ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
「……結構混んでるね」
「だな」
駅からバスに乗り、オレたちは都内にある某水族館へと足を運んだ。
今日は休日ということもあってか、家族連れやカップルの客で水族館の入り口はガヤガヤとに賑わっている。
これだけ人が居れば、一人くらいは一夏の正体に気付くかもしれない……とも思ったが、存外大丈夫なものである。
これまで電車やバスに乗っていた際も、彼が周囲の視線に晒される、というようなことはなかった。
世間もオレたちが思っているほどはミーハーではないらしい。
おそらくここでも大丈夫であろう。
「まあ、ここにいても暑いだろうし……とりあえず入ろうぜ、中」
「そだね」
オレはこくりと一夏の言葉に頷く。
そして、彼の手に引っ張られ入場券売り場まで足を運んだ。
「高校生、二名で」
長い列を並び、やっとのことで売り場の前まで来たおれ達。
一夏が店員の前で、そうはにかんだ。
するとその女性店員は一夏とオレの方を交互に見て、
「只今、カップルの方限定で割引サービスを行っております。お二人が恋人の場合、そちらの割引料金が適応されますが?」
と言ったので、思わずオレらはぎょっとして顔を見合わせてしまう。
(恋人同士って……ホモじゃあるまいし……)
一夏とオレが恋人? ないない。ありえない。
仮にそんなことがあったとしたら、間違いなくオレの首が飛ぶ。
一夏ラバーズの皆さんの手によって。
だから一夏が、店員の言葉を肯定することなどないんだ。
ていうかあったら困る。そう思っていたオレだったが……。
……数秒の沈黙の後、一夏が不意に、
「恋人同士です」
と、とんでもない爆弾発言をかました。
オレが思わず彼の方を見ると、彼は少し顔を赤くして視線を逸らす。
(……まあ、安い方がいいってのはオレも同じだけどさ……)
あのさぁ……お金よりも大事なものってあると思うんです、ぼく。
思わず周囲にセシリアたちが居ないか確認してしまう自分に、ほんの少しため息をつきたくなった。
「では、こちらの割引料金が適応されます」
「はい」
そんなオレの内心を知ってか知らずか、淡々とマニュアル通りの言葉を述べる店員。そして、それに対応する一夏。
オレと一夏は割り勘で入場券を買い終え、ひとまず館内の入り口に備え付けられたベンチに腰掛ける。
(……気まずい)
しばしの無言。せっかく遊びに来たというのに、何も言わずにベンチに腰掛ける若い二人。
ことの経緯を知らない他人から見れば、さぞや奇妙に見えたことだろう。
沈黙。……その長い沈黙を先に破ったのは、一夏であった。
「さっきの……気分悪かったか?」
そう言って、こちらを真っ直ぐと見据える一夏。
「どういう意味?」
オレは思わず聞き返した。
「えっと、俺が勝手にお前のことをその……恋人って言ったことだよ」
「……ああ」
オレは納得したとばかりに、手をポンと叩き、一夏の方を見る。
「まさか。そんなわけないじゃん」
「え、じゃあ……」
「お金は大事だもんな。お金は」
ガクリ。
オレの言葉を聞いて、思わず項垂れる一夏。
「ど、どうした、一夏」
オレが慌てて一夏の方に詰め寄ると、彼は、
「いや、何でもない」
と言って軽くほほ笑んで見せた。
なんだか今日の一夏は妙にソワソワしているような気がするが……気のせいであろうか。
一夏を見る。よく見ると、今日の彼の髪はワックスでばっちりと決められており、いつもより男らしさがアップしていた。
それに香水だろうか? なんだか柑橘系のいい匂いまで漂ってくる。
オレが男時代には、友達と遊びに行くくらいじゃここまでばっちりときめたりはしないが……。
いい男の身だしなみというのは案外、大変なのかもしれない。
「ふう、どこ見て回ろうか?」
そう言って、一夏は入場券と一緒に店員に渡されたパンフレットを広げる。
「そうだなぁ……ペンギンとか?」
これといって特に見たいものはなかったが、取り敢えず無難なところをチョイスするおれ。
オレがそう言うと一夏は椅子から立ち上がり、
「よし。決まりだな」
そう言って、オレの手を取る。
おれは一夏に連れられながら、人ごみの多いペンギンコーナーへと足を運んだ。