やわらかすいかちゃんの冒険(冒険するとは言ってない)
鬼の門出
手に持つ瓢箪を口へと呷り、喉を鳴らして中の酒を呑む。
この酒を飲むという行為は、今や私の一つの癖となっていた。
常に火照り続けている体はもはや酔いの冷めた状態を忘れつつあり、また、口が暇になっては酒を注がれ続け、口内では、唾の代わりに酒が湧いてきているのでは、とすら思うほどに、酒の味しか感じていない。
それでもなお、この酒に飽きはしないのは、この酒がすごいのか、単にこの身が鬼ゆえにか。
「まぁ、両方かな。あー、うまい……」
ぐびぐびと、口へと、溢れて零れるほどに、酒を含み、ゆっくりと嚥下していく。
「むふふ」という笑いが、なぜか湧き上がる。一応は、愉快な気分だからであるが、なぜ愉快なのかは私にもわからない。
ただただ、意味もなく、気分がいい。
「月見酒ってのは、いつやっても、風情があるもんなんだねぇ」
今、私は小さな山の頂上にいる。
いや、正確には、山の頂上から少しずれた、小さな洞窟のような場所の中から、月を見ながら酒を呑んでいた。
時刻はおよそ真夜中。
薄れてきた記憶を頼りに思い出せば、丑三つ時、というものが当てはまるだろうか。
しかも今宵は満月で、随分と妖怪たちが活発に活動を始めているだろう時間である。
人間ならば、悪条件ゆえに、結界の張ってある村から出ようとせず、自身の家にももう一つ重ねて結界を張ったりするだろう。
以前の私ならば、もう少し周囲を警戒していたりもしたものだが、今は特にしてはいない。
ここら近辺にいるような奴らは、すでにあらかた闘い、打ち勝ったモノたちばかりだからだ。
わざわざ全ての妖怪の力が増す日に、鬼の私に挑もうと思うものなど、いやしない。
よしんば、いたとしても、自身の力に酔いしれるような存在は不意打ちなどしようと考えることすらしないのだ。
つまり、言ってしまえば警戒する必要がほとんどないのである。
それに、もう一つ、私としては、こちらの理由に重きを置いて警戒しないでいる。
だって、びくびくおどおど周囲を警戒するなんて
「鬼に似合わないし、さ……」
警戒するとはつまり、命の危険があるということだ。
そして、命の危険があるとは、どのような理由であれ、弱いことである。
ゆえに、警戒などは鬼に似合わない。
常に強者。常に無双。それゆえ、何があろうと真正面から打ち砕く。
不意打ちなどと言う搦め手を含めて、力で押し通ればいいのだ。
それこそが鬼の在り方で、私はそうやって生きてきて、そうやって生きていこうと思っている。
そうして、そこらの妖怪なんぞに負けてしまうのならば、もはやそれは鬼ではない。
ただ、私はちっぽけな妖怪であった、それだけの話だろう。
あぁ、思えば過去と比べ、随分と鬼らしくなったものだ。
そんなことを思い、またも意味なく笑いが起こる。
ぽつりと、口から言葉が漏れた。
「あれから、百と八十年少し、か。もう、あんまり覚えてはいないかな……」
鬼らしくあろうと、本物の鬼を世界へ教えてやろうと思い至った日から、どれほどか。
「いや、やっぱりはっきり、覚えてる。ははっ! 我ながら、なんとも女々しいなぁ、もう」
過ぎる年月を忘れても、その日その時を忘れることなどありはしない。
そうして、酒を呑む。
「……感傷か。はっ! らしくない、らしくないよ。そう思うだろうお月さん?」
少し冗談めかして、少し青くぼやけて見える、空へ浮かんだ丸い石へと話しかけた。
精一杯に鬼らしく、とは、昔のことで、もはや、精一杯になるまでもなく、私は鬼であるのに、それでも、なお、鬼らしくあれと、言い聞かせている。
あぁ、季節はちょうど、これくらいだったか。
昔のことを思い出し、その記憶へ僅かに浸って、そこから湧いてくる感情を、酒でゆっくり押し流す。
しかし、その行為は酒自体が昔を思い出させる結果になった。
ちょっとだけ、らしくないその感情を、口から吐き出す。
「あれから私はしっかりと、鬼として、らしく生きてるよ、爺様」
もう一口、月を見ながら酒を呑む。
月見酒で、酒の席、そういえば、満月の日、爺様は、いつもより多く酒を飲んでいたなぁ、と思い出す。
あの日からは、随分と時が経っていた。
※ ※ ※
爺様が死んで、私が鬼として生きていこうと決めてからは、闘争の日々だったと言える。
あの提灯鮟鱇の妖怪を地面へと叩き付けて粉砕した後、意気揚々と気の向くままに行こうとすれば、轟音を聞きつけ、森中の妖怪が集まってきたのだ。
そもそも、あれほどの騒ぎがあって、薄い、気を逸らすことしか出来ないような一つの小屋の結界は、充分なものではない。
まるで誘蛾灯に誘われる虫のように、大中小と様々な妖怪が私を喰らおうと息巻きこちらに向かってきている。
そんな光景を生み出され、数時間前までの私ならば逃げていただろうが、酔って気が大きく、更に鬼として生きていくと決意までしていたのだ。
口からは笑いが零れ、ちょうどいい肩慣らしだ、などと考えて、何も考えずに突っ込んでいった。
戦い、闘い、争い合う。
味方などそこにいようはずも無く、ただ目に映るだけの敵を全力で殴り、蹴飛ばし、萃めて固めた妖力の塊を投げつける。
私はまだ生まれて間もないとは言え、能力まで持っている鬼である。
そのスペックを存分に発揮しつつ、また、森の妖怪たちに大妖と呼ばれる類のものがいなかったこともあって、私は妖怪どもを殺し続けることが出来た。
もちろん、無傷でとか、簡単に、とまではいかなかったけれど。
しかし、妖怪どもも、お互いが味方同志であるわけがなく、初めこそ私という極上の獲物を前に狙って殺到してきてはいたが、途中からは多くのものが仲違いを始めたり、混乱に乗じて傍にいる別の獲物を喰らおうとしたり、自分以外の全てが敵であり獲物であるという状態になっていった。
評するならば、地獄絵図、と言ったところか。
そしてそんな中、私は自分の身に宿る力に身を任せ、盛大な笑い声を上げて戦い続けた。
酒を呑みながら、大声で笑って、ただただ敵を屠っていく。
争乱の中、小さな童子が妖怪の血を浴びながら、愉快気に笑っている。
どうしてそんなに笑っているのか、などと問われていれば、私は迷わずこう答えるだろう、いや、今でも即座に答えることが出来る。
『鬼だから』
私の中に流れるどうしようもないほどの鬼の血は、全てのものが、今、敵しか存在せぬその争いに、ただならぬ興奮と狂喜を与え、口から笑い声として出ていたのだ。
ただただ楽しく、愉快で、嫌なことを忘れて永遠に続けていても良いと思えるほどに、私は戦闘に酔っていた。
そして、その酔いを心地好いと敢えて肯定し、更に深く酒を呑み、無邪気に、その剛力で敵を壊しつくした。
争いの饗宴とも題される様なその争いは、ほぼ丸一日中、絶える間もなく続き、私は存分にそれを楽しんだ。
まるで、これからの私の鬼としての生を祝福してくれているような気分になり、ほとんど無意識的に、その場の全員の戦意をかき萃めて、その争いの中、誰も逃げ出すことすらしないように、としながら。
そうして、日が落ち日が出て、もう一度日が落ちそうになるくらい長く続いた争いは、その周囲に見える木々の一本すらも無くなった荒野とも言える森の中で、私が最後に残った妖怪の首だけを、殴り飛ばして終わりを迎えた。
その場にはもはや私一匹しかなく、辺りは今までの木々の代わりに妖怪の死体が積まれている。
下の地が見えぬほどの多くの血が流れている地面の上で、私は未だに笑いながら酒を呑み、血だらけで穴だらけになった、かろうじて体に引っかかっているような布切れと成り果てた服を捨て、適当な妖怪の衣服を剥いで着る。
そうしてひとしきり笑い尽くした後、酒の肴に少し妖怪たちの死体を喰らって、先ほどの争いへと、また思い浸る。
酒に酔って、喧嘩に酔って、酔いしれる。
どこまでも鬼らしい、旅の始まり方だった。
※ ※ ※
それからも、未だ子鬼と呼べるような私は、やはり他の妖怪たちからすれば絶好の獲物に映るのか、何度も何度も襲われては、その度にひたすら打ち砕き、踏み躙って喰らい尽くした。
後半に至っては、強そうな存在を見かけて、私から喧嘩を売ってみたこともある。
鬼として、とても愉しく思えるような喧騒に満ちた日々。
しかしその頃は、まるで鬼でなく、争いを求める獣のような生だったかもしれない。
意味あるものではあったとは思うけれど。
自身の体の確認や、戦闘での能力の使い道など、少しずつ少しずつ把握していき、やっと、ただの獣のような妖怪から、鬼と称せられるような満足のいく闘いが出来るようになったと思える頃には、何度も危ない場面を越え、百年少しの月日が経ってからだった。
獣と鬼の戦いも、端から見ればほとんど大差ないと、道中に知り合ったやつからは言われたけれど。
それからの八十年ほどは、行き場もなく、ただ、ふらふらふらふらと気の向いた方向へと酔っ払いが如く歩いていく毎日で、偶に襲いかかってくる妖怪を打ち負かした後、酒を呑み合うようなこともしていた。
そんな中では、やはり一番強く、厄介で、また初めて鬼に匹敵するかもしれぬと思った、境界を操る妖怪とは、いまだにちょっとした交流もあったりする。
というより、一方的に私へと酒を持って会いに来るので、その度に、周囲の妖怪を無理やり萃めて宴会を開いたり、巻き込んで喧嘩をしたりする。
まだ自身の管理する地には絶対に来るなとも言っていたが、そこがどこかも分からぬのに、行けるはずがないだろうとも思うのだが。
そうやって、日々をただ気紛れに鬼として生きてきた。
そんな今になって、少し気にしていることが、同族、つまり、同じ鬼とは会ったことが無いことである。
いや、正確には、鬼のような妖怪にはあったが、鬼そのものには会っていない。
一応、私自身が鬼であり、そして鬼らしく生きているという自負はあるので、問題などは無いが、噂はされども姿は見えず、まさに神出鬼没といったような同胞たちに、少し尊敬の念を感じてはいたりするのだ。
まぁ、まだまだ時間はほとんど無限のようにある。
いつか、そのうち会えるだろうと、少し楽しみにしながら、私は気ままな日々を送っていた。
※ ※ ※
そうして、近くの襲い掛かってくるものや、強そうな妖怪をあらかた倒してしまった今、私は満月の晩に一人で酒盛りをしていた。
思い返せば、人であるならば必ずどこか途中で死ぬような旅であっただろう。
そして、行った場所がどのような場であったかは覚えているが、それがどこかは覚えていないし、そも、覚えようともしなかった。
まさに、行き当たりばったりの気紛れな一人旅である。
私はまだ小さくとも、鬼とはこういうものだと、妖怪相手に証明し続けた。
しかし、と思う。
私は一つの問題を抱えていた。
これは先程の鬼と出会ったことのないというような、ちょっとした問題ではなく、必ず為さねばならない問題である。
爺様が死んだあの日は、やはり私に大きな傷を残していたのだろうと思う。
私は妖怪たちに、鬼とはこういうものだと、力でなぎ倒しながら、胸を張って生きてきた。
しかし、私はまだ答えを出せていないものがある。
それは
「あぁ、鬼って、人間とどう接すればいいんだろう……」
私は、いまだに人とどう付き合っていけばいいのか、わからないでいた。
鬼は人に退治される。
これは分かっている。
鬼としての在り方は、この百と八十年の日々を過ごして少しは板についてきたはずだ。
退治されるということもちゃんと理解している。
では、それまでの人との交流はどうすればいいのか。
出会って即座に鬼退治、とはいかない場合もあるのだ。
人間と向かい合って、妖怪相手と同じく、鬼とはこういうものだと暴れるのでは、話が違う。
そも、土台からして違うのだ。
鬼は人と対等ではなく、かと言って、妖怪のように単純なものではない。
鬼はこういうものだとわからせるには、ただ恐怖を与えるというものではないのだ、と私は思っている。
なまじ、もはや大分薄れてきたとはいえ、人の記憶があることで、思い悩む。
この記憶には鬼としての在り方を考える上でとても世話になったが、人と鬼の関係にはまるで役に立たない。
退治されるかされないか。
それだけのようにただ単純なものであればまだ良かったが、現実はそうではない。
一緒に酒を呑み交わす?
いやまずそこに至る過程を問うているのだ。
退治されるかされないかではなく、単純な喧嘩をして認め合う?
いや、ほとんどの勝負事に鬼が人に負けることはないだろう。
とりあえず気になった者を鬼らしく攫ってみる?
その時点で鬼退治が開始される。というより、された。そして、真正面から堂々と攫った人ごと殲滅してしまった。
それはそれでいいのだけど。
昔の記憶では、爺様は人が鬼と飲み比べをするなんてよく聞く話だと言っていたが、その鬼はいったいどうやってそのようなことをするように至ったのか。
鬼は人を喰らうし、現に私も退治に来た人間を何度か喰らってはいる。
美味い、とは、どうしてか思わなかったが。
しかし、喰うか喰わないか、退治されるかされないかだけの関係にしてしまって、本当に鬼は鬼として理解されるのか。
だって、それでは、そこらの妖怪と何も変わらないではないか。
「いったい、どうすりゃいいんだろう……」
まさか、鬼になってまで、人とのコミュニケーション方法で悩むとは。
コミュ障な鬼とは、我ながら、なんとも笑えない話である。
※ ※ ※
うんうんと唸りながら酒を呑み、酔っ払った頭でなにやら考えている、一匹の童女のような鬼の姿。
その姿を、円を描く月と共に、一人の小さな人影が眺めていた。