【ネタ】第三勢力はお疲れのようです【完結】   作:ろんろま

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超不定期更新です。
※あとがきに人物紹介追加。勿論飛ばしてもらって問題ありません。



魔界は大変荒れています

 大魔王バーンが兼ねてより計画していた地上侵攻計画を発動した。

 それによって魔界は希望を見出し、血の気の多い魔族たちは一旦静まった……かに思えた。

 

 結論から言うとそんなことはなかった。

 魔族たちは大魔王の力の元、彼の領地では確かに静まっている。

 

 しかしそれ以外のもの達は逆に希望に浮かれきっていつも以上に暴動が起こっていたのだ。

 特に、新興勢力とも呼ばれる第三の覇者の領地で。

 

 ーージオン大陸。

 呪われた大地とも呼ばれる魔界の中で最も瘴気の濃い危険地帯だ。

 その中心に建てられた城に彼らはいた。

 

「王様、オードの港でまた暴動が起きています」

「首都でまた例の魔族達が王に挑戦を求めています。被害は拡大中!」

「バーン軍と思われる者達が北の都に侵攻中! 北の結界術士から応援の要請がきています」

「王様、南の荒野でまた冥竜王の勢力らしき者たちが暴れています」

「……………………またか、またなのかっ!! 襲撃! 暴動! 八つ当たり!

 毎日毎日なんっでド修羅場が起きてんだああああああ!?」

 

 次々と舞い込んでくる悪い報告に、玉座に座る魔族は劈くような悲鳴を上げた。

 良く磨かれた紫水晶をふんだんに使った玉座にいるのは若々しい姿の青年だ。

 怒涛の勢いで流れ込んでくる報告に、長い髪を掻き毟る勢いで振り乱す姿には全く余裕がないように見える。

 

 しかし何を隠そうこの魔族、見た目こそ年若い青年であるがジオン大陸を統べる呪怨王である。

 

 大陸全土で起こる問題に頭を抱える主の様子に臣下たちは無理もないと涙を流す。

 何しろここ一月の間ずっと、大陸のあらゆる場所で魔族たちの暴動が起きているのだ。

 

 その最たる原因こそ大魔王バーンによる地上侵攻計画である。

 

 始めの頃は呪怨王とて拍手喝采したいぐらいの気持ちで送り出した。

 何しろ光のない魔界に太陽を齎すという大魔王バーンの計画。それは魔界の住民全ての願いといっても過言ではないのだから呪怨王にとっても他人事ではない。

 

 バーン軍は強大だ。

 戦力は数えるのも馬鹿らしい数のモンスターと、戦闘系の魔族……それも指折りの猛者が数十人。側近に至っては一騎当千の兵揃い。

 領民や奴隷などの非戦闘系魔族を含めると千どころか万を突破するであろう一大勢力である。

 

 そして魔界を二分する勢力ということでバーン軍には血の気の多い者が多数存在している。

 しかし皮肉にもそれ故に侵攻計画に置き去りにされ、不満が溜まった魔族が多く出ているのだ。

 

 大魔王の領地ではその不満を発散することはできない兵士達は考えた。

 魔界の神にも等しい大魔王の領地で騒ぎを起こすのは言語道断、しかしじっとしているのも性に合わない。

 

 ーー戦いたい。

 ーーだが地上はいけない。

 ーーなら敵は他にどこにいる?

 

 そこで目をつけられたのがこのジオン大陸である。

 

 本来ならもう一つの勢力である冥竜王ヴェルザーの領地も似たような状況に陥るはずだった。

 しかし冥竜王ヴェルザーは先日の竜の騎士との戦いで己の領地を失っており、本人もまた竜の騎士と戦闘中で手出しできないという状況である。

 よって残るジオン大陸に全ての不満が向かったのだ。

 更に混乱に乗じて残ったヴェルザーの勢力までちょっかいをかけてくる始末である。

 

 そんな毎日が修羅場な現状に、呪怨王は我慢の限界に来ていた。

 

 玉座に飾られている紫水晶の一つに罅が入る。

 その瞬間、配下たちは湧き上がる壮絶な悪寒に身を震わせた。

 

「お、王様、落ち着きましょう。瘴気溢れてますって!」

「ああああああまた紫水晶に罅が! 親衛隊の皆様に連絡をー!」

「誰か王様を落ち着かせろー!」

 

 どす黒いオーラを放つ王に慌ただしく駆け回る配下。そんな混乱に混乱を極めた王座の間で、静かに一歩踏み出す男が一人いた。

 

 王の背後に影のように控えていた男だ。黒いフードを被り姿を包み隠したその魔族は、主であるはずの呪怨王を徐にブン殴った。

 どおん!と鈍い音が響く。

 誰もが一様に動きを止める中、その魔族は冷静に言葉を紡いだ。

 

『落ち着いてください。呪怨王たる方がそんな様でどうするのですか』

「……落ち着かせるにしても地面とキスさせることはないだろ」

「流石です親衛隊長殿!」

 

 配下一同から拍手喝采が沸き起こる。

 そんな全く無遠慮な配下たちにじと目を向けるも、呪怨王は改めて落ち着いた様子で椅子に座り直した。

 その手に数枚の紙を召喚し魔力で印を押すと、問題対応の中で特に慌てていた四人に渡す。

 

「北は結界を強化しろ。これ以上の侵入を許すな。南は荒地だ、第三隊隊長に小隊を預けて殲滅してこい。

 港の暴動はどうせいつもの食糧難だ、駐屯兵に第一貯蔵庫の解放を許可する。首都の馬鹿は俺が殴る。以上」

「はっ、今すぐに!」

 

 紙を受け取った魔族達はその内容をすぐに確認すると、各々通信魔法を用いて問題の地域へ指令を飛ばす。

 

 一方で王が直々に出ると宣言したにもかかわらず配下の顔に戸惑いはない。

 なにしろ首都で戦闘しているのはこの大陸の数少ない強大な力を持つ魔族である。下手な兵を出せば被害が増えるだけであり、そもそも暴動の理由は呪怨王に挑むためという馬鹿ばかりだからだ。

 

 呪怨王は一言呪文を唱え分身体を創り上げると、分身体は窓から飛び立ち外に爆弾のような音を響かせた。

 すると数分後。外の喧騒は収まり暴動を起こしていた魔族たちは撃沈されたようだった。

 

 一気に静まり返った玉座の間で、王と残った配下たちはため息をついた。

 

「やれやれ、毎日がこれじゃ休む暇がない」

「バーン様が在界していた時は平和でしたのになあ……」

「引きこもりたいです王様。外交とかもう嫌です。外の奴ら滅べ」

「落ち着け外交官。一月休んでないお前の気持ちは分かるが、王様が本気にしかねん」

「首都の問題児に外の敵……医務室が胃薬を切らすのも分かります」

 

 騒動が落ち着くや否やお通夜のように暗い雰囲気が玉座を満たす。

 そんな中呪怨王はただ一人、苦笑を浮かべて言葉を紡いだ。

 

「確かに最近荒れてて辛いが、お前達まで暗くなる必要はない。何もかも天界の馬鹿どもが悪いんだからな。

 まあお前達は戦闘能力がない分心労が増えるのは仕方ないが……それでも守りが固められているだけ御の字だ」

「ですが王、いかに呪われた大地とはいえ我らの国が襲われているのですよ。我々とて魔族なのに、王に頼ることばかりで戦うことのできない自分達が情けなくて情けなくて……」

 

 そう言って悔しげな表情を浮かべる配下に、王は困ったような視線を向けた。

 

「生きていられるだけいいと思え。それに俺からお前達を守る喜びを奪ってくれるなよ。

 そもそもバーンや側近、特に影の野郎が来たら俺以外手も足も出ないんだから大人しく守られておけ」

 

 王の言葉に数人の魔族が俯く。

 その中でも特に親衛隊長である魔族は頭上に暗雲を浮かべる程酷く落ち込んだ気配を醸し出していた。

 

 彼らは呪われた大地に順応した肉体を持つ魔族だが所詮それだけ。

 

 戦闘能力で言えば呪怨王はもとより、バーン軍の一般兵士にすら劣るのだ。

 親衛隊長である魔族でさえ戦闘能力は一級どまり。超級の中でも飛びぬけている大魔王バーンとその側近との間に越えられない壁がある。

 

 慰めるつもりが別の意味で落ち込んでしまった配下たちを見て、呪怨王は慌てて付け足した。

 

「まあ落ち込むな! この大地で生きられるというのはそれだけでも凄まじいことだから! お前ら瘴気耐性だけは規格外だから!

 ……とはいえ連日の襲撃に耐えるのもそろそろ限界だよな。外の連中が勝手に死んで行くのを待つのもいいが、時間がかかりすぎる」

 

 その先を察したのか、ある魔族がぱあっと顔を輝かせた。

 王はその者――外交官に苦笑を向け、命令を下した。

 

「命令だ。暫く西の軍港を除いて結界を最強レベルまで引き上げる。国交なんぞくそ食らえ、とあちらに伝えろ。代わりに欲求不満は受け入れてやる。

 ……西には悪いがな。西区画の非戦闘員は中央に引っ込め、親衛隊及び首都防衛官をのこし総力を結集させろ。他の勢力と遊んでやれ」

「かしこまりました! 速攻終わらせて引きこもります!」

『……止むを得ませんね。領民の安全が最優先ですが、敵軍の不満のはけ口がなくなれば大魔王の怒りを買うことは必至ですし』

 

 大魔王の怒りなど魔界の民にとってこの世にあって欲しくないことナンバーワンである。

 

 なにしろ数千年を生きる伝説であるかの大魔王は底知れない力を秘めている。彼を前にして生き残れるのは冥竜王ヴェルザーか、彼らの王しかいないのだ。

 所詮、強大な力の前にそれ以下の者たちは吹き飛ぶのが魔界の理。触らぬ神に祟りなし、と親衛隊長は呟いた。

 

 その一方で配下の一人は心配そうな表情で王を見つめた。

 

「王よ、最強の結界を長時間張り続けるのは危険すぎませんか? 不満が高ずれば王自身が瘴気に負けてしまいますよ」

「問題ない。お前達の安全が最優先だ。瘴気に関しては封印具の強化と俺自身の耐久との勝負だがな」

「それでは賭け事ではありませんか、やはり賛成できかねます! あやつらもすぐに復活するでしょうし、王に対し負担が大きすぎます!」

 

 あやつら、と言われて王が真っ先に思いついたのは三馬鹿と呼ばれる魔族だ。確かに脇目も振らず呪怨王に突撃する様を考えれば、呪怨王が動けなくなることを歓迎するとは思えない。

 しかし彼らを気にしていては守るものも守れない。そう言いたげに困ったように眉根を寄せる呪怨王を見かねてか、親衛隊長が片手を挙げた。

 

『では王よ、今の内に瞬間移動呪文(ルーラ)で放り出してはどうでしょう。何せ奴らはこの大陸きっての戦闘狂。バーン軍という餌があれば諸手を振って戦いに赴くのでは?』

「それも手だな。だが……あいつらだとやりすぎるんだよ。この大陸を飛び出してバーンの領地で暴れたら目も当てられん」

 

 連日。それこそ毎日に近い頻度で呪怨王に戦いを挑む魔族たちの姿を思い浮かべ、一同は納得する。

 かの戦闘狂ならやりかねない。

 三馬鹿と呼ばれる魔族たちは血に飢えた獣というのがジオンの一般認識である。

 

「まあ何にせよ決定は決定だ。封印具が作られた後暫くはお前達に全てを任せ、俺は瘴気の処理に努める。いいな」

 

 力強い王の言葉に臣下たちは一様に頷いた。

 それを頃合いと見たか、親衛隊長は一つ柏手を打った。

 

『では本日の謁見は以上とする。各自、王の命をゆめ忘れぬよう』

 

 その言葉を皮切りに呪怨王と親衛隊長を残し、配下の魔族たちは各々の役割を果たすべく退出していった。

 二人きりになった玉座で王は徐に頬杖をついた。

 

「やーっと終わったな……ああ、もう普通に喋っていいぞ、誰もいない」

『いえ、どこに耳があるかわかりませんから』

「おいこら。俺の感覚が信用できないか弟よ。お兄様は悲しいぜ」

『……兄貴だから信用できないんだって』

 

 ぼそりと呟かれた言葉にぐっと息を詰まらせる。そのまま拗ねたように顔をそむけた。

 そんな呪怨王の様子を見て、親衛隊長は深い、とても深いため息をつき兄であり王である彼のご機嫌取りを実行した。

 

『分かったよ、普通に喋る。全く俺らの関連がバレると面倒になるのは兄貴だろうに』

「俺としてはお前のことは広く知られるべきだと思ってるんだがなあ」

『褒めてるのか?』

「褒めてる。自慢の弟だ」

 

 真っ直ぐな賞賛の言葉に親衛隊長は深く息を吐くと、仕方ないと言いたげに肩をすくめた。

 

『はいはい。で、どうするんだ? 幾ら結界を強化しても、瘴気は溜まる一方だろ? あまり強くなると処理追いつかなくて俺達すら瘴気にやられるぞ』

「そこは俺が踏ん張る! って言いたいところだがな。現状が続くならだと正直百年持てばいい方だ。

 封印具も押さえつけるだけで根本的解決にはならないし。

 一番の解決策はやはりバーンが成功して戻ってくることだが、あの慎重な性格だ。地上攻略も十年は掛けるだろうし迅速な解決にならん」

『あの方もお遊びが酷い時あるしな……いや、偉大な方なんだが。なんであそこのお誘い蹴るかな馬鹿兄貴』

「はあ。ヴェルザーの領地が丸ごとなくなったのが痛すぎるんだよなあ」

 

 さらっと呟かれた弟の毒舌は無視し、呪怨王は冥竜王に思いを馳せた。

 

 冥竜王がこの王の開発した超爆弾、黒の核晶を使用したのはつい先日のことだ。

 黒の核晶とは、黒魔晶という魔力を無尽蔵に吸収する性質を持つ鉱物を彼の呪術で爆弾に変えたもので、小さな大陸なら跡形もなく吹き飛ばす威力をもつ。

 そのあまりの威力を考えてバーンとヴェルザーに各々の抑止として渡したのだ。

 

(まさかヴェルザーが本当に使って自分の大陸を吹っ飛ばすとは思いもしなかったけどな)

 

 それでも生きているのは流石大魔王と互角の力を持つ竜といったところだろう。

 そろそろダメージが酷く封印されそうという噂も流れているが、冥竜王だ。同じくダメージを負った竜の騎士に負けることはないだろう。多分。

 呪怨王として正直なところを言ってしまえば、何とか生き残ってほしいところである。――ヴェルザーが封印されてしまえば両軍がさらに自重を無くすので。

 

「これ以上話していても仕方が無いな。願わくばヴェルザーよ封印されるなよ……」

『……冥竜王までいなくなったら俺らが死ぬぞ』

 

 無論、胃痛的な意味でである。

 

 

 

 そしてその願いはたやすく打ち砕かれたのだった。

 引きこもり宣言から数日後。

 冥竜王ヴェルザーが天界にその魂を封印されたという報を受け、呪怨王と親衛隊長は灰と化していた。

 

 王の私室で酒を飲んでいた二人であったが、齎された悲報はあまりに残念なものであった。

 

「あのうっかり竜……何天界に封印されてんだ…………」

『ピンポイントで天界ってとこがミソだよな。バーン軍どころかヴェルザー軍が暴発したぞ』

 

 曰く、竜の騎士に敗れた冥竜王は魂を天界に封じられ囚われた。

 曰く、封印は強固なものらしく自力での脱出はほぼ不可能。

 曰く、自棄になったヴェルザー軍が自棄の勢いのままジオン大陸に突入してくる。

 通信魔法で次々と飛ばされてくるそんな緊急報告を読みながら、二人は思い切りため息をついた。

 

 魔界の住民の天界に対する遺恨は深い。深すぎる。

 それも当然だ。そもそもこんな暗黒とマグマしかない不毛の大地に魔族を押し込んだのは神々と天界に住む精霊たちなので、魔界の住民で神を嫌っていないものなどいないのだ。

 

 そんなところに魔界の王の一人であるヴェルザーが封印されてしまえば、当然ながら不満が爆発する。

 

「……とりあえず前の通り守り固めといてくれや。ヴェルザーんとこは残り少ないから乗り切れば数年は大人しくなるだろ。

 バーン軍は適当にあしらっとけ。不幸なことだが瘴気が激増したから普通の魔族なら滞在三日持たないだろうし」

『かしこまりました。その……陛下もどうかお大事に』

 

 西の軍を率いている隊長に鏡を通じ命令すると、通信魔法を終える。

 一月ですっかり世話になった胃薬を服用し、王は眉間の皺を解した。

 

「もう嫌だ胃が痛い……」

『頑張れ兄貴。幸いなことに三馬鹿は静かじゃないか……』

「あいつら静かとか嫌な予感しかしないんだが弟よ。というか俺もう逃げたい。

 俺も一応数千年生きたけど、こんなに胃が痛いのは初めてだ……」

 

 基本、魔族は寿命が長いせいかその歴史も非常に緩やかなものである。

 一月以上も連続で事件が起こる方が珍しいのだ。

 

 そんな連日の修羅場に実の兄がさめざめ泣く姿を弟は容赦無く殴り飛ばした。

 

『今兄貴まで出てったら辛うじて保たれてる均衡がどうなるか分かってんだろうな……』

「……うん、済まなかったから顎はやめような意識飛ぶ」

 

 フードで分かりづらいが、完全に目が据わっていた。親衛隊長たる彼も色々と限界のようだ。

 どうどう、と興奮する獅子を宥めるがごとく説得をしていると、視界の隅で何か輝く。新しい通信魔法だ。

 親衛隊長もそれに気付いたのか獣のような唸り声が鳴りを潜める。

 その様子に一安心しつつ新たな報告に頭を抱えると、王は観念して鏡に目をやった。

 

「またか。今度はなんだ………………」

 

 報告を読んだ王の表情から感情が抜け落ちた。

 それを見て同じように報告を覗き込んだ弟もまた黒いフードの奥で表情を凍らせた。

 

 通信魔法を使った報告で鏡には魔界の文字でこう書かれていた。

 

『拝啓

 親愛なる呪怨王殿。

 我らが魔界を旅立ち早一月。今も魔界は血を求めた強者が戦っているのだろうか。

 さて、風の噂で余に変わって魔界の安寧を齎していると聞き、貴殿に感謝の意を申し上げる。

 我が軍は現在、地上攻略に向けて地上の魔王を総司令とした新生魔王軍を編成しているところだ。

 地上の魔族にも中々気骨のあるものがおり、今後次第では貴殿に並ぶやも知れぬ。

 かつて交わした賭け事も意味のないものになるやも知れんな。

 では次は地上消滅を成し遂げ、魔界に太陽を齎した後に会おう。敬具

 大魔王バーン』

 

「ふ……ふふ、俺らが必死こいている間に奴は何してんだ……」

『……どう考えても新しい玩具手にしてはしゃいでるんだろあの方は……』

 

 無駄に威圧感のある大魔王の近況報告に顔を引きつらせながら王は無難に返信をした。

 要約すると「そうか。頑張れ」を超遠まわしにした文面である。

 本音を言えば魔界の軍をどうにかして連れて行けと言いたいところだったが、かの大魔王の前にあの程度の軍勢は不要と返されるだろう。いらぬ騒ぎを起こす必要はない。

 

 鏡に浮かんだ文字を消そうとして王はふと気付いた。

 足元に小さく追伸がある。

 

「嫌がらせか」

 

 だがこれをやったのはバーンではないだろうと王は思った。

 そもそも嫌がらせを考えるほど大魔王は狭量ではない。

 適当に流し目で文面を読むと、王は徐に鏡を蹴った。魔族として強力な力を持つ呪怨王の脚力に耐え切れるはずもなく鏡は砕け散り、破片を辺りに散らした。

 

『あ、兄貴!?』

「あんのうっかり竜!」

 

 冥竜王に一言呪詛を吐いて王は鏡をさらに粉々に踏み砕いた。

 尚、追伸にはこうあった。

 

『ウチの王様より救援依頼だよ! 封印解くの手伝ってネ!

 具体的には天界を呪ってくれればいいから!

 冥竜王さまの下僕、死神より』

 

 ちなみに、差出人のところにハートマークが浮かんでいたりするが王は記憶から抹消した。

 ついでに依頼の内容も抹消したいところだったが、流石にそれは踏みとどまった。

 

 なぜかというと、遠い遠い昔に王は冥竜王に命を救われたことがあったからだ。その恩がある以上、無下には出来ない。悪態は吐くが。

 

 呪怨王は徐に弟の肩を掴んだ。

 

「弟。マジですまん。暫く影武者を頼む」

『は?』

 

 弟が首を傾げるのも束の間、ぽん、と手を叩いたような音とともに王の姿が掻き消えた。

 ご丁寧に椅子に残ったのは魔界の文字で「たびにでます。さがさないでください。――追伸、だいたい全部ヴェルザーのせい」と書かれた置き手紙だった。

 親衛隊長はわなわなと震えながらそれを握り締めると、天を仰いだ。

 

『ふざけんな丸投げか糞兄貴――!!!』

 

 弟の怒声を背後に、王はさっさと必要なものを取り揃え瞬間移動呪文で大陸の外へ出ていた。

 勝手知ったる魔界である。行けないところはない。

 しかしこのまま魔界に留まれば間違いなく怒り狂った親衛隊長に連れ戻される。

 かといって城でヴェルザーの依頼をこなすには強化した結界が邪魔だ。

 

 血のように赤い目が魔界の暗黒の空を見つめた。

 

「そうだ。地上へ行こう」

 

 呪怨王は考えるのをやめた。

 疲れたのだ色々と。

 

 思い立ったが吉日とばかりに、近場の地上に通じる空間の穴へ向かうのだった。




○今回の主な登場人物
呪怨王
 血のような赤い髪に赤い目の魔族の青年。
 しかし見た目が若いだけで数千年生きているらしい。
 魔界1の危険地帯、ジオン大陸を統べる呪怨王……の筈であるが、数千年感じたことのなかった多忙な状況と冥竜王ヴェルザーの依頼で疲れが限界突破し、魔界を飛び出した。
 民には親しげに王様と呼ばれる庶民派。
 呪怨王と呼ばれるだけあって、黒の核晶の開発から分かる通り呪術が得意である模様。


親衛隊長(黒フードの魔族)
 呪怨王とジオン大陸を守る親衛隊の隊長。本名クリスタ。
 常に呪怨王の周囲に控えるために、瘴気から身を守る外套を身につけているらしい。
 仕事と私事で態度を分ける真面目な性格。
 一応プライベートでは兄と一緒に良く酒盛りをする仲良し。
 しかしその信頼と真面目な性格故に逃亡した呪怨王の影武者役を押し付けられた苦労人。


大魔王バーン
 暗黒とマグマ溢れる不毛の大地、魔界に太陽を齎すべく立ち上がった偉い人。しかし地上と人間にしてみれば恐ろしい侵略者である。
 冥竜王ヴェルザーと共に魔界の勢力を二分するほどの力量の持ち主。数千年生きているだけあり老獪かつ慎重なお人。
 しかしジオン親衛隊長曰く遊び心のある性格らしい。
 最近骨のある若者を軍に引き入れてご満悦の様子。是非ともそのままでいてください。


冥竜王ヴェルザー
 大魔王バーンと勢力を二分する知恵ある竜。
 大魔王バーンが地上消滅を推進する過激派侵略者なら冥竜王ヴェルザーは地上すら手にしたい正統派侵略者。
 しかしバーンが計画を実行に移したことで焦り、勢力圏で自爆した挙句配下の殆ども吹っ飛ばしたうっかりドラゴン。
 更には魔界に魔族を押し込めた元凶である天界の精霊に封印されてしまったことで「敗者の呪い」が発動し石になってしまった。
 呪怨王は過去に命を救われたらしいが…。

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