呪文(トベルーラ)で通過しながら、ブラッドは昨夜探知した奇妙な反応を思い浮かべた。

 

 現在彼が飛行しているのはギルドメイン大陸の中央の地域だ。ベンガーナと呼ばれる王国の賑わいをチラリと見つめながら南東に向かって飛翔していく。

 向かうはアルキード王国だ。アルキード王国は横長に伸びたギルドメイン大陸の中でも、ロモス王国のあるラインリバー大陸やパプニカ王国のあるホルキア大陸方面に突き出た部分を治める大国だ。

 

 一時間もしない内に目的地に辿りついたのか、ブラッドは飛翔呪文を切る。

 ブラッドは知らないことであったが、そこはアルキード王国にある奇跡の泉と呼ばれる場所であった。

 

 周囲が深い森に囲まれたそこはどこか神秘的な印象を受ける。森の切れ目から見える泉の、澄み切ったその水面を見つめてブラッドは呟いた。

 

「どうやらここで間違いはないようだ」

 

 深い森に囲われた泉の周辺には何の気配もない。一見すればただの美しい泉だ。

 

 だがよく周囲を観察してみれば木々の幹は黒ずんだ斑点が浮かんでいる。

 まるで重傷の人が這いずった跡のように押しつぶされ、血で固められた草花の様子を見れば、何かが確かにここにあったのだと納得できる有様であった。

 

 そこから少し離れた泉に続く道に、土に隠れるほど薄まった血痕を発見しブラッドは目を細めた。

 

「……結構前の血だな。だが奇妙な血だ。人間のようであり、魔族に近く、しかし竜のような気もする」

 

 しゃがみこんでその土に触れてみれば、猶更奇妙な感覚がブラッドを襲った。知っているような知らないような、そんな喉の奥に小骨が引っかかったような僅かな違和感が残るのだ。

 しかも呪文で探査をしてみればこの付近一帯はそんな奇妙な感覚にあふれている。よくよく探査を続けてみれば点々と続くその感覚は全て、泉で途切れていた。

 

 ブラッドは睨み付けるようにその水面を見つめ、そっと手を伸ばした。

 皮の手袋ごと水に指先を浸ける。

 

「っっ!」

 

 その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃がブラッドの全身に駆け巡った。

 慌てて水から手を放し手袋を脱ぐと、ごつごつとした指先が焦げたように真っ黒に染まっていた。

 舌打ちを一つし指先を切り捨て再生すると、ブラッドは手袋をはめ直してため息を吐いた。

 

 自身の身に何が起こったかはすぐに分かった。これは拒絶反応だ。

 

(この泉、神々の手が加えられているな)

 

 神の持つ聖なる力によって守護されてる故に、邪悪な存在を受け付けない。そんな性質をこの湖は持っていた。

 

 ――これはいい。

 ブラッドはにやりと口元を歪めた。

 

 神の力を持つ媒介があれば、猶更天界に呪いを届けやすい。何せ神の力に守護されているということは、天界からここまで力を届ける道筋があるということなのだ。

 それを逆に利用すれば天界に直接呪力を送り込んで、捕えられているヴェルザーを奪い返すことも容易だろう。

 

 当初計画していた人間たちの負の感情を利用して地道に天界に穴を開けるよりも非常に効率的だ。

 

 拒絶反応で指先が傷つけられたことも帳消しにしてブラッドは一気に上機嫌になった。

 

(一度天界に向かう穴を開ければ魔界からでも『呪える』。そうすればこれまで降り積もった魔族たちの天界への恨み辛みを神々に直訴できるし、俺の負担も軽くなる。

 ……怪我の功名って奴だな! ナイスだヴェルザー! うっかりも役に立つんだな!)

 

 冥竜王のうっかりがなければ地上に来ることもなく、こんな都合のいい媒介を見つけることもなかっただろう。

 ブラッドは今頃天界で石になっている最後の知恵ある竜に向けて非常にいい笑顔で親指を立てた。冥竜王の怒りに満ちた表情が青空に浮かんだ気がする。

 

 そんな幻覚を無視してブラッドは冥竜王を魔界に戻したら祝杯を挙げに行こうと決意した。呪怨王は地上は好いても神に恨みを晴らす機会は逃さない。胃痛の最大の原因は神なのだから当然だ。

 さて、どのように場を整えようか。そう考えたのと同時に、ブラッドは遠くから足音が聞こえるのを感知した。

 

「!」

 

 とん、と軽い音を立ててブラッドは木の上に飛び乗った。魔法力も闘気も使わない純粋な脚力は魔族ならではの業だ。

 

 咄嗟に木の上に身を隠すこと数分後。森の奥から、手を取り合った二人の男女が現れる。

 太い木の枝の上からブラッドは観察するようにその二人を見つめた。

 

 女性の方は普通の人間のようだ。

 黒い髪に明るい茶色の瞳をした整った顔立ちをしており、どこかアバンに似た穏やかな雰囲気を纏っている。余裕があれば中々いい女だ、と茶化していただろう。

 

 だがブラッドの目を引いたのは男の方だった。

 

 その男は違和感の塊であった。

 

 姿かたちは人間の成人男性と変わりはない。黒い髪に精悍な顔立ちの若い騎士、と言った出で立ちだ。

 しかしその内側に秘められた力は、人間のそれとは明らかに一線を画していた。

 

 その男の正体を確信してブラッドは目を細めた。

 

(……驚いた。ヴェルザーの敵がこんなところで見つかるとはな)

 

 違和感があるのは当然だった。その男は竜であり、魔族であり、人である。神々によって創られた奇跡の存在――竜の騎士だったのだから。

 

 

 

 竜の騎士とは、竜の絶大な身体能力と魔族の強大な魔力、そして人間の心を持つといわれる魔界の疫病神だ。

 天界・地上・魔界を調停する破壊兵器であり、呪怨王(じぶん)でさえもなるべくは相対したくない相手である。

 

 先の戦いでは冥竜王ヴェルザーを天界に封印したある意味仇敵ともいえる存在の登場に、ブラッドの心は波立った。

 しかし表には出さない。

 竜の騎士は、彼らを観察するブラッドに気付かないまま泉の周辺を見渡すと、罰が悪そうに額に手を当てた。

 

「……やはり気のせいだったか? すまないソアラ、時間を取らせてしまって……」

「大丈夫、私は気にしていないわ。奇跡の泉に何かあったら困るのはバランだもの。貴方のお役目を優先して?」

「そう言ってくれると助かる。……君は本当に優しいな」

 

 そう言って竜の騎士は女性に柔らかく微笑んだ。

 ソアラと呼ばれた女性もその笑みに答えるように輝くような笑みを浮かべた。

 

 ブラッドはその表情を見て驚きを浮かべた。すっかりソアラに惚れ込んでいる竜の騎士の姿は兵器の姿とは思えなほど穏やかなものだったのだ。

 そんな呪怨王の眼下で、見つめあったままだった二人は小さく笑い声をあげた。

 

「でもここに来れてよかったわ。ここはいつも綺麗な花が咲いているもの」

 

 ソアラはそう言って泉の縁に咲いている白い花を指差すと、泉の縁を回るように歩き始めた。竜の騎士もそれに続くが、その表情は先ほどまでと一転、彼女が泉に落ちてしまわないか心配そうだ。

 だが泉を縁取るように咲く色とりどりの花を見て回る二人は、どこまでも幸福そうな雰囲気を纏っていた。

 

(は?)

 

 思わず漏れそうになる声を堪え、ブラッドは竜の騎士を二度見した。

 

 もう一度述べるが、竜の騎士とは天界・地上・魔界を調停する破壊兵器だ。

 ブラッドの永い生の中でもそれが戦い以外の生涯を送った記憶はない。

 

 だというのに目の前にいる男は、まるで――。

 

(人間……みたいな表情、というか……)

 

 不意にブラッドの脳裏に、ロモス王国やポルトスの町にいた人間達の姿が思い浮かんだ。ほんの些細な出来事に一喜一憂する人々。何でもない生活を送り、心底幸せだと全身が主張しているその姿が竜の騎士と重なる。

 

 そう。今の竜の騎士の姿はまるで、人間そのものだった。

 

(……)

 

 ブラッドは呆然としたまま二人を見つめた。

 結局竜の騎士は隠れているブラッドに気付かないままその場を去ろうとソアラに手を差し出した。

 

「私は気を張りすぎていたのかもしれない。そろそろ戻ろう。……さあ、姫。御手を」

「まあバランったら。ちゃんと名前で呼んでください」

「む、すまないソアラ」

 

 やってしまった、といいたげな竜の騎士の表情を見て、ソアラはくすくすと笑みを浮かべた。

 ごつごつとした武骨な手と白魚のような白い手が重なり合う。

 竜の騎士にエスコートされ、初々しい雰囲気を放つ男女は森の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 二人の気配が周辺から完全に消え失せたのを確認して、ブラッドは地面に降り立った。

 竜の騎士の笑みが脳裏から離れない。

 なんだアレは。

 

 

 なんだアレは。

 

 

 自身の中で渦巻く竜の騎士への複雑な感情を抑え込み、ブラッドは唇を噛み締めた。

 アバンとの約束がなければそれこそ本気で、地上のことなど知ったことなく竜の騎士を殺しにかかっていただろう。

 それ程の激情が彼の中で今渦巻いていた。

 

「…………」

 

 あの女性に向けた柔らかな微笑みは本当に何なのだ。

 心底幸せだ、彼女が愛しい、と全力で主張しているその姿は、どこまでも兵器らしくない。それ故にブラッドの機嫌を損ねた。

 

 この感情はとてもよく知っている。そうこれは。

 

「めちゃくちゃ腹が立つって奴だな」

 

 ブラッドの影に黒い靄が湧き立つ。

 まるで湯気のようにゆらゆらと揺れる靄は、美しい地上の雰囲気に似合わぬ異質なものであった。

 漏れ出た靄は触れる場所を一気に黒く染め、ブラッドの周囲をじわじわと暗黒に染め上げていく。そして黒い汚泥が毒を浴びせたように緑を枯らしていく様子は尋常ではない。

 

 それに気づきブラッドははっと指を鳴らした。

 

 それをきっかけとし、黒い靄は勢いを失いブラッドの影に戻っていった。

 

 しかし既に靄に襲われ不毛の土地となっていた場所の色は戻らない。

 まるでその部分だけ時間が一気に過ぎ去ったように、草の一つも生えぬ黒い大地がブラッドの周囲に展開されていた。ブラッドはやってしまった、と頭を押さえた。

 

 罰が悪そうに頭を掻くと、一つ拍手を打つ。

 

 するとどうだろうか。墨を塗り固めたような漆黒であった大地が、元の茶色に戻っていく。

 流石に枯れた草木は戻らないが、それでも周囲は元の穏やかな森の気配に戻った。

 

「……あーやっちまった。癇癪起こすとかガキか俺は」

 

 己の失態にブラッドは頭を抑えた。

 そんなに神々の兵器が人間のような幸せに浸っていることが気に入らないのだろうか。それは違う、と自問自答する。

 

 ではなぜか?

 だがその答えは出ない。

 

 答えの出ない苛立ちに、ついにブラッドは匙を投げた。

 

「分からん! 考察は後回しだ!」

「それはりあじゅう爆発しろ、と叫べば解決ですよ王様!」

 

 馴染みのある声が森に響いた。

 その瞬間、ブラッドは猛烈な嫌な予感を感じしゃがみこんだ。その直後、先ほどまで顔のあった位置に火炎呪文(メラゾーマ)らしき火炎弾が通過した。

 更に危険を感知し転がるように横に退避。

 その行動は正解だった。何故なら、外れたはずの火炎呪文が真空呪文(バギ)によって向きを変えられ、不毛の大地と化していた場所に火柱を突き上げたのだ。

 

 もしも移動していなければ今頃ブラッドはその火に包まれていただろう。

 

 外套にかかった土埃を払い、ブラッドは深いため息を吐いた。

 ブラッドは攻撃した犯人を知っている。寧ろ知らない筈がなかった。

 

「………………そうだよな。今の癇癪で漏れた瘴気、奴らなら速攻で嗅ぎ付けるよな」

 

 そこにいたのは三人の魔族であった。

 一人は火炎呪文を放っただろう、右手に炎を灯す大柄な男。一人は先ほど上がった火柱を氷系呪文(ヒャド)で鎮火する小柄な男。そして最後の一人は獅子のような立派な鬣を持つ男であった。

 予想とたがわぬその姿に、外れてほしかったとブラッドは肩を落とした。

 

「三馬鹿。親衛隊長から聞いていたが本当に脱走していたんだな……」

 

 ジオン大陸では三馬鹿魔族と評判の三人衆。

 その名をボルフレイム、ティグルド、レアロードという。

 

 一週間ぶりだというのにひどく懐かしい顔ぶれだ。そして見たくもあり、見たくもない顔ぶれに、一気に疲れが襲ってきた。

 そんなブラッドに真っ先に反応したのはボルフレイムだ。

 

「王様が酷いんですよ! 数日かけて傷を癒したのに、意気揚々と王城に乗り込んだ時に居たのは親衛隊長殿だけ!」

「消火完了。折角だから親衛隊長殿に挑んだけど、やっぱり王様じゃないと物足りない」

「聞けば地上に行ったというではないですか。ですので西区画を突っ切って我々も地上に来たのです」

『王様と戦いたいから!』

 

 声を揃えて言う三人の姿に、ブラッドは沈黙した。沈黙せざるを得なかったのだ。

 そのまま得意げな表情を浮かべる三人のうち、ボルフレイムとレアロードの頭を掴み近くの大木に投げつけた。消火活動をしたティグルドは一応の免除だ。

 派手な音を立てて大人の胴ほどもある幹がへし折れる。

 幾ら頑丈な魔族と言えど流石に打ち所が悪かったのか。二人はぐるぐると目を回して気絶していた。

 

 ブラッドはそんな二人を冷めた目で睨み付け、ティグルドに視線を向けた。

 

「ティグルド。説明しろ」

「はい王様。でも、何か来そうなので後ではダメですか?」

「チッ。流石に気づかれたか」

 

 そしてこれだけ騒ぎを起こせば当然竜の騎士も気づく。

 猛然と駆け抜けてくるその気配を感知し、ブラッドは三人の首根っこを引っ掴んだ。

 

「瞬間移動呪文(ルーラ)!」

 

 光の軌跡が泉から飛び立つ。

 その直後に入れ替わるように現れたのは竜の騎士・バランだ。

 

「今何か魔法力の気配が……! なんだ、この様は!?」

 

 バランは草木が枯れ、焼け焦げた地面と折れた大木を見つめて驚愕の表情を浮かべた。

 怪物(モンスター)の仕業ではない、とバランは判断する。

 何しろ現在は魔王が倒され平和になった地上で暴れる怪物はほとんどいなくなった。少なくともバランが知る限りこのアルキード周辺で怪物の目撃情報は全くなかったのだ。

 

「一体何が起きているというのだ……」

 

 破壊の痕跡を見つめ、バランは警戒するように愛刀の柄を撫でた。

 長年の戦闘経験によって培われたその観察眼で検分するかのように痕跡をなぞる。

 

 黒く焦げた地面にはどうやら火炎系呪文を氷系呪文で鎮火したような跡があるのを発見し、さらに周囲の木々に残る切り傷から真空呪文の使い手がいることを推察する。

 

 しかし、枯れた草木だけがどうにも解せない。

 一刻もしないほど前にソアラと愛でた花々は見る影もなく枯れ果て、所々では風化してさえいる。

 

 ――恐るべき脅威がこの国に迫っているかもしれない。

 

 バランはそう判断すると、アルキード国王に警戒を促すべく踵を返した。




○今回出てきた人たち
竜の騎士バラン
 神々が作り出した争いを収める最終兵器にして究極の戦闘兵器。
 冥竜王ヴェルザーを展開に封印した張本人。
 ……の、はずであるが、現在は何故か人間のような雰囲気を身に纏っている。
 ソアラと出会ったのは一月前。冥竜王ヴェルザーとの死闘で死にかけていた彼を救ってくれたのが彼女であった。
 そしてそんな彼女の人柄に段々と惹かれ恋仲に至った……のだが本編では省かれた。
 兵器としての生故に感情に不器用だが、ソアラはそんな彼を愛している様子。

ソアラ
 バランの命の恩人にして恋仲の女性。
 実はアルキード王国の御姫様。
 優しく品のある女性で、バランはそんな彼女に人柄に触れることで惹かれていった。
 実は結構お転婆で森の探検やバランの語る冒険話がお気に入り。

ボルフレイム
 三馬鹿魔族の一人。
 火炎系呪文を得意とする脳筋だが主であるブラッドに対する忠誠心は高い。それでも戦いはやめられない戦闘狂。

ティグルド
 三馬鹿魔族の一人。
 氷系呪文を得意とする三馬鹿の話が通じる方。だが三馬鹿に含まれる通り手の付けられない戦闘狂。

レアロード
 三馬鹿魔族の一人。
 真空系呪文を得意とする三馬鹿魔族のリーダー的立ち位置。しかし誰も気にしていない。
 主であるブラッドに対する忠誠心は偏執的な域。それでも戦いはやめられない戦闘狂。

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