ご愁傷さま金剛くん 作:やじゅせん
「はぁ……」
千冬さんの部屋の掃除を終え、自室へとぼとぼと足を運ぶオレ。オレの頭の中では、先ほど千冬さんに言われた言葉が反芻していた。……千冬さんはオレに、一夏と付き合ったらどうか、と口にしていた。それは即ち……今まで生きてきた男としての自分を捨て、女として一夏を受け入れろということだ。理屈ではそれが一番楽になる方法だということは、自分でもよくわかるのだが……。男のプライドという名の最後の砦がそれを潔しとはしなかった。ほんの一瞬、一夏と世間一般的なカレカノ関係になった自分を想像してみる。
………………。
…………。
……。
一夏「金剛……キス……していいか?」
金剛「うん……♡ いいよ♡」
ぬちゅ♡ ぬちゅ♡ れろれろ♡ ぬちゅっぬちゅっ♡ ……ごっくん♡♡♡
金剛「一夏ぁ……すきぃ……♡」←目がハート
一夏「俺もだよ……」←野獣の眼光。
……。
…………。
………………。
いつぞやに見たAVでの光景を、登場人物をオレと一夏にすり替えて妄想してみたのだが……。
(うげっ……。やっぱ無理だ。吐きそう)
千冬さんには悪いが……女として一夏を受け入れるのは、いまのところ絶対に無理に思える。……大体、一夏がオレと付き合う前提で千冬さんはオレに話を進めてきたが、仮にオレが一夏に告白したとして、一夏オレにOKしてくれるとはとても思えない。だって、あいつ、オレが男だったときからずっと一緒にいるんだぜ? もし、まあ……その可能性は百パーセントないだろうが、オレが告白して(しないが)、OKしてきたらそのときはあいつのことをこう呼んでやろう。
――ホモ野郎、と。
……などとあれやこれやと決心をしていると、いつの間にか自室の前へと到着していることに気が付く。明日から鈴と一緒に住むことになったこの一室。この部屋で一夏と過ごす夜も、きょうで最後になるわけだ。そう考えると、ほんのちょっとだけ感慨深い気分になる。俺は、一呼吸置いてからカードキーを部屋の前でかざすと、ドアノブを引いて部屋の中に入った。
――部屋の電気は、ついてなかった。
(あれ……一夏いないのかな?)
そう思いながら部屋の奥へと足を進める俺だったが……。
「……金剛」
「うおっ!?」
電気もついていない暗い部屋の中で、深刻そうな顔をしながらベッドに腰掛ける一夏と視線が合う。彼は一瞬オレに視線をあてたあと、こちらから視線を逸らすかのように顔を伏せた。
「……。金剛、少し……話しないか?」
「な、なんだよ……いきなり改まって」
「……」
オレの問いに一夏は答えず、代わりにその視線をベッドわきのテーブルの上に逸らす。
「?」
彼の視線を追って、その視線の先にあったものをオレも見ると――……。
「……あ」
呼吸が――止まった。
……無理もない。だって、そこにあったのはオレが捨てたはずの――コンドームだったからだ。
「……あ、あ、ああ、そ、それは…………」
「……いや、いい。何も言わなくて」
ただ黙って俺の話を聞いてほしい。
一夏はそう言うと、静かにその口を開いたのだった。
「……金剛。俺はお前のことを大切な幼馴染だと思っていた。それこそ、何物にも代えがたいほどの大切な幼馴染ってな」
「……」
「そして、それはお前も俺のことをそう思ってくれいる。……そう信じていたんだ」
「い、いや……一夏、それは……!」
「いいんだ! ……悪いのは俺だ。……ごめん。お前の気持ちに気づいてやれなくて」
「一夏……」
なんと彼に声をかければよいのかオレが迷っているうちに、一夏は立ち上がり……。
「金剛。俺、お前の気持ちはよくわかった。……なにも言わなくていいから」
「え、一夏、……ちょっ……んぷっ」
――ベッドの上に押し倒し、オレの唇をふさいできたのだった。