ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
「一夏、口にケチャップついてる」
あの後、篠ノ之箒と別れ学食へと向かったオレ達。もうすでに午後八時を過ぎているためか、ちらほらと部活帰りであろう生徒が数名いるくらいで、IS学園の学食にはほとんど人が見受けられなかった。
少し遅くなってからの夕食。
オレはスパゲッティを、一夏はハンバーグ定食をそれぞれ食べる。
人が少ないせいか、注文してからすぐにオレ達は食事にありつくことが出来た。
「ん、ああ。金剛、とってくれ」
一夏は食事を続けながらそう言った。
「それくらい自分で拭きなよ」
オレが少しムスッとした表情でそう返すと、一夏は、
「いいだろ、それぐらい」
一瞬こちらの表情を伺うも、食事を続ける。
まるで、母親に構ってもらいたい小学生のようだ、と内心少しおかしく思った。
「はあ、しょうがないなあ」
(……セシリアも箒も、今、ここにはいないよな……?)
オレはあたりをきょろきょろと見回し、彼女らがいないのを確認すると、
「ほら、じっとして」
「ん」
一夏の口まわりを、ハンカチで拭いてやった。
なんだか、本当に小学生の子守りをしているような気分である。
「よし、綺麗になった」
「ん。サンキュー」
一夏はどこか少し嬉しそうに微笑む。
そして、突然、箸を置き手を合わせながら、一夏はこちらを見る。
「あ、そうだ、金剛。土曜日、二人で遊びに行くって約束しただろ?」
「土曜?」
一夏の言葉を聞き、オレは自身の記憶を辿った。
ああ、そういえば今日の朝にそんな約束したな、と思い出す。
「その日さ、弾の家に寄っていいか?」
「え? 弾?」
「ああ。あいつとも最近ずっと会ってないからな。顔見にいかないとな」
弾……とはおそらく、中学からの友人、五反田弾のことだろう。
オレも一夏も彼とはよく馬が合い、中学時代一緒に馬鹿をやったものだった。
オレが事故に合って、こんな容姿になってしまってからというもの、どこか距離が出来てしまい疎遠になっていたが……。
「うん。オレも弾とは会いたかったし、いいよ」
「そっか、よかった」
オレの言葉にどこか安堵したような表情を見せる一夏。
「なんだ、一夏。オレが断るとでも思ったのか?」
オレがまたも少しムスッとした表情でそう返すと、一夏は手をひらひらとさせながら、
「違う違う、ただ、弾がな」
「弾?」
「ああ。あいつ、お前がそんな容姿になっちまってから……」
言いづらそうにどこか言葉を濁す一夏。
早く言えとばかりに、そんな彼の脛を軽く蹴る。
そして一夏はフォークをテーブルに置いてオレの方を向いた。
「なんか負い目を感じてるみたいなんだよ、お前に」
「え? なんで?」
一夏の言葉に、思わず耳を疑う。
「なんかさあ……あいつ、自分が金剛を無理やり遊びに誘ったから……こんなことに……ってずっと悩んでるみたいなんだ」
「無理やりって……事故にあったのはオレの責任だし。弾のせいじゃないって」
「俺もそう言ったんだけどな、あいつ、お前がずっと寝たきりだった時から、俺のせいだ俺のせいだっ……て」
「……そうなんだ」
一夏の言葉を聞き、ズキリと胸が痛むのを感じる。
「んで、金剛はそっちで大丈夫か? とか、いじめられてないか? とかしきりに聞いてくるんだよ。まあ、俺は、俺がいるから大丈夫だ、とは言ってるんだがな」
弾がそこまで自分のことを考えていてくれたとは……。
彼のことなどすっかりと忘れて過ごしていた自分に、腹が立った。
「そういうわけだから、お前もあいつに元気な顔、見せてやってくれ」
「ああ、わかった」
オレは一夏の言葉に、深く頷いた。
「金剛、ちょっといいか?」
学食の帰り、一夏と二人で寮の自室に向かっていると、千冬さんに声をかけられる。
「あ、千冬さ――織斑先生」
「今は職務時間外だ。好きなように呼んでも構わん」
千冬さんはオレの頭にポン、と手を乗っけて優しくほほ笑む。
さすが姉と弟というだけあってか、一夏の笑顔とよく似た表情だった。
「千冬姉、どうしたんだよこんな時間に」
一夏がそう尋ねると千冬さんは、
「なに、たいした用でもない。こいつに少し、用があってな」
と言ってオレの方を見る。
「俺も付き合うよ」
一夏がそう言うと、
「いや、お前は部屋に戻ってもいいぞ」
と千冬さんは冷たくそうあしらった。
「ひでえ、それが実の弟に対する態度かよ、千冬姉」
「私は金剛に用があるんだ、悪いが一夏は部屋に戻っててくれるか?」
千冬さんがオレの髪をワシャワシャと撫でまわしながらそう言うと一夏はおちゃらけた表情で
「へいへい。邪魔者は退散しますよーだ」
と手をひらひらさせながら、背中を向け、部屋へと戻って行った。
「金剛、ちょっと私の部屋まで来てもらえるか?」
「え、あ、はい。別にいいですけど、なにか大事なことですか?」
「……ああ、ちょっとな」
千冬さんのどこか険しい表情を見て、オレも言葉に詰まる。
オレは頷き、千冬さんに連れられ職員寮の方まで足を運んだ。