ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
「遠慮するな。さあ、入ってくれ」
「は、はあ……お邪魔します」
千冬さんに連れられるまま、教職員寮までやって来たオレ。
部屋の扉の前まで来ると、そのまま千冬さんの指示に従い、部屋の中へと足を運ぶ。
暗い室内に足を踏み入れると、ツンとしたアルコールの匂いが鼻腔をくすぐった。
(うっ……酒くさっ……)
室内に立ち込めるビールの匂いに、おれは思わず顔をしかめた。
部屋の扉を閉め、パチン、と千冬さんが部屋の電気をつける。
すると、明るい室内一面に広がっていたのは……。
ゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ、エトセラエトセラエトセラ。
あたり一面に広がるゴミの山。
部屋のいたるところに、ビールの缶や焼き鳥の串、スナック菓子の袋が散乱していた。
とても人間の所業とは思えないそのありさまに、思わず目を疑う。
これがかつてはモンドグロッソで優勝するという、人類最強という栄光を極めた人の部屋なのか……。オレにはこの部屋の惨劇が、とても信じられなかった。
(だ、だめだ……部屋が、……腐海の森に沈んでいる……)
巨神兵でも呼ばない限り、ここはもう駄目かもしれない。
オレが無言で回れ右をして、部屋から立ち去ろうとすると、
「まあ、待て」
がしっとその肩を掴まれてしまう。
「そんなに慌てなくてもいいだろう? とりあえず、そこに座れ」
「は、はあ……」
千冬さんの鋭い眼光により、思わず指示に従ってしまうおれ。
彼女の指示通り、ベッドの横にある椅子に座り、彼女と向かい合う。
オレがおとなしく座ったのを確認すると、千冬さんは部屋に備え付けてある冷蔵庫を開き、
「金剛、喉が渇いたろう? 何がいい?」
そう言ってオレに尋ねてくる。
「い、いえ、そんな……お気遣いなく」
千冬さんのことだから、大方、冷蔵庫の中にはビールしかないのだろう。
未成年で酒をねだるのもアレだと思い、首を左右に振る。
「まあまあ、遠慮などするな。……といっても、酒しかないがな」
(ほら、やっぱり)
「ビール、発泡酒、梅酒、ウイスキーがあるがどうする?」
「いやいやいや。なにナチュラルに酒、勧めてるんですか。千冬さん、まがりなりにも先生でしょうが」
オレが少し疲れた表情でそう返すと、千冬さんは、
「いつから私が教師だと錯覚していた?」
と、どこかドヤ顔でこちらを見てくる。
「え、違うんですか?」
「いや、違わないが?」
「………………」
…………なんだこの人。話してるとかなり疲れるんだが。
「私は飲むが、本当にいいのか?」
「いいですよ。オレまだ未成年ですから」
オレがそう返すと千冬さんは、そうか、とだけ言い、ビールを片手にベッドへと腰かける。
「ふう、今日も一日長かったな」
プシュッと缶のプルタブを開き、ビールをぐびぐびと飲み干す千冬さん。
その姿はまるで、団塊世代のサラリーマンのようでどこか哀愁を感じた。
「あの、それで用事って……?」
オレがそう尋ねると、彼女は首を縦に振り、
「ああ、そうだったな」
ビールをベッドの横にある棚の上に置き、こちらに向き直る。
そのいつになく真剣な表情に、思わずオレは息を飲んだ。
「単刀直入に聞こう」
「……はい」
…………ごくり。
「お前、土曜日にデートに行くみたいじゃないか、一夏と二人で」
「は?」
その予想の斜め四十五度上の発言に、思わず首を傾げる。
「違うのか? あいつが久しぶりにお前と二人で出かける、と言ってはりきっていたが。……それに、この学園に来てから、どこにも遊びに行ってなかったみたいじゃないか、お前ら」
「いや、確かに出かける約束はしましたけど……」
果たして、それはデートというのだろうか?
というか、男同士でデートなどありえないだろう。
そう、――一夏がホモじゃない限り。
「ほう、では当日……一体どんな服装で行くつもりだ?」
「え、そりゃあ当然制服ですけど――」
「――バカモノ!」
「いって!」
オレがそう言うと、千冬さんが棚の上に置いてある空の缶をこちらに投げつけてきた。
その缶が、顔面にクリティカルヒットし、思わず鼻をさする。
「な、なにするんすか……」
「……それはこっちのセリフだ愚か者。可愛い私の弟の初デートに制服で行く、だと?」
ピキピキとこめかみに血管の筋を浮かび上がらせる彼女。
やばい、どうみても怒ってる。激おこだ。いや、ムカチャッカファイアーだ。
「……え、ええ。そのつもりですけど……」
「貴様の血は何色だあああああああああああああ!」
「ひっひいいいい……!?」
千冬さんのその阿修羅のような表情を見て(いや、今の千冬さんは阿修羅すら凌駕する存在……!)
思わず椅子から転げ落ちる、オレ。やべ、……ちょっぴり漏らしたかも。
朝からとんだ災難だ。なんだか泣きたくなってきた。
そんなオレの今にも泣きそうな表情を見て、我に返ったのか、千冬さんはゴホンと一つ咳払い。
「あ、いや、すまない、取り乱してしまって。だがな、金剛。一夏にとって久しぶりの外出。この狭く息苦しい学園から久しぶりに解放されるんだ。しかも、お前と二人っきりのデート。当日、絶対に一夏は張り切って飛び切りオサレな格好をしてくると思うんだよ、私は」
「は、はあ」
「それなのにお前が制服のままだったらどうだ? 傍から見ると凄い痛い奴だろうが、一夏が」
(いや、……そんなことオレに言われても……)
そんな言葉がのど元まで出たが、グッとこらえる。
「そ、そんなに痛いですかね……制服で、お出かけってのもありなんじゃ……」
オレが少し顔を下にそむけながらそう呟くと、
「ないな」
千冬さんはそう、きっぱりと断言する。
そして、オレの方へとじりじりと詰め寄り、
「お前は初のライブに飛び切りパンチの効いた服で行って周りとの温度差で恥をかいた少年のような思いを一夏にさせたいのか!? 小学生の子供の入学式にやたらと気合を入れすぎて高い着物を着ていって恥をかいた母親達のような思いをさせたいのか!? 百円均一とかいてあるくせに値札を見たら定価三一五円だったとかいう品物のような気分を一夏に味あわせたいのか!? 一夏を社会のオーパーツにしたいのか!?」
「ち、近いですって、千冬さん。……お、落ち着いてください」
オレの肩を激しく揺さぶる。
しばらくオレの肩を揺さぶっていた千冬さんであったが、突然パンと手を叩くと、
「よし。明日、お前の服を買いに行こう」
「は、はい?」
突然の提案に、思わず耳を疑う。
「いや、この際だから服だけとは言わず下着もだな。どうせ、今だって地味なブラをつけてるんだろう?」
そう言って千冬さんはオレの胸を触ってくる。
「ちょ、……乳首つままないでくださいよ!」
「ふむ。この手触り、悪くない。しかし、こんなに上等なものを持っているのに、スポーツブラとは……嘆かわしいぞ、金剛」
(だめだこの人……完全に酔ってる)
「ふむ、下の方はどうなっているんだ?」
「いや、ちょっ、スカート引っ張んないでくださいよ! あっ……あんっ……そ、そこ、っ……」
その夜。オレは一晩中、千冬さんのセクハラを受け続けたのは、言うまでもない。