鬱蒼と繁る木々。地面には多種多様の短く伸びた草がまるで絨毯のように隙間無く生えている。
見渡す限り植物で覆われた森。緑の香りがむせかえる程に充満している。
高く伸びた木々の重なった葉の間からは、空から燦々と輝く太陽の光が木漏れ日となって光の少ない森の中を暖かく照らす。
そんな木漏れ日を眩しそうに見上げながら、佇む青年。年の頃は二十歳前後。
青年は革と金属でできた鈍い銀色をした鎧を身に付け、腰には一本の剣を携えていた。
青年は何処か余裕の無い真剣な表情を浮かべ、ポツリと一言漏らす。
「何処だ……出口は……!」
「この間抜けが!」
そんな台詞の言う青年の背中を背後から現れた人物が容赦無く蹴り飛ばす。
「がっ!?」
受け身も取ることも出来ずに青年は顔面から地面へと倒れ込んだ。
青年を蹴り飛ばしたのはショートカットの赤毛の女性。青年と比べると軽装であり、髪の色と同じ赤い装飾を施された服に膝までの丈のズボンを纏っている。
女性はまだ怒りが治まらないのか、倒れ込んだ青年の襟首を掴むと無理矢理起こす。
「だ! か! ら! さっきの道は左に行くべきだったでしょうが! 無視して自信満々で右進んでいって最後に出てきた台詞がソレ!?」
女性はつり目気味の目を更に吊り上げさせて、怒涛の怒りの言葉を青年に放ち続ける。
「お、落ち着けシィ。な、なんと言うか此方からは冒険の匂いが――」
「そう言って昨日丸一日森の中さ迷ったでしょうが! おかげで簡単な仕事の筈なのに野宿する羽目になって! このバカエイス!」
シィと呼ばれた女性はエイスと呼んだ青年をガクガクと揺さぶり、冷めない怒りをぶつける。
「この……歯を食い縛りなさい!」
拳を造るシィ。その拳には赤、青、黄といった様々な色をした石が嵌め込まれた指輪を着けている。
それを見て顔から血の気を引かせるエイス。
「止めて! そんなので殴られたら僕死んじゃう! 助けてゼト! 助けてエルゥ!」
エイスの救いを求める必死の声。反応はすぐにあった。
「やれやれ……。本当に仲がいいなお前ら」
「えーと、シィさん。エイスさんも反省するはずですし出来れば穏便に……」
一人は三十前後程の長身の男性。無精髭を生やし、長く伸びた髪を一括りしている。エイスと同じく革と金属で出来た鎧を纏っているが、エイスの鎧と比べると金属よりも革の面積の方が大きい。担ぐようにして自分と同じくらいの長さの槍を持っていた。
もう一人は女性――といってもまだ少女といっても差し支え無いほど容姿をしている。シィとは対照的に長く伸びた黒髪、上質そうな布で出来た白の衣服を着ており、その手には先端に水晶を付けた杖を持っていた。
「助けてゼトぉぉ! このままだと顔の原型が変わる!」
必死の形相を浮かべるエイスに、ゼトと呼ばれた男性は呆れた表情を浮かべながら無精髭を撫でる。
「自業自得だろうが……シィの気が済むまで大人しく殴られてろ。なぁエルゥ?」
突然話を振られた少女――エルゥはあたふたとした様子で答える。
「えーと、その、こういったことは何度も有りましたし……その、エイスさんの習慣というか癖というか病気というか……と、とりあえず暴力では今のこの状況は解決しませんし、エイスさんを殴るのは後回しにして出口を探しましょう!」
しどろもどろになりながら強引に話を変えようとするエルゥ。しかし、彼女の言葉にも一理あるのかシィは不満気様子ではあるがエイスの襟首から手を放し、拳を解いた。
「とりあえず一旦保留にしてあげる。森を出たら覚悟しておきなさい」
「今のうちに腹をくくっておきます」
解放されたが、先のことを思いガックリとした様子のエイス。そんな彼を慰めるかのようにエルゥは近付き、軽く肩を叩く。
「まあ、出口が見つかる頃には怒りも冷めていますよ。それより早くこの森を出ましょう」
「どうした? 少し焦ってないか?」
ゼトの問いにエルゥは表情を少し固くする。
「少しですが、この森……嫌な感じがします」
「嫌な感じか……」
「それはちょっと怖いな」
エルゥの言葉にシィ、エイス、ゼトは真剣味を帯びた表情を浮かべる。
エルゥは、代々祈祷や占いといった呪いを扱う一族の出身であり、この一族は皆、第六感とも言うべき感覚が常人とは比べものにならない程発達しているという特徴を持つ。
シィが過去に今と同じような言葉をいったときには、強い地震が起こったり、穀物を食い荒らす害虫が異常発生したり、疫病が発生したりと数々の問題が起こっていた。
そんな彼女が言う『嫌な感じ』という感覚、無視出来る筈がない。
「分かった、ごめん。素直に出口に行こう。嫌な感じの元に会う前に」
先程とはうってかわり真剣な顔で謝罪の言葉を言うとエイスは歩き始めた。
「ちょっと!出口は何処か分からないのに勝手に歩いたら危険じゃ――」
「えーと、ごめん、シィ。……実はこの森の地理は事前に見ておいたから大体分かるんだよね……」
シィの言葉を途中で遮り、気まずそうに、エイスは目を泳がせながらとんでもないことをいう。
「あんた……! わざと……!」
シィの顔が怒りで真紅に染まる。
実はわざと迷っていたという事実を聞かされたことに対する正常な反応である。それに対してゼトは「またか」と言わんばかりに額に手を当てて呆れ、エルゥは苦笑いをする。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 後で何発でも殴っていいから! とりあえず! とりあえず森からは出よう!」
怒るシィに頭を下げ、懇願する。
「シィ、気持ちは分かるが、とりあえず、な?」
エイスに一応の助け船を出すゼト。
シィはゼトに視線を向け、エイスに戻すが、やがて溜め息を吐き、歩きだす。
「早く出るよ。エイス」
先を歩くシィにエイス慌てて後を追い、隣に並ぶ。
「やれやれ、それじゃあとっとと行きますか」
髭を撫でながら側にいるエルゥに呼び掛ける。が、返事が返ってこない。
エルゥの方へと目を向けると、エルゥは青ざめた顔をし、寒さに耐えるかのように小さく震えていた。
「おい、大丈夫か?」
再度声を掛けると、エルゥは驚きの声を上げ、ゼトへと顔を向ける。
「あ、あ、す、すみません!」
「どうした?様子が変だったぞ?」
エルゥは、すみませんともう一度と謝ると不安げな様子で喋りだす。
「さっき『嫌な感じ』がするって言いましたけど……何だか今回は『少し変』なんです」
「変というと?」
「上手く言えませんが……何だか酷く恐くて……いつもの感じと違って、いつもならもう少しハッキリと感じられるのですが、今回はモヤモヤとぼやけているのに、なんというか冷たくて鋭いイメージが付きまとうんです」
自ら感じたものを何とか言葉にするエルゥ。ゼトは神妙な表情をし、眉間に皺を寄せる。
「いつもと違う感じか……こりゃあ危なくなるまえにとっとと退散するか。行くぞエルゥ。エイスの奴には遊んでた分、馬車馬よりも働かせて出口を探させよう」
「あ、はい! あ、でも程々に――」
ゼトたちもまたエイスたちを追い掛け、その場を後にした。
◇
某時刻、森の奥地
空からの光が届き難くなり、湿気を帯びた空気が漂う場所。
だが今は、地に転がる一匹の首の無い動物の死体で血生臭い匂いが辺りに充満し、常人ならば吐き気を催す空間と化し、緑の大地は流れる血で赤く染まる。
少し離れた場所に転がっていた死体の頭部は光の無い虚ろな目で体に覆い被さる『ソレ』に蹂躙される姿を映し、その命亡き肉体を搾取される様を見続けていた。
『ソレ』の牙は容易く死体の肉を裂き、それにより胃袋を満たし、流れる血で喉を潤していた――が、突如として食事を止め、視線をある方向へと向けた。
『ソレ』は感じ取っていた。
今現在、自分の縄張りに対し、侵入してくる不届きな存在がいることを。
『ソレ』は唸り声を上げると同時に飛び上がり、近くにある樹の枝の上に着地すると、凄まじい勢いで樹々を伝って駆け出す。
縄張りに入る敵を排除するために。
◇
数十分程、森の中を歩いていたエイス一行。やがて、歩いて行く先に開けた空間へがあるのを見つけた。
今まで歩いて来た場所とは違い、葉が日の光を遮っておらず、その空間だけ切り取ったかのように周囲とは浮いた印象を与える。
エイスは振り向く。
「一旦ここで休憩に――」
そこでエイスの声は切れ、鋭い視線を開けた空間、正確には更に奥の樹々に向ける。
ゼトもほぼ同じタイミングで何かに気付き、シィとエルゥの肩を押さえ、無理矢理しゃがませ、身を隠させた。
「ちょ、ちょっと!」
いきなりの行為にシィが咎めるような声を出すが、それを言う前に、姿勢を低くしたエイスが人差し指を立て『静かにしろ』とサインを送る。
流石に、状況が呑めたのかシィは口を閉ざす。
「シィ、『結界』を張ってくれ」
ギリギリまで音量を絞ったエイスの声を聞き、シィは頷くと、その口から口笛のような音を出す。するとシィの手に嵌められた指輪の一つである赤い石の指輪が輝く。その光はそのまま拡がっていき、エイスたちを包み込んだ。
詠唱による結界の発動。これにより内部の人間は外部に、視覚、聴覚、嗅覚では感知されることはない。
息を殺し潜む一行。やがて重い足音が鳴り響き、エイスたちの前方にある樹を薙ぎ倒しながら、足音の主が現れる。
全身を鉛色に染め上げ、真っ直ぐに伸びた二本の角を持つ全長十メートル程の竜。
「アースドラゴン……」
緊張に満ちた声がエイスの口から漏れた。
アースドラゴン――主に山に生息していると言われている竜種の一種である。その中でも最も固い鱗を持つと言われており、生物の肉ではなく主に鉱物等を食べていることから、その鱗は鋼鉄に匹敵する強度を持つ。
性格は他の竜種と同様に他の生物に対する敵対心が強く、視界に入るものなら容赦なく襲い掛かる程に凶暴である。
通常の依頼ではまずお目にかかることのない大物である。
「どうしたものかな……」
軽い口調とは裏腹にエイスの顔には一辺たりとも余裕は無い、他の三人も同様である。
竜殺しは冒険家にとっては最上位の名誉ではあり、一度その名誉を手にすれば、一生仕事に困ることはない。しかし、それは竜殺しに対する難易度を示している。
アースドラゴンは竜種の中では上位に位置する個体であり、現状のエイスたちの戦力を考えると勝てる確率はかなり低い。
大人しく撤退しようかという考えもあるが、逃げようにもアースドラゴンは出口に繋がる道に陣取り、暢気に日光浴をし始める。かといって迂回して逃げようものなら、シィの張った結界を一度解かなければならない。この結界は移動用ではなくあくまでその場で身を隠す為のものであり、術者が動くとその途端、効力がなくなってしまう。
他の生物に対して敏感な竜種ならば、数十メートル以内ならまず確実に感付かれる。
八方塞がりの状態にエイスは頭を悩ませ、シィは軽く溜め息を吐き、ゼトは肩をすくめる。
「エルゥの『嫌な感じ』が当たったかな……?」
そう言ってエルゥに声を掛けるが返事がない。
「エルゥ……?」
エルゥは俯き、自分の両肩を爪を立てるように強く抱き、寒さを耐えるかのように震えていた。
「おい……エルゥ!?どうした!?」
声を抑えながら、ゼトがエルゥに呼び掛ける。
「……ます……」
「え……?」
掠れたエルゥの声。
グォオオオオオオオオ!!
先程まで日を浴びていた筈のアースドラゴンは突如として立ち上がり、咆哮を上げる。それはこの場にいない何かに対する牽制の威嚇のようであった。
「な、何? どうしたの!?」
急変していく事態にシィは戸惑いを露にする。
「……もうすぐ……ここに来ます……!」
頭を抑え、恐怖の感情を見せ、上擦った声を出すエルゥ。彼女の見せたことの無い態度にエイスたちの心にも恐怖が芽吹き始める。
「一体……『何が』来るんだ……?」
その時、エイスたちの頭上にある樹々の枝たちが悲鳴のような音を立てて大きく軋み、その枝の上を黒い大きな影が疾風のように走る。
「今、『恐ろしいモノ』が来ます!!」
叫ぶように答えるエルゥ。そして、走る黒い影が樹から飛び出し、アースドラゴンと距離にして数メートルの位置に地を砕きながら着地。
降り注ぐ日の光の下、その姿を見せた。
「なんだ……こいつは……!」
その顔付きを見たとき、エイスたちはまず最初に獣を連想した。地面に四肢をつく格好、頭部に生やした黒味を帯びた青い体毛にピンと伸びた二つの耳、それは獣特有のものである。しかしソレの全身は竜種のように鱗を纏い、ソレの前肢は翼と一体化したような形状をしており飛膜までついている――が、その翼の外側はまるで刃のように鋭く輝き、見るものの背筋を凍らせる。
そして最も目についたのは――
「大きい……!」
生物の大きさであった。軽くみても全長は二十メートル近くあり、目の前に立つアースドラゴンが子竜であるかと錯覚してしまう程の体格差があった。
恐ろしい。この場に居るメンバー全ての胸中にその言葉が浮かぶ。ただ大きいから恐ろしいのではない、ただ鋭い刃や牙を持っているから恐ろしいのではない、その生物を前にして本能が訴えるのである。
『自分はこの生物の獲物でしかない』と
アースドラゴンが目の前の未知の獣に対し威嚇の咆哮を上げる。竜の咆哮を聞けば千の兵が逃げ出すと言われる程のものであり、事実それを結界越しで聞いたエイスたちも全身が震えだしていた。
だが次の瞬間――
ゴオオオアオオルアアアオオオオ!
その震えすら打ち消す程の更なる咆哮が未知の獣から発せられる。
「きぃっ――」
ただの咆哮で生命の危機を感じてしまったのかシィの口から悲鳴が溢れ出しそうになる。それを反射的に感じ取ったエイスが強引に手で口を押さえこみ、無理矢理それを止める。
「落ち着いてくれ! 大丈夫! 大丈夫だから……!」
激しい動揺は結界に綻びを生み出す。今、気付かれる訳にはいかない。
何とか宥めようとするエイス。しかし、エイス自身も咆哮の恐怖から歯の根が合わずガチガチと歯が音を鳴らしそうになるのを噛み締めて耐えていた。エイスの背後に居るエルゥも湧き立つ恐怖を必死に抑えようと服の袖を噛み締めて声を殺し、年長者でありこの中で最も経験の長いゼトは震えてはいないものの額からは絶えず冷や汗を流していた。
自分の威嚇に全く動じない相手にアースドラゴンは警告から攻撃へと転じる。首を持ち上げ胸を大きく膨らまると竜種固有の技『吐息〈ブレス〉』の体勢へと入った。
それを見て獣は身を低くし、軽く唸るだけでその場から移動しようとはしない。
やがて限界まで膨れ上がった胸から喉を通過しアースドラゴンの口から『吐息』は発せられる。アースドラゴンの『吐息』は圧縮された空気の中に外部から取り込んだ鉱物の礫を混ぜることで鋼鉄の鎧すら容易く打ち抜く、単純ながらも恐ろしい威力を秘めているものであった。
それがアースドラゴンの口から飛び出してきたとき、エイスたちはそれが獣へと直撃すると思った。だが、その考えは易々と覆される。
放たれた無数の礫が獣触れるかと思われた瞬間、獣の姿が消え去る。次の時には『吐息』射線上から外れ、正面に立っていた筈の獣はアースドラゴンの側面へと立っていた。
巨体から考えられない疾風を彷彿とさせる驚異的な速度。その速度にアースドラゴンの思考は付いて行けず、獣の姿を見失ってしまう。
その決定的な隙を獣は見逃さなかった。
前脚の爪を深々と地面へと食い込ませ上半身を低くし、下半身を高くする。その姿勢から四肢の力を瞬時に爆発させ先程の比では無い程の速度でアースドラゴンに飛び掛かると、その刃の如き翼を一閃した。刃がアースドラゴンの鱗へと触れると弾かれることも止まることもなく、獣の刃の前にアースドラゴンの鱗はあまりに無抵抗であった。
獣が通り過ぎると音も無く、苦鳴も無くアースドラゴンの動きは止まる。そして獣が咆哮を上げるとアースドラゴンの首に赤い一筋の線が浮かび上がり、やがてそれが首回りを一周するとアースドラゴンの首が地に落ち、その鮮やか過ぎる切断面から大量の血液が噴き出し、緑の地を赤く染め上げていった。
「なんだ、あれは……速すぎる……」
「アースドラゴンが一撃で……」
獣とアースドラゴンとのあまりに離れた実力差にエイスたちはただ驚き、慄くしかなかった。アースドラゴンの倍以上もある体格から生まれる目で追えない程の速度。加工すれば百年は変形しないとされるアースドラゴンの鱗を、容易く切断する程の切れ味を持った翼と腕力。今まで見たことの無い未知なる恐怖に全身の細胞が恐怖を訴え続ける。
ゴオオオアオオルアアアオオオオ!
獣は自らの勝利を誇示するかの様に咆哮を上げる。その咆哮を聞きながらエイスたちはただひたすら獣が去ることを祈り続けていた。そうでなければいずれこの恐怖で発狂しかねない。
何度かの咆哮の後、獣は外敵を排除したことに満足したのかアースドラゴンを喰らう事無くその場で跳び上がり、現れたときと同様に木々を伝わって何処かに去っていた。
獣が去ってからどれくらい時間が経ったのであろうか、その感覚が麻痺してしまう程の恐怖の中でようやくエイスたちは結界を解き、斬殺されたアースドラゴンの亡骸へと近付く。
「な、なんだったのあれ……!」
「色々な文献は見てきたつもりだけど、あんな生物は僕も初めて見た」
恐怖を忘れられないシィの震える声。それに応えるエイスの声にもシィ程ではないが動揺が含まれていた。
「とても恐ろしい……あんな恐ろしい気配を持つ生物は初めてです」
「そう容易くいるもんじゃねえさ……竜種を一撃で葬る奴なんてな……」
エルゥは小刻みに震え、死んだアースドラゴンの亡骸を見ながらゼトは渋い表情を浮かべる。
エイスは懐からガラス玉のようなものを取り出すと、それをアースドラゴンの死体に向ける。するとそのガラス玉の中にアースドラゴンの姿が映し出され、ガラス玉をアースドラゴンから離してもその姿が映り続けていた。
「このことをギルドに一刻も早く報告しよう。そしてこの辺り一帯を閉鎖するように頼もう。あれは危険過ぎる」
エイスの言葉に皆が頷き、獣に気付かれない内に急いでその場から立ち去っていった。
これが後にこの世界で長年の間語り継がれ、恐れられていく『竜の変』。その最初の目撃であった。
そして、これを切っ掛けとし各地で災厄が目覚め始めるのであった。
某時刻、アールフア大海。
「艦長! 三番艦が撃沈されましたぁ!」
「敵は! 敵は何処だ!」
慌ただしい声が艦内で広がる。
「今だ海中です!」
「砲撃は!」
「駄目です! 相手の速度が早すぎます!」
「艦長! 二番艦が……二番艦が!」
若い船員の声に苛立ったような声で壮年の艦長が返す。
「何だ! どうした!」
外を指差す若い船員。そこには二つに断たれ、縦に沈んでいく戦艦の姿があった。
「ま、真っ二つに……!」
「馬鹿な! 戦艦を切断するなど……!」
「艦長! あの背びれがこっちに向かってきます!」
「迎撃しろぉ!」
「無理です! 間に合いません!」
「こ、この化け物が……! うあああああああああ!」
最後に残った戦艦の乗組員が見たものは、こちらに向かって飛び込んでくる鋭い牙の群であった。
某時刻、ベター火山。
「う、うああああ! 取ってくれ! こいつを取ってくれ!」
冒険者の全身に緑色に発光する粘着質な物体が付着する。それを見た他の冒険者たちの顔色が変わる。
「やめろぉ! 俺に近付くな! 巻き添えにするな!」
「嫌だぁ! 取ってくれ!」
「皆こいつから離れろぉ! 爆発に巻き込まれるぞ!」
「行かないでくれ! 俺を独りにしないでくれぇ!」
「離れろぉ! とにかく距離を取れぇ!」
泣き顔を歪める冒険者を置き去りにして、皆一斉に駆け出していく。物体を纏った冒険者も何とか追い縋ろうとするものの、その物体のせいで満足に走ることが出来ず、途中転倒してしまう。そして物体の色が緑から橙へと変色した。
「行かないでくれぇ! 助けてくれぇ!」
「色が変わった! もうすぐ爆発するぞ!」
「やだぁぁぁぁ! こんな死に方嫌――」
最後の言葉を言うよりも先に冒険者の肉体は爆発へと飲み込まれる。
某時刻、マガン雪山。
二人の兵士が口は半開きにした状態で目の前の光景を見ていた。
「……なあ?」
「……なんだ?」
「……こんな穴空いてなかったよな? 昨日まで」
「……ああ、無かったな」
縦横共に数十メートルはあろう大きな穴。それは山を貫通して向こう側の光が見える程であった。
「……一晩で出来ると思うか?」
「……普通は無理だろ」
「……じゃあ、なんでこんな穴があいているんだ?」
「……普通じゃないことが起こったんだろ?」
そのとき山の奥から鳴き声の様なものが聞こえてくる。それはまるで雪崩を彷彿とさせる響きと重さを持った鳴き声であった。
出てくる飛竜たちは完全趣味で選んだものです。
増える可能性もあります。