ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

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第七話  のほほん日和

 

 

 

「おお! その服、すっごく似合ってるな」

 

 そう言って、こちらに少し熱のこもった視線を投げかける一夏。

 彼は部屋で昨日買ってきたばかりの、黒いワンピースに着替え終えたおれを見るなり、やや興奮気味にそう呟く。

 

「そう、かな……?」

「ああ、似合う似合う。すっげえ似合ってるぞ」

 

 昨日、鏡を見て確認したとき、我ながら悪くはないとは思っていたが……。

 こうして声に出して言われると、意外と恥ずかしいものである。

 オレは少し照れくさく感じ、こちらをまじまじと見つめる一夏から視線を逸らす。

 オレが今着ている服は、千冬さんが選んでくれたもの。いわく、一夏は昔から黒色の服を好むらしい。

 女性の服に黒を好む男には、マゾが多いと聞いたが……一夏もマゾなのだろうか。

 そう、変なことばかり勘ぐってしまう。

 

(でもまあ、一夏がこんなに喜んでくれるのなら少し高かったけど買ったかいがあったってものか……)

 

 秋には妹の比叡の修学旅行がある。

 彼女の旅行積み立ての件については問題ないが、小遣いは少しでも多く持たせてやりたい。

 来月からは、これ以上の出費は一切できない。……少し、気を引き締めなくては。

 そう決意する。

 

「ところで金剛、今日、どこか行きたいところはあるか?」

 

 不意に一夏に尋ねられる。

 

「行きたいところ?」

「ああ」

「うーん……そうだなあ」

 

 一夏の問いに、少し、頭を悩ませるおれ。

 急に行きたいところと言われても、中々思いつかないものである。

 

(そういえば、……うちの電球が切れたって言ってたな、比叡)

 

 頭を悩ますこと数十秒。

 先週、妹達から実家のリビングの電球が切れたとの報告があったのを思い出した。

 近々にでも電球を替えに行ってやるつもりであったのだが、すっかり忘れていた。

 電球は忘れないよう早いうちに買っておいたほうがいいだろう。

 

「ジャコス行きたい」

「ジャコス?」

 

 オレの言葉に少々面食らったような顔をする一夏。

 

「ジャコスなんていつでも行けるだろ?」

「……まあ、そうだけど」

「せっかく二人きりなんだしさ、どうせだったらもっと普段行けないようなところ行こうぜ。プールとか、水族館とか」

 

 そう言って、一夏はオレの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 本心としては、忘れないうちに電球を買っておきたいのだが……。

 今日はせっかくの休日。一夏の言う通り、普段は行けないようなところで羽を伸ばすのもいいかもしれない。

 

(……まあ、電球くらいその辺のコンビニでも買えるか)

 

「……うん。じゃあ、水族館」

 

 オレがそう言うと、一夏は心なしかどこかいつもより嬉しそうに、

 

「よし。決まりだな」

 

 そう言ってオレの手を取った。

 

 

 

 IS学園からリニアモーターカーに乗り、駅の構内まで足を運ぶオレ達。

 その途中、よく見覚えのある人物たちと接触する。

 

「あ、おりむーにコーちゃん。二人してどこ行くの~?」

 

(……この特徴的な呼び方は……)

 

 その聞き覚えのある声を聞いて、オレたちは振り返る。

 振り返ると、そこにいたのはクラスメイトののほほんさんたち、いつもの三人。

 彼女らもオレらと同じく私服で、年頃の女の子らしいおめかしをしていた。

 IS学園に在籍する才女たちと言っても、そういうところは普通の女の子と同じようで、少し安心する。

 

「うわぁ……今日のコーちゃんいつも以上にすっごい可愛い。やばいよ、やばいよ。わたし、少し興奮しちゃったよ、女の子なのに!」

 

 そう言って、いつになく高いテンションでオレの前をぴょんぴょんと飛び跳ねるのほほんさん。

 その小動物的な愛らしさに、少し癒される。

 

「うんうん、確かに。織斑君が島崎さんにご執心なのもわかる気がする」

「こんなに綺麗だもんねー」

 

 そう言って、のほほんさんの後ろにいるオレたちのクラスメート、鷹月さんたちがうんうんと頷いて見せる。

 一夏の方をちらりとのぞくと、その顔が少し赤くなっているのがわかった。

 

「……あはは、ありがと。のほほんさんたちも今日はお出かけ?」

「うん。私たち、これから都心の方に行って買い物に行くつもりだけど、島崎さん達も?」

 

 オレの問いに、鷹月さんが明るく答える。

 

「ん、まあ、こっちもそんな感じ」

「そうなんだー。じゃあ二人っきりのデートってこと? おりむーも頑張らないとねー」

「な、なにをだよ。のほほんさん」

 

 そう言って、一夏を肘でつつくのほほんさん。

 とうの一夏はオレと目が合うなり、すぐさまその視線を逸らしてしまった。

 

(……一夏のやつ、顔赤くしてどうしたんだろ……?)

 

 一夏の普段とは少し違う、オドオドとした仕草を少し珍しく感じた。

 

「じゃ、そういうことだからおりむー、がんばんなよー」

「あ、ああ」

 

 長い駅通路を渡り、のほほんさんたちと別れる。

 彼女らは駅の北口へ。おれたちは東口へと足を運ぶ。

 駅の構内から歩くこと数分。ようやく出口へとたどり着く。

 

 

 空を見ると、雲一つない青空が広がっていた。

 

 


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