ご愁傷さま金剛くん   作:やじゅせん

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第十一話 五月の愛巣体

 

 

 

「あれ? 一夏、彼女さん行っちゃったけど……どうかしたのか?」

「……彼女じゃねえよ」

「え? じゃあ、なに、彼女候補? あんな可愛い子を飼い殺しにしてるわけ? ……お前さあ、中学の時からそうだったけど、男女関係にはもう少しはっきりとしたほうがいいと思うぞ? お前みたいなイケメン野郎がいるから、俺達にはいつまでたっても彼女が出来ないんだよなぁ……」

「…………」

「そうだ。お前、付き合う気がないんだったら俺に紹介してくれよ、あの子。俺だったら一生大事にするね、あんな美人な子が嫁さんに来てくれたら」

「……お前、なんにもわからなかったのかよ…………」

「ん? わかんなかったって……何が?」

 

 

 

「……弾、あいつは――」

 

 

 

(……結構きついもんだなぁ。友達に忘れられるってのは)

 

 昼下がりの商店街通り。

 

 オレが駅に向かって、とぼとぼと足を運んでいた時のこと。

 一夏は弾に事情を話し、オレが弾の知る島崎金剛だということを彼に伝えたというそうだ。

 すると一夏の話を聞いていた弾の顔は見る見るうちに青ざめていき……。

 一夏の話を聞き終えるや否や、駅に向かうオレのもとへと全力で走って来た。

 

 そして、開口一番にこう叫んだ。

 

「ごめん! ほんとごめん、金剛ぉーー!」

 

 はぁはぁはぁ……。

 

 不意に弾に名前を呼ばれ、後ろを振り返ったおれ。

 視界に入るのは、ぜえぜえと息を切らしながらもオレの肩をがっしりと掴む、友人の姿。

 弾の身体からは、多量の湯気が出ている。

 おそらくは、五反田家から全速力で走って来たのだろう。

 

「…………ぷっ」

 

 その必死な表情を見て、失礼だとは思いつつも思わず吹き出してしまう。

 

(……なにそんな必死な顔してんだよ)

 

 その時。

 オレは、ぜえぜえと息を切らせながら走って来た弾を見て、先ほどまで持っていた暗い気持ちはどこかへとんでしまっていた。

 弾に続いて走って来た一夏も息を切らしている。そんな彼らを見て、今更ながら痛感する。

 オレはいい友達に恵まれていたんだな、と。

 

「ほんとにごめん、金剛。お前のこと気付いてやれなかった……最低だ、俺」

 

 シュンとした顔でこちらの表情を伺う弾。

 

「いいよ。もう気にしてない」

 

 そんな彼にオレは軽くほほ笑むと、首を小さく横に振る。

 

「ごめん、本当にごめん!」

「だからもういいって。弾がオレのこと忘れたわけじゃないってわかっただけでも、オレ、嬉しかったから」

「金剛……」

 

 弾がオレの肩を掴んだまま、その真剣な瞳を真っ直ぐと向けてくる。

 その際、なぜかわからないが、自身の心臓が、バクン……バクンと脈打っているのに気が付いた。

 

(……あれ、オレ、なんでこんなに緊張してるんだろう。相手は弾、男だぞ……?)

 

「……金剛、心配したんだぞ」

 

 一夏が後ろから詰め寄り、おれの手を引っ張る。

 そして、オレの頭を軽く小突いた。

 その表情は、安堵のような少し怒っているような、そんな複雑な色をしている。

 

「ごめん、一夏」

 

 オレが彼に頭を下げると、彼は、……ふっ、と微笑み、オレの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。

 

(ううっ……)

 

 周囲にいる人たちの視線が、少しこっぱずかしくもあったが、オレはその手を払いのけず、只々されるがままにする。

 男同士でスキンシップをとるのはあまり好きではなかったが、なぜか一夏と弾だけは、不思議と嫌な気持ちがしない。

 本当に、なんでだろう。

 

(……一夏の手、大きいな)

 

 そんなことを考えながら、オレも彼に微笑んだ。

 

 

 

「お待たせ。アイスティーしかなかったんだけど、いいか?」

 

 その後。

 オレは二人と一緒に弾の家へと再び引き返し、弾の部屋にお邪魔させてもらった。

 食堂の勝手口から入り、階段を上り彼の部屋へと入る。

 彼の部屋は中学の時とさほど変わらなく、オレは少し懐かしい気持ちを感じた。

 

「アイスティー? 飲む飲む。オレ、めっちゃ好き」

 

 オレが弾のベッドの上に座りそう返すと弾は、よかった、と言って下にアイスティーを取りに行った。

 部屋に残されたオレと一夏は、中学時代と同じように、弾の部屋にある漫画を読みながらだべる。

 

「おー、前に来た時より結構増えたなー」

 

 そう少し感心したような声を漏らす一夏。

 

「確かに」

 

 オレはぐてーんと弾のベッドに寝そべりながら、漫画を読み、一夏は床で胡坐をかきながら読んでいる。

 オレが読んでいるのは週刊少年誌に掲載されている作者が休載したり連載したりを繰り返すあの漫画で、一夏の方はというと……。

 

「一夏、なんでゼクスィなんて読んでんの?」

 

 ゼクスィ――所謂、結婚情報誌である。

 ていうか、なんでこの部屋にそんな本があるんだ。

 

「ん? ああ、千冬姉もさ、そろそろ結婚とか考えたほうがいい年ごろだろ? 弟として、こうして姉の身を案じているわけだよ。うん。俺、偉い」

 

 そう言って、どこかドヤ顔でそう答える一夏。

 

(……いや、千冬さんが結婚しないのって主に君のせいなんじゃ……)

 

 とは思ったものの、オレはそのことは口にせず、そうか、とだけ返し、再び漫画に目を向ける。

 それからしばらくすると、弾がアイスティーとお茶請けの煎餅を一階から持ってきた。

 

「お待たせ……ってうお! 金剛、その体勢、パンツ見えてるってパンツ! てかお前、エロいな! そのパンツ!」

 

 弾は少し顔を赤くしおれから顔をそむけると、アイスティーをテーブルの上に置く。

 ちなみにオレは、この時、弾の発言に、一夏がピクリと眉を動かしたことには気が付かなかった。

 

「ごめんごめん。見苦しいもの見せちゃって」

 

 オレはそう言って、ベッドから起き上がると弾の持ってきたアイスティーを受け取る。

 

「なあ一夏、金剛ってIS学園でもあんな感じなの……?」

「ん、ああ」

 

 弾の発言に頷きながら、煎餅をぼりぼりと齧る一夏。

 オレも弾から受け取ったアイスティーのカップに口をつけ、ごくごくと口に含む。

 

「マジかよ。IS学園に男とかいないよな? ああ、もう心配になってきた」

「大丈夫だって。いざとなれば俺がいるから」

 

 ……ん。

 

 なんだろうこの味、いつも弾の家で飲んでたやつと違う感じ。

 

「あー……そういや、お前がいるんだったな、お前が」

「そうだよ。だから安心しろ」

「はぁ……かえって安心できないっつーの」

「はぁ? どういう意味だよ?」

「文字通りの意味だよ」

 

 んー……この味、もしかして。

 

「はあ? 意味わかんねえぞ、弾」

「わかれよ。鈍感野郎」

 

 一夏と弾が喧嘩をしている。

 が、オレはそんなことには気づかず、一人呟く。

 

「…………麦茶だ、これ」

 

 

 


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