南賀ノ神社の白巫女   作:T・P・R

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今回も遅れました。

戦闘シーン苦手です。


38話

うちはコトほど才能を無駄遣いしている存在はないとカナタ(わたし)は常々思っている。

 

「………口寄せですね」

 

「いきなり何の話よ?」

 

第二試験が開始してから……いや、開始する前からいろいろあってなんだかんだで天地の巻物を早々にそろえた私達第9班は、適度に休憩し適度に警戒しながら真っすぐゴールである中央の塔を目指し進んでいた。

道中は順調でこれといったトラブルは今のところ発生していない。

それこそ暇を持て余したコトが世間話をするような調子で脈絡のない話をしてしまう程度には平和だった。

 

「いやですから、天の書の中身ですよ。おそらく口寄せ術式です。確認してみた限りでは地の書も同じでしょうね」

 

「ちょっ!? 中身見たの!? 絶対に見ないって約束したからコトに預けてたのに!」

 

「いいえ、私は中身を見てませんよ」

 

「じゃあなんでそんなことわかるんだ?」

 

「たとえ開けなくても巻物の中身を推察する方法はあるんですよ」

 

巻物を開かなくても中身が分かる?

心底訳が分からないという表情を浮かべる私とマイカゼに対し、コトは丁寧にゆっくりと解説を始めた。

 

例えば、巻物の材質。

天の書は何の変哲もないただの紙の巻物だった、とコトは語った。

 

「起爆札は非常に燃えやすいように加工された特殊な紙で作られています。下手に燃え残ったりしたら困りますからね。逆に火を封ずる『封火法印』を書く紙には防火加工を施します。そりゃそうですよね、炎を閉じ込めるための檻なんですから。燃えたら大変なのです」

 

他にも水遁を発動する起水札は水に溶けないよう防水処理を、起雷札は電気を通すように金属の粉を混入したりなど。

特殊な効果を発揮する術式を書き込む紙にはそれ相応の特殊な加工が施されているものなのだそうで。

 

「そういう特殊な加工がなされた紙は、質感とか重量とか紙の厚みとかが微妙に違うから触ったらわかるんです」

 

「……触るだけでそんなことが分かるの? マジで?」

 

「マジです。今までどれだけ私が機密文書を触ってきたと思ってるんですか」

 

「知らないわよそんなこと」

 

改めてあり得ないと思う。

いったいどんな分析力しているのよ。

 

「そういう意味では天の書は正真正銘ただの紙の巻物です。開いたら爆発するとか、催眠術式がブワーと展開されて見た人を昏倒させるとかそういう仕掛けはありえません。ぶっちゃけた話、作りがチャチなんです。そんな大掛かりな細工を施す余地はないのですよ」

 

残念です、とコトは巻物をペン回しのペンごとくクルクルもて遊びながらつまらなそうにそう言い切った。

試験突破の要をぞんざいに扱わないでほしい。

よくわからないが、天の書は機密文書ソムリエコトのお眼鏡には適わなかったらしい。

そりゃ、たかが試験で下忍に本格使用の機密文書を持たせるわけないってのは道理なんだけど………

 

「私にはさっぱりわからん」

 

奇遇ねマイカゼ、私もよ。

というか試験を受けている下忍のほとんど全員がそんなの区別がつかないと思う。

 

「正直カナタならわかりそうな気もするんですが。私の札何枚か渡してあるじゃないですか。浄化清水と誘導加熱の札とか、質感が全然違いますよ?」

 

「分かるわけないでしょ」

 

貴女は私をなんだと思ってるのよ………

 

「とまあ、そんな感じで紙の質、重量、込められているチャクラの陰陽などの情報を総合した結果、この巻物は簡略化された口寄せの術式が込められていると判明したのですよ」

 

「おおお~!」

 

感嘆の声を上げるマイカゼ。

実際これは凄いわ。

 

「まあ、何が口寄せされるかまではわからないんですけどね」

 

「それでも十分に凄いじゃないか。それだけ分かれば………分かれば………あれ?」

 

何が凄いってこれだけの怪物じみた洞察能力が具体的には何の役にも立ってないあたりが特に。

結局、開いたら何が飛び出すのか分からないのが分かっただけじゃないの。

 

「いや実際よくできてるんですよこれ。ひょっとしたら過去にもこういうことした受験生がいたのかもしれません」

 

「………なるほど」

 

解析対策ってことね。

口寄せならたとえコトみたいな超ド級の解析能力者に中身がばれても問題にならないってことか。

う~ん、これはむしろコトの解析が無意味だったというより試験官が一枚上手だったってことなのかな。

 

「それにしても改めて凄まじいな。これがチャクラを色で識別するという写輪眼の力か」

 

「へ? 写輪眼使ってないですよ? というか使えません。未だオンオフの切り替えすらおぼつかないですし」

 

「写輪眼の意味がない!」

 

素で筆跡のコピーができて、文書を瞬間記憶し、触診と感知だけで巻物の中身を洞察するような変態に写輪眼は無用の長物過ぎるわ。

大根の桂剥きを極めた料理人にピーラーは必要ないのよ。

 

閑話休題。

内容自体は高度なはずなのに毒にも薬にもならない………残念なことに本当に何の役にも立たない無駄話をしながら森を進むことしばらく。

 

「―――っ!?」

 

「どうしたカナ………っ!!?」

 

「ほわぁ……!」

 

人の気配には気を付けているつもりだった。

いや、だからこそかしら。

 

突如目の前に現れた人外の巨体を前に私は一瞬完全に硬直してしまった。

無駄話をしている時間は終わった。

 

 

 

 

 

 

うちはコトほど馬鹿と天才は紙一重という言葉がしっくりくる奴はいないとマイカゼ(わたし)はいつも考えている。

 

「ねえ! ひょっとして“この子”死の森の(ぬし)とかそういうのなんじゃ………やっつけてしまっていいのですかね!?」

 

「主!? 知らないわよそんなの! どうでもいいし! 生態系とか食物連鎖とか知ったこっちゃないわ!!」

 

こんな時でもやっぱりどこかノホホンとしているコトにカナタが絶叫。

今まさに自分たちが殺されようとしているこの状況で相手の心配している場合か!?

平和主義もここまでくるともはやただのバカだと思う。

言いたいことは理解できるがな。

 

主、そう主だ。

 

死の森にもし、主なる存在がいるのだとすれば、まさしく目の前の怪物こそがそうなのだろう。

 

第二試験開始前に試験官みたらしアンコは言った。

「森に生息する毒虫や猛獣には気を付けろ」と。

確かにそう警告していた、だがしかしだ。

 

いくらなんでもこんなでっかいヘビが出るなんて聞いてない!

 

こんなの毒虫でも猛獣でもなくて怪獣じゃないか!

胴体の長さではなく“太さ”が私たちの身長ぐらいあるっていうのだから笑えない。

長さに至っては計測不能、鮮やかな蒼い鱗が禍々しくも神々しい、超絶ビッグサイズの怪物ヘビだ。

しかも、生えている牙の本数から鑑みるに毒ヘビだ。

私の知っているヘビの常識を完全に越えてしまっている。

毒のあるヘビって体が小さいのが普通じゃなかったのか………

 

しかも何が琴線に触れたのか知らないがコトを執拗に付け狙ってくる。

コトが目を逸らさずに後ずさりしても、死んだふりをしても、物陰に隠れて気配を消そうが、分身を囮にしようが、息を止めようが、話しかけて交渉しようが(その発想はなかった………)、猛然とコトのみをロックオンして突撃してくる。

何故なんだ、一体コトの何が奴をそこまで駆り立てるんだ?

 

「うわっまたこっちに来ました!」

 

「あわわわわこっち来るなぁああ!」

 

カナタが引きつった笑みを浮かべて牽制の苦無を雨あられと投げまくる。

狙いも何もあったものではない。

まるでブレないコトとは真逆でその場のテンションで性格や行動がガラリと変わるのがカナタという人間の特性だけど、ここまで乱れたのは久しぶりに見た。

熱しやすく、そして冷めやすい。

ちなみにコトはこの状態のカナタの投擲乱射を引きつり笑顔と合わせてひそかに『にこにこ弾幕』と呼んでいる。

 

しかし、全く通用しない。

このヘビ、巨体のわりにとんでもなく素早い上、鱗がとても硬いらしく苦無がまるで刺さる様子がなかった。

 

ヘビは苦無の弾幕をものともせず突き進み、コトをその長い体で絡めとり大口を開けてパクっと………

 

「んな!?」

 

「ギャーコトが食べられた………ああええぇえ!?」

 

と思ったら、コトがブバっと吐き出された。

周囲に飛び散るのはヘビの唾液と胃液ともつかないベトベトした液体と、果実のかけらに果汁。

………なるほど、そんな活用法があったのか。

 

「うちはコト、なかなかどうして『食えない女』だ………」

 

「うまいこと言ってる場合!? コト、大丈夫!?」

 

「無論です。この程度の攻めで私は満足しない!」

 

「よかった無事で………」

 

「無事なのか?」

 

全身をベトベトにされて顔を赤くしているコトはいろんな意味で手遅れな気がした。

本気になれば術のレパートリー的に食われる前にいくらでも対処できただろうに………とか考えていたら、木遁・果樹豊作(スイカ)を文字通り食らってゲロゲロしていたヘビが若干涙目になりながら巨体をくねらせ、再びこちらに向かってきた。

 

今度の狙いは………またコトか!

やむなく私はヘビとコトの間に強引に割って入る。

左手に刀、右手に鞘、そして口にくわえた苦無と左足まで、おおよそ考えうる限りの手数を全部使い、突進を無理やり受け止め………切れずに弾かれた。

衝撃よりも顎と歯が痛い………一応逸らすことには成功したがやっぱり再不斬さんのようにはいかない。

 

突進を逸らされたヘビがそのまま樹に激突してへし折り、そのまま樹の下敷きになった。

これで怯んでくれれば儲けものなんだが……まあ無理だろう。

 

メキメキと音を立てて折れた樹を振り払うヘビ。

その姿は当然のごとく無傷。

 

視線は真っすぐ樹の陰に隠れている私達………というよりコトの方に向けられている。

一体全体こいつは本当に何なんだ?

何故そこまで執拗にコトを狙う?

不味いもう一杯ってことなのか、あるいはただの報復か。

いくらヘビが執念深い生き物でも、ここまでくると不自然なものを感じる。

 

「もしかして、他の受験生の口寄せ動物だったりするのかしら?」

 

小さく、カナタがつぶやく。

確かに、それなら巻物を持っているコトばかりを執拗に狙うのは納得できるが………なんだろう、何か違う気がする。

まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないか。

 

「それにしてもなんで居場所がこうも簡単にばれるのよ!?」

 

「よく分からないが、あの動きは間違いなく“視えている”な………白眼みたく透視能力でもあるのか」

 

「ピット器官ですね」

 

「ピットキカン?」

 

「ヘビは赤外線が見えるんですよ。要はサーモグラフィです」

 

「すまんもっとわからない」

 

「ええぇ~?」

 

ガーンとショックを受けたように固まるコト。

詳しい理屈は分からなかったが、とりあえず隠れるのは無駄だということだけはよくわかった。

ならば残る選択肢は迎撃しかない。

 

しかしあのヘビは巨体に似合わないスピードと、こちらの居場所を瞬時に察知する探知能力に加えこちらの攻撃を一切通さない強靭な鱗がある。

つまり撃退するには何とかして動きを止めて、どうにかして鱗を剥がして、その上で強力な術か何かの攻撃を叩き込まなければならないわけだ。

 

「………とりあえず動きを止めるのは私が何とかします」

 

「なら鱗は私が対処しよう」

 

「それじゃ私がとどめ役ってわけね………まあ、何とかするわ」

 

決まりだな。

方針が定まると、さっそくコトがヘビの前へと躍り出た。

口には例によって札が咥えられて………いやあれは咥えてるんじゃないな。

 

「はむはむ………ゴクン」

 

食べている、ヤギかお前は。

というかそういう使い方もありなのか。

何でもありだな符術。

 

「よしいきます! 火遁・花火!」

 

さっと虎の印を結ぶと、口から飛び出したのは直径1メートル前後の火球。

 

「『菊先光露(きくさきこうろ)』!」

 

真上に打ち上げられた火球が爆発し、ヘビの周囲に色とりどりの炎をまき散らした。

その瞬間、何があっても片時もコトから目を離さなかったヘビが初めてうろたえたように視線を泳がせた。

 

「やっぱり、熱に反応してたんですね」

 

鮮やかな炎が躍るように跳ね回りヘビをかく乱している。

その隙にコトがさらに印を結ぶ。

 

ヘビの口から蔓草が一斉に伸びた。

炎に惑わされていたヘビは突如生えた蔓草になすすべもない。

 

「宿木縛りの術成功!」

 

なるほど、わざわざ一度食われたのは口の中に種を仕込むためだったのか。

全く本当に抜け目がないな。

コトが味方でよかった………頼もしいかどうかはさておき、敵に回すとこれほど厄介な存在はない。

 

そんなことを考えつつ私は刀を構えて走る。

ヘビは私に全く反応しなかった。

顔全体に広がった蔓が口と眼を、そしておそらくピット器官なる部分まで完全に塞いでしまっているから。

 

「食らえ! 波の国の一流漁師カイザさん直伝の鱗削ぎ術!」

 

刃をヘビの胴体に対して水平に寝かせ、鱗と鱗の隙間に滑り込ませるように―――

 

(―――嗚呼、ヘビはこんな風に鳴くのだな)

 

意外と甲高い悲鳴が周囲に響き、蒼い鱗がひらひらと花びらのように舞い散った。

 

「ナイスコト、マイカゼ! あとは任せて!」

 

離脱する私とすれ違うようにカナタが前へ飛び出す。

目指すはついさっき私が鱗を削ぎ落しピンク色の肉がむき出しになっている部分だ。

 

カナタはのたうち回り振り回されるヘビの尻尾をかいくぐり、肉にぺたりと札を張り付けた。

表面に大きく『浄水』と書かれている。

コトお手製の札だ。

なるほど、これがカナタの取って置きか。

 

「へ?」

 

それを全く予想してなかったらしいコトが素っ頓狂な声を上げた。

 

コトは自他ともに認める非暴力主義者である。

それゆえ、彼女が扱いまた使用する札も、そのほとんどが非戦闘用の補助忍術であり殺傷力がまるでない。

 

だが何事にも例外はある。

というより便利な道具は便利であるがゆえに使い方を間違えるととんでもないことになると言った方が正しいか。

 

水遁・浄化清水

水から不純物を取り除き、真水に変える符術。

もちろんこれは飲料水を確保するための忍術ではある。

それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

 

だがこのとても便利で有用な術を、およそ70パーセントの水と30パーセントの肉と骨とその他諸々(ふじゅんぶつ)で構成された生物に対して発動するとどうなるか。

 

 

 

「符術・浄化清水………いや、疑似灼遁・水潤剥離(すいじゅんはくり)!」

 

今度は悲鳴すら上がらなかった。

 

「きゃあああああああああ!?」

 

いや、代わりにコトが悲鳴を上げた。

札の効果で精製された真水が噴水のように噴き出すのに並行してヘビはどんどん干からびていく。

 

「なななななんてことするんですかカナタ!?」

 

「コトがいつも言ってることでしょ? この世の全ての術は使いようだって」

 

「でもだからってこれはないでしょう!? もしこんな間違った使い方が広まって、何十年か後に「これはコトの卑劣な術だ」とか言われちゃったらどうするんですか!?」

 

「あ~そうよねそうならないためにも生き残って正しい使い方を広めないとね」

 

「う~ぐぬぬ」

 

言い返せず、悔しそうに地団太を踏むコト。

いや実際、強力だし凶悪だと思う。

相手が生物である限り、これを食らって生きていられる奴はいないだろう。

正しく必殺の技だ。

あと干物を作る時とかにも使えそうかな。

つくづくコトの札は何でもありだな。

 

水分を抜かれてガリガリに萎びてしまったヘビを見て私はふと考える。

あの波の国の一件の時、札が没収されてなかったら。

そしてカナタが札を持ち合わせていたら。

ひょっとすればあのイカも一瞬でスルメにできたかも………なぜか勝っているビジョンが浮かばないが。

 

「とりあえず、ここを離れましょ。花火やら悲鳴やらで騒がしくし過ぎたわ」

 

「そうだな。これ以上の厄介ごとはゴメンだ」

 

「ちょっと、まだ話は終わってな―――」

 

 

 

「―――素晴らしい」

 

 

 

あの時の、再不斬さんから受けたあれを殺気とするならば。

今回のはさながら狂気であり狂喜でもあり、なにより視線そのものが凶器だった。

 

「あ、あああああ」

 

カナタがへなへなと力なくその場にへたり込むのを、どこか遠い別の場所の出来事のように感じた。

 

一瞬の出来事だった。

私達第9班は、たった1人の草忍に。

あのヘビが可愛く見えるほどの悍ましい生き物に。

 

 

 

なすすべもなく蹂躙された。

 




なんだかんだでコトの忍術をいざ戦闘利用しようとするとえげつないことになるという話でした。

ポケモンのスイクン。
このすばのアクア様など、水を浄化する能力というのはファンタジーでは定番ですがよくよく考えたらものすごく凶悪だと思うんですよ。

こう、アクア様が、相手の傷口とか口の中とかに手を突っ込んで血や体液を………初めて見た時はなぜカエルが無事でいられたのかが不思議でなりませんでした。


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