ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

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第一章 ICKはホモ。はっきりわかんだね。
第一話  オレと一夏


 

 

 

「こんごー、ここ教えてくれー」

「ん? ああ、ここはこの公式をあてはめてだな……」

 

 放課後。

 

 一夏と二人で勉強会。

 赤い、夕焼けの差しこんでくる放課後の教室。

 オレは一夏に学校の勉強を教える。

 

 どうやら彼は数学が苦手のようで、ここ最近はいっつもオレが付っきりで彼に指導をしていた。まあ、と言ってもオレもそう勉強が出来るタイプではなく、オレに教えてあげられる範囲でだが。一夏の飲み込みは早くオレが解き方を教えるとしばらく頭を悩ませたあとすぐに理解する。オレはこいつが寝ている間に予習復習をこなしているからなんとか授業についていけるだけで、頭のできはこいつのほうがいいのだ。

 

「はあ……ここの学園、勉強の進度早すぎだろ……。いままだ、一年の五月だぜ? それなのに微分方程式って……」

 

 しばらく教室で勉強をしたあと、一夏はそう言ってため息をつく。

 まあ、彼の言いたいことも、わからなくもない。

 この学校は全国から優秀な生徒を集めているため、必然的に授業のレベルも高くなる。そのため、一夏やオレみたいな一般生徒(パンピー)は、周りに遅れないようついていくだけでも精一杯なのである。

 

「確かにな。この間、弾に会ったんだけどさ、あいつに聞いたら藍越学園じゃ、まだ数Ⅰやってるみたいだぞ」

「……なんだよそれ」

 

 一夏は再びため息をつく。

 

「……千冬姉も箒たちも、文句ばっかりだよ。俺だって一生懸命やってんのに……」

 

 普段の彼が見せない、小さな本音。

 一夏は学園唯一の男。稀有な存在。

 彼には彼なりに、思うところがあるのだろう。

 そんな一夏の疲れた表情を見て、オレは少し不憫に感じた。

 

「そんな暗い顔しなさんなって。明日、駅前で昼飯奢ってやるから。お前が頑張ってるのは、オレがよく知ってるよ」

 

 そう言ってがっくりと項垂れる一夏の肩に、ポンと手を置くおれ。

 すると彼はゆっくりと顔を上げ、

 

「マジで?」 

 

 と少しだけ顔に色を取り戻し、こちらを見つめる。

 

「ああ、マジだ。最近頑張ってるもんな、お前」

 

 オレがそう言うと、一夏は一瞬ポカンとした表情を見せたあと、突然、椅子から立ち上がり、

 

「…………こんごぉ」

 

 オレに抱き付いてきた。

 

「わっ!?」

 

 突然、彼が抱き付いてきたもんだから、思わず変な声が出てしまう。慌てて一夏を引っぺがそうと思っていたオレであったが、彼のその表情を見て、思いとどまってしまう。一夏の顔には、普段彼が他のクラスメイトたちには見せないような、不安と焦りが滲み出ていた。

 

「…………どうしたんだよ?」

 

 彼の頭を優しく撫でながら、尋ねる。

 

「金剛ぉ……俺、この学園でやっていける気がしねえよ。俺なんかじゃ無理だよ……」

 

 普段の彼からは予想もできないほどの、情けない、本音。無理もない。

 今まで自分の住んでいた世界から、急に別の世界へと引きづり込まれる。

 これまでの当然が、当然じゃなくなる。その辛さは、オレもよく知っていた。

 

 だからだろうか。

 

 オレはこんな情けない一夏を突き放すようなことはせずに、敢えて抱きしめる。

 

「大丈夫だ。この前だってお前、ちゃんとセシリアに勝てただろ? お前はやればできるやつなんだから。もっと自信持てよな」

「……試合には負けたぞ、俺」

 

 一夏はそう、ふてくされたような顔をする。

 

「初心者があそこまで戦えたんだ。代表候補生相手に、だぜ? お前はお前が思っている以上に、十分凄いよ」

 

 オレがそう言うと、一夏は、うん……と頷き、普段の表情に戻る。

 すると、すぐにオレと抱き合っていることに気が付いたのか、その顔を少し赤らめる。

 一夏は慌ててオレから離れると、顔をわきに逸らし、

 

「こ、金剛。喉乾いただろ? 俺、ジュース買ってくるよ」

「え、……ああ、うん」

 

 オレに背中を向け、そさくさと教室から出て行ってしまった。

 うーん……。一夏が元気になってくれればいいのだが……。少し心配である。

 そんなことを考えながら、ぼけっとオレが椅子に座っていると不意に声をかけられる。

 

「不純異性交遊は感心せんぞ、島崎」

 

 聞き覚えのある声に、オレが振り返るとなんとそこにいたのは……千冬さん。

 彼女はビシッと黒のスーツに、黒のタイトスカートを着こなしており、とても魅力的だった。

 千冬さんはツカツカとヒールの音を教室に響かせながら、オレの座る席まで歩み寄る。

 ……っていうか、最初からってことはさっきの会話全部聞かれてたのかよ!

 …………くっそ恥ずかしい。エロ本を親に見つかった中学生の気分である。

 

「……いつから見てたんですか?」

 

 オレがジト目でそう尋ねると彼女は、

 

「最初からだ」

 

 とふふっと鼻で笑う。

 

「まさかお前が、あの一夏とそういう仲だったとはなあ……」

 

 うんうん、とどこか感慨深そうに頷く彼女。

 

「あの、千冬さん。なんか誤解してません……?」

「ああ、いい。皆まで言うな。私はちゃんとわかってるからな」

 

 千冬さんはそう言うが、果たしてどうだろうか。……てか、彼女はなにを一人で納得しているのだろうか。オレがそんなことを考え、訝しげに彼女を見ると千冬さんは、ごほん、と一つ咳払いをしたあと、

 

「だがな島崎。在学中の子作りは認めんからな私は。せめて高校は卒業したあとにしておけ」

 

 と、とんでもないことをほざきやがった。

 

 真面目な顔をしてなにを言ってるのだろうか、この行き遅れは。

 つうか、男のオレが妊娠とか百パーセントありえないから。

 女なのは身体だけで、心は男ですーだ。

 オレがそんな冷めた顔で彼女を見ると、彼女はオレの肩にポンと手を置き、

 

「まあまあそんな顔をするな。こんなこともあろうかと思って、お前たちのためにわざわざ買ってきてやったんだ。ありがたく受け取れ」

 

 そう言ってオレの手に、コンドームの箱を手渡す。

 

「…………これをどうしろと?」

 

 オレが心底疲れた声でそう尋ねると、

 

「なんだ。使い方がわからんのか?」

 

 と呆れ顔の千冬さん。

 

(呆れてるのはこっちですよ……)

 

「そうだなあ、お前のその可愛らしいお口で付けてやると喜ぶんじゃないか? 一夏は」

「勘弁してくださいよ……」

 

 本当に勘弁してほしい。

 早くどっか行ってくれないだろうか、この耳年増。

 オレは彼女の方を向いてため息をつく。

 すると彼女は、今度こそ本当に真面目な表情を作って、

 

「さて、……冗談はこのへんにしといて。本当にゴムだけはつけておけよ? …………でないと、生まれてきた子供が、可哀想だからな」

 

 と少し寂しそうな顔をする。

 

 考えてみると、彼女の言わんとすることもわからなくもない。

 世界で唯一ISを使える男とISの生みの親、篠ノ之束が作り出した半人造人間との子供、そんな子供の運命は、……決まっている。一生、ISという兵器に束縛された生活。そんな生活を強いられることになるのは、目に見えているのだ。まあ、オレが一夏と子作りをすることなど、万に一つの可能性もないが。千冬さんは、私から言うことはそれだけだ、と言うと教室からそさくさと立ち去っていく。

 

 夕日の差し込む、広い教室の中。

 オレだけが、ぽつんと席に座っていた。

 

 


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